憂鬱な気分のまま始業式を終えたあと、登校初日だというのに5時間もある授業の準備をするために廊下に出る。そのまま並んであるロッカーの中から俺のものを開き教科書とノートを手に取った俺は教室には入らず、他の生徒の邪魔にならないように廊下を通っていった先にある一部屋分くらいのスペースに行き、机とともに置いてある椅子に腰掛ける。
「はあ」
そう頬杖をつきながらため息をつくと後ろから背中を叩かれた。振り返らずともわかる、絶対慎哉だろう
「なにだらけてんのさ、もう授業始まるよ」
「だらけてるわけじゃねえよ、憂鬱さを全身で表現してたんだ。わからなかったか?」
「いや…わからなかったのはそうなんだけどさ、俺が話しかけてこなかったらどうするつもりだったの。ただのやばい奴になっちゃうよ」
慎哉が痛いところをついてくる。ちょっとカッコつけたくなったとバレると恥ずかしいので俺は急いで話の流れを変える
「それで、慎哉はなんでここにいるんだよ。教室から結構離れてるだろ、ここ」
「いきなり話変えたね。…まあ、浩介朝から怖い顔してたじゃん、それで心配して見てたらいきなり教室から離れていったからさ、ちょっと気になっちゃって…」
慎哉が俺の前にある椅子に座りながら答えた。
「でさ、やっぱり神崎のことが嫌いだからここまできたの?」
「そうなるな」
俺の答えを聞いた慎哉はうーんと唸り、似合わない渋い顔を作りながら尋ねてくる
「……ねえ、神崎と仲直りすることってやっぱり無理?」
この質問は慎哉が一年のときから尋ねてきたいつものものだ。だからこそ、俺の回答も決まっている
「何回も言ってるけど、無理だ」
「うーん。それってさ、なんでなの」
いつもならここで慎哉がそうだよねと言ってこの話は終わるが今日は違った。二年生になったからか、グイグイ攻めてくる
「なんでなのって…蓮が嫌いだからって理由以外あんのか」
「本当にそれだけなの?」
「なんか他の理由があるように見えんのか」
「うん。俺からしたらただ嫌ってるってだけじゃなくて、気まずいからっていう理由もあるように見えるんだよね」
そんな訳ないだろ。なんて軽い口調で否定しようとして、慎哉の力強い目に気圧されつい息を呑んでしまう
「そう…見えるのか?」
結局出たのは否定でも肯定でもなく、ただの確認だった
「そうだね。だって浩介って全然神崎に近寄らないし話そうともしないじゃん」
「それは嫌いだから…」
「神崎に関してはそれもあるかもしれないけどさ、美桃さんは?一回も話してるところ見てないけど」
慎哉に言われて考える、確かに美桃が原因となって俺のフラストレーションが爆発し、そのまま蓮と仲違いしたあの日から美桃と会話するにしても挨拶くらいなもので、きちんと話してきたことはなかった。それは…たぶん、俺が無意識に避けていたからだろう。蓮と同じように。つまり…
「…俺は気まずくて近づけてなかったのか」
「たぶんね」
たぶんなんて自信なさげな言葉と裏腹に慎哉の目はまだ変わっていなかった
「だからさ、仲直りしない?浩介は神崎のことをただ嫌ってるだけじゃないんだからさ」
また、いつもの質問がくる、だけど今度は何もかもいつもと違かった。慎哉の自信も俺の心も
「…それでも、仲直りはできないな」
慎哉が驚くのが分かる。確かに挨拶くらいなら勇気を出してしてもいいかもと思うくらいには心が揺らいだが、思いのほか蓮のことが嫌いという感情が占める割合が大きかったようだ。
「なんでさ!今のは絶対『わかった…いいぜ』みたいにカッコつけて肯定するとこでしょ!」
驚きから立ち直った慎哉が机を叩きながら声を張り上げる。というか、さらっと俺をバカにしてるな
「ちょっとはいいかなって思ったけど、やっぱ嫌いだから。それに他の理由もあるしな。ていうかさ、なんで慎哉は俺と蓮の仲を取り持とうとしてんだよ」
ずっとはぐらかされてきた慎哉がこう尋ねる理由を聞く。不思議と今日は話してくれるような気がしたから
「ただ単純に親友に友達を増やしてあげたいだけだよ。それに、前は仲良しだったのに今は…なんて悲しいじゃん」
「はあ、思いのほか普通でがっかりだわ」
「ひどくない?せっかく言ったのにさー」
こんな理由なら別に隠さなくてもよかったのに、そのせいでさっきもカッコつけて『不思議と——』なんて思ってしまっただろうがなんて内心で毒づき、慎哉の心遣いで上がった口角を頬杖して隠す
「で、話は戻るんだけどさ。浩介はちょっとはいいかもって思ったんでしょ、だったら仲直りはしなくていいからさ日常会話くらいはできるようにしない?」
「戻んな戻んな、俺は仲良くする気ないってさっき言っただろ」
「いやいや、ちょっとはしたほうがいいって。同じクラスなんだし、浩介も1時間ごとに神崎から逃げるのは大変でしょ」
確かに——と、ぐうの音もでない正論によって今までの議論はなんだったんだというスピードで納得させられた俺はそう呟くことしかできなかった。そして、次の10分休みから蓮と話すくらいはできるように頑張ることになった
次の十分休み、ひとまず教科書を取った俺はまず席に座ろうと教室のドアを開ける。目の前に蓮が立っていた。向こうも驚いているようだ。なんて冷静に分析している場合じゃない!なんでいんだよ!突然のことで心構えができていなかった俺はすぐさま早歩きで逃げる。
「あ……浩介…」
蓮は何か言っているようだが追ってくる様子はない。ほっと胸を撫で下ろし、俺は授業が始まるギリギリまで教室には近づかなかった。
また次の十分休み、今度はいけると覚悟を決めてドアを開ける。どうやら蓮は自分の席で女子たちと話しているようだ。ひとまず安心した俺は自分の席に座る。そして、そのまま数分座っているといきなり蓮がこちらに向かってきた。
ふう、いける。適当に会話するだけだ。簡単だ。そう自分を励ます。蓮はもうすぐそばまで来ていた。
「……浩介、あの「ちょっとトイレ行くわ」……うん、わかった」
やっぱ無理だわ!蓮との会話を一瞬で諦めた俺はその難易度に慄きながら蓮のそばから離れた。
「全然できてないじゃん!」
「ごめんって慎哉、でも仕方なくないか」
神崎と日常会話すら出来なかった俺は昼休みだというのに慎哉にあのスペースで怒られていた。
「仕方なくないよ!なんだよあのドアのとき。一言ぐらいは話せばよかったのに無言で逃げてさ、神崎が悲しい顔してたよ!」
「あれは…いきなりでびっくりしたんだよ」
「あの席での時もさ、もう少し話してもよかったんじゃない」
「それは……」
言い淀むと慎哉がはあと呆れたように息を吐き腕を頭の後ろで組む
「まあ元々浩介がこんなすぐに神崎と話せるようになれると思ってないから別にいいんだけどさ」
「はあ?だったらなんで怒られたんだよ」
「ごめんごめん、ちょっとからかってみたくなっちゃって。それで話は変わるんだけど、別の理由ってなんなの?」
つい口にしてしまったことを掘り返される。もう忘れてるかなと思ってたが覚えてたか
「言いづらいけどさ…俺と蓮が仲良くしたら清水も蓮と仲良くなるんじゃないかって思ってさ」
「……嫉妬ってこと?独占欲?」
「絶対ちげえからな」
こう言われそうだから言いたくなかったんだよ。
「今のは僕も嫉妬だと思ったけど違うのか、残念だね」
突然声が聞こえた。今、1番聞かれたくなかった人物の声が
「なんで清水がここにいるんだよ」
「慎哉くんから聞いてね。お邪魔だったかな」
そう言いながら席に座ってきた人物、清水凛はこの高校では珍しく男子である俺たちと友達になってくれた女子生徒だ。ロングでストレートな髪型にスレンダーな体、身長は慎哉と同じくらいでそのせいで前に慎哉が愚痴をこぼしていた。高校一年生のときはほとんどを慎哉と清水の2人と過ごしたこともあり、仲がいいと俺は思っている。
「じゃあなんで清水さんと神崎を仲良くさせたくないの?」
恨みがましい視線を送っていると、それを気にした様子もなく慎哉が話を戻しにきた。仕方ないなと思って俺は理由を話す
「お前らも知ってるだろ、神崎蓮の近くでは危ないことが起こるって噂」
「そりゃ有名だからねー。……ってもしかして本当のことなの?」
ああ、と頷く前に清水が肯定する
「ああ、本当のことだよ。ちなみに、女子の中には本当のことだって気付いてる生徒が結構いるんだよね。たぶん実際に危ないことになった人が多いんじゃないかな。僕も一回起こったことだしね」
「でもそんなにいっぱい起きてるんなら俺でも気づけそうだけどなー」
「危ないことって言ってもほとんどはしょぼいことばっかなんだよ、つまずいたとかこけてスカートが捲れるとか」
「ああ、そういうことね」
そう、蓮には異常にモテるということ以外にもハーレム主人公と言われる原因がある。それは近く、というか助けられる範囲の女子に危険なことが起こるということだ。まあ、危険といってもさっき言った通り、大体は創作の世界ではお約束と呼ばれるようなものばかりなのだが、たまに襲われたり車が突っ込んできたりと本当に危険なことが起こるのだ
「でも本当に危険なことも起こるからさ、清水にはあんまり蓮と仲良くなってほしくないんだよ」
「僕としては藍沢くんのその心遣いは嬉しいけど、もう神崎くんとは遊びに行くくらい仲良くなってるんだよね。一年のときから友達だけど友達になってから何も起きていないから大丈夫じゃないかな」
「…マジか、いつのまに」
清水がイタズラが成功したように口角を上げる
「だったらさ、やっぱり仲直りを「しないからな」…はーい」
すかさず慎哉が仲直りさせようとするがすぐさま否定する。本当に油断も隙もない奴だ
「別に仲良くしなくてもいいからすぐに教室から出て行かないようにしてくれないかい。10分休みごとにここまでくるのはなかなか大変でね」
「……はい」
続けて清水が慎哉と同じことを言う。慎哉に言われたときさえ何も反論出来なかったのに清水に言われたらいよいよ素直に頷くしかなくなる。
「そうだそうだー」
「っく」
慎哉め、清水に同調して煽ってきやがる。さっき否定したこと恨んでんのか
そんなふうにふざけていると、いきなり誰かが倒れたような音が聞こえてきた。すぐさま俺たちは聞こえてきた方を向く。
「何かあったのかもしれない」
俺はそれだけ言って走り出す。数秒経って廊下を進んだ先にある階段のそばまでくると、一体何があったのかわかった。その音の原因がいたのだ。
「ちょっと待ってよー」
「はぁはぁ…一体…何があったんだい」
慎哉と清水も追いついたらしい。そのまま俺の隣に立つと俺と同じく息を呑む
俺の目には目元が濡れている可愛らしいツインテールの女子生徒が蓮に押し倒され、さらには胸に手が置かれているという状況が映し出されていた。
「……あ」
蓮がつい漏れ出てしまったというように呟く
気まずさよりも嫌いな感情の方が大きいと思っていたが、今この瞬間逆転してしまったらしい。
そんなことを感じながら、俺達は急いで逃げ出した
読んでくれてありがとうございます。