デカかわいいダウナーロボ娘と田舎大豪邸2人暮らし戦中スローライフ 作:4645 (ケモ系大量生産クリーチャー)
「えっと…何にする?」
「かきあげうどん」
「かき揚げうどん?」
…かき揚げうどん?
その料理の概要は食券販売装置の写真で把握していたものの、僕は当惑した。
カレーライスとか唐揚げ定食とか、僕でも知ってるような有名な加工食品が並んでいるのに、なんでまた。
「なんか、ツウだね」
外から窓枠に両手をちょんちょんと置いて、それこそお姫様が囚われのタワーから身を乗り出すように空中に立つナギサ。
彼女は食堂の中には入れないので、窓越しに昼食を摂らざるを得ない。
「興味ぶかい」
「そっか」
…じゃあ、買っちゃうね。
僕はそう言い残し、なんとも操作が分かりずらい食券販売装置に立ち向かい始める。
彼女のために大窓が開け放たれているのにも関わらず何故か室温の変わらない食堂には、どこか冷えた時間が流れているような気がした。
ラミネート加工された手書きのポップが空調によって揺れ、反射した電灯を歪ませる。
窓の外の世界の方がなんとなく楽しげである。
「うーん…」
食券販売装置、名称改め券売機の横の壁には簡易的な操作説明の紙が貼ってあり、こちらも虹色の変なフォントで作られていた。
なになにと内容を解読してみれば、まず最初にガビガビの小さな写真が付いたかき揚げうどんのボタンをクリックする。
次に、僕の選んだものも同様にクリックする。
最後に、お金を投入と記された長方形の細い溝に指先を触れる。
何かを入れる必要があるようだったが、僕はそれを持っていなかったので、なんとなくそれっぽく触れるだけである。
しかしそれでも工程は遵守できたらしく、直後に装置の内部から何かが高速で作動する高音の動作ノイズが発生し、ぱしっと2枚の半券が装置下部の穴から出力された。
うまく購入という行為を行えたようだ。
『かき揚げうどん 350円』
…安いのか高いのか分からない。
そして僕は自分がお金の概念に初めて接触したことに気がついた。
たったこれだけのシステムのどこが問題視されて現在戦争犯罪に指定されているのかを、文明の外で生きてきた末路わぬ者である僕がこの一瞬の接触で理解しきることは難しいだろう。
要するに、僕はこれが何を意味する文字列なのかをよく分かっていないが、まあいいやということである。
「ナギサ、買ったよっ」
処理に少し手こずったこともあり、嬉しい気持ちを抑えきれず、僕は窓の外のナギサに半券を見せながら手を振った。
数センチの紙片が今は勲章のように感じられる。
「すごい」
青い瞳を一瞬明滅させつつ。率直な賞賛を送るナギサ。
それは彼女が持つ数少ない感情表現レパートリーの中でも上位に来るものであった。
ナギサのそんな大袈裟な様子に照れてしまった僕は、少しはにかみながら券売機の方に正面を正すと、もうそこには既に湯気の立つ出来たてのかき揚げうどんが発生済みである。
料理は気配も音もなく、いつからか提供スペースの机の隅にただぽつんと置かれていたのだ。
表れ方に疑問を持ち、シャッターの降りた厨房の方を見やっても、そこには古びて日焼けした白いレースが何かの終わりを告げるように揺れるばかり。
…これも「まあいいや」なのだろうか。
僕はトレーの両端に手をひっかけ、大振りなかき揚げの乗ったうどんを台無しにしないように気をつけながらナギサの方へと向かった。
◇◇◇
「おいしいね」
「おいしい」
死んだように静まり返った食堂の静寂を、小鳥の鳴き声にも似た微かな吸引音が彩る。
この音はナギサの「口」から発せられているものだ。
とは言っても、彼女の機械の身体に人間のような口から始まる一連の内臓器官が存在している訳ではない。
実の所、その「口」という表現は彼女が背部の何処かから電源コードのようにツマみ出した吸引摂取機構付きのケーブルに宛てたものであった。
「かたよった栄養」
「やっぱり宇宙食とは違うんだ」
「いちじるしく」
彼女は自らの嫋やかな指先に行儀良く保持した特殊なケーブルで、食事という行為を物理的かつ情報的に処理している。
処理と言うと掃除機みたいに食べているのかと勘違いしそうだが、彼女は摂取方法の都合上一口が物凄く小さいので昼休みのOLのような食べ方であり、妙に行儀が良く、ちょっとかわいらしい。
…昼休みのOLの実物を僕は見た事がないが、多分そんな感じであろう。
「ゆっくりでいいからね」
「うん」
ともあれ、彼女は歯科治療みたくちまちまと
本来食事の必要はないにも関わらず、実は飲食自体は結構好きだったようである。
普段宇宙食を食べる時は極小量で満足してしまうのに、今回は既にその数十倍の量を取り込んでいる。
いつもは僕と食事を摂るという行為自体が目的であり、実際に有機物を摂取することは二の次なようであったが、今回はかなり自主的な様子だ。
新しい情報を得られるのが嬉しいのか、僕と新しいことをするのが楽しいのか。
両方だったらいいな。
「どう?」
「えんぶん、脂質、炭水化物…」
彼女は質問に答えるように、検出された栄養素を列挙し始める。
…窓越しの彼女は、小さな器を大事そうに保持していた。
◇◇◇
遊びとお昼ご飯を終え、特にすることも思いつかなくなったので昼下がりの静寂を宛もなく彷徨っていた僕とナギサ。
なんとも言えぬ白い日光と疲れ始めたような蝉の鳴き声が物言わぬアスファルトに反射するばかりで、その情景は僕に何も起きないこと自体が起きていることそのものであるという実感を抱かせる。
しかしああ見えて割とエンターテイナーなところがあるナギサは、そんな感想を持って間も無いのにも関わらず、もう僕に新たなイベントを紹介してくれた。
「たいじゅちゃん」
「なに?」
彼女はそうぽつりと呟くと、急に僕の手を取って空中に浮かび上がった後、説明もなくどこかへ向かい始めてしまったのだ。
自分の意志の介在する暇もなくすぐに遠くなってゆく地表を見て恐れるでもなく、僕は冷静にナギサへ情報の共有を請求する。
なお、これは生体による情報の知覚が間に合わない場合は戦闘艦の自己判断を優先してもよいという教育に基づいた行動であった。
「…えっ、ちょっ、どうしたの?」
「既知の存在を発見」
飛び上がった猫の後ろ足のように離陸した脚部はどこか楽しげで、大気を切りながら前方へと突き進む。
少なくとも戦闘行動や脅威を予測した訳ではなさそうである。
既知の存在を発見ということは、以前接触したことのある友好的な何かを検知したのかもしれない。
「…ネガティブな移動?」
「ちがう」
自分から見て真上の頭部から発せられる口下手な声を聴いていれば、眼下の木が森に、森が緑色の背景に移り変わる。
脇の下に腕部を回すだけのぬいぐるみのような持ち方をされているが、僕が恐怖を感じることはない。
合成樹脂に覆われたラバー質の装甲からなる少しひやりとした彼女の胸部は人肌のように柔らかく、風切り音すら発生しないほどに高効率の浮遊装置がもたらす心地よい程度の揺れと相まって眠気すら感じさせる。
そんな調子のまま1時間も無い飛行時間を欠伸と雑談に費やしていれば、気が付けば目の前にはその「たいじゅちゃん」が居た。
「…あ」
思い出した。かなり昔にたまたま同じ攻撃目標を狙っていたので共同作戦を実行した艦である。
僕と同じく存在未定義かつ未所属の野良艦隊だったはずだ。
「…」
こちらを認識した上で無言のままぼうっと立ち尽くしている彼女はナギサより少し型式が新しいように思われ、頭部もナギサのようなロボ顔ではなく、人間に近い表情のある顔である。
がしかしその瞳には生気というものがなく、正直なところちょっと不気味の谷現象を感じさせるかんばせだと思えてしまう自分がいる。
…とにかくハイライトが無く、あくまで機械的なその目付きは全てに絶望して心が壊れてしまったように見えるし、まったく反対にまるで何も考えていないようにも見えるが、実の所その瞳の奥には超低温度電子計算機が製造当時の物理学的限界量積層されていた。
まあそれはナギサも同じことではあるが。
「…」
「…」
2機の戦闘艦はお互い2m程の距離までつかつかと歩み寄ると、じっと見つめ合いながら数秒間瞳をぱちぱちと明滅させ、その最後に両方同時に僕の方へ首を傾けつつ見下ろしながらこくりと頷いた。
…どうやら可視光による情報交換は終わったらしい。
「えーと、どうなったの」
「すむ」
「えっ」
「たいじゅは地球に居住します」
なぎさは顔の角度をミリも変えずに僕の目線へ最小の発言量で返答した。
それを補うように「たいじゅ」もある程度の情報量を持って僕に情報を開示する。
しかし、僕の中にはまだたいじゅについて分からないことが残っていた。
彼女の艦長がこの場に居ないことである。
「…ゆうやくんは、どうしたの?」
ゆうやくんは、たいじゅにとっての僕だ。
割と明るい性格で話していて面白いけど、情緒がかなり不安定なので長時間の接触は避けた方が良いような人物である。
少なくともナギサは僕が彼に加害されることをかなり心配していた。
「艦長もここにいます」
「ここにいる?」
たいじゅは手ぶらである。
居住艦やベースは周囲に認められない。
「ゆうやは破損した」
「…えっ」
一瞬、空気が凍る感じがした。
と言っても、僕の空気だけが凍りついたのであって、目の前の2人はいつものつまらない顔のままではあるが。
「修復のため、現在保護しております」
「…お見舞いは必要そう?」
「体重300gにまで減少しており、現在接見が出来ません。修復の完了をお待ちください」
「………そっか」
…彼は、何らかの要因によって減ってしまったらしい。
なぜ減ったのかは分からないし、知りたいとも思えない。
「…」
僕はなんとなく自身の腕を見てしまう。
二の腕を見て裏返し、手首と上腕二頭筋を目視で検査する。
…幸い、まだ破損した様子はない。
全身生身である。
「…」
ナギサはそんな様子の艦長を見て何を思ったのか、またしても両脇に手を回して僕をお人形のように抱き上げてしまった。
「ぐえっ…なにさ」
「問題なし」
彼女は僕を大事そうに自身の胸に押し付けると、一見して破損部位はないという旨の報告を上げ、そしてふわりと浮かび上がった。
たいじゅはもう口を閉ざしている。
このぶんだと戦闘を避けるために地球に降りてきただけだろう。
いつまで居るのかは分からないが、また交流したいな。
「………」
などと考える僕がたいじゅに手を振りながら何かを言おうとしたその瞬間。
浮遊装置を再始動したナギサは、無言の彼女にぬるりと背を向け、同じく無言のまま飛び去ってしまった。