デカかわいいダウナーロボ娘と田舎大豪邸2人暮らし戦中スローライフ 作:4645 (ケモ系大量生産クリーチャー)
「うみ」
「海だね」
波打ち際の手前でぼうっと地平線を眺める僕とナギサは、読んで字の通り海にやって来ていた。
ここは二人で特に何かするでもない緩慢な時間を過ごすのに最適な場所であると予測できたからだ。
そしてその予感は見事に的中し、今僕らの艦隊の前には何とも言えない鬱屈とした灰色の空模様と死んだように凪いだ生温い塩水が横たわっている。
辺り一帯を覆う潮の香りは死への扉を思わせた。
「…おわっ」
一際やる気のある波が僕の靴底を攫い、砂粒と塩の跡を遺して去る。
僕より僅かに前に立つナギサの脚部は、打ち寄せる波を流線型の樹脂表面を持って割り裂き続けている。
ざーっ…と、不穏な景色に似つかぬ平穏な環境音が僕とナギサの主記憶装置に刻み込まれ続けるこの時間は、ちょっと心地いい気さえした。
「…」
少しべたつく悲しげな風に晒される腕をなんとなく触りながら家を出る前の時間を思い返せば、恐らく今はお昼に相当する頃合である。
別にお腹は空いていないが、別に食べられないという訳でもなく、食べたくないという気分でもない。
…どうしようかな。
今の僕にとっては、悩むことすらも生活を意味する情動行為の一環として重要であった。
「ナギサ、なんか食べよっか」
「たべる」
ナギサは物憂げな背中で僕に一言返すと、微かなモーターの駆動音とともにどこかへ向かって歩き出してしまった。
大方特に理由もなく歩きたくなっただけだろう。
要するに彼女は何か適当に調達しといてと僕に言っているのだ。
「あんまり遠くに行かないでね」
「うん」
彼女は少し遠くなった声をその場に置いて、ざぶざぶと有機的な塩水の中へ入水してゆく。
3.5mの長身がみるみるうちに地平線に沈んで行く様は少し怖かったが、彼女は人間ではない。
心配は無意味である。
とりあえず心残りを脇に置き、僕は海から見て反対側にあるトタン屋根の小さな建物が並んでいる方向へと歩き出した。
◇◇◇
海の家、と。
あちこちに赤錆の浮いた物悲しい建物にはそう銘打たれていたが、その有様はどこからどう見ても家というより簡易的な売店である。
とりあえず、注文口のささくれた台の上にぽつんと置かれている潮風に晒されて鄙びたラミネート加工済のメニューを見ると、焼きそばやイカ焼きなどの落ち着いたラインナップが掠れ気味に記されている。
がしかし、当然そこに店員はいない。
少し埃っぽい調理スペースとレースのかけられた空っぽの冷温機が、抜かれたコンセントと共に身を寄せ合っているだけだ。
店内をよくよく見れば中の小上がりに飲食スペースもあったが、机の上の小さなお盆にまとめられている誰も触っていなさそうな割り箸の箱と爪楊枝の小瓶と簡単な調味料の卓上用品達が、その使用頻度を自らの身体で証明している。
「…」
まあ、これでいいか。
と、考えることを放棄した僕は、一覧の最上段に置かれている焼きそばという料理を選び取ることとした。
そのチョイスに特段の理由はなく、ただ並びの1番上にあったからである。
そして、以前食堂でかき揚げうどんを買った時は持っていなかったが、ここで必要なお金とされる物を。
それも、平成25年と印字された銀貨を6枚ほど、キャッシャー横の底にトゲトゲの生えた青いトレーの中に置いてみる。
直近の家の探索中に机の上に放置されているところを発見したものだ。
「…」
しかし、何も起きない。
しんと静まり返った空気が僕を取り囲んでいる。
手の中の余った硬貨の擦れる音がいやに大きく聞こえる。
…じゃりり、と。
何となく居心地の悪い気がした僕は、特に意味もなくナギサの姿を見たくなり、ふと後ろに振り返ったが、彼女の姿も一見して近くには無かった。
「…」
しかし、よくよく海面を見れば、ふらふらと取り憑かれたように歩く彼女の頭部だけが、ひょこひょこと水面に出ている様子を見つけられた。
どうやらそこの海はかなり深いらしい。
なんだか危ないな。
…と、注文台に向き直れば。
そこには透明なプラ容器入りで、かつ湯気の立った美味しそうな焼きそばが、ぽつんと2つ。
いつの間にかレジの横に置かれていた。
「あ…?」
…まただ。
まあ、どうなっているのかなんて分からないし、考える必要もないし、知りたくもない。
僕は蓋を閉じる輪ゴムに割り箸の挟まれたそれをかしゃりと手に取ると、ナギサの居る海に向かって歩き出す。
曇天は少し黒みがかっているようであった。
◇◇◇
「ナギサ〜買ったよ〜…?」
海の方へ声をかけると、彼女の姿がないことに気がつく。
今度はその辺に沈んでいる訳でもなく、本当に見当たらないのだ。
「ナギサ…?うわっ」
…ポタリと、冷たい塩水が僕の頭に落ちる。
驚いて水の滴る真上を見ると、膝部に手を付いてこちらを見下ろす深い青色の二つの目があった。
正体はもちろんナギサである。
いつの間にか揚陸していたらしい。
「!…ナギサっ」
「うん」
…2人は誰かのものであっただろうシワだらけのレジャーシートに座り込み、誰も居ない静寂の中、さざなみだけを頼りに箸とケーブルを進める。
しばらくそうやって過ごしていれば、塩水濡れの彼女の身体には乾いた塩の跡がいくらかできてしまったので、駐車場の脇の洗車スペースで少し洗い落としてから帰ることにした。
じゃぶじゃぶと無言かつ棒立ちで水流を浴びる彼女はちょっと嫌そうであったが、帰宅のためにまた僕を胸元に抱えた時の彼女は、なんとなく何かに満足したようにも思えた。
…少なくとも僕は、そう思えてならなかった。
そろそろ終わりかけ