復活したと言っても良いのか、と考えるゆうポンです。
そして中々終わらない第二章。一日が、一日が終わらないんだ……。
12
風を切って、船は進んでいた。
レーダーを駆使することで、幾つかの敵艦の存在を捉えることが出来たものの、九条達と交戦した敵艦は見当たらない。
「妖精さん、あの敵が近くにいるか分かるか?」
尋ねると、分からないという返事が返ってくる。本来であれば月と星に照らされた海はもっと索敵出来てもおかしくはないのだが、今は濃霧だ。先程接触した敵艦が恐らくボスであると思った九条はとにかく、艦娘とやらが志島鎮守府を奪還するまで近付かせてはならないと焦っていた。
(どうする? 電ちゃんと島風の二人を置いてきてしまった。大丈夫だろうか? メチャクチャ不安なんだけど)
嫌な予感が脳裏をよぎる。しかしそれを否定して九条は、
「ぃゃ、まだそうなったわけじゃない。きっと二人とも無事なはず」
五〇機の連装砲ちゃんがいるのだ。それに妖精さんも半分以上置いていった。
きっと大丈夫。そんな根拠のない言葉を呟いて、
ばん、と。
銃弾の音が鳴り、突然船の積荷の一つが吹き飛んだ。
「……ッ!!」
響いた音に、九条は顔だけ動かしてそっちを見る。爆発する砲弾ではなく、銃弾だったのが救いだったのか。船に小さな穴が空き、積荷の一つが壊れた以外問題はない。
来たか、と呟いて九条は辺りを見回した。積荷を留めていた金属の留め具が外れて、パカパカと空いてしまっている。その中からアイテムらしきものがバラバラと船に散っていく。直後、そこから離れて! という妖精さんの声が響いた。
(次の銃弾か?)
慌てて飛びすさって、胸がズキンと傷んだ。先程突き刺さった砲弾のカケラは幸いにも九条が掛けていたお守りに直撃していたので致命傷にはなっていないが、突き刺さってはいた。一応、ある程度の深さまで。
そもそも血を吐いた時点で重症なのだ。それなのに激しい運動を繰り返していればそうなるのも当然の話だった。
「やっぱ狙撃か!? 妖精さん!」
九条は自分ごと、近くの妖精さんを押し倒す。
バン、と遠くから小さな音がした。
九条の背中に、右から左へと線を引くような痛みがはしる。
何かが皮膚の上を掠っていったのだ。
(どこだ!? さっきの敵艦か……!)
ズキズキと滲む痛みに耐えて、周囲を見回す。周囲は視界不良で、とてもではないが見渡しきれない。
素人の九条にはこれが銃撃戦を行うのに適した環境であるのかは分からないが、ぐるりと見回した範囲では馬鹿でかいライフルなどを構えた敵艦の姿は見えなかった。
レーダーを使用して右から左へと線を引くような痛みを頼りに、大体の方向に検討をつけて調べる。
が、そこで妖精さんは攻撃の予兆に気付いていたことを思い出して、
提督さん!! という妖精さんの声が聞こえる。
思考を遮断して、九条が注意を向ける前に、背後からヌルリと冷たい感触がする。ギョッとして振り返ると、海から一本の手が伸びていた。白い、人間とは思えない真っ白な手だ。誰かが海面から這い上がり、九条の足首を掴んでいるのだ。
「ッ!!」
何かを思う前に一気に引っ張られた。
バランスを崩した九条は船の上から引き剥がされ、そのまま海へと落ちた。突然引きずりこまれたことで対応出来ず、海の水を飲んでしまう。塩水で背中と胸の痛みが爆発したように増していく。目が痛いのを我慢して開けると、白い顔が見えた。ニヤリと邪悪な笑みを浮かべた、巨大な
深海棲艦、戦艦棲姫。
(ちっくしょ……誰なんだテメェは!)
九条は襲撃者へ向かって手を伸ばしたが、すり抜けられた。仕方なく上昇しようと泳いで、一気に水面へ顔を出す。
そのすぐ横に、居た。
彼女は、海の上に立っていた。
立ったまま、九条に対してニヤついた笑みを浮かべている。
そして一言。
「ミーツケタ」
ゾグン! と恐怖が胸の中を覆った。殺される、という恐怖感が心の中を覆い尽くして、慌てて九条は船の上に這い上がるために縁に両手をかける。
と、這い上がった先にその女性の姿があった。腕を九条の胸に突きつけて、ニタニタと笑っている。その顔には愉悦感が張り付いていた。
そして。
そんな彼女の周りを、巨大な歯を持つゴーレム型の化け物が浮いていた。黒光りした外装から覗く歯が恐怖を煽る。そして女性の方は長い黒髪の、ネグリジェのようなワンピースを着た女性だった。色が白いことと、頭から日本のツノが生えていることを除けば人間そっくりなのが特徴的だ。
まさかあの化け物に操られているのか? と九条は勘ぐりながら観察をする。
そのびしょびしょに濡れた手には何も持たれてはいない。だが、その背後にいる化け物がネック。
あの歯が振るわれれば間違いなく人が死ぬ。
そんな化け物を、女性は軽々と扱っているように見える。まるで九条を嘲笑うかのように。
すぐさま立ち上がらなくてはならないが、這い上がったばかりの九条はちょうど船にへばりつくような格好で、立ち上がるまで数秒かかる。そうこうしている内に、女性は化け物を操ってその歯を九条に向けて噛みつくように動かして、
「死ねクソ化け物!」
九条は散らばっていた積荷から、大きさ三〇センチくらいの鉄の破片を思い切り投げ付けた。
化け物に向けて投げたのだが、逸れて無防備だった女性の顔面に直撃する。
その瞬間、操作が狂ったのか船の
「ナッ!!」
鉄屑が直撃した女性はそんな声を上げる。が、すぐさま顔面の異物を引き剥がすと、良くもやってくれたなとばかりに、そのまま九条の懐へと突っ込んできた。その拳は華奢に見えるが、実際に当たってしまえば即死するのだろう。
九条は地面を転がるようにして、両の拳を握りしめて、
「グォッ!?」
その時、エイヤ! と妖精さんの声が響いた。バンっ!! という銃声が耳に届いた瞬間、女性が仰け反って海に落ちる。突然吹き飛ばされた主人に困惑したように化け物が海へと飛び込んで、
「妖精さん!!」
起き上がった九条は素早く命令した。直後、船の速度が加速する。
その数秒後、背後の海からザバァッ!! という音が聞こえた。
「コ、ロス!! ブチコロス!!」
憤怒に顔を歪めた女性に対して九条は叫ぶ。
「わ、悪かった! アンタに当てるつもりは無かったんだッ!!」
しかしそんな言葉は彼女の怒りを抑えることは出来なかったらしい。見た目が人間そのものであることから、恐らくあの女性は人間に違いないだろう。となると、横のデカイゴーレム型の化け物に操られていると見るべきか。
ババババッ!! と響く銃器の音が返事代わりに聞こえてきた。
と、船のすぐ横の海面が突如盛り上がる。
「今度はなん……ッ!?」
起き上がった九条が、そちらへ目を向けると紅い目がみえた。ギラリと光るその目は、捕食者としての闘争心を持っている。
その口内からは巨大な砲塔があった。
「キシャアアアアアッ!!」
「あっ、ぎ!?」
咄嗟だった。船に散乱していた丸い『何か』を引っ掴んで九条は化け物、駆逐イ級に向けて放り投げる。
直後、バン!! という音が聞こえた。
放り投げた丸い何かは、綺麗に駆逐イ級の口の中へ吸い込まれ、直後爆発した。断末魔のような叫び声を上げて駆逐イ級は怯んだように仰け反る。
どうやら、投げたのは爆発する何かだったらしい。
ホッとする間もなく、
「ッ! 狙撃の方は!?」
聞くと、大丈夫もう出来た、という妖精さんの言葉。
意味が分からなかった九条は逆に問いかけようとした直後、
「グギュルガァァァアッ!?」
あちこちから、駆逐イ級の声が飛んできた。ギョッとする九条の耳に、妖精さん達の余裕の声が聞こえてくる。
『3、2、1』
モニターからそんな機械音声が放たれる。そしてそのカウントが0になった瞬間だった。
ドンッ! という衝撃が船全体を揺らす。バランスが取れずに転んだ九条が起き上がって見えたのは、海の中を突き進む魚雷のような何か。
ファイア! と妖精さんが叫ぶ。
と、四方八方が爆ぜた。
「なーっ!?」
凄まじい水しぶきが舞い上がり、その僅かに出来た隙間をくぐり抜けるようにして船が突き進む。
それは初めて九条が指揮した時のものと同じ脱出方法だったのだが、本人にはその自覚がないために妖精さんが何かやったとしか分からなかった。
その時バシュン! という音を九条の耳が捉える。
九条が音のした方向へ目を向けると、そこから先程の巨大なゴーレム型の化け物が飛び出してきた。筋肉隆々の豪腕を振り上げて、怒り狂った様子だった。耳元で爆発音でも聞いたような感覚にビビる。暗いので細部は分からない。
そのゴーレム型の化け物は女性を乗せて、海の上を泳ぐではなく、一直線に九条達の船めがけて走ると、
「ゴ、ガァッ!!」
深海棲艦語らしき言葉で何か喚いて、そのままためらわずに海の上から海中に飛び込んだ。
(な、なんだ? あの化け物一体何をしようと!? くそ、とにかく逃げるぞッ!)
一瞬、考えている間に水を破る音が聞こえた。
ただし。
先程海で爆発した魚雷なんて比にならないほどの、あまりにも巨大すぎる轟音が。
ザバァ!! と海の海面がまとめて吹き上がる。
まるで滝を逆さにしたように海水が舞い上がり、化け物はその波の上に乗る。
「な……ッ!?」
九条の息が一瞬止まった。
空から落下してくる化け物の口の中には、巨大な砲塔があった。大砲、とでも表記した方がよほど『らしい』と思わせる、巨大な砲塔だ。ただの砲塔と違うのは、そのサイズと見たことのない素材か。本来の大砲は鉄などで作られているが、今ここで使われた砲塔は生きているということ。『化け物』という言葉が本当にしっくりとくる。
しかし。
それ以上に恐ろしいのは、その砲塔が発射準備に入っていたことだった。
「うわっ!?」
回避のためか。妖精さんが全速力で船を加速させる。だが、船の後方。本当にギリギリの位置がその砲塔に飲み込まれた。
エンジン部分には命中していないが、船の後方が噛み砕かれるように破壊され一部が海へと沈み、あるいはその出力に耐え切れず宙を舞った。九条はばら撒かれた積荷の一つであるシートのようなものをかぶる事で怪我をすることは無かったが、直後にまるで鉄砲水のように荒れ狂う海水に足を取られ、船底を転がり滑る。
「痛っ……! なんだよこのっ!」
一部浸水してしまった船から先程の化け物がいた方を見てみれば、再び銃器のようなものを構えていた。
その瞬間。
一瞬だけ浮遊感を得たと思ったら、すでに足元に地面がなかった。ずるりと体が滑ったも思った瞬間、九条の体が竜巻のように吹き荒れた風に巻き込まれて一〇メートルほど浮き上がった。頭が下を向いていたため、自然と乗っていた船が見える。
「っつ!!」
ゆっくりとスローモーションに見えたその映像に、九条は驚愕を通り越して混乱していた。
ついさっきまで、海を突き進んでいた船の壁は丸ごと破壊され、原型は残されていない。煙を上げて燃え始めた船にはまだ避難が完了していない妖精さんが右往左往していた。自由落下に従って落下する九条が辺りを見ると、完全に崩壊した船を見て笑っている深海棲艦が九条に向けて砲塔を構える姿が映った。
「嘘だろ……!?」
直後、同時に舞い上がった船の破片などと同タイミングで九条がいた空間を銃器の雨が降り注いだ。
13
時間は一時間ほど
完全に深海棲艦の手に落ちてしまった志島鎮守府を歩く小さな影があった。『ソレ』はピョンピョンと跳ねるようにして素早く影から影へと動く。忍者のような動き方をするソレは、しかし慎重に鎮守府の内部を突き進む。
そう、連装砲ちゃんである。
駆逐艦、島風は視覚共有によって連装砲ちゃんから伝えられた視覚情報を受け取り、有事の際に使われる隠し部屋でまとめていた。横には、敵艦を索敵する電の姿も存在している。
九条によって裏口へと置いていかれてしまった彼女達は、九条の『安全を確保しろ』という言葉を『九条が囮となり深海棲艦を引きつけている間にこの鎮守府を制圧しろ』という命令に都合よく解釈していたのだ。
隠し部屋の場所などは事前に情報として大本営から伝えられていたので、そこに辿り着くまでは少々手間取ったがそれ以後は比較的安全に事を進められている。
そして現在、島風は操作する連装砲ちゃん六体それぞれからの情報から、鎮守府内の敵の居場所をほぼ掴んでいた。
「電、ほとんど状況は掴みました。数は一五ほどいるけど、それぞれがバラバラで見張りも何もないから恐らく勝てます」
「そうなのですか……、まぁ司令官があれだけ装備を置いてくれていますからね」
九条が二人と一緒に置いていった武器などの資材の数々を見る。必要最低限、と彼は言っていたが、その内容は他の鎮守府の殆どが揃えられないであろうレアな装備ばかりだ。彼はこれが当たり前だ、というように言っていたが。
ともかくにも連装砲ちゃんが五〇機あるだけでも一五体の敵に対しては過剰戦力かもしれないのに、それに加えて死ぬような攻撃を食らった時に資材ごと満タン近く回復するアイテムとはどうなのか。
大本営が知ればまず、研究しようと言い出すであろう恐るべき装備に戦慄しながら二人はコレだ、という装備を選んでいく。
「……妖精さんもよく作ったものですね。応急修理女神だったっけ?」
「そうですね……ファンタジーみたいなのです」
それをアッサリと使うように言える九条提督は一体何者なのだろうか、と少し考えて、二人は準備を終えた。
「さて、気分はミッションインポッシブルですね」
「むしろ司令官が心配なのです。これだけの装備があればかなり楽でしょうから、さっさと制圧してしまうのです」
と、外へ出る前に島風は全ての連装砲ちゃんの命令を
敵艦を攻撃するような命令をさせ、一気に突撃させる。
「それを言えば連装砲ちゃんもです。私が近くにいないと戦闘において機能しない自立式を改造して私が『敵を攻撃』するようにだけ命令すればあとは勝手に倒してくれるようにするなんて」
「司令官さんは心配性なのでしょう。まぁ姫級相手だと私達の練度も足りないですし、連装砲ちゃんも通用しないと思うのです」
そんなもんかな、と言う島風にそんなものなのです、と電が答えた。
隠し部屋から一斉に連装砲ちゃんが飛び出す。速度が速いのは最速であった島風の影響に違いない。
「……さて、おふざけモードは終わりにしましょう」
「ですね。司令官さんの指示通りやるのです。本当は沈めないに越したことは無いですけど、そうも言ってられる状況じゃないのですし」
「そうですね。じゃ、行きましょうか。連装砲ちゃん達が敵と接触し始めたし」
連装砲ちゃんからの戦闘開始の知らせを受けた島風は扉から外へ出る。小さな振動が足に届いた。島風は各々の情報から敵艦のいる位置へと歩き出す。
「勝負は姫級が帰ってくるまで。速さ勝負なら島風の得意です!」
それが合図のように、志島鎮守府奪還が始まった。
次回も早く出せるよう頑張ります。