【本編完結】転生したら八千年の遠回りをしていた件 〜生まれ変わっても、君と出会う〜   作:蠱毒は孤独

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後日談.晩酌クッキング配信

 

 まな板の上に、でんっ、と銀色の巨体が横たわっている。

 

 でっかい。

 

 いや、分かってたけど。買う時も一継と二人で見てたし、運ぶ時だって結構な重さだったし。

 

 でも、改めて台所に置いてみると、やっぱりでっかい!

 

 「一継、見てこれ! めっちゃ立派じゃん!」

 「うん。いいブリだね。鮮度も問題なさそうだし、今日は色々作れそうだよ」

 「でしょー! もう今からちょー楽しみなんだけど!」

 

 私はまな板の端からはみ出しかけている尻尾を持ち上げ、カメラにどう映るか確かめてみる。

 

 銀色のお腹に、青みがかった背中。まん丸で澄んだ目。身の詰まった魚体を見ていると、まだ一口も食べてないのにお腹が空いてくる。

 

 うん。最高。

 

 「かぐや、カメラはもう少し右かな」

 「ん? こう?」

 「もう少し。……あ、そこ」

 「オッケー!」

 

 キッチンに据えたカメラの画面には、大きなブリと私、それから隣で袖をまくっている一継が綺麗に収まっていた。

 

 一継はもうエプロンをつけて、包丁の準備も済ませている。

 

 ほんと、準備いいなあ。

 

 私が配信の設定を確認している間に、まな板の位置まで調整してくれていたらしい。

 

 そんな一継の横顔を見ていたら、キッチンの向こうで、プシュッ、と小気味いい音がした。

 

 「……彩葉、もう開けてるじゃん!」

 「いいでしょ。明日休みなんだから」

 

 リビングのソファに座った彩葉が、ビールの缶を掲げてみせる。

 

 隣にはヤチヨ。

 

 こっちはグラスを二つ並べて、やけに上機嫌だ。

 

 「ふっふーん。休日前夜の晩酌会、ただいま開会準備中でございまーす!」

 「まだ配信始まってないってば!」

 「だから準備中なの。ね、いろは?」

 「そうそう。準備は大事」

 「お酒飲む準備だけ早すぎるんだけど!」

 

 彩葉がしれっと缶に口をつける。

 

 ヤチヨはその隣で、声を立てて笑っていた。

 

 ……まあ、いっか。

 

 最近の彩葉、帰ってきても仕事のこと考えてる顔が多かったし。明日は休みなんだから、今日は好きにしてほしい。

 

 でも。

 

 「二人とも、乾杯はちゃんと待っててよ! 最初だけカメラ向けるから!」

 「はーい!」

 「分かってるって。……ヤチヨ、そっちのグラス取って」

 「はいはい。いろは専用、きんきん冷え冷えグラスのお届けでーす」

 「ありがと」

 

 ……あの二人、もう始まってない?

 

 いいけど。

 

 私は配信開始のボタンに指を置いた。

 

 「よーし。それじゃ、いっくよー!」

 

 画面に接続表示が灯る。

 

 待機していたリスナーたちのコメントが、勢いよく流れ始めた。

 

 「かぐやっほー! みんな元気ー!? 今日は予告通り、晩酌クッキング配信でーす!」

 

 :かぐやっほーーー!!

 :待ってました!

 :今日は料理回!

 :一継さんいる?

 :四人集合って聞いて飛んできた

 :晩酌と聞いて

 

 「いるいる! でも、まずはそっちじゃないんだなー!」

 

 私はカメラを三脚から持ち上げて、リビングへ向けた。

 

 「じゃじゃーん! 今日の飲む係、こちらのお二人!」

 「かんぱーい!」

 

 ヤチヨがぱっとグラスを掲げる。

 

 「……乾杯」

 

 彩葉も少し照れたようにグラスを持ち上げ、二人で軽く合わせた。

 

 カチン、と澄んだ音が響く。

 

 :ヤッチョじゃん!!

 :Dr.酒寄、もう飲んでるw

 :研究のニュースで見た人がビール持ってる

 :受肉後のヤチヨ、何度見てもすごい

 :もうこの光景に慣れた自分が怖い

 :慣れたけど毎回拝んでる

 

 「拝むの早いって! 二人は今日は飲みながら好き勝手言う係だから!」

 「かぐやー、おつまみはー?」

 「まだ作ってないでしょ! ちょっと待ってな!」

 「えー、ヤチヨお腹すいた~」

 「はいはい。先にチーズ食べよ、ヤチヨ」

 「わーい!」

 

 ……本当に自由だな、あいつら!

 

 私は笑いながらカメラをキッチンへ戻し、最初に決めていた位置へ固定した。

 

 ここから先、カメラに映るのはキッチンだけ。

 

 でも、カウンターの向こうにはリビングがあるし、二人の声だってちゃんと聞こえる。

 

 「さあ! 今夜の主役をご覧あれ!」

 

 私はまな板の上のブリを両手で指し示した。

 

 「どーん!! ブリ、丸ごと一尾! 今日はこいつを端から端まで、美味しく食べ尽くしまーす!」

 

 :でっっっか

 :想像の三倍デカい

 :ブリ一尾!?

 :料亭始まった?

 :これ全部捌くの?

 

 「捌くに決まってんじゃん! そのために買ってきたんだから!」

 

 隣を向く。

 

 「そして本日の助っ人! 一継でーす!」

 「どうも。今日は一緒に料理します」

 

 軽く会釈する一継。

 

 :代表いたああああ

 :ツクヨミ運営代表、エプロン装備

 :ニュースで見る肩書きとの落差よ

 :葛原イッキさん、また普通に出てる

 :この枠だと代表なの忘れる

 

 「今日は代表とか関係ないからね! かぐやと一継の共同作戦だから!」

 「共同作戦なんだ」

 「そう! まずはこのブリを攻略するの!」

 「なるほど。じゃあ、作戦開始だね」

 「うん!」

 

 そうして私たちは、並んで包丁を手に取った。

 

     ◆

 

 

 ブリの鱗は細かい。

 

 尾の方から包丁を滑らせると、銀色の小さな鱗がぱらぱらと剥がれていく。

 

 「見て見て! この感じ、めっちゃ気持ちいい!」

 「飛ばしすぎないようにね。こっちに受け皿置こうか」

 「ありがと! ……っと、ここも残ってるな」

 

 鱗を取って、洗って、また確かめる。

 

 ずっしりとした魚の重さ。濡れた皮の感触。指先に残る冷たさ。

 

 ツクヨミの中にいた頃は、味も匂いも、こんなふうには感じられなかった。

 

 だから今は、魚を触ってるだけでもちょっと面白い。

 

 いや、面白いっていうか。

 

 いい。

 

 すごくいい。

 

 「かぐや、ヒレの付け根、もう少し」

 「あ、ほんとだ。サンキュー!」

 

 私が手を伸ばす前に、一継が濡れ布巾を取ってくれる。

 

 受け取って手元を拭くと、今度は私が使いやすい位置へボウルを寄せてくれた。

 

 それがいちいち自然で、なんか笑っちゃう。

 

 「一継、ほんと気が利くよね」

 「そうかな。かぐやが次に何をしたいか、分かりやすいからじゃない?」

 「えー、何それ。私、そんな分かりやすい?」

 「料理してる時は特にね」

 「ふーん?」

 

 ちょっとだけむくれてみせる。

 

 でも、悪い気はしなかった。

 

 「よし、次は頭!」

 「そこは僕がやろうか。骨が太いし、包丁を傷めたくないから」

 「えー! 私だってできるし!」

 「うん、知ってるよ。そのあと三枚におろすところは、かぐやにお願いしたいんだ」

 「……なるほど?」

 

 たしかに、刺身用の身を綺麗におろす方が、私としてもやりたい。

 

 「じゃあ頭は一継に任せた! でも、そのあと私の番だからね!」

 「もちろん」

 

 出刃包丁を渡す。

 

 一継は胸びれの後ろへ刃を入れ、骨の位置を確かめるように手を動かした。

 

 力任せじゃない。

 

 角度を少し変えて、刃先を通して。

 

 ごとり。

 

 大きな頭が外れた。

 

 「おおおっ! 今の見た!? めっちゃ綺麗!」

 「よし。じゃあ次、どうぞ」

 「任せて!」

 

 :代表の手際いいな

 :無駄がない

 :かぐや、嬉しそうw

 :二人とも料理できるの強い

 :頭落としてもらった瞬間からもう次のこと考えてる

 

 「当然でしょ! 今日はいっぱい作るんだから!」

 

 内臓を取り除き、血合いを洗い流して、いよいよ三枚おろし。

 

 私が身に刃を入れると、一継が反対側からそっと魚を支える。

 

 ちょうど刃を通したいところで、押さえていた手が緩む。

 

 身を持ち上げたいと思うと、今度はそこへ指が入る。

 

 「……あれ?」

 「どうしたの?」

 「いや、なんでもない!」

 

 何も言ってないのに、めっちゃやりやすい。

 

 私が包丁を引くと、一継が身を支える。

 

 止まれば待ってくれる。

 

 少し角度を変えると、すぐに合わせてくれる。

 

 なんだこれ。

 

 息、合いすぎじゃない?

 

 :今の連携すご

 :無言で通じてる

 :かぐやが包丁動かす前にもう押さえてる

 :熟練の共同作業

 :なんか仲良くていいな

 

 「ふふん。そうでしょ、そうでしょ!」

 

 私が得意げに笑うと、一継も横で小さく笑った。

 

 ふと、十年前の夏を思い出す。

 

 あの夏、この同じ台所で白甘鯛の寿司を握っていた時、彩葉が花火に誘ってくれた時には一継はここにいなかった。

 

 今はいる。

 

 すぐ隣で、私が動くのに合わせて手を動かしてくれている。

 

 それが、ちょっと。

 

 ……いや。

 

 かなり嬉しい。

 

 「一継!」

 「うん?」

 「そっち、もうちょっと持ち上げて! そうそう! そのまま!」

 「はい」

 

 包丁を最後まで滑らせる。

 

 するりと、大きな半身が外れた。

 

 「とったーーーっ!」

 「綺麗におろせたね」

 「でしょ!? ほら、骨! ほとんど身が残ってない!」

 

 私は中骨を持ち上げ、カメラへ見せつける。

 

 :うまっ

 :すげええええ

 :さすがかぐや

 :一継さんのサポートも完璧

 :これが共同作戦か

 

 「そう! これが共同作戦! かぐやと一継、最強の台所コンビだから!」

 「台所コンビ、いいね」

 「でしょ!」

 

 なんか、一継まで楽しそうだ。

 

 へへ。

 

 今日はまだまだ、いっぱい作るぞ〜。

 

 

     ◆

 

 

 半身を柵に分けて、料理ごとの準備を進める。

 

 刺身はもちろん、豪快な姿造り。

 

 あとは冷しゃぶ、カルパッチョ、カマの塩焼き。頭や骨はあら汁にする。

 

 「一尾あれば、こんだけできるんだよねー!」

 「食べきれない分はちゃんと保存しようね」

 「分かってるって! まずは今日のご馳走!」

 

 背側の身を薄く引いて、大皿に少しずつ並べていく。

 

 頭と尻尾を飾り、大根のツマを盛って、切り身を扇形に重ねる。

 

 うんうん。いい感じ。

 

 「……よし! まずは姿造り、完成ー!」

 

 :綺麗!!

 :これ自宅でやる料理?

 :居酒屋で出てくるやつ

 :腹減ってきた

 :一緒に晩酌したい

 

 「でしょー? でも、まだまだだから! ここからが本番だからね!」

 

 私は皿をカウンターの内側へ寄せて、リビングの方を見た。

 

 「おーい、そこの呑んだくれ二人ー! お刺身できたよー!」

 

 返事がない。

 

 ……ん?

 

 顔を上げる。

 

 ソファの上で、彩葉とヤチヨがぴったりくっついていた。

 

 ヤチヨが彩葉の肩に頭を乗せて、何か楽しそうに話している。

 

 彩葉はグラスを片手に、いつもより緩んだ顔で頷いていた。

 

 「ねえ、いろは。これ美味しいよ」

 「ん? どれ?」

 「はい、あーん」

 「え、自分で食べられ……」

 「はい、どうぞ~」

 「……ん」

 

 ぱくっ。

 

 彩葉がヤチヨの差し出したチーズを食べた。

 

 「……美味しい」

 「でしょ? ヤッチョのおすすめなのです~」

 「はいはい、ありがと」

 

 そのままヤチヨが、彩葉の口元についた小さな欠片を指先で取る。

 

 彩葉は何も言わない。

 

 それどころか、ヤチヨが肩に寄りかかってくると、ちょっとだけ体勢を変えて、座りやすくしてあげている。

 

 ……。

 

 ……は?

 

 何あれ。

 

 あーんしてる。

 

 口元拭いてる。

 

 くっついてる。

 

 しかも二人とも、めちゃくちゃ自然にやってる!

 

 いや、仲良しなのはいいけどさ。

 

 そりゃ嬉しいけどさ!

 

 彩葉は私のいろPなんですけど!

 

 ヤチヨだって、さっきまで私の料理楽しみにしてたじゃん!

 

 こっちは一継と二人で頑張って魚捌いてるのに、何であっちはもう完全に二人の世界に入ってんの!?

 

 ずるい!

 

 「……そこぉーーーーっ!!」

 

 私が叫ぶと、二人が揃ってこっちを向いた。

 

 「かぐや?」

 「なあに~?」

 

 私は菜箸を握り、リビングへビシッと突きつける。

 

 「かぐやと一継おいて、二人でイチャイチャするなぁーーーっ!!」

 「はあ!?」

 

 彩葉が勢いよく顔を上げた。

 

 「イチャイチャなんてしてないでしょ!」

 「してたじゃん! めっちゃしてたじゃん! あーんしてたし!」

 「ヤチヨが食べさせてくれただけ!」

 「それがイチャイチャだって言ってんの!」

 「違うってば!」

 

 ヤチヨはというと、彩葉の肩に寄りかかったまま、口元を押さえて笑っている。

 

 「えへへ。いろは、怒られちゃったね」

 「ヤチヨもでしょ!」

 「えー? だって、いろは可愛いんだもん」

 「そ、そういうこと言わない!」

 

 彩葉の顔が、また赤くなった。

 

 ……もう!

 

 本人たちはこんな感じなのに、マイクはしっかり声を拾っている。

 

 :何が起きてるwww

 :画面外が賑やか

 :あーんは聞こえた

 :Dr.酒寄、完全に楽しんでるな

 :かぐや、怒りの抗議

 :「かぐやと一継をおいて」←ここ大事

 

 「ほら! リスナーにもバレてんじゃん!」

 「バレるも何も、何もしてないって!」

 「ふーん?」

 

 そこでヤチヨが、にやりと笑った。

 

 嫌な予感。

 

 この顔、絶対なんか言うやつだ。

 

 「ねえ、かぐや。そんなこと言うけどさ~」

 「……何?」

 「そっちこそ、さっきから一継と息ぴったりじゃん?」

 「え?」

 「包丁渡すタイミングも、魚押さえるタイミングも、ぜーんぶぴったり。見ててびっくりしちゃった」

 「そ、それは料理してるからでしょ!」

 「そうそう。あまりにも仲良しだったから、熟年夫婦の台所かと思ったよ~」

 「ふ、夫婦じゃないやい!!」

 「おやおや、これは失礼~」

 

 ヤチヨが楽しそうに手を振る。

 

 すると彩葉まで、勢いを取り戻したようにこちらを指さしてきた。

 

 「そうよ! こっちは普通におつまみ食べてただけなのに、そっちは何なのよ!」

 「だから料理!」

 「『一継、そこ持って!』『うん、こうだね』ってさ! 何も言わなくても通じてるし! そっちこそ二人の世界作ってたじゃない!」

 「作ってない! 料理してるだけだってば!」

 「へえ。料理してると、ああなるんだ?」

 「なるよ! 二人で料理してたら、そりゃなるでしょ!」

 「ふーん?」

 「……あっ」

 

 しまった。

 

 彩葉とヤチヨが、同時に笑った。

 

 「なるんだ~?」

 「なるのねえ?」

 「ちょ、二人してその顔やめてよ!」

 

 :完全に誘導されてるwww

 :かぐや自爆

 :ヤチヨちゃん強い

 :Dr.酒寄の反撃始まった

 :代表は何してるんだ

 

 代表?

 

 そうだ!

 

 「一継! ほら、なんか言ってやって!」

 

 隣を振り向く。

 

 一継は私たちのやり取りを聞きながら、洗った包丁を布巾で拭いていた。

 

 私と目が合う。

 

 「ああ、うん」

 

 よし!

 

 言ってやれ、一継!

 

 一継はリビングに向き直り、落ち着いた声で言った。

 

 「彩葉さん、飲みすぎには気をつけてね。お水も飲んでおいた方がいいよ」

 「……」

 「……」

 「……一継、そこじゃないッ!!」

 

 思わずカウンターに突っ伏した。

 

 もう!

 

 なんでそうなるの!?

 

 横では一継が、不思議そうに首を傾げている。

 

 「え? でも、さっきから結構飲んでるみたいだから」

 「そうだけど! そうじゃなくて!」

 「ふふっ。ほら、いろは。代表からのご指導だよ~」

 「何で私に飛び火すんのよ!」

 

 :wwwwwww

 :代表、安定してる

 :真面目に心配してるの草

 :かぐやの援護失敗

 :四人とも仲良しすぎる

 :良き……

 

 「もーっ! いい! 料理戻る!」

 

 私は菜箸を置き、袖をまくり直した。

 

 「次! 絶対美味いやつ作って、二人とも黙らせるから!」

 「楽しみにしてるよ~」

 「早く食べたい!」

 「……食べ物には素直なんだから!」

 

 一継が隣で肩を揺らして笑っている。

 

 「一継も笑ってないで手伝って!」

 「はいはい。次はどれにする?」

 「冷しゃぶとカルパッチョ! あと、カマ!」

 「了解」

 

 よし。

 

 切り替え切り替え。

 

 料理で勝負だ!

 

 

     ◆

 

 

 冷しゃぶ用に薄く引いたブリを、温めた出汁にさっとくぐらせる。

 

 表面が白く変わったところで引き上げて、氷水で冷やす。

 

 「ほら見て! 綺麗でしょ!」

 「うん。夏はこういう食べ方もいいね」

 「でしょー!」

 

 夏のブリは、冬ほど脂が乗っているわけじゃない。

 

 だから今日は、さっぱり食べられる料理も多め。

 

 冷しゃぶにはポン酢。

 

 カルパッチョにはオリーブオイルとレモン、それからトマトと大葉。

 

 薄く切った身を皿に並べて、仕上げに黒胡椒を振る。

 

 「はいっ! 二品まとめて、どーん!」

 

 :美味そう!!

 :夏向きだ

 :カルパッチョ絶対食べたい

 :料理配信なのに手際よすぎて見入る

 

 「まだ終わんないよ! こっから大本命!」

 

 私はバットに置いたカマを持ち上げた。

 

 大きい。

 

 身もたっぷりついてるし、これは絶対に美味しい。

 

 塩を振りながら、ふと想像する。

 

 これを網に乗せて。

 

 じっくり、じっくり炭で焼いて。

 

 皮がパリッパリになったところを、熱いうちに……。

 

 「……あー、やっぱカマは炭火で焼きたいなー!」

 「タワマン!!」

 

 即答だった。

 

 リビングから、彩葉の鋭い声が飛んでくる。

 

 「まだ何も言ってないじゃん!」

 「言ったでしょ! 炭火って!」

 「いやでもさ、炭の香りっていいじゃん! 外で焼いたら絶対美味しいし!」

 「バルコニー狭いの知ってるでしょ! ここで炭なんか起こさないでよ!」

 「ちぇー!」

 

 :出たwww

 :伝統芸能

 :炭とタワマンの因縁

 :シラカワ回を思い出す

 :十年経っても変わらないやり取り

 

 「だって美味しいんだもん!」

 「美味しいかどうかの問題じゃない!」

 「じゃあ、換気扇の下なら……」

 「炭はダメ!」

 「えー!」

 

 何年経っても、彩葉は厳しい。

 

 でも、私だって分かってる。

 

 この部屋で炭を起こしたらダメなのは。

 

 分かってるけど、言ってみたくなるじゃん!

 

 私は隣の一継を見上げた。

 

 「……一継ぃ」

 「うん?」

 「やっぱ炭、無理?」

 「そうだね。この部屋ではやめておこう」

 「……そっかぁ」

 

 ちょっと残念。

 

 すると、一継が引き出しを開けて、料理用のバーナーを取り出した。

 

 「代わりに、こっちはどうかな」

 「お?」

 「グリルで中まで焼いて、最後に皮目だけ炙るんだ。炭火とは違うけど、香ばしく仕上げられるよ」

 「……火!」

 「うん。火だね」

 「いいじゃん、それ! 火なら許す!」

 「許可いただきました~」

 

 リビングから、ヤチヨの声。

 

 「ヤチヨ、今の何!?」

 「かぐや様の厳正なる審査を通過しました、ってこと~」

 「そう! 厳正な審査の結果、採用!」

 「はーい、おめでとうございまーす!」

 「ヤチヨまで乗らないの」

 

 彩葉が呆れた声を上げる。

 

 「でも、いい代案でしょ?」

 

 一継が笑う。

 

 「うん! 一継、天才!」

 「じゃあ、焼いていこうか」

 「よーし!」

 

 カマをグリルに入れる。

 

 じりじりと脂が落ちる音がして、しばらくすると、香ばしい匂いがキッチンに広がってきた。

 

 この匂い。

 

 たまんない。

 

 「うわー……絶対美味しいやつじゃん……」

 「まだ焼いてる途中だよ」

 「分かってるって! でも匂いでもう勝ってる!」

 「じゃあ、最後まで上手く仕上げよう」

 「おっけい!」

 

 焼き上がったカマを耐熱皿に取り出す。

 

 一継が換気扇を強くして、皮目をバーナーで炙った。

 

 青い炎が当たると、脂がぱちぱちと弾ける。

 

 「うわああ! 見て見て! めっちゃいい色!」

 「うん。これくらいでよさそうだね」

 「はー! 美味そう!」

 

 リビングからも声がした。

 

 「……ちょっと、すごくいい匂いするんだけど」

 

 彩葉だ。

 

 顔を上げると、ソファから立ち上がって、ふらふらとカウンターまで歩いてきていた。

 

 頬が赤い。

 

 さっきより、明らかに赤い。

 

 「彩葉、結構飲んだ?」

 「飲んでない」

 「いや飲んでるでしょ!」

 「適量」

 「絶対適量じゃないって!」

 「……ねえ、かぐや」

 「何?」

 

 彩葉がカマをじっと見つめる。

 

 「ブリってさ、泳ぎ続ける魚でしょ」

 「うん?」

 「血合いが赤いのって、ミオグロビンが多いからなの。酸素を蓄えるタンパク質ね。で、あの筋肉の……」

 

 始まった。

 

 Dr.酒寄の講義が始まった。

 

 「彩葉?」

 「だからね、回遊魚の筋肉の使い方って、すごく面白くて。魚の種類によっても違うんだけど……」

 「はいはいはい!」

 

 私は箸でカマの身を少しほぐした。

 

 ちゃんと火が通っているのを確かめて、少し冷ます。

 

 「はい、先生。難しい話は一旦おしまい! 味見!」

 「え、ちょっと、私まだ説明……」

 「いいから! あーん!」

 

 彩葉が一瞬だけこちらを睨む。

 

 でも、差し出した身を見ると。

 

 「……ん」

 

 素直に口を開けた。

 

 ぱくっ。

 

 もぐもぐ。

 

 「……」

 

 ……。

 

 「……おいし」

 

 急に声が小さくなった。

 

 「でしょー!」

 「……皮、香ばしい。身も柔らかい……」

 

 彩葉が目を細める。

 

 さっきまで早口で説明してたのに、今はもう、すっかり幸せそうだ。

 

 「……もう一口」

 「えー! 今度は自分で取ってよ!」

 「ケチ」

 「ケチじゃない! まだみんなで食べるんだから!」

 「いろはー、私の分は~?」

 

 後ろからヤチヨがやってきた。

 

 「はいはい、ちゃんとあるよ! 二人とも、完成までちょっと待って!」

 「はーい」

 「……分かった」

 

 素直!

 

 美味しいものを前にすると二人とも素直!

 

 :Dr.酒寄、講義止まったw

 :一口で黙るの可愛い

 :研究の説明してる時と別人すぎる

 :本人は真剣に美味しいだけなのがまた

 :ヤチヨちゃんも食べたそう

 

 「よーし! じゃあ最後、あら汁!」

 

 アラを丁寧に下処理して、昆布出汁の鍋へ。

 

 煮立たせすぎないように火を見ながら、浮いてくるアクを取っていく。

 

 一継が隣でネギを刻んでくれる。

 

 「一継、そっちもう大丈夫?」

 「うん。味噌、溶こうか」

 「お願い!」

 

 私が鍋を支える間に、一継が味を整える。

 

 湯気がふわっと立ち上った。

 

 魚の旨味が、味噌の香りに混じってキッチンいっぱいに広がる。

 

 「……っはー! いい匂い!」

 「味、見てみる?」

 「見る!」

 

 小皿に取って、少し冷ましてから一口。

 

 ……。

 

 「うまっ!!」

 

 思わず一継を見た。

 

 「一継、これめっちゃ美味しい!」

 「良かった」

 「いやほんと! ブリすごい! 味噌すごい! 私たちすごい!」

 「最後は僕たちなんだ」

 「当たり前じゃん!」

 

 一継が、声を立てて笑った。

 

 

     ◆

 

 

 カウンターの上に、料理がずらりと並んだ。

 

 大皿いっぱいのブリの姿造り。

 

 さっぱりした冷しゃぶ。

 

 色鮮やかなカルパッチョ。

 

 香ばしく焼いたカマの塩焼き。

 

 それから、湯気の立つあら汁。

 

 すごい。

 

 我ながら、すごい。

 

 「……一継」

 「うん?」

 「これ、勝ったね」

 「何に?」

 「今夜の晩ごはんに!」

 「なるほど。それなら大勝利だ」

 「ドヤァ〜!」

 

 私はカメラの前に立ち、両手を大きく広げた。

 

 「おまえらー! 刮目せよ!!」

 

 :おっ

 :完成か!?

 :来るぞ

 

 「かぐやと一継の共同作戦、大・成・功ーっ!! 天然……じゃなかった、今夜の特製ブリ尽くし! 堂々完成でーーーす!!」

 

 :888888888!!

 :すげええええ

 :めっちゃ美味そう!

 :これ全部二人で作ったのか

 :飯テロが過ぎる

 :代表と歌姫の料理番組、定期開催してくれ

 

 「いやー、最高! ね、一継!」

 「うん。美味しそうにできたね」

 「『できた』じゃなくて、まだ食べるまでが共同作戦だから!」

 「それもそうだね」

 

 私は出来上がった料理を、順番にカメラへ見せていく。

 

 姿造りの迫力にコメントが盛り上がり、カマの焼き色でまた盛り上がる。

 

 リビングからは、待ちきれない二人の声。

 

 「かぐやー! もう食べていい!?」

 「もうちょっと!」

 「えー! お腹すいた~!」

 「ヤチヨ、もう少し待とう。私も食べたいけど」

 「いろはもじゃん~」

 「だって美味しそうなんだもん」

 

 ……あはは。

 

 ヤチヨの隣にいる彩葉は、いつもよりずっと素直だ。

 

 配信に映ってないところで、二人でグラスを合わせて。

 

 おつまみを分け合って。

 

 何でもないことみたいに、肩をくっつけて笑って。

 

 でも、彩葉がヤチヨを見つめる時の顔には、今でもたまに、昔からのファンだった頃の彩葉が混じる。

 

 ヤチヨが笑うと、ちょっと見惚れて。

 

 目が合うと、照れ隠しみたいに文句を言って。

 

 そんな顔を何度も見ているうちに、私の方まで嬉しくなってくる。

 

 「彩葉ー!」

 「何ー?」

 「ヤチヨと飲めて、そんなに楽しいー?」

 「……は!?」

 「だって、ずっとニヤニヤしてるじゃん!」

 「してないしてない!」

 「してるよ~。いろは、今日はずっとご機嫌だもん」

 「ヤチヨまで!」

 「えへへ。ヤチヨも楽しい~」

 「……もう」

 

 彩葉の声が、ふっと柔らかくなった。

 

 「……そりゃ、楽しいに決まってるでしょ」

 

 ヤチヨが一瞬だけ黙って、それから。

 

 「ふふ。そっかぁ」

 

 そう言って、嬉しそうに笑った。

 

 ……うん。

 

 いいじゃん。

 

 すごく。

 

 私は隣の一継を見上げる。

 

 「一継、そろそろ食べよ!」

 「うん。じゃあ、僕も少し飲み物を用意しようかな」

 「何飲む?」

 「梅酒にしようかな。少しだけ」

 「ビールじゃないんだ?」

 「苦いのはちょっと苦手でね」

 「知ってる!」

 

 :代表、ビール苦手なのか

 :意外な情報

 :梅酒派、覚えた

 :かぐやの「知ってる!」が強い

 

 「へへ。かぐやは知ってるもんね!」

 「そうだね」

 「じゃあ私、グラス取る! 一継はお酒お願い!」

 「了解」

 

 カウンターの端へ飲み物を並べる。

 

 リビングの方でも、彩葉とヤチヨがグラスを持ち上げた。

 

 画面に映るのは私と一継だけ。

 

 だけど、声は四人分。

 

 「それじゃー!」

 

 私はグラスを掲げた。

 

 「ブリ尽くし完成記念! かんぱーい!」

 「乾杯」

 「かんぱーい!」

 「……乾杯!」

 

 四つの声が重なった。

 

 それぞれ、軽く一口。

 

 私は炭酸の弾ける感じに目を細めて、それから刺身を一切れ取った。

 

 醤油を少しつけて、口へ。

 

 ……。

 

 「んんっ! うっま!!」

 

 思わず声が大きくなった。

 

 「一継、食べて! これほんと美味しい!」

 「いただきます」

 

 一継も刺身を一切れ食べる。

 

 ゆっくり噛んで、それから頷いた。

 

 「うん。いいね。綺麗におろせてるし、身も美味しい」

 「よしよしっ」

 

 リビングからも、すぐに声が飛んできた。

 

 「かぐや! カルパッチョ美味しい!」

 「ほんと!? やった!」

 「ヤッチョ、カマ好き~! これまた作って!」

 「いいよー! また一緒に食べようね!」

 「やったー!」

 

 コメント欄にも、次々と文字が流れていく。

 

 :美味しそうに食べるなあ

 :この時間に見る配信じゃなかった

 :全員楽しそうで何より

 :昔から見てるけど、こんな日が来るとは

 :四人の空気、好きだわ

 

 私は画面を眺めながら、ちょっとだけ笑った。

 

 何万人もの人が、今、私たちを見ている。

 

 楽しそうだって言ってくれて。

 

 美味しそうだって騒いでくれて。

 

 こうして一緒に盛り上がれるのは、やっぱり嬉しい。

 

 でも、それとは別に。

 

 今日、隣に一継がいるのが嬉しい。

 

 包丁を渡してくれて。

 

 魚を押さえてくれて。

 

 一緒に料理して。

 

 同じ皿から刺身を取って、美味しいって笑ってくれる。

 

 見ているだけじゃなくて。

 

 今、すぐ隣に。

 

 「……かぐや?」

 

 一継が私を見る。

 

 「あ、ううん!」

 「どうしたの?」

 「なんでもない!」

 

 そう言ってから、ちょっと考え直した。

 

 なんでもなくはない、か。

 

 「……今日さ、一緒に料理できて楽しかった!」

 

 一継が、目を細めた。

 

 「うん。僕も楽しかったよ」

 「へへ。じゃあまたやろ!」

 「もちろん」

 

 その返事があんまり普通で、私はまた笑ってしまった。

 

 そうだよね。

 

 またやればいいんだ。

 

 料理も。

 

 配信も。

 

 なんなら、今度はもっと大きい魚でもいい。

 

 「よーし! 決めた!」

 「何を?」

 「次はマグロ!」

 「マグロ?」

 「うん! 今日のブリよりもっとでっかいやつ!」

 「……このキッチンに入る大きさにしておこうか」

 「えー! そこは夢見させてよ!」

 「夢はいいけど、冷蔵庫の大きさも考えないとね」

 「むー……じゃあ、入るやつ!」

 「それなら大丈夫そうだ」

 

 :次回予告きた

 :もう次の魚w

 :代表、即座に現実的な条件を出す

 :かぐやのやる気が止まらない

 :この二人、ほんと楽しそう

 

 「あはは! じゃあ、次も楽しみにしててね!」

 

 私はカメラへ向き直った。

 

 「というわけで! 今日はここまで! ここから先は四人でゆっくり食べるから、配信はおしまいでーす!」

 

 :おつかぐ!

 :お疲れさまー!

 :楽しかった!

 :ブリ買ってくる

 :次回も待ってる

 

 「みんなもちゃんと美味しいもん食べろよ! お風呂入って、あったかくして寝る!」

 

 少しだけ身を乗り出して、手を振る。

 

 「じゃあねー! おつかぐやーーーっ!」

 

 コメントが一気に流れる。

 

 私は笑いながら、配信終了のボタンを押した。

 

 

     ◆

 

 

 画面が暗くなる。

 

 さっきまでコメントが流れていた場所が、静かな待機画面に戻った。

 

 「ふーっ! 喋った喋った!」

 

 私は肩をぐるぐる回し、エプロンを外した。

 

 「かぐや、お疲れさま」

 「一継も! 楽しかったね!」

 「うん」

 

 キッチンの料理を、二人でダイニングテーブルへ運んでいく。

 

 リビングでは彩葉とヤチヨが、まだ仲良く並んでいた。

 

 「かぐやー、早くおいでよ~!」

 「今行くってば!」

 「お刺身、もう食べていい?」

 「さっきから食べてるじゃん!」

 「それは味見!」

 「絶対違う!」

 

 ヤチヨが、けらけら笑う。

 

 彩葉もつられて笑っていた。

 

 一継があら汁のお椀を並べてくれる。

 

 私が最後の大皿を置くと、ようやく四人分の食卓が完成した。

 

 「はいっ! 改めまして、いただきまーす!」

 「いただきます」

 「いただきまーす!」

 「……いただきます」

 

 箸を伸ばす。

 

 さっき味見した時より、なんだかもっと美味しく感じる。

 

 あら汁の湯気が、ふわっと顔にかかった。

 

 「……はー、美味しい!」

 「かぐや、これ本当に美味しいね」

 

 ヤチヨがカマをほぐしながら言う。

 

 「でしょー! もっと褒めていいよ!」

 「すごいすごい。かぐやは天才料理人~」

 「えへへ!」

 「……でも、一継も頑張ってたからね」

 「もちろん! 二人ともありがと」

 

 彩葉がグラスを置き、こっちを見る。

 

 その顔は、もうすっかり赤い。

 

 「美味しいよ。ほんと」

 

 いつもなら、もうちょっと照れ隠しするところなのに。

 

 今日はやけに素直だ。

 

 「……彩葉、酔ってる?」

 「酔ってない」

 「絶対酔ってるじゃん!」

 「酔ってないってば」

 

 ヤチヨが横から笑いながら口を挟む。

 

 「いろは、さっきも同じこと言ってたよ~」

 「ヤチヨ、余計なこと言わない!」

 「えー? ほんとのことなのに~」

 「もう」

 

 彩葉が軽くヤチヨの肩を押す。

 

 ヤチヨはその手をするっと取って、指を絡めるように握った。

 

 「……ほら、いろは。お水も飲も?」

 「……ん」

 

 彩葉が、素直に頷く。

 

 私は思わず一継と顔を見合わせた。

 

 ……さっきのイチャイチャ、まだ続いてるじゃん!

 

 でも。

 

 今日はもう、何も言わないでおこう。

 

 ちょっとだけ。

 

 ほんと、ちょっとだけ、羨ましいけど。

 

 それ以上に、なんだか嬉しい。

 

 「……ふふ」

 「かぐや?」

 「なんでもなーい!」

 

 私はあら汁のお椀を持ち上げた。

 

 熱い。

 

 ちゃんと熱い。

 

 湯気の向こうに、彩葉がいて、ヤチヨがいて。

 

 隣には一継がいる。

 

 「……ねえ、一継」

 「うん?」

 「今度の休みさ、何しよっか」

 「そうだね。かぐやは何かやりたいことある?」

 「いっぱい!」

 

 即答した。

 

 だって、いっぱいある。

 

 今日みたいに料理してもいい。

 

 どっか出かけてもいい。

 

 家でだらだらして、四人でゲームしてもいい。

 

 「じゃあ、明日みんなで考えよ!」

 「うん。それがいいね」

 「ねえねえ、ヤチヨ! 彩葉も!」

 「なあに~?」

 「明日、何する?」

 「おっ、明日の企画会議?」

 

 ヤチヨの目がきらりと光った。

 

 「じゃあ、ヤチヨから一つ! 朝からパンケーキ!」

 「また食べ物!?」

 「だって、かぐやのブリ食べてたら、明日の朝ごはんも楽しみになっちゃった」

 「……それは分かる」

 

 彩葉まで頷く。

 

 「えー! じゃあ私も何か考える!」

 「無理して今決めなくてもいいんじゃない?」

 

 一継が笑う。

 

 「明日になってから、みんなでゆっくり相談すればいいよ」

 「……それもそっか!」

 

 私はあっさり頷いた。

 

 すると彩葉が、ふにゃっとした声で呟いた。

 

 「……明日かぁ」

 「ん?」

 「休みなんだよね……」

 「そうだよ。だから何しようかって話してるじゃん」

 「……ん。そうなんだけどさ」

 

 彩葉はグラスを見つめて、それから、小さく笑った。

 

 「……何しよっかなぁ」

 

 その声には、いつもの仕事の話をしている時とは違う、力の抜けた響きがあった。

 

 ヤチヨが、そんな彩葉の肩へこつんと頭を寄せる。

 

 「じゃあ、明日考えよ。時間あるんだから」

 「……そうだね」

 

 彩葉が頷く。

 

 一継が空いたお皿を少し寄せて、テーブルの真ん中にあら汁の鍋を置いた。

 

 「おかわり、いる?」

 「いる!」

 「私も~!」

 「……私もちょっと」

 「はいはい。順番ね」

 

 私は笑って、お椀を差し出した。

 

 今夜はまだ、終わらない。

 

 美味しいものも、話したいことも、いっぱいある。

 

 明日のことは、明日になってから考えればいい。

 

 だって今は。

 

 こうして四人で、同じ食卓を囲んでいるんだから。

 

 「一継、私のも大盛り!」

 「はいはい」

 「ヤチヨも!」

 「分かってるよ」

 「……一継、私のネギちょっと多めにして」

 「うん、彩葉さん」

 「ねえ、かぐや」

 「ん?」

 

 ヤチヨが、にやっと笑った。

 

 「次のマグロ、ヤチヨも捌いてみたいな~」

 「おっ、いいじゃん!」

 「じゃあ、一継に教えてもらおうかな」

 「えっ、私が教えるんじゃないの!?」

 「だって、かぐやは隣で見ててくれるんでしょ?」

 「もちろん見るけど! かぐやだって教えれるし!」

 「ふふっ、冗談冗談。じゃあ三人でやろ!」

 「……ん!」

 

 いいね、それ。

 

 私も一継も、ヤチヨも。

 

 彩葉はきっと、また横から色々言ってくるんだろうな。

 

 炭はダメって。

 

 片づけろって。

 

 魚の大きさを考えろって。

 

 ……あはは。

 

 想像しただけで、もう楽しい。

 

 「よーし! 次回も共同作戦、決定ー!」

 「だから、まずは入る大きさを……」

 「分かってるってば、一継!」

 

 彩葉が笑う。

 

 ヤチヨも笑う。

 

 私も笑う。

 

 そして一継が、困ったように、それでも嬉しそうに笑った。

 

 あの夏にはなかった、こんな夜。

 

 同じ台所で、同じ食卓で。

 

 今は、ちゃんとみんながいる。

 

 ……うん。

 

 最高じゃん。

 

 

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