勉強会から約一週間後にあった4日間の期末テストが終わり、次の日のいつも通りの学校。その二年二組の教室。もうすぐホームルームということで席に座っていた俺は教室の後ろで騒いでいる奴らを見ていた。
そいつらの中に知っている顔(まあ、川崎のことだが)がいるから、というのも理由の一つなんだろうが一番の理由は試験期間中は死んでいるような顔をしていたあいつらが今は元気いっぱいという風に話しているからだろう。
俺はまだ死んでいるような顔をしているというのに。その切り替えの良さを俺にも少し分けて欲しい。
そんなことを思っていると、チャイムが鳴った。ホームルームが始まった合図だ。川崎たちも自分の席に戻り、それと同時に担任の山田先生が前の扉を開けて入って来た。手には紙を持っている。多分、というか絶対にテストの点数と学年順位が書かれている紙だろう。
「じゃあ、点数返していくから。出席番号順で呼ばれたら来てくれ……藍沢」
そう先生が言った。俺は教卓の前に行き、緊張の面持ちで点数の紙を貰った。そのまま席に着き、机に置いた紙の端をつまむ。
頼む頼む頼む!俺は一息で捲り点数を見た。……お、おお!なかなかいい点数だ。今までで一番いいまである。もし、あそこまでしてもらって悪い点数だったら二人に顔向け出来なかったからな、本当に良かった。
そうやって喜びを噛み締めながら点数を見たり、途中で慎哉が笑いかけてきたから俺も笑ってやったりしているともう全部配り終わったのか先生がよく持っている黒いやつでトントンと教卓を叩いた。
そうして少し息を吸い込んで言う。
「期末テストも終わったことだし……席替えするぞ!」
これにはクラス中が湧き上がった。もちろん俺もおお!と声をあげた。歓声が湧き上がる中、先生は黒板の上についてあるプロジェクターを起動して、席替えのアプリを使い教室の座席の位置にランダムな数字を映し出す。
俺はどこだなんだ、蓮の近くは嫌だ。そんな風に思いながら自分の出席番号を探す。お、見つけた。俺の席は……右端の真ん中か、あんまり動かないけど結構当たりだな。それで、蓮は……左後ろの角席だ!よし
二人分の席を探していたからか周りより遅れて新しい席に行く。椅子に座り、ふう、と息を吐く。
二人はどこになったんだと気になり、探してみると中央らへんに清水を見つけた。見ているのが気づかれたようで軽く右手を上げてきたので俺も挙げ返す。ところで、慎哉はどこなんだ?そう思った矢先、後ろから声をかけられた。
「どーもー、これからよろしく」
後ろを見ると慎哉が手を振っていた。さっきまで座ってなかったところを見るに驚かせようとしたんだろう。
「おお、よろしくな……でも、ちょっかいかけてくんなよ?」
「ははー、それはわかんないなー」
俺が口角を上げて軽い感じで声をかけると慎哉は結依の真似をして誤魔化してきた。……本当に大丈夫なのか?
嬉しさを面倒くささや不安が上回りそうになっていると先生がじゃあ、これでホームルームは終わりだ。と言って出ていく。
それを見ているとそれでさ、と慎哉が言ってきた。
「点数、何点だったの?もしかして……70点以上があったり?」
「流石の俺でも70以上は取れるからな。……それで、点数は——」
「じゃあ俺から見せようか」
俺の言葉を遮って慎哉が言う。浩介がなんか自信ありそうだったからさ今回は花を持たせてあげようってわけだよ、何て言っているがあの顔は点数に自信がある顔だ。それに、台詞も芝居がかっている。……だが俺の点数を超えられるとは思えないなあ、よろしいと偉そうな雰囲気を纏わせながら点数を見る。
「じゃーん」
国語、数学、英語と見ていくがあんまりいつもと変わらない気がするな、大体70でたまに80点に行ってるくらいで、こんくらいなら俺の方が……そう楽観していた俺の目に飛び込んできたのは地理91点の文字———地理91!?
「ま、まじか、お前、ついにカンニングを……」
「するわけないでしょ!ただの実力だよー。それで浩介はどうなのかなぁ」
ニヤニヤとしながら慎哉が聞いてくる。俺は机に置いていた点数を取りながら思わずほくそ笑んだ。そして慎哉の目の前にそれを突きつける。
「うぉ。えーっと、どれどれー?…………えっ」
そんな困惑の声が聞こえてくる。予想していた通りだ……
「何これ!全部80点以上なんてさ。……アドバイスだけど、カンニングするならもうちょっとわかりにくくしたほうがいいよ」
「してないわ!認めろよ、俺に負けたってな。お前風に言うと、ただの実力ってやつで」
俺がドヤ顔でそう言うと、ぐぬぬという音が聞こえてくるくらい慎哉は俯き、点数の紙を穴が空くぐらい見るようになった。今までずっと俺より点数がよかったからな、その悔しさは一線をかくすのだろう。
「テストの点数どうだったんだい?」
いつのまにか歩いて来た清水がそう尋ねてきた。俺は自慢げに清水に見せる。すると、清水はおお、と驚きをあらわにした。
「すごいね、僕も勉強を手伝ったとはいえ微力なものだったし、間違いなくこれは藍沢くんの努力の賜物だよ。頑張ったね」
すごい褒めてくれる、元々二人、特に清水のために勉強していたからかとても嬉しい。だけどちょっと照れくさいな。
俺が清水と話していると慎哉が恨みがましい目で見てきた。俺も褒められたかったのになーという声が聞こえるようだ。とりあえずまたドヤ顔を見せておいた。
「あー、清水さんはテストどうだったの?」
慎哉が俺のドヤ顔を見たくなくなったのか話を変えてくる。でも確かに清水の点数は気になる。もしかすると、勝てるかもしれない。そんな期待を持ちながら清水の返答を待つ。
「そうだね」
清水は自分の点数を慎哉の机に置いて俺たちに見せた。
93、92、95……全部90点以上!?
「はは、上には上がいるってことだね。まったく、このくらいの点数で騒いでたのが恥ずかしくなってくるよ。ね、浩介」
「ああそうだな、でもお前が俺より下なのは変わらないからな」
そう言うと慎哉の優しげな笑みがかたまった。話を変えるのではなくイーブンに持ち込んでこようとする心意気は買うが、それで誤魔化されるほど俺はバカじゃない。
そんな風に慎哉の企みを見抜いた俺は清水にも慎哉の点数を見せようと慎哉を煽っていた。そんなとき、教室の外から声がかかる。
「すいません。浩介先輩と慎哉先輩いますか」
前のドアに佐藤が立っていた。前に一緒にビュッフェに行った後輩だ。慎哉が手を振って近づいていく。俺たちも軽く挨拶をして佐藤のそばに移動した。
「清水さん、彼は一年生で結依ちゃんの友達の佐藤翔くんだよ。佐藤くん、こちらは清水さん、俺達の友達だよ」
そうやって慎哉が初対面の二人に紹介した。なんかアニメとかでよくあるような紹介の仕方だったが、多分一回そう言う台詞を言いたいだけだろう。
「どうも、佐藤くん」
「は、はい!」
清水が気さくに挨拶する、それと対比するように佐藤はおどおどと返事をした。先輩ばっかりの会にいて、彼女も高三らしいのに物怖じするのかと疑問に思ったが今はそんなことを考えている時じゃないなと思い直し佐藤に話を聞く。
「あの、また相談があるんです。聞いてくれませんか?」
「うーん、もう休み時間もなくなりそうだしねー。……昼休みに相談にのるよ、俺達の場所は結依ちゃんから聞くってことで」
それでいいよね、と俺たちを見て尋ねてきた。俺たちは頷く。佐藤もそれで納得したのか笑顔で手を振って自分の教室に帰って行った。
昼休み、いつものスペースで俺たち三人は目の前で席に座っている佐藤、そして付き添いの結依を見ていた。
「いや何で結依がいるんだよ」
「なんか面白そうだな〜って、あ、佐藤にはちゃんと許可取ってるから」
自由だな、まあいいかそれよりも何を相談しにきたかだ。それを俺たちは佐藤に聞いた。
すると、数秒とたたずして佐藤が口を開く、朝からここまでの時間で何を言うか考えてきたのだろうか
「彼女を神崎先輩に合わせても大丈夫なのかを相談したいんですけど……」
……え?ちょっとよくわからなかったな、そう思って佐藤に言う。
「えっと、もう一回言ってもらえるか?」
「は、はい、えーっと、彼女を神崎先輩に合わせても別れることがないかを相談したいんです」
改めて聞いて聞き間違えでもなんでもないということを確認した俺たちは佐藤にちょっと待ってくれと言い少し離れた所で小さな声で相談する。
「おい、あれどういうことだよ。絶対別れるのでやめましょうとでも言えばいいのか」
「いやー、ちょっと意味わかんないね。もしかして遠回りに別れたいって相談なのかな?」
「いやいや、あんなに不安そうな顔をしておいてそれはないと思うよ。まあ、そっちの方が逆に怖いけどね」
「うーん、ひとまず、何で蓮に彼女を合わせることになったのかを聞いてみるか」
「まぁ、そうだね」
くるりと向きを変え佐藤の前に座る。そして理由を教えてもらっていいか尋ねると佐藤は二つ返事で了承し、話し始めた。
「ことの発端は俺が彼女、岩沙ひかりって言うんですけどそのひかりさんに神崎先輩の話をしたことなんです。俺が神崎先輩をとんでもないイケメンでモテまくってる先輩がいるんだよって紹介したせいでひかりさんが興味を持っちゃって、今度の文化祭で神崎先輩に会いたいって言われて……本当にどうしたらいいんでしょう」
「あー、謝って文化祭に来ないでとでも言えばいいんじゃないかな」
慎哉が真っ当なことを言う。まあそれが一番早くて楽な方法だろう、清水も少し頷いた。だが、佐藤は申し訳ないといった様子で話し出す。
「ひかりさんにはもう、文化祭に来ていいよって、一緒に周ろうって言っちゃったんですよ。まだ付き合い始めだし、俺は本当にひかりさんのことが好きなので約束を撤回して嫌われたくないんです。……どうにかできませんか?」
「どうにかできませんかって言われてもな……ていうか何で文化祭に来ていいよなんて言ったんだよ、お前『神崎蓮を監視する会』に入ってるなら蓮がどんくらいやばいのか知ってるだろ」
「それが実は……最近まで知らなかったんですよ、俺は最近入った新入りですし、初めて神崎先輩を監視した時にひかりさんと出会ってそこからもう監視はしていないので……」
そう俯きながら喋る。俺がどうしたもんか考えていると慎哉が佐藤に質問をした。
「じゃあ、どうやって神崎のおかしさに気づいたの?」
えっと、と佐藤が言葉に詰まると今まで置物のようだった結依が代わりに答える。
「それは〜、佐藤が彼女のことを惚気ているときにポロッと彼女が文化祭に来るって言ってて、神崎さんがいるのに大丈夫なの?って聞いたら分かってなかったので私が教えたんですよ。いや〜、あのときの佐藤の惚気は独り身にはきつかったね〜」
「ちょ、ちょっと。それは言わないでよ」
結依が佐藤をからかい、佐藤がそれにあたふたする。普段の関係性がわかるような会話だったが、佐藤の相談を解決する糸口にはならなかったな。……というか蓮に出会って好きにならないなんてこと、あり得るのか?
解決方を捻り出そうと必死に考えていると、清水が話し出す。
「なんとか神崎くんを隠す方針しかないんじゃないかな。えーっと、川崎くんだったっけ?彼と君は同じ会に所属しているんだろう。そして川崎くんは神崎くんと同じクラス。だったら彼に頼んで彼女が来る時間だけ神崎くんをどこかに行かせたらどうかな」
清水の案は一見いい案だが、致命的な欠陥がある。一つも考えついていない俺が言うのもなんだがそれを清水に伝えた。
「それは無理だな、そもそも神崎がそんな……えっと、ひかりさん、が来るまでの間だけ教室を離れるなんてことできないだろ。もうシフトも決まってるし」
「そうか、それもそうだね、うっかりしてたよ。……ありがと」
「ああ」
さて、本格的にどうするべきか詰まったなあ。そういえば、慎哉もまだ案を出してないよな。そう思って俺は右隣の慎哉を見ると、慎哉は不敵に笑みを浮かべていた。
「思いついたよ、解決方が」
そう自信満々に言ってくる。俺たちはマジで、だとか本当かい?だとか言ってその続きを待つ。
「それは、何もしないことさ」
「は?」
思わず声を出してしまった。だが、許して欲しい。今までの会話を聞いてたか聞きたくなるレベルのことを言われたら人間はみんなこの反応になるだろう。清水だって疑問という文字が顔に浮かんでいるようだ。
どうしてそんなことを言ったのか問い詰めたかったが、先に慎哉が続きを話し始めた。
「確かに神崎に会った女子は惚れてしまう。けどそれは普通の女子の場合だよ。佐藤くんと岩沙さんは恋人同士なんでしょ、だったら神崎に惚れるわけないよ、だってもうすでに君に惚れてるからね。それとも佐藤くんは彼女が自分のことを愛していないと思ってるの?」
「……確かに、その通りですね。ありがとうございました!ひかりさんが俺のことを愛してくれてるって信じてるから予定通り一緒に文化祭周って神崎先輩に会います。ひかりさんが別のところに行くはずないですもんね」
そう言い残して、佐藤は去って行った。またもやいい笑顔で手を振って。
なんか取られそうな奴の台詞だったなあ、本当に大丈夫なのか?面倒くさくなって適当に煙に巻いたとかじゃないよなそんな疑問を慎哉にぶつける。
「心配ないって、本当に好き合ってるならきっと大丈夫だよ。……多分」
「おい、多分ってどういうことだよ。これで佐藤が破局したら俺らのせいだぞ」
俺が慎哉を問い詰めると、清水と結依が話してきた。
「まあまあ、落ち着いて。僕もこれで大丈夫だと思うから」
「そうそう、私もそう思うな〜」
そんな風に二人にも言われる。俺はため息をついてなんだ、と話し出した。
「二人が言うなら絶対大丈夫ってことか心配して損したな」
そう笑いかけるが驚くべきことに誰も肯定してくれない。それどころか目を逸らされてしまう。……本当に大丈夫なんだよな!俺は一抹の不安を覚えながら佐藤の帰っていった方向を見続けた。