とある提督の日記   作:Yuupon

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事前に第5話を見直すのをオススメします。
とりあえず大筋はこれで終わりですね。エピローグで残った部分を書きます。
エピローグ終了後に、分かりやすく解説を書き、人物紹介の二章版を書いて終わりですね。

……三章からやっと日記に戻れる!


27 後半戦(三人称)『終』

 

 

 

 

「何が、とは。具体的に教えてもらってもよろしいか? 横須賀提督殿」

 

 

 見下ろすような声が響く。その男、武蔵野提督は続けて、

 

「こちらとしては困惑しているのだよ。横須賀提督、そもそも貴殿の役割は志島鎮守府奪還後の周辺の平定だと聞いたが。まぁキミがここに来たということは何かしらの確信を持ってここに来たのだろうがな。しかし、はぐらかすばかりでは話すものも話せない。何より面倒臭いだろう? わたしは面倒臭いのは大嫌いなんだ」

 

 向けられたのは軽薄な言葉だった。

 橘提督はウッ、と声を上げそうになって堪える。

 武蔵野鎮守府の柴田提督はこう言う男なのだ。だからこそ、面倒を省いて本音を口にしなければならない。

 

「……では、言います。何故九条に対してあのような命令を? まさか貴方ほどの方が彼を追い落とそうなどと考えているわけはないでしょう? 駆逐艦二人での攻略なんて、ハッキリ言えば馬鹿の所業だ。そして元帥が何故その命令を黙認したのか。それが一体どういう事なのか、聞きに来ました」

 

「成る程な、だがそれだけでは弱い。その確認のためだけに命令違反までしてここまで来たと?」

 

「……、」

 

 橘提督は、すでに握っていた握り拳に力を込める。

 しかし誰から見ても、橘提督がこういった会話(、、)に慣れていないのは一目瞭然だった。そもそも横須賀提督はまだ提督になってから二年そこらの男だ。武蔵野提督とでは、根本的な部分で差が存在する。そもそもこのような戦いにおいて勝てるわけがない。アリがゾウに歯向かうようなものだ。

 武蔵野提督もそれが理解出来ていたのか、余裕の表情を崩さない。構えすら取らない。

 

「できればその程度の事ではしゃがないで欲しいものだ。そういう行いは海軍として相応しくない。ましてや現在の海軍は国民の命を真なる意味で担っているのだから。質問がそれだけならばお引き取り願いたいな」

「……志島鎮守府が奪われる前に敵艦隊を煽るような真似をした理由に正当なものがあるのですか」

 

「正当だ。現に我々は志島鎮守府を奪い返し、今現在において安全圏を増やしている。そして横須賀提督、キミが言っているのは間違いだ。私達が行おうとしているのは安全圏を増やす事ではない。その先にあるものだ(、、、、、、、、、、)

 

 その先にあるものとは深海棲艦の全滅を指すのだろう。

 

「深海棲艦を全滅させる、と。志島鎮守府提督の安否すら確認出来ていないのに随分と、余裕ですね」

 

 橘提督は言う。

 だが、同時に失敗したと思った。武蔵野提督とこのまま会話を続け、距離を図るのが常套手段だからだ。よってこのような煽り文句はよくない。

 

「フン、現状我が国が優勢なのだ。その程度の余裕なら存在する。それに散りゆくものには礼を尽くすのが私の主義だ。出来る範囲でだがな。そうそう、元帥も同じような事を言っていたか。彼は決して『優しい』だけの男ではない。キミも目の前で見ただろう、黒鎮守府提督の末路を」

「…………ッ、」

 

 橘提督は反射的に一歩前に進んでいた。

 対して武蔵野提督は動かない。

 何をされても対処出来ると言っているように。

 

「さて、何の話だったか。そう、『今回の作戦』だな。キミも知っていると思うが、あれは元帥も認めた公式の作戦だ。九条提督の指揮に一任した形だが、あれは本来作戦とも呼べない代物だ。九条提督の指揮があったからこそここまで上手く事を運んだが、それが敗れた場合、神無鎮守府も奪われる可能性があった」

 

 言われた橘提督は、ふと眉をひそめた。

 単純に意味が分からなかったからだ。何故、作戦として欠陥であることを認めるようなことを言ったのかが。

 話を聞くべきだと思いつつ、思わず尋ねてしまう。

 

「いきなり何を? 欠陥だと認めているならそんな作戦やってはならないじゃないですか……」

「そうだ。あの作戦は『志島鎮守府奪還』としては決して使ってはならない作戦だよ。だが、少し前に流れた噂を知っているか?」

 

「……少し前? 確か、黒鎮守府提督が深海棲艦と繋がっていた言う話ですか? でもあれはデマだったでしょう」

 

「が、火のないところに煙は立たない。事実、大本営の上層部はこのように考えていたよ。『黒鎮守府は人間側の提督ではなく、艦娘の身体を調べて深海棲艦側にデータを送っていたスパイである可能性がある』とな。事実黒鎮守府にはそれを行ったらしき部屋が幾つか存在していた」

「……、」

 

「しかし、決定打になりうる証拠は残念ながら存在しない。よって最終的に噂をもみ消すことにしたのだ。もちろん、これは『内に潜む真なる敵』を油断させるためとも言えた……結果的に大本営は行動しなかったのだよ」

 

「それと今回の作戦に何の関係が……。しかし」

 

 橘提督が呟くと、武蔵野提督は笑う。

 

「そう、しかし、だ。『深海側のスパイ』は既にこちらが捕らえていた。どれだけ敵側が動いたとしても、敗北しない限りは取り返せない。現在の深海棲艦は人類に敗北し続けているからな」

 

 今の武蔵野提督のセリフには、ある一部に重大な(、、、、、、、、)事実を含んでいる(、、、、、、、、)

 

「そうだ、気付いたな」

 

 武蔵野提督は断言する。

 

 

「捕まえていた、つまりは現在は逃亡している。そして彼が拘束されていた場所は、『志島鎮守府』だ」

 

 橘提督の呼吸が止まる。

 思い出したのだ。黒鎮守府を検挙した時のことを。

 志島鎮守府が中心となり、黒提督を捕縛したことを。

 武蔵野提督は構わずに続ける。その顔に少しずつ、笑みが滲んでいく。

 

「予想はしていた。いや、実際に『深海棲艦』側が彼を奪い返しにくるかは半信半疑だったがね。まったく、辛かったぞ。確証のない作戦を元帥に認めさせるのは。まぁ志島鎮守府提督の彼は、二つ返事で受け入れてくれたがな」

「まさか……ッ!!」

 

 橘提督は思わず叫び声を上げた。

 

「それでは、あなた達は『志島鎮守府』を使って自作自演をしたと言うのですか!? その事を一切知らされていなかった他の鎮守府に大きな迷惑をかけ、九条達に対しては大本営の権力を振りかざして!!」

「あぁ、そうだ。より正しく言うなら国民のためと言うべきだが」

 

 武蔵野提督は笑みを引っ込め、真剣な顔つきで言う。

 あたかも、自分達が正当であるかのように。

 

「作戦は見事に成功したよ。見たまえ、志島鎮守府を奪還された深海棲艦達が今どうなっているのかを」

 

 

 

 

 

 21

 

 

 

 

 

 探していた。

 戦闘の跡が残る静寂島の中を駆けずり回るようにして九条は深海棲姫を探していた。

 少なくとも一、二時間は探したに違いない。しかし、その姿どころか痕跡すら見当たらない。そうして九条日向は島の片隅で座り込んでいた。

 島の端っこで。

 九条以外の人間が存在しないこの島で、たった一人で。

 

 九条日向は精も根も尽き果てかけていた。

 

「……逃げた、ってのか? それなら良いけど、でも」

 

 その視線の先には、レーダー。人間の生体反応(、、、、、、、)を感知するソレに『九条以外の生体反応が存在しない』。

 だからこそ、九条は恐怖していた。

 自分の知らないところで、知り合いが殺されてしまったかもしれないことに。

 

「クソッ、とりあえずもう一度探しに」

 

 レーダーが壊れているだけだと口にした九条は深海棲姫と氷桜を探しに行こうと立ち上がって、

 

 

「誰を探しているのかな? 九条君?」

 

 

 だからこそ、背後からかけられた声に九条は固まった。そのままレーダーに目を向けると、見知らぬ生体反応がもう一人分増えている。

 体ごと振り返ると、そこには九条が探していた人物がいた。セグウェイのような乗り物に乗って、彼は海の上を走ってきたようだった。

 美少年、美少女。どちらの言葉も似合いそうなほど整った容姿をしている人間は、あの日のようにニコニコと笑っていた。

 

 氷桜理緒(ひおうりお)。志島鎮守府の提督である若人(わこうど)は軽く手を上げてはにかむ。

 

「やぁ、九条君。奇遇だね」

 

 と、その背後から何人かの少女達が飛び出してきた。

 

「ひ、氷桜なのか?」

「うん? 氷桜理緒に決まってるじゃないか。まさかボクのこと忘れちゃった? そうだとすると悲しいなぁ」

「いや、そうじゃなくて……良かったよ、見つかって」

 

 あまりに突然過ぎて反応が出来ない。喜ぶのが正解なのだろうが、余りにも当たり前に出て来すぎたせいで実感が無い。

 それでも、九条は笑顔を浮かべて、

 

「本当に良かった。やっぱり予想通り(、、、、)だな」

 

 音声ファイル。アレは本物だったのだ。そして、もう一つの心配も同時になくなった。

 深海棲姫。氷桜がここにいるということは、彼女は無事に救助されたに違いない。となると、島に残っていた戦闘の跡は氷桜が艦娘とやらを指揮して深海棲艦と交戦した証なのだ。

 一昨日、志島鎮守府へ向かった際に敵が少なかったのはきっと氷桜が少しずつ敵を撃破してくれていたからだろう。

 

「へぇ、やっぱり予想通りだったんだね」

「ん、あぁ。お前もそのつもりで残したんだろ? あの音声ファイル。ってかあそこまでヒントあればeasyモード以下だろ?」

 

 ニヤリと笑みを浮かべた氷桜の言葉に九条は返す。あそこまでヒントを置いてもらえば幾ら何でも分かるものだろう。

 そもそも静寂島へ避難すると言っているのだし。

 

「そうか……元帥や武蔵野提督と協力してもキミは騙せなかったか。まぁこれは元々言うつもりだったしね。一つだけ伝えるなら、作戦は無事に成功したよ。後は戦後処理だけかな。戦艦棲姫もキミを追いかけてきた艦隊が撃破したようだしね」

「作戦……? あぁ、そうだな。今度はこんなことするなよ」

 

 志島鎮守府の奪還のことか。あれは本当に怖かった。

 今度はこのような事が起こらないようにして欲しいと九条は思う。

 

「うん、まぁここまでややこしくする必要はなかったけど。まぁ迷惑をかけたようだから謝るよ。おそらく作戦の正式発表は一週間後くらいになるから」

「あぁ、一般にも同じように公開されんのか?」

「うん、ある程度抑えめにだけどね」

 

 成る程。だが、良い。そんな話よりも先に聞きたい事があった。

 

 

これからどうなる(、、、、、、、、)?」

 

 それを口にした九条の意図は、『志島鎮守府のこれからはどうなるのか』だ。普通に考えてアッサリと敵に敗れたとなれば何かしらの罰が与えられる。

 それこそ提督としての生命の終わりすらあり得た。

 一転して真剣な顔を浮かべた氷桜は言う。

 

変わるよ(、、、、)。間違いなく変わる。海軍だけじゃなく、ボク自身もね」

「……それは、海軍のせいで?」

「いや、ボク自身としての本心だ。一つだけ言うなら、二度とこの作戦は行わない」

 

 そう言って氷桜はニヤリと笑う。

 今度のそれは、作られた笑顔ではなく。本当の意味での笑顔で。

 と、ここで九条は一つ思い出す。

 氷桜の安否は確認した。残るのは深海棲姫。提督である九条は一般人である彼女を見捨てるわけにはいかない。

 

「そっか、じゃあ俺は探してる奴が居るからまた今度な」

「うん、また今度」

 

 そう言って駆け出した九条の背中を氷桜はジッと見つめていた。

 

 

 

 その背後から朝、九条を観察していた川内が顔を覗かせる。

 

「……驚いた。まさか本当に見抜いてたんだね」

 

 川内の言葉に氷桜は頷く。

 

「覚えておいたほうが良いよ、川内。彼はボクよりも格上だ。もしかしたらキミが潜んでいた事をあえて泳がせていた可能性すらあるからね」

「そうだったら怖いなぁ。暗闇を得意とする私としては立つ瀬が無くなっちゃうよ」

「ふふ、彼が例外なだけさ。と、蒼龍、少し来てくれないか?」

「はい」

 

 川内といくつか言葉を交わしてから、氷桜は蒼龍を呼んだ。無駄のない動きで近付いてきた蒼龍に氷桜は言う。

 

「少しばかり(ハエ)が煩くていけない。無力化してくれないか?」

「はい、かしこまりました」

 

 言われて蒼龍は一本の矢を放った。その矢は真っ直ぐ飛んで行き、空を飛んでいた黒い塊(、、、)を貫く。

 

「……支配完了、あちらには事前に録画した映像を流しておりますがよろしいですか?」

「あぁ、これで武蔵野提督には聞こえないね」

 

 武蔵野提督が放ったと思われる『監視』を無力化し、ようやく氷桜は安堵の息を漏らした。

 そのまま、空に向けていた視線を艦娘達の方へ落とす。

 

「さて、捕らえた黒鎮守府提督は今どこにいるんだい? ボクが志島鎮守府を囮にして逃亡中の黒鎮守府提督をおびき出す、なんて欠陥作戦に手を貸したのは全て彼を調べるためなんだから」

「彼は地下拠点に。そして彼を調べるため、とは?」

 

 蒼龍の質問に対し、氷桜は答える。

 

「簡単な話さ。彼が深海棲艦側なら、一体彼は何者なのかってね? 今までは本部の人がいたから不可能だったけど、海軍にさえ公表していない地下でならそれが可能になる。ーーもし彼が深海棲艦で、人間に擬態(ぎたい)した存在だとしたら? という質問に対する答えをね」

「……まさか昨日、科海元帥を驚かせるといったのは」

 

 驚いた声を上げる蒼龍に対し、未だ不明点が多い若人(わこうど)は答える。

 

 

「ーーーーさて、ね。キミの想像に任せるよ」

 

 

 

 

 22

 

 

 

 全て、見ていた。

 武蔵野鎮守府に映し出されたモニター。そのカメラに捉えられた映像で、ようやく橘提督は真実(、、)を把握した。

 それは。

 決して良いものではないのだろう。

 しかし、橘提督は知ったのだ。

 

 まず、見せられたのは静寂島での光景だった。

 

『クソッ、とりあえずもう一度探しに』

 

 切羽詰まったような素振りで立ち上がる九条。

 橘提督には何故、九条がそこに居るのかは分からなかったが、きっとそれは意味のある行為なのだろう。

 そしてそこに声を挟む人物。

 

『誰を探しているのかな? 九条君?』

 

 氷桜理緒(、、、、)。行方不明となっている提督である。

 

「少し前に説明したことを思い出してみようか」

 

 唐突に。

 武蔵野提督がそう言った。

 

「志島鎮守府を囮にし、あえて敵に奪わせる。敵の目的は黒鎮守府提督の奪還及び、地上拠点を得ることだ。まず作戦をする前に、氷桜提督の協力が不可欠だった」

「……それがさっき言った作戦、ですね」

 

 ようはあえて甘い警戒網を見せることで敵を誘い、襲ってきたらわざと敗北した。その後敵の動きを観察していたということなのだろう。

 

「その通りだよ、横須賀提督殿。事実、鎮守府内に残していた隠しカメラの映像には牢へ入る敵の姿が残されていた。それでようやく確信がいったのだよ。彼が本当に深海側のスパイであることがな」

 

 正直に言えば、ゾッとした。

 何が、と言えば無茶苦茶なのだ。始めの作戦から何から全てが無茶苦茶。しかし、それを見事に成功へと導いてしまっている。

 しかも、犠牲者0のオマケつきで。

 だが、それは逆に言えば武蔵野提督は人間を人間と見ていないことになる。下手をすれば大規模なダメージを受けていた作戦を平然とこなしていた彼は。

 いや、彼もまた異常(、、)だった。

 

 

「元帥もこの件に関しては納得してくれた。思えばこれが一番大変だったな。あの男は九条とは違う意味で底が知れん。まともにやりあえば勝ち筋など浮かばないくらいにな。黒鎮守府提督も上手く動いてくれたものだよ。志島鎮守府を奪ったのちに、まずは自らの安全確保のために無人島である静寂島に移る。予想通り、予想通りすぎた」

 

 真顔で語る武蔵野提督に対して戦慄を拭えない。

 橘提督は冷や汗を垂れ流した。

 

「あとは九条君への命令か。彼もまた、こちらを見抜いていたのだろうな。こちらの思惑に乗ったと思えば、さらなる戦果を上げてくれた。しかもそれを自分の手柄にしないとはな。聞きたまえ、彼の口上を。惚れ惚れしてしまいそうだ」

 

 指差されて、再びモニターに意識を向ける。

 九条と氷桜の話は少し進んだのか、音声ファイルがどうとか言っていた。

 

 

『へぇ、やっぱり予想通りだったんだね』

『ん、あぁ。お前もそのつもりで残したんだろ? あの音声ファイル。ってかあそこまでヒントあればeasyモード以下だろ?』

 

 ニヤリと画面で笑みを浮かべる九条の目は、明らかに画面を見ていた。

 吸い込まれそうなくらい透き通った目に、違う意味で相変わらずだと橘提督は思い知らされる。

 

 

『そうか……元帥や武蔵野提督と協力してもキミは騙せなかったか。まぁこれは元々言うつもりだったしね。一つだけ伝えるなら、作戦は無事に成功したよ。後は戦後処理だけかな。戦艦棲姫もキミを追いかけてきた艦隊が撃破したようだしね』

『作戦……? あぁ、そうだな。今度はこんなことするなよ』

 

 作戦に関して聞かれた際に九条は身に覚えがないような声を上げてから、あぁと声を漏らす。

 その様子に武蔵野提督が笑みを浮かべるが、それよりも橘提督は『戦艦棲姫』を轟沈寸前にまで追い込んでいるという報告が気になった。

 

「やはり彼は気付いていたか。しかも私達が見ていることにも気付いている(、、、、、、)。彼の有用性を知っていたからこそ、わざと無能を演じたのにも関わらず見抜いてしまう慧眼は羨ましいな。ハハッ、しかもヤツは私の出した作戦を作戦だと思っていないようだぞ! 傑作ではないかっ!!」

「……、戦艦棲姫は九条の策ですか?」

「あぁそうだ、彼は自身が静寂島にいることを文にしたため、それを置いておいたのだよ。戦艦棲姫がちょうど志島鎮守府を奪還しに来たタイミングでな! さらに、それに気付いた後任の提督が出撃する時間までもを計算し尽くしていた。艦娘達が戦いやすい入り江で丁度奇襲をかけれるようにな」

 

 見たまえ、と別の画面が映し出される。

 そこには、一〇人は居そうな艦娘達と五〇を超える連装砲ちゃんが戦艦棲姫を含め六体の深海棲艦を飲み込む映像があった。

 五〇を超える連装砲ちゃんは貪るように深海棲艦に引っ付いて内部に直接砲塔を刺し、撃っている。

 グチャリ。と深海棲艦の肉や血の破片が辺りに飛び散っていた。

 

「な……うっ」

 

 余りのグロさに思わず吐き気を覚えたが飲み込む。

 が、深海棲艦達の断末魔の声が響き、艦娘達が目を伏せ始めた辺りでもう一度酸っぱい何かが喉元までせり上がってくるのを感じた。

 それを我慢して、代わりに尋ねる。

 

「……これ、は?」

「連装砲の完全自立化だ。人間の技術として自立化は存在するだろう。だが、それ自体を連装砲に組み込む事は出来なかった。だから、条件を変えたのだ。敵と指定したものを攻撃するようにな。艦娘とは第二次世界大戦までの技術でしか強化が出来ない。だからこそ、当時に存在していた『目標』を定めてそれだけを殺す技術を利用したんだ。中々に仁義のないものを考える。ま、彼にとって人間は興味の対象外なのだろうしな。確か艦娘のため、だったか」

 

 九条は人間を余り好いていないのは知っている。

 その代わり、艦娘に対しては優しいことも。

 だが、だからと言ってこれはあんまりだった。

 

 と、ここで武蔵野提督が画面を消した。

 

「さて、これであらかた作戦は終わった。奪われた黒鎮守府提督は既に静寂島に待機していた氷桜くんが『確保』し、戦艦棲姫は『九条提督』の策で轟沈寸前に追い込まれている。さて、敵の一大将とも呼べる『戦艦棲姫』を捕らえればどうなると思う?」

 

 黒鎮守府提督の確保。

 戦艦棲姫の確保。

 橘提督はそれら二つから、武蔵野提督の言おうとしていることを掴む。

 

「まさか、深海棲艦を!?」

「そうだ、横須賀提督! 『戦艦棲姫』は敵にとって重要な存在。言うなれば深海棲艦にとっての大将、元帥だ。既に幾つかの深海棲艦のサンプルは存在する。実験も数々行われてきた。その実験の中で、深海棲艦を武器として使うものが存在していた。ようは火薬を詰め込んで爆発させるのだよ、そしてその実験は既に成功した。単体でもかなりの威力だ。となれば、その大将とも呼べる存在を利用すれば、科学という人類の叡智で、あの忌々しい世界の七割を占める海を包み込んでいるサイドを、一気に駆逐する事が出来る可能性が高いのだよ!!」

 

 意味が、わからなかった。

 正しくは理解したくなかったのかもしれない。

 武蔵野提督の言葉は、深海棲艦が害悪だと信じている口ぶりだった。まぁこれに関しては橘提督がどうこう言う事は出来ない。しかし、橘提督が見ている世界と武蔵野提督が見ている世界は違っていた。

 

 深海棲艦の全滅。それは単純に深海棲艦を全て駆逐するのとはわけが違う。ベトナム戦争などがいい例だ。どうやっても殺しきれないのである。敵を一人倒せば、その子供が。それを倒せば知り合いが、その土地の人々が。次々と敵に回り、結局は勝てなかった。それと同じように、深海棲艦を全滅させるなど不可能だ。そもそも深海棲艦以外にも深海には人類を凌駕する存在がいるかもしれないのに。

 

「深海棲艦を全滅すれば、それで皆が幸せになるとでも……?」

「思わんよ。そうなれば次には艦娘が敵に回るだろうな。人間とは常に食物連鎖の頂点に立たなければ不安になる生き物だ。臨戦モードなら人の攻撃が通用しない艦娘もまた、第二の深海棲艦と同様だ。資材に変えるにしてもそのうち反乱が起こるのは間違いない」

「それじゃあ、何を望んでいるんですか!?」

 

 思わず叫んだ橘提督に対して、武蔵野提督は呆れたように語り続ける。

 

「今のままでは生温いのだよ。いつから海軍は敵を残すような甘い存在になった? そもそも艦娘はともかく深海棲艦は人類に仇なす敵なのだよ。いわゆる世界共通のな」

「その地球だって、人間のものじゃないでしょう」

「それを言う権利は貴様にはないぞ横須賀提督殿。それは今生きている時点で、貴様も人間が地球を支配している(、、、、、、、、、、、、)事の恩恵を受けているのだから」

 

 言って、武蔵野提督はジロリと橘提督を見た。

 戦慄する橘提督にまだ甘いか、と言葉を漏らして、

 

 

「まぁいい。話を変えよう。次は何故海軍が黒鎮守府提督をスパイだと疑っていたにも関わらず、このようなまどろっこしい手を使ったについてだ」

「……っ、はい」

 

 未だにモヤモヤした気分を抱えながら橘提督は返事する。

 

「日本は基本的に、法律によって守られていた。現在は憲法九条を無視する形だが、それは特例と認められている。そして黒鎮守府提督は志島鎮守府が襲われる数日後には本土に輸送され、裁判が確定していた」

 

 武蔵野提督は疲れたように軽く肩を揺らして、

 

「艦娘に対して黒と呼ばれる行為をするのは犯罪だ。昔風に言えば、第二次世界大戦で使用された兵器を駄目にするようなものだからな。良くて無期懲役、悪ければ死刑は確定していた、がそこに新たな疑惑が浮上した」

 

「ーーそれが、黒鎮守府提督のスパイ疑惑」

 

「その通りだ。そしてスパイに関する法律は深海棲艦が現れてから復活したのを覚えているか。それによる余罪が問われれば、海軍がどう手を出そうと黒鎮守府提督の死刑は確定だった」

 

 スパイ防止法案。確か最高刑は死刑だった。元々の罪に加えて人類の危機とまで言われている敵に情報を流せば死刑は免れない。

 

「それを食い止める必要があったのだよ。そして同じくして深海側も人間側に黒鎮守府提督を殺されたくはなかった。この理由は分かるか?」

「……死刑にする前に必ず、彼から情報を聞きだされるからですか?」

「そうだ。しかし、彼がスパイであると気づいていたのは海軍だけ。そしてそれを世間に公表しようものなら、海軍の威信は地に落ちるだろう。何故なら、スパイが堂々と居たのに気付くのが遅かったからだ。そして気づいた時にはもはや手遅れだったよ」

「……まさかそれが原因でこんなことを?」

 

 一歩前に出て問う橘提督に対して、武蔵野提督はくだらなそうに息を吐いて、

 

「そうだ。だから世間への発表はこう変わる。『志島艦隊出撃中に志島鎮守府が強襲される。罪を犯し牢にいた黒鎮守府提督が罪を償うためと残りの艦娘を指揮するも、名誉の殉職。その後、神無鎮守府が主体となり弔い合戦を行い志島鎮守府を奪還。黒鎮守府提督を殺した戦艦棲姫を撃破し、弔いを』というところか。本来は酷く不本意だが、彼を『社会的に』殉職させるにはこれが手っ取り早い。何より人は美談を好むものだしな」

 

 その言葉が出た時には、すでに戦艦棲姫との勝負も決していた。

 無数の連装砲ちゃんによって身動きできないほど縛りあげられた戦艦棲姫が慎重に運ばれていく。戦艦棲姫は暴れていた。だが、弱い。いや、動けていることが異常なのだが。

 ゴーレム型の装備は既に粉々に破壊されており、人間体だけが運ばれていく。

 それに対して、総指揮官である武蔵野提督は薄笑いを浮かべるだけだ。

 

「終結にしては随分とあっさりとしていたが、まぁいい」

 

 

 そして武蔵野提督は宣言する。

 

 

『これにて志島鎮守府奪還作戦ーーーーいや、黒鎮守府提督の弔い作戦を終了する』

 

 

 




「一言」一章でサラッとやった黒鎮守府が大きな伏線でした。
それと深海棲姫はエピローグにて書きます。


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