デカかわいいダウナーロボ娘と田舎大豪邸2人暮らし戦中スローライフ 作:4645 (ケモ系大量生産クリーチャー)
子供に投げられたボールが空中で突然静止した時、
ともかく、空が僕に向かって落ちてきたので、僕とナギサは初対面の母なる星の頭上に存在することに成功した。
この座標から見て現在夜の懐かしき新天地はカビが生えたミカンのようにポツポツと発光しており、なぜか巨大な壁で線を引くように数千キロごとに区画が区切られている。
僕の居住艦と独立航宙戦闘艦ナギサで構成された総勢2隻の我らが大艦隊のアイデンティティカントリーは命名様式から察するに恐らく日本であることが想定されるので、その中でも島と海域ごと正方形に区切られ一際異彩を放つ日本エリアに着陸することが合理的だろう。
少なくとも、ナギサはコピー機にそう入力して報告書を印刷してくれた。
僕はそれを片手に持ちつつ、生命維持装置の外側からポリポリと頭を掻きながら、艦長の背後に棒立ちのままぼうっと青い星を眺める連れに向けて正当性の高い提案を行う。
「降りよう」
「おりる」
彼女はぽつりと同意の声を漏らすと、僕の体を後ろからそっと抱き、そのままぬいぐるみのように抱えて真空へ身を投じた。
◇◇◇
不躾な無重力アラートが一瞬フルフェイスヘルメットに投影されるも、すぐにナギサの存在を感知して身を引く。
高度、速度、重力、気圧、その他諸々を含むホロ計器の数字やデジタコがぐるぐると回転し、生存可能を示す値に向けて徐々に振れてゆく。
風圧も風切り音も無いままに僕とナギサはただつま先から降りるように地面へ向けた等速直線運動を実行していたが、高度が数百メートルを切るといよいよ地上の様子が認識可能になってきた。
どうやらナギサは今では必要の無くなった滑走路着きの離発着施設をランディングポイントとして設定しているようである。
そして先人達も…先航宙戦闘艦達も考えることは皆同じだったのか、その異様に完璧な状態に保たれた施設の路面には似合わぬ巨大な落書きが書き残してあるようだが、人らしい視力に設定された僕の瞳ではまだ読めなかった。
「ナギサ、あれ読める?」
「勝手に住め」
「そっか」
…エクスクラメーションマーク付きの荒々しい筆遣いはピンク色で認められていて、書いた人の喜色が滲み出ているように感じさせられる。
恐らく行動単位の中でも人間の方が書いたのだろう。
ボットなどに消されないようにか、周囲にはAIに向けて消さないよう伝えるためと思しき2次元コード付きのパイロンが転々と放置されていた。
「…」
「ありがとう」
カラーコーンの様子さえもわかったということは、僕とナギサがたった今地面に着いたことを意味する。
ナギサは特に何も言わず僕を猫を離すように地面へそっと下ろした。
数十分ぶりの靴の感覚は懐かしい感じもしたし、アスファルトを初めて踏んだ事実から物珍しさも沸き上がった。
「…」
「つぎは?」
初めて見る光景を楽しみつつも割と興奮せずにただ立ち尽くしていると、僕はナギサに痛いところを突かれてしまう。
つまり、何も考えていなかった。という点を。
「ああ…えっと………」
ナギサが先程印刷してくれた手の中の資料を手に取り、自動解除済みの生命維持装置の手袋を手首の辺りにプラプラとさせながら、とりあえず読み直す。
何でも、もう何にも統治されていないので何をしてもいいらしい。
その辺の無人の民家や公共施設や店舗等は完全フリーで使用可能であり、一応決済システムや所有登記は行えるものの、それをする意味は自己満足以外に特になく、星系単位の完全自動制御で永遠に手入れが行われるので破綻することもないのだとか。
それでも戦中ゆえに惑星全体でも人口は数千人に満たず、更にエリアごとに時代設定や環境調節が異なるので、皆アイデンティティごとに散って暮らしている。
(ちなみに日本区画には現在西暦2010年代の文明環境が設定されているが、過去には2100年、1945年、4000年など結構バリエーションがある様子)
…以上のことから目的を設定しないことが目的になりやすいので、堕落や退廃、精神的負荷に注意が必要。
とにかく、資料にはそう記されてはいるが。
「ナギサ」
「なに?」
「…お家、探そっか」
「さがす」
…頭頂高3.5mと1.6mの2人は、連れ立って文明の中へと歩き出した。
その中でも大きい方は、いつもと何も変わらない所作なのにも関わらず、少し楽しそうに見えた。
今までにない大舞台にはりきる彼女の簡易歩行補助装置が砂利を踏みしめると、礫状の石材が擦れ合う音が風の中に溶けて散った。
◇◇◇
「…ここ?」
「そう」
「いいね」
「うん」
…と、いうことで。
管理衛星から情報を取得した彼女がトロール検索をかけた結果、定住先を早々に見つけることができた僕とナギサの艦隊は、建物の前でぼうっと立ち尽くしていた。
網の目の定義はナギサが無理なく居住できることと綺麗な広い庭があることだったが、この家はそれらの条件に逡巡無く適合しており、優良そうに見えたのである。
佇まいは地球居住代後期の日本風住宅そのもので、縁側と廊下が障子分けの複数の居室をL字に囲うような間取りで、正面に門がある。
そしてかなり広い庭があり、小さな石橋付きの池に紅い鯉が煌めく他、極度に神経質に剪定された様子の低木が植わっていて、それらをなんだか雅な雰囲気の石垣が守っていた。
…少しカサの減った砂利引きの駐車場や建物外に何故かついているアルミの流し台からも、その意匠説明が既に住宅自体から暗黙に行われていると言えるが。
あえて言語化するならば、要するに田舎の代議士や地主の邸宅といった様子である。
少なくともナギサは管理衛星のそういう評を僕に伝えてくれた。
「じゃあ、入ろっか」
「まって」
僕がその曇りガラスの引き戸に手をかけると、頭上からナギサの静止が聞こえ、そして手の甲を見知った冷たい金属の白く嫋やかな指が包み込んだ。
すっぽりと握りこまれてしまった自身の手を一見してから、首の角度を調節し、真上のナギサの顎を見やる。
「…どうしたの?」
「ここからは、入れない」
棒立ちのまま平坦な声を返送するナギサ。
血の流れる生き物の暖かさを確かめるように、僕の手をやんわりとニギニギしているのに、彼女は手以外を一切動かしていない。
なぜなら、宇宙で戦う時もそうであったが、彼女には動く必要のない時に動く必要のない関節を動かす意義が存在しないからだ。
逆に言えば僕の手の甲を握り込むことには何らかの意義を見出しているようであるが、それはともかく、僕はその言葉の意図を汲み取った。
「…あ、そっか。ナギサは玄関から入れないもんね。
じゃあ、入口は縁側に定義しよっか?」
「そうする」
ナギサは即答を返すと、すぐに少しだけふわりと浮かび上がって、縁側のほうへ向かう。
特に何も言わずに見ていると、彼女はその目の前に立ち尽くして数秒考えた後に片足ずつ膝部を床の上に乗せ、半ば滑り込むような女の子座りで無理やり建物の中に収まってしまった。
◇◇◇
「大丈夫?狭くない…?」
「障害なし」
座高が僕の身長に匹敵する彼女の前に座り、その天井ギリギリの様子を眺めながら、僕は心配の言葉を投げかけた。
正直なところここより暮らしやすい場所はいくらでもあるのだが、彼女はこの家がどういう訳かたいそう気に入った様子である。
現に、彼女は表情も声色も仕草も普段と100パーセント変わらないものの、何となく機嫌が良さそうに見える。
「前よりいいにおいがする」
「…そうだね」
どこに付いているのかも分からない嗅覚装置で甘い木と畳の香りを評する彼女の言葉はかなりめずらしい。
普段はたとえガス状星雲の真横にいてもコメントなどしないものだ。
…ちなみに、前というのはおそらく出生管理施設時代のことを指しているのだろう。
そこは僕とナギサ以外に生命反応が一切無く、朽ち果てて乾ききり遮蔽物がドス黒く濁った培養槽の悪臭が、なぜか荒れ果てたまま数キロ続く大広間のような居室に充満するような、今思えばあまり良くない場所であった。
おそらく、僕とナギサのような孤独艦隊が何十年かおきに生産されては同じように極度の暇を持て余し、ある時点でいずれどこかへ消えてゆくことを気が遠くなるほど繰り返していたのだろう。
2人きりなのに数千数万とある埃っぽい椅子と机が細長い居室に散らばっているため、ナギサが「ナギサ」を獲得し始めてしばらくすると、彼女はそれらを積み木のように組み合わせて秘密基地を作ることを日課にしていた。
最初は絡まった合金のかまくらという風貌であったが、時が経つにつれクオリティが向上し、しまいには教育ビデオに出てきた名古屋城を天井の関係で輪切りに再現するに至っていたはず。
「懐かしいな」
「…」
思わず、郷愁が口をついてこぼれ落ちる。
なんだかんだ悪くなかったのだろうな。
ナギサはその思考を知ってか知らずか、天井近くにかけてある知らないおじいさん達の白黒写真を眺めている。
「…ナギサ、秘密基地は作る?」
何となく言いたくなってしまって、僕も僕にしてはとても珍しく、続けてからかうような一言をぽろりと放ってしまった。
「つくらない」
ナギサはその揶揄いに対し、いつもより心なしかぶすっとした、ある意味すこし恥ずかしそうな雰囲気で答える。
やはり音の強弱、声色、姿勢、表情、全てが平時と一切変わらないものの、僕にはそれが分かりやすいようにさえ感じられた。
…ともあれ、艦隊の士気は向上の一途を辿っていることに間違いはなかった。