【本編完結】転生したら八千年の遠回りをしていた件 〜生まれ変わっても、君と出会う〜 作:蠱毒は孤独
「はぁ、どうやって説明すれば……」
「これ押せばいいの? とりゃ!」
玄関の向こうから二人分の声がして、続けてインターホンが鳴った。真夏の朝、僕の部屋を訪ねてきたのは彩葉さんと、もう一人。
「おはよう」
扉を開けると、予想どおり彩葉さんと元気いっぱいのあの子が立っていた。相変わらず人を惹き込む輝きを宿した子だ。
「イツキだ!」
「藤原さん、おはようございます。あのですね」
「イツキ、料理教えて! オムライス作りたい」
まっすぐな勢いに思わず目を細める。全身からエネルギーがあふれている。一方で彩葉さんの目は、何言ってんだこいつ、と雄弁に語っていた。
傍目には初対面だものね。
「ああ、いいよ。お昼にでも作ろうか」
「やったぁ〜!」
断る理由はない。この子には色々と教えてあげたい。
「あの、藤原さん。こいつ……じゃなくて、この子。あの赤ちゃんが成長して」
「大丈夫、わかるよ」
「おぉ~、なんでぇ?」
「好奇心旺盛で、何にでも興味を示すところは変わってないからね」
「確かにそうですけど……」
彩葉さんは納得のいかない顔だ。言いたいことは分かる。けれど、こんなに透き通った無垢な魂の子が他にいるだろうか。
いや、いない。
それより、彩葉さんの気が急いている。時間が押しているのだろう。
「予定どおり、日中は任せてね」
「え? 彩葉どっか行くの?! 一緒いよぉよ!」
送り出そうとした途端、あの子が彩葉さんを引き止めた。両肩をつかんで前後に揺さぶっている。
「無理、学校は休めない!」
身を引こうとする彩葉さんの顔がしかめられる。まだ抗議を続けるあの子の肩に手を置き、そっと引き離した。
首がもげちゃう。
「イツキもどっか行くの?」
「行かないよ」
即答した。僕が君を放っておくことはない。
それでもあの子は振り返り、上目遣いでじっとこちらを見つめてくる。
「だから我慢、できるかい?」
「ぶぅ」
あざといふくれっ面だ。すでにキュートな悪童の片鱗が見えている。
ようやく解放された彩葉さんが出かけようとする。
ああ、これだけは確認しておかないと。
「あと、彩葉さん。通信端末と日用品はないと不便だろうから、僕の方で買っておくよ。いいかい?」
勝手に話を進めて、かえって気を遣わせたいわけじゃない。先に伝えておかないとね。
昨日の今日だ。必要なものが揃っているとは思えないし、彩葉さんにも揃える時間はない。服も彩葉さんのものを着せているようだし。
少し考えて同じ結論に達したのか、彩葉さんは僕へ頭を下げた。
「……すみません、お願いします。あとでレシートください。じゃ、あんたは早く月への帰り方でも思い出して! 失礼します」
月への帰り方か……。
忘れてていいよ、そんなもの。
手すり越しにアパートから離れていく背中を見送る。やがてその姿は曲がり角の向こうへ消えた。
「彩葉、行っちゃった。学校ってそんなに大事なの?」
「そうだね。彩葉さんにとって、とても大切なものだ」
「ふぅん」
まだぴんとこないらしく、腕を組んで考え込んでいる。今すぐ分からなくてもいい。これからでいい。色々なことを知っていってほしい。
やがて遠くを眺めるのにも飽きたのか、暑そうに顔をしかめだした。部屋へ戻ろうか。
そろそろ朝食にしたいところだけど、この子はもう済ませただろうか。
「ご飯は食べたかい?」
「くそまじぃの食べたよ!!」
「……」
元気よく叫ぶことではないと思う。思わず絶句した。
彩葉さん、何を作ったんだい?
「でも、全然食べてないからお腹すいたぁ」
そう言って身体を左右に揺らしている。
ああ、全部は食べなかったんだね。
文句を言いながら残りを片付ける彩葉さんの姿が目に浮かぶ。そうだね、ご飯を粗末にするのは良くない。これも教えないと。
「じゃあ朝ご飯にしようか」
ひとまずはお腹を満たそう。部屋へ戻りながら提案する。
「オムライス?!」
「じゃないけど、美味しいよ」
献立は朝の和食だ。手間は掛かっていないけれど、味は保証する。
「うぉ~、楽しみぃ! はやくはやくぅ」
目を輝かせて僕の背中を押してくる。そんなに急かされても、まだできてないんだけど……。
それより、何故オムライス?
◆
それからのこの子のはしゃぎようは凄かった。
「これ何? こっちは?」
一品ずつ確かめるように口へ運んでいたのが、僕がご飯とおかずを交互に食べるのを真似した途端、箸の進みが一気に速くなった。
「イツキ、おかわり!」
器にまだご飯残ってるよ。
外へ出て、最初に服と靴を買いに行った。
あの子は商品棚の前を行ったり来たりしながら、
「これ何? こっちは? 同じのいっぱいある、なんで?」
シャツやスカートを両腕いっぱいに抱えて戻ってきた。
いつの間に。
「大きさが少しずつ違うだろう?」
「ほんとだ! でっけぇ……」
そのシャツ、ユニセックスのXLだからね。一緒に戻しに行こうか。
それからも店じゅうを見て回り、色々な服を手に取った。買うものとそうでないものを分け、会計の間も店員さんの手元に興味津々だった。
そして、なぜかXLの白シャツも買うことになった。
一度部屋へ戻り、今朝約束したオムライスを作ることにした。ただ、どうやら最初から自分で作ってみたいらしい。
「イツキ、できたよ!」
出来上がった皿を前に、誇らしげに胸を張る。
初めての料理なのに、教えたことを片端から吸収していった。
……もう僕より上手いんじゃないだろうか。
「おいしい?」
「おいしいよ」
「よっしゃ〜! 今度は彩葉にも作る!」
なんだか負けた気分だ。
昼食のあとも必要なものを買いに出た。
タオルにコップ、ヘアブラシにハンガー。女の子に必要なものは、こっそりヤチヨに聞きながら選んだ。僕が棚の前で足を止めるより先に、必要なものが次々と飛んでくる。
こういう時、昔から話が早い。
店を出たところで、植え込みのそばに猫を一匹見つけた。
「あ、猫だ」
足を止めると向こうから寄ってきたので、屈んで顎の下を撫でる。あの子も隣にしゃがみ、同じように手を伸ばした。
「わぁ、私もこれ欲しいぃ」
「これは買うものじゃないかな」
しばらく二人で撫でてから、名残惜しそうなあの子を連れて買い物へ戻った。
僕ももう少し撫でていたかったのは黙っておこう。
それから会社の直営店へ寄り、携帯端末の契約も済ませた。
なぜか補佐の手が回っていて、スマコンまで用意されていた。しかも試供品扱いで提供されたハイグレードタイプだ。
直営店とはいえ、今日ここへ寄るなんて言っていないんだけどな。ヤチヨに聞いても知らないらしい。
受け取ったスマコンは、そのままバッグへしまった。
……補佐、実は予知能力者とか。
そんなわけないか。
馬鹿な想像を打ち消していると、店頭のポスターに目を輝かせて張り付いているあの子の姿があった。
「見てこれ! めっちゃうまそ〜」
最近できたらしい複合商業施設に併設されたカフェのポスターだ。ふわふわのパンケーキが輝かしく載っている。
「それにめっちゃ光ってる!」
「光ってるね」
後光差すパンケーキのポスター
なんだ、これは。
「これ食べたいなぁ」
媚びるようなおねだりだ。
服を選んでいた時も、必要のないものはなるべく買わないようにと言ったのに、結局このおねだりに押し切られた。
彩葉さんはあとでレシートの分を全額負担しようとするだろうから、できるだけ出費は抑えたいんだけど。
サングラスにAR表示された時計を確かめる。三時を少し過ぎたところ。
おやつの時間だ。
『イツキ、パンケーキは人生の必須栄養素だよ』
『そう言うと思った』
『じゃ、決まりだね』
これは僕も食べるのだし、さすがに彩葉さんへ請求するものではないだろう。午後からずっと歩き通しだったし、休憩にはちょうどいい。
「よし、行こうか」
「よっしゃ、キラキラだぁ~!」
パンケーキはキラキラしてないよ。
カフェで注文して、しばらく。
店員さんが二つの皿を運んでくる。
あの子が頼んだのは、バターとたくさんの苺が並んだ三段のパンケーキ。僕のはホイップと色とりどりのフルーツを挟んだパンケーキ。
ちなみに、選んだのは両方ともあの子だ。
「ほわぁ~、これがパンケーキぃ。彩葉のと全然違ぁう。あれ? 光ってない」
添えられたフォークでパンケーキをつついている。
彩葉さん、パンケーキを作っていたのか。ということは、くそまじぃ朝食はパンケーキか。どんな作り方をしたのやら。
「あれはポスターが光ってただけだからね。パンケーキは光らないよ」
「そなの? ……うんまぁ~!」
一口でよほど気に入ったのか、そのまま一枚食べてしまった。喉を詰まらせないか心配になる食べ方だ。それでも、頬に手を当ててとても嬉しそうな顔をしている。
それにしても、パンケーキか。
ヤチヨがこの日のパンケーキを特別な思い出として話していたのを遅れて思い出し、僕だけが楽しんでいいのかという思いが一瞬よぎった。
けれど目の前の子は豪快に頬張りながら、次は苺にするか残りのパンケーキにするかと皿の上に目を走らせている。
それを見て、余計な感情を息と一緒に吐き出した。
あとで感想を伝えられるように、写真も一枚残しておこう。
撮り終えた携帯をしまい、ナイフ越しに柔らかな弾力を感じながら切り分ける。ふわふわのホイップとフルーツを載せて、そのまま口へ運んだ。
「うん、おいしい」
「じゅるり」
横から注がれる物欲しそうな視線に、一枚取り分けて向こうの皿へ移してあげる。
「はい、どうぞ」
「いいの? わぁあ、こっちは苺以外もいっぱいある!」
期待に満ちていた目が、弾けるような笑顔に変わった。そのまま二人で食べ進め、気づけばどちらの皿も空になっていた。
「空いたお皿、お下げしてもよろしいですか?」
「お願いします」
店員さんに皿を渡したところで、会計のことを思い出す。
今日もらったレシートを取り出した。服に靴、日用品、端末。このパンケーキまで渡したら、彩葉さんは本当に全部払おうとするんだろうな。
『するだろうねぇ』
『だよね』
どうやって誤魔化そうか。
そんなことを考えながらレシートを財布へ戻し、向かいの席を見る。
「……あれ?」
いない。
ほんの少し目を離しただけなのに。
店内を見回すと、奥の席に見覚えのある制服姿があった。
彩葉さんだ。向かいには女の子が二人。
そして、何食わぬ顔でその輪に混ざっているあの子。
相変わらず行動が早い。
席を立とうとしたところで、会話が耳に入った。
「かわいいね、お名前は?」
「か、かぐや!! そうだよね、かぐや!」
「かぐや」
あの子は確かめるように口にした。
「えへへぇ~、かぐやかぁ」
もう一度。
今度は自分を指さしながら。
「私、かぐや!」
パンケーキを前にした時よりも嬉しそうに、彩葉さんへ笑いかけている。
彩葉さんにしてみれば、名前を聞かれてとっさに答えただけなのかもしれない。
でも、かぐやにとっては違う。
誰かに呼ばれるためだけの言葉じゃない。
彩葉さんから、自分へ贈られた名前だった。
思わず目元が緩む。
気づけば、僕はもうかぐやのそばまで来ていた。そのまま髪へ手を置く。
「イツキ! 私かぐや!」
「よかったね、かぐや」
「うん!」
満足そうに頷いた口元には、さっきのホイップがまだ残っている。
「せっかくのところ悪いけど、じっとして」
「んむ?」
ハンカチで白いクリームを拭う。
これでよし。
手を離したところで、二人分の視線にふと気づいた。
……そういえば僕、いきなり現れて頭を撫で始めた知らない男だ。
「突然すみません。私、藤原一継と申します。彩葉さんと同じアパートに住んでいて、今かぐやを預かっています。お見知りおきを」
「どうもご丁寧に。綾紬芦花です」
「諌山真実です。こちらこそ、よろしくお願いします」
見知らぬ男が突然現れたというのに、二人とも丁寧に名乗り返してくれた。
いい子たちだ。
「何それ、私にそんなことしたことありましたっけ」
「お望みならいたしましょうか?」
「結構です!」
どうやらこの僕はお気に召さないらしい。
そこまで強く拒否されるほどひどいだろうか。上手く社会人をやれていると思っていたのにな。
「かぐやちゃん、甘いもの好き?」
「大好き!」
「じゃあ、今度一緒に食べに行こ~う! おいしいパフェとか映えるクレープとか」
「パフェ! クレープ! 楽しみぃ~」
かぐやはもう芦花さんと真実さんとも打ち解けたようで、連絡先を交換している。友達が増えるのはいいことだ。
彩葉さんは苦い顔をしながらも、止めはしなかった。
「で、何で藤原さんがここにいるんです?」
「買い物の途中に寄ったからだね」
「なら後でレシ……」
「彩葉とイツキも一緒に行こ!」
彩葉さんの言葉を遮って、かぐやが割り込んでくる。
携帯に表示されている画像を見る限り、さっきのスイーツ巡りのことだろう。
そして、ナイスインターセプトだ。
このままでは余計なレシートまで彩葉さんの魔の手に渡ってしまう。
「僕は遠慮しとくよ。女の子だけで行っておいで」
「私もそんな時間ありません。芦花と真実には迷惑かけないでよね」
「ヴぇ、なんで~?!」
目を見開いて仰け反るかぐやには悪いけれど、さすがに同行するわけにはいかないかな。彩葉さんも乗り気じゃないみたいだし。
生後?四日のかぐやを、僕の判断だけで二人との外出へ送り出すわけにもいかない……。
もっとも、彩葉さんも二人との付き合いを止める気はないようだ。
なら、ここで僕が口を挟むのも野暮かな。
ともかく、僕たちにはまだ買い物の続きがある。レシートの追及が戻ってくる前に、そろそろ失礼しよう。
「では、僕たちは買い物の続きを済ませてきます。かぐや、行こうか」
「え~、彩葉とも一緒に行こうよ」
「私はまだ二人と話あるから。先行って、帰ってて」
ここで彩葉さんから思わぬ援護射撃が来た。
かぐやは裏切られたと言いたげな顔だ。
「じゃあ、かぐや。彩葉さんが帰ってくるまで晩ごはんの準備でもしよう」
「晩ごはん……。じゃあ、かぐや待ってる」
「はいはい」
渋々ながら納得してくれたようだ。名残惜しそうではあるけれど、まだ買っていないものもある。
……たしか、彩葉さんにもご飯を作りたいと言っていたか。
「彩葉さんに食べてもらいたいものを作ってみるのはどうかな」
「おおぉ。いっぱい作る!」
元気が出たみたいだ。
「なに作るつもりよ」
「それは今から決める!」
そうだね。買い物をしながら決めようか。
力強くガッツポーズを取るかぐやから、胡乱げな目をした彩葉さんへ視線を移す。
「彩葉さん。せっかくだから、僕からもかぐやに一つ贈り物をしていいかな」
「贈り物? ……あぁ」
一瞬思い当たらなかったようだけれど、かぐやへ目をやって察したらしい。
「まぁ、いいですよ。それくらい」
「ありがとう」
よし、これでスマコンを贈り物にしよう。
芦花さんたちと晩ごはんのメニューを相談していたかぐやを手招きする。
「かぐや、今度こそ行こうか」
「うん。じゃあね、真実! 芦花! 彩葉は早く帰ってきてね〜」
かぐやは姿が見えなくなるまで、三人へ手を振っていた。
◆
「二人とも、いきなりごめんね」
「もーまんたい。楽しかったよぉ」
「かぐやちゃん、可愛かったね」
「食べてるところ、ちらっと見えたけど。藤原さんも甘党とみた」
「まぁ、和菓子とか好きみたいでよく買ってるみたいだし……」
「芦花、どしたん?」
「ん~、何か聞いた事のある声だったなぁって」
「んぇ? そうかなぁ。私はそこまで分かんなかったけど」
「彩葉、藤原さんの仕事とか知らない?」
「殆ど在宅勤務ってことしか」
「配信とかしてたりしてぇ」
「まさか」
「ん~……でも、どっかで聞いた気するんだよねぇ」
「私は甘いもの好きって方が気になるけどねぇ」
「顔もいいしねぇ」
「「甘いもの好きだしねぇ」」
「最後のいる?」
・かぐや
ついに名前をもらったわがままプリンセス。
今作では大分情緒が幼い感じに。
ハッピーエンドまで彩葉とイツキを連れていくつもりらしい。
なお、本人に保護される側という認識はあまりない。
・綾紬芦花
美容系インフルエンサー。
最近、葛原イッキの配信を見ているらしい。
匿名で恋愛相談とかしてそう。
相談内容がだいたい自分のことなのは内緒。
・諌山真実
グルメ系インフルエンサー。
美味しいものに目が無い。
食べ歩きも立派な活動の一環。
お出かけ先を決める時は、だいたい胃袋基準。