転生したら八千年の遠回りをしていた件 〜生まれ変わっても、君と出会う〜 作:蠱毒は孤独
かぐやが手際よく料理を盛り付けていく。
トースターで温めなおしたハンバーグに、にんにくと一緒にじっくり煮込んだトマトソースをかける。パンチのある香りが食卓まで広がり、スープは冷製ポタージュ。副菜には新ごぼうとアスパラのカリカリサラダ。
それぞれ盛り付けられたものを受け取り、僕が順番に配膳していく。
皿が机へ置かれる。
一枚。
彩葉さんの眉が動く。
二枚。
口元が引きつる。
三人分すべて並んだ頃には、完全に何かを警戒する顔になっていた。
少し前までミルクを飲ませていた子が、今日は僕たちの夕食を作っている。僕としてはなかなか感慨深いんだけどね。
彩葉さんには、この豪勢な食卓は別の意味で刺激が強いらしい。
「かぐやちゃんスペシャルディナーだよ!」
胸を張って宣言したかぐやが、僕と彩葉さんの顔を交互に見る。どうやら感想待ちだ。
圧が強い。
「よく味わってあげて」
彩葉さんに食べてもらいたいと言って作った料理だ。せっかくなら堪能してあげてほしい。
でも、彩葉さんは料理ではなく明らかに別の何かと戦っていた。カクついた動きで僕の方へ顔を向ける。
「……これ、いくらしたんですか」
「そこまでしたわけじゃないよ」
そう伝えると、肩の力が少し抜けた。
やっぱり金銭面だった。
外食で同じものを食べようとすれば、一人前でもそれなりに高くつくだろう。けれど、これはかぐや特製の料理だ。今日買った食材から実際に使った分だけ計算すると。
「ざっと3000円くらいかな」
「さ、3000……。一人分にしても8食分」
肩の力が戻った。むしろさっきより入った。
ただ、その後に続いた言葉は聞き逃せなかった。
「8食分? 彩葉さん?」
自分でも分かるくらい声のトーンが落ちる。
待ってほしい。
3000円を三人で割って、それが八食分。
つまり。
「……彩葉さん、普段一食いくらで食べてるの?」
「あ、いや!」
「今、ものすごく計算したくない数字が出てきたんだけど」
「ちゃんと食べてますって!」
「一食120円前後で?」
「細かく計算しないでください!」
計算できてしまった。
家庭菜園でもしていなければ、そこまで節制するのは難しいと思うんだけど。
「彩葉さん。節約は大事だけど、食費まで削って身体を壊したら本末転倒だよ」
「ちゃんと食べてます!」
「その主張、さっきより信用できなくなってるよ」
「食べてますってば!」
怪しい。とても怪しい。
そんな話をしていると、頬を膨らませたお姫様が身を乗り出してきた。
「冷めちゃう、早く食べて!」
料理人から強制終了が入った。
……彩葉さんには彩葉さんの事情がある。これ以上は踏み込み過ぎか。
「そうだね。今は食べようか」
「そうですね」
「でも、あとでちょっと話は聞かせてほしいかな」
「まだ続くんですか?!」
「相談には乗れるからね」
「たーべーて!」
「「いただきます」」
「いただきまーす!」
かぐやの圧に負けて食事が始まった。
僕はサラダを、彩葉さんはスープを、かぐやは真っ先にハンバーグを口へ運ぶ。カリッとした新ごぼうへドレッシングがよく絡んでいる。
うん、いい味だ。
「うまっ、なんなのよ。うぅ……私、貧乏なのよ。上手いじゃないのよぉ」
「感想と家計簿が同時に出てるよ」
「だって美味しいんですよ! 美味しいのに高い!」
「うん、美味しいね」
僕と彩葉さんの感想を聞いて、かぐやが満足そうに胸を張る。
ハンバーグで頬を膨らませたまま、僕のハンバーグを指差してきた。次はそっちを食べろということらしい。
「これ?」
「ん!」
「はいはい」
一口食べる。
「うん。こっちも美味しい」
「でしょ!」
かぐやはさらに胸を張った。
彩葉さんはさっきの金額をまだ引きずっているのか、一口食べるたびに顔が変わる。
美味しい。高い。美味しい。でも高い。
たぶん、頭の中でこの二つが殴り合っている。
百面相っていうのかな。
「小悪魔め」
「小悪魔じゃないよ、かぐやだよ!」
即訂正された。
そこは重要らしい。
かぐやはまた次の一口を頬張る。
何とも賑やかな食卓だ。
そのまま三人で食べ進め、気づけば皿の上は綺麗になっていた。空いた皿をまとめて水洗いし、食洗機へ放り込む。
食卓が片付いても、さっきの一食120円が頭に引っかかったままだ。無理に踏み込むつもりはないけど、ちゃんと食べていると言われて素直に頷ける数字でもない。
せめて、ここにいる時くらいは遠慮せず食べてほしい。
緑茶を蒸らしている間に冷蔵庫から羊羹を取り出し、三人分に切り分ける。湯呑みを出そうとして、一つ足りないことに気づいた。
僕のは適当なコップでいいか。
羊羹と緑茶を一緒に食卓へ持っていくと、彩葉さんの顔がまた歪んだ。さっきより反応が早い。
「……それ、まさか今日」
「大丈夫大丈夫。今日買ったやつじゃないからね」
「私、まだ何も言ってませんけど?!」
「顔が言ってたよ」
「私の顔そんなに家計簿なんですか?!」
今日はかなり。
「買い置きしている羊羹。洋食のあとには合わないかもだけど、食べようか」
「羊羹? 黒い! くえんの?」
「かぐや、食べ物への第一声が毎回ちょっと物騒だね」
「いいんですか?」
「一人で食べる趣味はないんだ」
「じゃあ、いただきます」
彩葉さんは小さく頭を下げてから羊羹を食べ、緑茶を一口。さっきまでより少し雰囲気が和らいだ。
対して、かぐやは切り分けた羊羹を一口で平らげる。
「あまぁ~い!」
「もうないよ」
「え?!」
「一口で食べたからね」
「もう一個!」
「味わうという文化を覚えようか」
「味わった! 一瞬で!」
「それは味わったって言うのかな」
まあ、本人が幸せそうならいいか。
「はぁ~、さすがに私も藤原さんもずっと面倒は見切れないよ。藤原さんは仕事があるし、私も無理言って一人暮らししているんだから」
僕はいいんだけどね。
それより、彩葉さんの節制癖はこれまでにも度々目にしてきた。消耗品だったり、今回の食費だったり。困窮しているとまでは思っていなかったけど、少し度が過ぎている。
親や縁者にも、あまり頼っていないのだろう。
……ひとまず僕にできることだけ伝えておこうか。
「節約の仕方、改善案くらいは出せるからね」
「うっ……」
露骨に顔を逸らされた。
もう終わった話だと思っていたらしい。
残念。終わってないよ。
「それより、かぐや聞いてるの? そのパソコンとゲームキットはどこから」
話題を投げた。ものすごい勢いで投げた。露骨に話を逸らしたね。
いつの間にか食卓を離れたかぐやへ目を向ける。
僕の古いパソコンとゲームキットを繋ぎ、キーボードを軽快に叩いていた。画面には次々とプログラムコードが打ち込まれていく。
「僕の古いPCだね。使っていいとは言ってあるよ。ゲームキットは中古で安かったから買ったんだ」
「私の奴と同じ型だ、懐かしい」
いつの間にプログラミングなんて覚えたんだろうね。
その手に淀みはない。思いついたものをそのまま形にしているような勢いで、コードを書き換えていく。
そして最後に、勢いよくキーを叩いた。
「タカカカカターン、出来たぁ!」
「効果音まで自分で言うんだ」
「まさかサイバー犯罪じゃないですよね?!」
「さすがにそれは僕も困るかなぁ」
「そこはもっと強く止めてください!」
「犯罪なら止めるよ」
「違うよ! 犬DOGE!」
「会話が渋滞してる!」
かぐやが嬉しそうにゲームキットをこちらへ向ける。
画面の中では犬のマスコットが元気よく動き回っていた。
「これでいつでも一緒だって~」
そうか。
君はこうやって生まれたんだね。
しばらくその姿を眺める。
……ちょっと僕も猫型のが欲しいな。猫DOGEとか。
犬DOGEがいるなら猫DOGEがいてもいいんじゃないだろうか。かなりいい気がする。
その瞬間、何故かFUSHIにものすごい勢いで威嚇される光景が脳裏へ浮かんだ。
やめておこう。
家庭内紛争の芽は早めに摘むべきだ。
「早く月に帰って」
「試してる。けど、がぁー難しい」
返事をしながら、かぐやは犬DOGEへせっせと餌を与えている。
難しいというのは月へ帰る方法なのか、それとも育成ゲームの話なのか。僕にも分からない。
たぶん本人も今は犬DOGEしか見てない。
「こいつ、ほんとに話し聞いてんのか」
彩葉さんが呆れた声を漏らしたところで、部屋に電子音が鳴った。
彩葉さんのアラームだ。
「あ、ヤバっ。もうこんな時間。藤原さん、そろそろ帰ります」
「えぇ、何。どこ行くの? 三人でいようよ!」
立ち上がろうとした彩葉さんの腰へ、かぐやが即座に抱きついた。
速い。犬DOGEから彩葉さんへの切り替えが速すぎる。
「私の部屋に帰るだけ!」
「え~、じゃあイツキも行こ!」
「年頃の女性の部屋にはあがれないよ」
「なんで?!」
「なんでと言われても」
「下じゃん!」
「距離の問題じゃないよ」
「近いじゃん!」
「近くても駄目なものは駄目なんだよ」
今度はかぐやが頬を膨らませる。
今日はよく頬を膨らませる日だね。そろそろ筋肉痛にならないだろうか。
「この時間だと、少し早いけどヤチヨのミニライブかい?」
「知ってるんですか?!」
「もちろん。机にもグッズ置いてあるんだけどね」
机の方を示す。
普段から使っているメンダコのペン立てに彩葉さんが目を向けた途端、その目が大きく見開かれた。
「気づかなかった。しかも、あれ受注販売のプレミア版!」
食費の時とは別方向の目になった。
今度はじっとペン立てを見ている。
もの欲しそうな視線だ。
……見なかったことにしよう。
見たら何かが始まる。主に譲渡交渉が。
「片付けはしておくから、気を付けて帰ってね」
「気を付けてって言っても。私の部屋、
一語ずつ強調しながら床を指差された。
知ってるよ。それでもだよ。
外はもう暗いし、階段で足を滑らせるかもしれない。
「下でも気を付けてね」
「何が起きる想定なんですか」
「階段で転ぶとか」
「一階下りるだけですよ!」
「一階でも階段は階段だよ」
「心配性!」
その通りかもしれない。
「はぁ、わかりました。ほら、かぐや行くよ」
「ぶぅ~ぶぅ~。別居家庭はんた~い」
「そもそも同棲してないわ」
「じゃあ今日から!」
「しない!」
「なんで!」
「なんでこっちが説明させられてんのよ!」
その言葉もどこで覚えてきたのやら。
彩葉さんに引っ張られながら不満そうにしているかぐやを見て、渡していないものを思い出した。
「かぐや」
「ほえ?」
振り返ったかぐやへ、カバンから取り出した小さなケースを見せる。
「僕からの贈り物」
一瞬だけ、かぐやの動きが止まった。
中に入っているのは今日受け取ったスマコンだ。
僕が買ったわけじゃないけど、これから使うものだ。受け取ってほしい。
「え!? スマコン!!」
「スマコン??」
止まったのは一瞬だった。
すぐ爆発した。
「これがあれば彩葉さんと一緒にミニライブに行けるから」
「ほんと!?」
「うん」
「やったぁぁぁ!」
さっきまで帰るのを嫌がっていたかぐやが、一瞬で元気になった。
感情の速度が速い。
彩葉さんは別の意味で固まっている。
スマコンと僕を交互に見て、しばらく黙った。
「……藤原さん」
「はい」
「まず確認します。これ、買ってませんよね?」
「ああ。今日、携帯を契約しに直営店へ行ってね。その時、スマコンの試供品も一緒にもらったんだ」
「試供品……」
「そう」
「追加料金は?」
「ないよ」
「ローンも分割払いも、後から請求も?」
「全部ないね」
彩葉さんは僕の顔をじっと見た。
まだ疑っているらしい。
「……本当に?」
「本当に」
そこでようやく、彩葉さんが深々と息を吐いた。
「よかった……。今日の藤原さん、金銭感覚の信用度が低いんですよ」
何故だろう。
食材三千円のせいかな。
……今日だけで何度驚かせてしまったんだろう。悪気はないんだけどな。
「イツキは来るの?」
「僕かい?」
「あったりまえじゃん!」
当然と言わんばかりに返された。
さて、どうしようか。
行ってもいい。ただ、ヤチヨのミニライブでは舞台裏にいるのがいつものことだ。今日は観客側へ回ることになるから、いつものようにヤチヨの傍にはいられない。
少し迷っていると、かぐやがこちらへ身を乗り出した。
「きて!」
近い。
「イツキも!」
「うん」
「三人で!」
「聞こえてるよ」
「きて!」
「近い近い」
押しが強い。
その隣で、彩葉さんも一度スマコンへ視線を落としてから僕を見る。
「藤原さん。チケットの同行者枠もあるので、どうか来ていただけませんか」
「彩葉!」
かぐやが嬉しそうに彩葉さんへ飛びついた。
「ちょ、くっつくな!」
「彩葉も一緒!」
「最初から私は行くの!」
「三人!」
「あんたの見張りは何人いても足りないでしょうが!」
「見張りじゃないし!」
「今日一日で何回勝手に動いたと思ってんのよ!」
「いっぱい!」
「誇るな!」
口ではそう言いながら、本気で振りほどくつもりはないみたいだ。
二人のやり取りを見ていると、自然と口元が緩んだ。
……ヤチヨ、ごめん。
今日は舞台裏には行けそうにない。その代わり、きっちりライブを堪能させてもらうよ。
「ああ、そうだね」
「じゃあ!」
「行こう」
「やったぁ!」
「すみません、かぐやのために」
申し訳なさそうに頭を下げる彩葉さんへ、首を横に振る。
「いや、僕も一緒にヤチヨのミニライブ見たいからね」
かぐやの顔がさらに明るくなる。
「じゃあ早く行こ!」
「まだログインしてないよ」
「早く!」
「だから今から」
「彩葉も早く!」
「分かったから引っ張るな!」
「イツキも!」
「僕も?」
「三人!」
「はいはい」
「返事軽い!」
「それ、前にも言われたなぁ」
一緒に見に行こう。
一食120円前後
―年頃の子の食費か?