転生したら八千年の遠回りをしていた件 〜生まれ変わっても、君と出会う〜 作:蠱毒は孤独
一継という名前にも、随分と慣れた。
三つへまとまった能力も同じだ。以前より見えるものが増えた。
遠くまで。
深くまで。
今まで別々にしか見られなかったものを並べて見ることもできる。
便利になった。それだけならよかった。
気になるものまで、よく見えるようになった。
昔から感じていた違和感。
原因が違う。通る道も違う。それなのに、最後には妙に似た場所へ寄っていく。
偶然と呼ぶには少し多い。けれど、以前の僕にはそれ以上が分からなかった。
今なら。
『
かぐやから聞いた未来の話。僕と出会ってから起きたこと。長い時間の中で覚えた違和感。
そして、僕の名前。
イツキ。
未来にいたかぐやはその名前を知っていた。その音を過去にいる僕へ渡した。
僕は一継を名乗る。この先も名乗り続ける。
そうして未来へ行けば、未来のかぐやは僕をイツキと知る。そして過去へ来た彼女が、また僕へその名前を渡す。
……あれ?
一度、考えるのを止める。
もう一度。
未来のかぐやが知る。
過去の僕へ教える。
僕が未来まで名乗る。
未来のかぐやが知る。
『誰が最初に付けたんだ?』
答えがない。
かぐやが「一継」という字を考えた瞬間はある。意味を付けた瞬間も。
でも、「イツキ」という音だけは違う。
始まりがない。
先へ進めば過去へ戻り、過去から進めばまた同じ場所へ着く。
小さな輪。
『
名前だけを見るのをやめ、かぐやが話した未来、彼女がここへ来たこと、僕がこれから進む時間、これまで感じてきた同じ結果へ寄ろうとする違和感を一つずつ繋いでいく。
最初は何本もの道に見えた。
枝分かれして、交わって、また離れる。
けれど、その先を追う。さらに先。もっと先へ。
やがて、一つの道が自分自身へ戻ってきた。
『……閉じてる』
世界そのものではない。
『
時間は進んでいる。
僕自身も、同じ時間を繰り返しているわけではない。今日が昨日へ戻るわけでもない。人は生まれて、歳を取り、死んでいく。世界はずっと先へ進んでいる。
なのに。
かぐやへ続く因果だけが、未来から過去へ伸び、そこからまた未来へ戻っていく。
輪になっていた。
名前はその中にあった小さな輪に過ぎない。今まで感じていた違和感も、その輪へ触れた時に起きていた。
原因を変えても。道を変えても。結果だけが元の場所へ戻ろうとする。
『そういうことか』
ようやく形が見えた。
けれど、分かったからといって、どうにかできるわけではない。
知ることと、変えることは違う。
今分かったのは、それだけだった。
◆
もう一度、名前を見る。
イツキ。
未来のかぐやが知っていた名前。
僕が受け取った名前。
これから僕が名乗り続ける名前。
考えれば考えるほど、どこにも最初がない。
なのに、今では自分の名前として馴染んでいる。
『一継?』
声が届いた。
『何?』
『さっきから静かじゃない?』
『ちょっと考え事』
『また難しいこと?』
『まあね』
『ふーん』
少し間が空く。
『終わったら来てね』
『分かった』
かぐやが呼んだ。
一継、と。
始まりが見つからない名前なのに、その音を呼ぶ声はちゃんと今ここにある。
僕自身も、その名前を自分のものとして返事をしている。
妙な話だ。
名前だけなら、小さな輪で済む。
けれど、気になって『
かぐやが話した未来。
ここへ来たこと。
僕がこれから進む時間。
これまで何度も感じてきた、違う道を通ったはずなのに同じ場所へ寄っていく違和感。
名前の輪だけでは説明できないものが、まだ残っていた。
追えば、何か見えるかもしれない。
そう思って手を伸ばしかけて、止めた。
まだ早い。
今分かっているのは、この因果が閉じていること。
そして、名前より大きな何かが、その中にまだ残っていること。
今はそれだけわかればいい。
◆
またある日。もう一度、因果を見る。
未来から過去へ伸び、そこからまた未来へ戻っていく道。その中に、今ここにいるかぐやもいる。
そこでふと考えた。
かぐやは僕を知っていた。イツキという名前を知っていて、その名前を僕へ渡した。
なら、今ここにいるかぐやは過去へ来る前に僕とは別の一継と出会っている。そして、その一継との時間を置いてここへ来た。
──離れて。
一瞬、背中が冷えた。
この輪が続けば。
この先、僕が出会うかぐやも同じなのか。
いつか僕との時間を置いて過去へ向かう。
僕はそのかぐやを見送ることになる。
そう考えた瞬間、さっきまでただの形に見えていた輪が急に別のものに見えた。
嫌だ。
阻止する方法はないのか。この因果から外れる方法。
同じ場所へ戻ろうとするなら、その輪そのものを断てばいいのか。
そこまで考えて止まる。
この輪を単純に切ればどうなる。
僕とかぐやが出会ったことも、この中にある。今ここにいる僕自身も。名前だってそうだ。
何を残して、何が消えるのか。
分からない。
かぐやを失いたくないからといって分からないものを力任せに壊して、その結果かぐやとの今までが消えたら意味がない。
知ることと、変えることは違う。
原因を消せばいいわけじゃない。結果だけを拒めばいいわけでもない。
何を残して、何を変えればいいのか。そもそもそんなことができるのか。
一つを変えれば、別の何かが崩れるかもしれない。どれかを残すために、どれかを切り捨てるのでは意味がない。
今ある三つの力で見えたのは答えじゃなかった。
問題の形と、やってはいけないこと。
それからその先へ進むには、まだ何かが足りないということだけだ。
『一継ー!』
少し離れたところから呼ばれる。
『今行くよ』
『遅い!』
『ごめん』
声のする方へ歩き出す。
また名前を呼ばれた。
始まりのない名前。
それでも今は、僕の名前だ。
答えはまだない。
なら、探せばいい。
今、答えを決めるのは僕じゃない。
かぐやが、自分で選べるところまで。
その道を閉ざさないために、僕ができることを。