転生したら八千年の遠回りをしていた件 〜生まれ変わっても、君と出会う〜 作:蠱毒は孤独
かぐや視点
視界を埋め尽くしていた極彩色の光が、まばたき一つでふっと消えた。
次に目を開けた時には、スタジアムを割れんばかりに揺らしていた大歓声も、夜空を覆っていた金色の巨大な巻物も、すっかり消え去っている。
現実の、見慣れた部屋。
急にすべての音がなくなって、耳の奥がキーンとするくらい静まり返っていた。
自分の手をぎゅっと握って、パッと開く。床の上で足の指をもぞもぞ動かしてみる。うん、ちゃんと私の身体だ。当たり前のことなんだけど、VRの中で思いっきり走って、跳んで、ハンマーを振り回して暴れ倒した直後だと、どうしてもこうやって現実の重みを確かめたくなっちゃう。
ふと隣を見ると、彩葉がスマホを膝の上に置いたまま、ぼーっと宙を見つめていた。目はちゃんと開いている。開いているんだけど、意識というか、顔の筋肉がまだツクヨミから帰ってきてない。
ヤチヨにぎゅーって抱きしめられた瞬間も石みたいにカチコチに固まってたし、ログアウトする直前も何回かフリーズしてた。現実に戻ってきたら普通に戻るかと思ったのに、まだ全然あっちの世界の余韻に呑まれているみたいだった。
「彩葉〜、まだボーッとしてんの? もう現実だよー?」
「……うひひ」
「……ダメだこりゃ」
顔をぐいっと覗き込んでみても、いつもの「何?」とか「顔近い」みたいな鋭いツッコミがちっとも飛んでこない。だらしなく口元だけが、へにゃりと緩んでいる。
……まあ、気持ちは分かるけどさ。
私の頭の中だって、さっきから色んな感情がごちゃ混ぜになってる。ヤチヨと一緒にライブできることになったし、黒鬼との合戦には負けちゃったけど最高に楽しかったし、もっとKASSENだって上手くなりたいし、ヤチヨとFUSHIにもいっぱい構ってもらった。FUSHIの生意気なツッコミにはちゃんとやり返してやったけど。
一気にたくさんのことが起きすぎて、どれから順番に思い出せばいいのか自分でも全然追いつかない。でも今は、それよりも目の前で魂が抜けかけてる彩葉の方がずっと気になる。
まだぼーっとしてる。
もう一回、至近距離から顔を覗き込む。
「ねぇ~、彩葉ってばヤチヨのことになるといつもそうやって抜け殻になるよね。……もぉ~、こっち見てってばー!」
「うぉっ!? ちょっ、ま、揺らすなって、脳みそ揺れる……!」
「彩葉!」
「もう、かぐや! 揺らさないでって何度も言ってるでしょ――」
「彩葉」
「……え、なに、どうしたの?」
二回目に少しだけ声を落として呼ぶと、彩葉の小言がピタリと止まった。私も肩を掴んでいた手をそっと離す。
やった。ちゃんと、彩葉と私の目がまっすぐ合った。
その瞬間、さっきまで頭の上に浮かんでいた巨大な巻物の文字が、私のまぶたの裏にふっと蘇ってきた。
一番上の、一番目立つ場所に堂々と並んでいた二つの名前。
かぐや。
そして、いろP。
スタジアムにいた時は、会場の地鳴りみたいなコールも、ヤチヨのハグも全部が一気に押し寄せてきて、頭でゆっくり噛み締める暇なんてなかった。
でも今、目の前には、ちゃんと現実の彩葉がいる。
「……私たち、ヤチヨカップ勝ったんだよね?」
「……そうね。勝っちゃったんだよね」
「えーっ、なにその気の抜けた返事! 彩葉はヤチヨとコラボしたくなかったの!?」
「そうは言ってないでしょ! したかったに決まってるけど……でも……!」
彩葉が慌てて手を振って否定する。さっきまで魂が抜けてたくせに、こういう時の反応速度だけはやたらと早い。
嫌じゃないことくらい、見れば一発で分かる。だって、否定しながらも口元がまだ嬉しそうに緩みっぱなしなんだもん。
それを見ていたら、今度は私のお腹の奥のほうが、むずむずとくすぐったくなってきた。さっきからずっと、お腹の底で小さく暴れてる、これ。
「うひひ、なんかさ、お腹の底からゾワゾワ〜って熱いのが上がってくる感じしない? こう、本当に勝ったんだぞぉー!ってさ!」
「なにそれ、表現が物騒すぎる。吐かないでよ?」
「誰もそんな汚いこと言ってないじゃん!!」
「……っ、あははは!」
彩葉がたまらず吹き出した。一拍遅れて、私までつられて大笑いしてしまう。
吐くって何、本当に。全然違うのに。
でも、彩葉が声を上げて笑っているのを見ていると、こっちまで笑いが止まらなくなってくる。ケラケラ笑っている間も、お腹の奥のゾワゾワした変な熱気はちっとも消えてくれない。むしろ、笑えば笑うほど胸の真ん中へ向けてぐんぐん上がってくる。
しばらくして、彩葉が目尻に浮かんだ涙を指先でぬぐいながら、ふうっと長いため息をこぼした。
「……っは〜。でもさ、合戦。……勝てたのになぁ」
彩葉のそのポツリとこぼした一言で、試合の最後の景色が一気に目の前へ引き戻された。
私が最後に地雷を踏んづけて、彩葉がそのまま一人で走って、イツキが帝の背中を猛烈に追って。
本当に、ほんのちょびっとだけ、帝の方が早かった。
あーーーー。
やっぱり、めちゃくちゃ悔しい!
「彩葉もそう思う!? くっそぉ〜黒鬼め! 次会ったら絶対ギッタンギッタンのボッコボコにしてやるんだから!」
「無理無理。一継さんがいなきゃ、あそこまで競り合えてたかすら怪しいんだから」
「大丈夫、次もイツキ呼ぶもん!」
今回だって、三人であそこまで王者を追い詰めたんだ。次はもっと練習して、もっと強くなって、今度こそ最後まで勝ち切ればいい。
イツキだって負けた時は悔しそうにしてたし、誘えば絶対また一緒にやってくれるはずだ。
まあ、その作戦会議はあとでじっくりやればいい。
彩葉は呆れたように目を細めて、私の顔をじとーっと見つめてきた。
「そもそも、誰かさんが一番最後の最後で油断して、派手に引っかからなきゃ勝ててたかもしれないんだけどねー」
「何をぉ〜〜〜!」
一瞬だけ誰のことか考えて、コンマ一秒で自分だと分かった。
勝ち確~!
地雷!
ドカーン!
全部まとめて鮮明に思い出して、私は布団の上から彩葉へ勢いよく飛びかかった。
「油断じゃないもん! あんなとこに地雷埋まってるなんて思わないじゃん!」
「はいはい、戦場に絶対はないの!」
彩葉は笑いながら、両手で私の突進を必死に押し返してくる。
こっちはまだまだ言い返したい文句がいっぱいあるのに、目の前の彩葉がずーっと楽しそうに笑ってるから、押し合っているうちに私までまた可笑しくなってきてしまった。
狭い部屋の中で二人でじたばたして、ひとしきり笑い転げた。
やがて息が切れて静かになっても、彩葉の口元には、まだ小さな笑みが大切そうに残っている。
私も仰向けになったまま、天井に向かって一つ、大きく息を吐き出した。
お腹の奥のゾワゾワした熱気は、まだ静かにそこにあった。
少しだけ首を傾げて、隣にいる彩葉を見る。
なんだかまた、胸の奥がじんわりと嬉しくなった。
かぐや、やっぱり彩葉のこと大好きなんですよねぇ。
復活上映、見返すと所々かぐやの視線とかが目に映るようになって……。
読んでいただきありがとうございました。次話で投稿間隔は隔日に戻ります。
完結までよろしくお願いします。