転生したら八千年の遠回りをしていた件 〜生まれ変わっても、君と出会う〜 作:蠱毒は孤独
気づけば知らない街並みを眺めていた。
アスファルトではない不揃いな石畳を打つ馬の蹄の音。金属を叩く音、家畜の鳴き声、そして聞き慣れない音の連なりなのに、なぜか意味だけは理解できる怒号。視界に飛び込んできたのは映画のセットなどとは比較にならない圧倒的な『古さ』だ。歪んだ木枠と漆喰でできた建物がまるで意志を持っているかのように上へ上へと増築され狭い空をさらに狭く見せている。
すれ違う人々の多くは、中世の農民のような粗末な麻の服を着ている。かと思えば使い込まれた革鎧に身を包み腰の長剣の柄に手を掛けた男。長い耳をフードで隠しつつも流れるような美しい銀髪と洗練された身のこなしで目を引く人物。ファンタジー小説の挿絵が生身の肉体を持って僕の目の前を歩いている。
これまでの常識が、そのまま通じる場所ではないことを僕は本能で理解した。
落ち着ける場所が欲しい。そう思い人気のない場所へ足を向けようとして、脳裏にどこへ続くともわからない道筋が浮かび上がった。
なんだ、これは。
悪いものには思えない。だが、脳裏に道筋が浮かぶさまは知らない感覚器が突然生えてきたようで気味が悪かった。
「邪魔だよ!」
怒号と共に恰幅の良い女性が背後を通り過ぎる。木箱を背負い先を急いでいた。咄嗟に身を躱さなければ危なかったかもしれない。
ここにいるとマズイ。
そう感じてここを離れる。その後は導かれるまま脳裏の道筋をなぞっていた。
それからはその日を凌ぐことだけを考えて行動した。
その途上で分かったことだが、どうやら僕はファンタジーよろしく異世界へ転生したか、転移したらしい。姿も色白の少年になっていて、異能が宿っていた。
知覚した場所へ瞬間移動する『転移』
知り得た情報を記録し閲覧できる『
望んだ結果までの道を示す『
これらは『
それを自覚してからは力が馴染む感覚がした。
それからは当座の行動に迷うことはなくなった。お金を稼ぐ場所を探し、そこで働いた。上手くやればもっと稼げただろうが、そう考えられたのは落ち着いた時のことだ。その時はその場をなんとかすることに必死になっていた。
そうして働き先で世話になり十日が過ぎた。
最初の数日は生き延びるだけで体力を使い果たしていたが、『
これは自分が望んだ結果へ至る道筋を示してくれる。その度に道をたどり結果を掴み取る必要はある。だけど、それで十分だった。
疲れるのなら、疲れを減らす方法を。その日暮らしを改善したければ、そのために必要なものを。『
だから、願わずにはいられなかった。
僕がこうして死してなお、もう一度生を受けているのならば。
転生など不思議な現象が実在するのならば。
あの子もこの世界のどこかにいるのではないのか。
また、僕と共にいてくれるのではないか。
……まあ、それは僕の願望に過ぎなかったんだ。
会いたいな
それでも生きていくためには何かをしなければならない。
前の世界でも、この世界でも変わらないことだった。
稼ぎ方を変えた。酒場の寄り合い所兼仕事の斡旋場だ。ならず者の寄り合いへ近づくのは気が進まなかったが、この世界での僕の生まれは不詳。そして、身元の分からない者に世間は優しくない。最初に雇ってくれた場所もあまりいい場所ではなかった。
それでもここを選んだ理由は明確だ。
稼げる。そして、雑多だが情報が集まるからだ。
僕はこの世界のことを知らない。だから、何ができるのかを知るためにそこを仮の拠点とすることにした。
それから色々な情報を集めた。
魔物のこと
竜種のこと
異種族のこと
悪魔のこと
そして、魔法のこと
多くのことを見て、知って、確認してきた。もちろん、日銭を稼ぐことも忘れない。その合間に時間をとってそれらの情報を精査していった。
得られた情報の中で一番有益だったのが『スキル』のことだ。その中でも僕が持っている
そして、その権能は時を経て研磨すれば神の如き全能に届きうる、と。
ただの酔っ払いの戯言だ。知っていることを誇張して話したのだろう。
だけど、そう吐き捨てるには僕の持つ
望めば対象への道を示す。言葉にすればそれだけ。代わりに道案内でも雇えばいい。
だが、だがだ。
僕の『
前回は「あの子もこの世界のどこかにいるのか」と問えば道が閉じる感覚がした。
だが、僕は『
いいや、願っていた。
あの子に、またあの子に会いたい
道が拓いた
けれど、その道はあまりに遠く今の僕には足を踏み入れることすらできなかった。
道は見つかった。次に必要なのはそこまで進めるだけの力だった。
◆
どうやらここで終わりらしい。
血が止まらない腹部に手を当てながら歩みを進める。すでに、意識は朦朧として能力行使も覚束ない。
失敗した。
走馬灯のように思考だけが奔る。
自分なら可能だと驕ったのだろう。道が拓いたあの日から一年。その間に受けた依頼の一つだった。いつものことのはずだった。だけどその日は示された道筋がか細いにもかかわらず、危険な依頼を受けた。報酬が太っ腹だったのもあるが、依頼書には依頼主が所持している蔵書の閲覧を許可する文言があった。
僕が色々な情報を集めているのを知っていたのだろう。実質的な指名依頼だ。
僕の権能は道筋を示しても、その理由や委細は教えてくれない。だから、最短距離を進もうとすれば僕自身に道筋の意図を察する知識が必要になる。そのため、知識の収集はあれからも続けていた。
危険な依頼だ。それでも、僕には知覚した場所へ飛ぶ『転移』と既知を記録する『
組み合わせれば、知覚した場所を記録して既知の場所へ飛ぶことが出来る。最高の帰還能力になる。
その他にも『
だが、示された道筋の意図を読み違え、僕は今、重傷を負っている。
放っておけば確実に野垂れ死ぬ。
死にたくない。
死にたくない。
まだ、君の声を聴いていない。
覚束ない足取りで、死から遠ざかろうとする。
でも、道は既に途切れかけている。
地面が顔の横にある。
「……酷い怪我だ。まだ、子どもじゃないか。こんなところで死なれちゃ今日のエールが不味くなるな!大丈夫だからな、辛抱しろ」
振動が響く。誰かの声がする。
道が拓いていく。
だけど、瞼は閉じていった。
どうやら僕はまだ生きているらしい。
横たわったままの視界に一組の男女が見えた。夫婦で暮らしているらしい。身体は痛んだが感謝を述べた。
すると、僕を助けた酒の匂いをまとった男は気にするなと笑った。目の前で死なれちゃ酒が不味くなる、とも言った。そう笑う男を、隣にいた女性が不機嫌そうに殴った。何が気に食わなかったのかは分からない。
女性は拳を痛めた様子もなく、僕の看病を始めてくれた。早く元気になって出ていってくれと言いながらも、包帯を巻く手つきはひどく丁寧だった。
身につけた感知能力の一つが、二人を不思議なほど眩しく映していた。
完治してからも僕はその家へ通った。
最初はただお礼をしに行った。
礼の酒は男が飲み干した。
次は、女性に向けて礼の品を渡した。
夕食をご馳走になった。
その次は、依頼の帰りに二人の様子を見に行った。
女性に忙しいと追い払われた。
それからも何度となく通うようになった。
通ううちに、二人にこの世界で暮らすための常識やまともな仕事の選び方も少しずつ教えてもらった。
依頼の合間。情報収集の帰り。
理由は何でもよかった。
余所者だと陰口を叩かれることもない。
僕の目を気味悪がることもない。
ただ、僕がそこにいることを何も言わず受け入れてくれる。
男の無遠慮な気遣い
女性の不器用な優しさ
それが僕の心の傷を癒していくようだった。
そんな最中、僕の活動は一つの転機を迎えた。
この世界には進化というものが存在する。よくあるRPGのように存在が一つ上の階梯へ昇る現象を指す言葉だ。
上位種の魔物は進化を経て生まれる。以前からそんな話は聞いていた。
だから、魔物特有の現象だと思っていた。
だが、人も上位種へ進化することがあるらしい。
そして、進化に伴って能力が成長することがあるとも。
『
空想が地に足をつけた気がした。
脳裏に浮かぶ進化への道筋は複数あった。
堕ちていく道*1
霞へ至る道*2
大きく遠回りする道*3
そして、羽化する道*4
どれが最短で最善かは分からない。
だが、明確な道は視えた。
あとは進むだけだ。
所持感知能力
『魔力感知』『熱源感知』
『魂視』魂の存在や状態を知覚する