転生したら八千年の遠回りをしていた件 〜生まれ変わっても、君と出会う〜   作:蠱毒は孤独

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ヤチヨ視点



23.手の感触

 

「彩葉と、勝ちたいから!」

 

 第二戦を取り返した熱気がスタジアムの隅々まで渦巻く中、かぐやの真っ直ぐな声が響き渡った。

 

 それを受け止めた彩葉は、ほんの一瞬だけ目を見張り、かぐやの横顔を盗み見るように視線を走らせる。気の利いた返しをするでもなく、ただ口元を微かに引き結んだその横顔が、私の目に妙に焼きついて離れなかった。

 

 客席から押し寄せる地鳴りのような歓声が冷め切らないうちに、そのまま運命の第三戦の幕が上がる。

 

 帝と一継が正面から激突し、反対側のレーンでは雷と乃依の分厚い迎撃網をかぐやと彩葉が掻い潜っていく。鐘を巡って盤面の重心が激しく揺れ、櫓が落ちるたびに新たな選択肢が生まれ、中盤からは互いのマッチアップさえも目まぐるしく組み替わっていく。

 

 上空の特等席から視界を広げるたび、次の一手が既に戦場を塗り替えている。

 

 けれど――かぐやが二人の名前を呼び、三つの影が中央の交差点へふっと吸い寄せられた瞬間だけは、私の意識も自然とそこへ固定された。

 

「いち!」

「に!」

「さんかく!」

 

 三本の指先が、戦火の真ん中で一瞬だけ小さな三角を描く。

 

 本当に、ほんの一拍の呼吸。すぐにそれぞれの指は解かれ、三人は迷うことなく自分たちの持ち場へと背を向けて駆けていく。

 

 ……気づけば、私は虚空に向けていた自分の手元を見つめていた。

 

 少しだけ広げた指先に、親指がそっと触れる。何かを形作るわけでもなく、誰かの手を握りしめるわけでもない。ただ、何もない空間を掴むように、指先が開いたまま宙に浮いている。

 

 割れ鐘のような大歓声が耳朶を叩き、ハッとして顔を上げた。

 

 戦況はもう、先へ先へと転がっている。

 

 かぐやと彩葉の二人は帝の懐へと踏み込み、一継は雷と乃依の熟練の包囲網をたった一人で引き受けていた。

 

 帝を相手に立ち回る二人の呼吸は、交差の回数を重ねるごとに言葉の媒介を脱ぎ捨てていく。片方が前へ出れば、もう片方がその死角へ滑り込む。手渡された武器、虚空を走るワイヤー、そして完全に意表を突かれた帝のアイコンが、鮮やかに戦場から弾け飛んだ。

 

 二人の指先が、迷いなく重なり合う。

 

 〝なかよしのやつ〟。

 

 見間違えるはずもない。遠い記憶の底から手繰り寄せるまでもなく、私の魂がその形を知っている。なのに今の私は、その重なり合う指先を、結界越しのような距離からただ静かに見つめる観客だった。

 

 さっき何も作れないまま、空を掴んでいた自分の掌がふと脳裏をかすめる。

 

 今の私は、あの中央で形を作る当事者ではない。こうして、二人が築き上げていく時間を特等席で見届ける側にいる。

 

 その輪郭が、さっきよりも少しだけ冷ややかに、けれど確かな現実として胸に落ちてきた。

 

 そのまま敵の天守閣へ向けて一直線に駆けていく二人の声が、通信越しに弾ける。

 

「……っ、あはは!」

「っ!!! うっひゃああああーっ! さいこーーーっ!」

 

 彩葉が、勢いのまま声を上げて笑っていた。

 

 かぐやの歓声は相変わらず、戦場の喧騒さえもまとめて吹き飛ばしそうなほどけたたましい。

 

 なのに、私の胸の奥に長く、深く残ったのは、その直前にこぼれ落ちた彩葉の飾らない笑い声の方だった。

 

 全速力で駆け抜けながら、息を切らし、あんなにも楽しそうに笑っている。

 

「……ふふ。とっても、いい顔」

 

 頬の筋肉が、つられて勝手に緩んでしまう。

 

 その間にも、別レーンの一継は一切の淀みなく戦況を切り崩していた。

 

 雷と乃依の二人を相手取りながら、大剣の切っ先から放った極太の閃光を横薙ぎに一閃させ、盤面の立ち位置を強引に引き裂く。生まれた僅かな歪みへ翼を使って即座に潜り込み、一人ずつ着実に逃げ道を塞いでいく。

 

 雷。そして乃依。

 

 二つの撃破通知が、立て続けに空を染めた。

 

「……まったく。相変わらず、器用な立ち回りをするんだから」

 

 思わず独り言が口をついて出た。

 

 けれど、リスポーンした帝はもう戦場へ戻っている。自陣の防衛には目もくれず、ウルトまで叩き込みながら、こちらの大将落としへと超特急で突進していた。

 

 二人を仕留めた一継が、即座に身を翻してその背中を追撃する。

 

 反対側では、先行していたかぐやと彩葉が、ブラックオニキスの天守閣前へと真っ先に滑り込んでいた。

 

「勝ち確~!」

 

 かぐやが勝利を確信して大将の駒へハンマーを振り下ろした、まさにその刹那。

 

 凄まじい轟音と共に、足元が爆発四散した。

 

 雷が開戦直後から盤面に置き去りにしていた残置地雷。吹き飛ばされたかぐやのアバターが硬直する。けれど、背後にいた彩葉は即座に前のめりのまま大将落としへと駆け抜ける。

 

 帝も迫っている。背後から一継が猛追する。彩葉の伸ばした手は、もう目標の目と鼻の先だ。

 

 スタジアムを埋め尽くす何十万の観客の絶叫が、一つの巨大な奔流となって空間を揺さぶる。どちらが先なのか、判定が出るまで誰も息すらできない。私自身、気づけば胸の前で両手をぎゅっと固く握りしめていた。

 

 彩葉が駒へ武器を伸ばす。

 

 一継の切っ先が、帝の背中へと肉薄する。

 

 ほんの、ほんのコンマ数秒の刹那だった。

 

 先に盤面を叩き割ったのは――帝。

 

BLACK ONYX WIN

 

 スコア、二対一。

 

 勝者、ブラックオニキス。

 

 張り詰めていた見えない糸がプツリと切れた瞬間、スタジアムの屋根を吹き飛ばすほどの歓声とどよめきが爆発した。勝者を称える叫びも、紙一重で届かなかった挑戦者たちへの惜しみない拍手も、すべてが熱狂の渦となって押し寄せてくる。

 

 その極彩色の光の中へと、戦いを終えた三つの影が転送されてきた。

 

「くやしかったーーーーっ! あとちょっとだったのに! でも、すっごく楽しかった! 黒鬼にも勝ちたかったし、ヤチヨとも絶対ライブしたかったのにーーー!」

 

 かぐやは全身のバネを総動員して地団駄を踏んでいた。両腕を振り回し、悔しさを隠す気もなく身体ごと仰け反らせている。けれど、その瞳の奥にはまだ試合の興奮が爛々と輝いていて、「もう一回やろ!」と合図されれば今すぐ戦場へ飛び出していきそうな勢いだった。

 

 悔しさも、楽しさも、何一つ誤魔化さずに丸ごと外へ放り出している。その眩しさに、胸の奥がきゅっとくすぐったくなる。

 

 彩葉は、そのすぐ隣で掲示板を見上げたまま立ち尽くしていた。

 

 唇をわずかに噛み締め、ゆっくりとフェードアウトしていく敗北の文字をじっと見つめている。

 

 あの顔をしている時の彩葉は、まだ戦場から完全に心が戻っていない証拠だ。最後の大将落とし、あと一歩踏み込めたのではないかという僅かな隙間を、自分の頭の中で何度も何度も巻き戻しているのだろう。

 

 ……悔しいよね、彩葉。

 

 それでも、さっき戦況の真っ只中で笑っていた熱気まで冷え切ったわけじゃない。悔しさと、確かに届きかけていた手応え。その両方が、静かに彼女の横顔に刻まれていた。

 

 彩葉がふっと小さく息を吐いて頭上のモニターから目を離すまで、私はその横顔を愛おしく眺めていた。

 

 そして、一継は誰よりも静かだった。

 

 掲示の光が消え去るまで、腕を組んだまま微動だにしない。大声で悔しがることも、誰かを責めることもしない。

 

 けれど、その瞳の奥に残った熱だけは、確かに最後まで戦場の盤面を見届けていた。

 

 やがて、その視線がモニターの枠を外れ、すっと私のいる方へと向けられる。

 

 視線が交差した。

 

 一継の口元が、ほんのわずかに綻ぶ。私も小さく笑みを返した。

 

 ……誰よりも負けず嫌いなくせに、いざ終わってみれば真っ先に周りの顔色を気にかけるんだから。その変わらなさに、胸の芯がふっと温かくなる。

 

 その瞬間、私の視界の端に常駐させていた管理インターフェースのステータスが、カチリと音を立てて切り替わった。

 

【ヤチヨカップ受付終了】

 

 淡く明滅するシステム通知を指先で確認し、私はぎゅっと握りしめていた両手を一度開いて、深く息を吸い込む。

 

 さっきまで三人の戦いに向けられていた観客としての自分を脱ぎ捨て、ツクヨミを統べる管理人として、そしてステージの主役として、意識を一気に会場全体へと解き放った。

 

「はーい、ここまで! ただいまの時をもちまして、ヤチヨカップの全受付は終了~! 神々のみんな、長きにわたる一ヶ月間、いと大儀~!」

 

 スタジアムを揺るがす歓声が、竹取合戦の余韻をそのまま燃料にして一段と高く跳ね上がる。

 

 私は袖を翻し、両腕を大きく広げて見せた。

 

「いやはや、最後の最後まで息をつかせぬ大熱戦! ブラックオニキスも、かぐやたちも、真に天晴なお手前でありました! ……ではでは、会場の熱が冷めやらぬうちに参りましょうか! FUSHI、最終集計の巻物を所望いたす!」

 

「うん、任せて。それじゃあ順番に読み上げるね。ひとり、ふたり、さんにん、よにん……」

「ちょっとちょっと! まさかの手動カウントなの!? そこから始める気!?」

「ヤチヨがどのあたりでツッコんでくるか試してみたんだよ」

「百万人分の点呼に付き合ってたら夜が明けちゃうよ~!?」

「冗談。集計はとっくに完了してるよ」

「完了してるんかーい!」

 

 FUSHIの飄々とした合いの手に、会場のあちこちからどっと笑いが巻き起こる。張り詰めていた勝負の熱気が、柔らかな一体感へとほどけていく。

 

「はい、お待たせ。最終データ、転送したよ」

 

 私の手元へ、最終確定のデジタルデータが滑り込んできた。表示された二つの数字を、上から下へと目でなぞる。

 

 一度。そして、もう一度。

 

 管理者の権限で確認している私でさえ、二度見してしまうほどの僅差。

 

 顔を上げる。ステージ上のかぐやは、まだ何も知らずに彩葉の隣でソワソワと身を揺らしている。彩葉も、一継も、客席を埋め尽くす何十万の観客も、固唾を呑んで次の言葉を待っていた。

 

 胸の奥で、トクンと小さな鼓動が跳ねる。その確かな高鳴りを喉元へと引き上げて、私は思い切り声を張り上げた。

 

「それでは発表いたします! ヤチヨカップ、最終結果ーーっ!」

 

 スタジアムの天空に、巨大な金の巻物が現れ神々しい粒子を撒き散らしながら、ゆっくりと解かれ始めた。

 

 かぐやが息を呑んで見上げる。彩葉も、隣で拳を握りしめたまま動かない。一継も二人のすぐ背後で静かにその行方を見守っている。

 

 数字は、もう私の手元に出ている。

 

 知っているはずなのに、口を開く瞬間、喉の奥がキュッと熱く狭くなった。

 

「――堂々の、第一位!」

 

第1位 かぐや・いろP

大会期間中 新規獲得ファン数 1,034,194人

 

 巻物に刻まれた数字よりも先に、私の目に飛び込んできたのは並び立つ二つの名前だった。

 

 かぐや。そして、いろP。

 

 一拍の間を置き、私は持てる限りの声量を乗せて叫んだ。

 

「優勝は――かぐや・いろP~~~っ!!」

 

 右手を高々と天へ突き上げる。

 

「めでたしや~~~っ!!」

 

 その瞬間、スタジアムの天蓋が吹き飛ぶかのような光の洪水が弾け飛んだ。

 

 巻物の周囲から無数の光輪が広がり、夜空を埋め尽くす極彩色の花火となって降り注ぐ。一瞬の静寂を置き去りにして、怒涛のような大歓声が押し寄せ、客席の津波の中から二人の名前を呼ぶ声が一つに重なり合っていった。

 

「かぐや! いろP!」

「かぐや! いろP!」

「かぐや! いろP! かぐや! いろP!」

 

 何十万の祈りにも似たコールがスタジアム全体を震わせ、波となって押し寄せる。

 

 私が放った二人の名前が、今度は世界中からの祝福となってステージの中央へと降り注いでいる。

 

 その光の真ん中で、かぐやがポカンと口を開けて両手を宙に浮かせた。

 

「えっ……勝った? 勝った!? 彩葉、勝ったーーーっ!!」

 

 理解が追いついた瞬間、かぐやは彩葉の両肩をガシッと掴み、狂喜乱舞の勢いで前後に揺さぶり始めた。

 

「わっ、ちょ、かぐや、首もげる! 揺らすなって!」

「勝ったもん! ヤチヨとライブできるんだよ!? やった、やったあああああ!」

「分かった、分かったから落ち着きなさいって……!」

 

 抗議の声を上げながらも、彩葉の口元からはどうしようもなく笑みがこぼれていた。

 

 かぐやに激しく揺さぶられながら頭上のリザルトを見上げ、隣のかぐやを見て――そして、ふっと視線をこちらへと持ち上げる。

 

 目が、合った。

 

 その瞬間、彩葉の動きがピキッと完全停止した。

 

 さっきまで柔らかく緩んでいた口元が半開きのまま固まり、全身の処理装置がショートしたみたいに固まっている。

 

 私が上空から満面の笑みで大きく手を振って見せると、彩葉の肩がビクッと跳ねた。慌てて手を上げようとして途中で止め、下げようとして思い直し、最終的に胸の高さで小さくパタパタと遠慮がちに振り返してくる。

 

 嬉しいのだ。

 

 まだ現実感が追いついていないのと、何より――私の姿を正面から認識した瞬間だけ、頭の中のキャパシティが綺麗にパンクしているのが手にとるように分かる。

 

 思わず、吹き出してしまった。

 

 彩葉はそんな私の笑い声に気づいてさらに顔を赤らめ、今度は照れ隠しのように小さく、はにかむように笑い返した。

 

 鳴り止まないコールの中、かぐやが客席のみんなへ両手を振るのをやめて、くるりと一継の方を振り返る。

 

「イツキ! 見て見て、一位だよ! かぐやたち、ヤチヨとライブできるよ!」

「ああ、ちゃんと見ていたよ。おめでとう、かぐや」

 

 かぐやは誇らしげに胸を張って頷くと、もう一度頭上の一位の文字を確かめるように見上げ、再び客席へ向けて全身で手を振り直した。

 

 熱狂が渦巻くステージの上で、人混みが自然と左右へと割れていく。歩み出てきたのは、ブラックオニキスの帝と雷だった。

 

 かぐやがハッとして動きを止める。

 

「……あ。やべ、けっこん……!?」

 

 調子の良さが急ブレーキをかけ、警戒するように帝を凝視する。

 

 帝は三人の前まで悠然と歩み寄ると、まず頭上の数字を見上げた。それから、スタジアムを埋め尽くす二人のファンたちを見渡す。

 

 そして、穏やかな笑みを浮かべて二人へと視線を戻した。

 

「……これじゃ、俺の勝ちとは言えねぇな」

 

 かぐやが目を丸くする。帝はそのまま、彩葉へと視線を向けた。

 

「約束のお願い、どうする?」

 

 彩葉はすぐには言葉を出せなかった。一度だけ目を丸く見開き、兄の顔をじっと見つめ返す。向けられた言葉の裏にある意味を、慎重に測りかねているようだった。

 

 少しの間を置いて、彩葉が静かに口を開く。

 

「……本当に、いいの?」

「いいぜ」

 

 帝の即答に、彩葉の視線がふっと足元へと落ちる。

 

 ひと呼吸。

 

 迷いを振り払うように、もう一度兄をまっすぐに見据えた。

 

「……じゃあ、後でちゃんと伝える」

「おう。待ってるよ」

 

 その短い交わし合いだけで、帝の肩からふっと余計な力が抜けた。

 

「かぐや、彩葉。優勝おめでとう。イッキさんも、最高の試合をありがとな」

「こちらこそ。楽しかったよ」

 

 一継が穏やかに応じる。帝は満足そうに口元を吊り上げ、三人を見渡した。

 

「じゃあな。次も面白いことやろうぜ。今度は全部、俺たちがかっさらっていくから」

「次はKASSENだってかぐやたちが勝つし!」

 

 かぐやの負けん気に、帝は声を上げて笑った。雷も静かに片手を掲げて応える。

 

 二人のアバターが光の粒子となってほどけていく。

 

 その光が消え去った後も、スタジアムの熱狂は一向に衰えを見せない。

 

 かぐやと彩葉は、並んで頭上の巨大な巻物を見上げていた。

 

 かぐや。そして、いろP。

 

 二つの名前が、堂々と一番上に刻まれている。

 

 私は少し離れた上空から、その並び立つ二人を眺めていた。試合の間も、ずっとそうしていたように。

 

 二人が全力で駆け抜ける姿を見た。心を通わせて笑い合う瞬間を見た。

 

 最後まで勝利に手を伸ばし、負けて本気で悔しがり、そして手に入れた栄冠に名前を呼ばれる瞬間まで。

 

 私は、もう一度自分の掌を見つめる。

 

 三人が中央で作った小さな三角形を見た時も。二人が重ね合わせた〝なかよしのやつ〟を見た時も。

 

 今の私は、そのどちらの輪にも入れない場所から、ただ微笑んで見届けていた。

 

 広げたままの掌を、胸の高さへとそっと持ち上げる。

 

 もう、見ているだけなんておしまい。

 

 私は軽やかに宙を蹴り、一気に二人の立つステージへと舞い降りた。

 

「よ〜きかな〜!」

 

「わっ!?」

「ヤ、ヤチヨ!?」

 

 驚く隙も与えず、二人まとめて両腕の中に抱き込んだ。

 

 かぐやの硬直は一瞬だった。すぐに私の意図を察したように満面の笑みを咲かせ、全身の力を込めて私の背中へと腕を回してくる。

 

「ヤチヨーーーっ! 勝ったよ、勝ったよーーーっ!」

「うんうん、全部見てたよ! ちょ、かぐや、ハグの力が強すぎるってば!」

 

 右半身から、遠慮というものを一切知らない生命の熱量がぎゅぎゅっと押し寄せてくる。

 

 そして――反対側の彩葉はといえば。

 

 完全に石化していた。

 

 肩も、背中も、伸ばしかけた腕も、さっきまで戦場を縦横無尽に駆け巡っていたのが幻だったかのように、カチコチに固まっている。

 

 呼吸の音さえ聞こえてこない。

 

「……彩葉?」

 

 耳元でそっと囁くと、目玉だけがギギギと音を立てそうなぎこちなさで私の方を向いた。唇が微かに震えて開く。

 

 けれど、声にはならない。

 

 彷徨うように宙を泳いだ彩葉の手が、私の背中に触れようとしては止まり、下がりかけてはまた持ち上がる。

 

 ……ふふ。触れていいものかどうか、頭の中で猛烈に会議してる。

 

 私は腕を緩めず、その逡巡が解けるのをただ静かに待った。

 

 やがて、彩葉の指先がおっかなびっくり、私の羽織の袖へと触れた。触れた場所で一度ピクッと止まり――。

 

 それから恐る恐る、そっと、私の背中へ手のひらが重ねられた。

 

 かぐやが全力でぶつけてくる、骨がきしむほどの直情的な抱擁。

 

 彩葉が壊れ物に触れるように、けれど私を確かめようと置いてくれた手のひら。

 

 全然違う。形も、強さも、向けられた想いの形さえも。

 

 けれど、そのどちらもが、私の心へ真っ直ぐに沁み渡ってくる。

 

 嬉しくて、堪らなくなって、私は二人をもう一度だけ強く抱きしめ直した。

 

「改めて……ヤチヨカップ優勝、本当におめでとう!」

「えへへへへ~!」

「……あ、あの……その……ありがとう、ございます……!」

 

 耳元で重なり合う二人の声。彩葉の声音はまだ酷く硬くて、目が合いそうになると、大慌てで視線を逸らされてしまう。

 

 その初心な反応が愛おしくて、私は小さく喉を鳴らして笑った。

 

 名残惜しさを覚えながら、ゆっくりと二人の身体を腕から解放する。

 

 それでも――私の手のひらには、二人の確かな情動と輪郭が、消えない熱となって残っていた。

 

 かぐやが迷いなく返してくれた力強い衝動。彩葉が戸惑いながらも、最後に預けてくれた指先。

 

 三人の三角を見た時、何もない空を掴んで寂しそうに開いていた私の手。

 

 その掌は今、ほんの少しだけ、あたたかい。

 

 

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