いつもなら目覚まし時計が鳴る時間、カーテンの隙間から溢れている光によって俺はまどろみから覚めた。側に置いてある目覚まし時計を見ると、まだ7時だ。まだ寝られると思った俺はもう一度毛布に潜り込み目を閉じる。すると走っている足音が聞こえてきた。
「お兄ちゃん、もう起きてる〜?ってまだ寝てるじゃん。早く起きなよ〜」
いきなり扉が開かれ、妹の結依が俺の部屋に入ってくる。そのまま呆れた様な声色で起きることを強要してきた。だが、物理的に起こそうとしてない所を見ると多分俺が狸寝入りしていることに気づいてるんだろう。仕方ないな、と思いつつ上半身だけ起き上がりベットに腰掛ける。
「もう少し寝させてくれても良くないか。知らないかもしれないけど、昨日溜まってた課題を全部やったから寝るのが遅かったんだよ。それに、出かけるのはもう少し後のはずだろ」
「知ってるよ、でもそれってお兄ちゃんが遊んでばっかで課題を計画的に終わらせてなかったのが悪い自業自得だよね〜。それに、もう少し後って言っても朝ごはんを食べたり、着替えたりの準備があるんだし早めに起きて損はないでしょ」
兄の部屋に勝手に入ってきたにも関わらず真っ当な事を言ってくる。真っ当すぎて何も言い返せない、兄としてとんでもなく情けない気がしてきた。せめて少しでも威厳を保つために「……ありがとな」と結依に言って一階に降りる。そして、洗面台で顔を洗い、目をちゃんと覚ましてからリビングに行った。やっぱりリビングには両親の姿はなかった。その代わり結依が作ったであろう朝食が机の上に並べられている。
俺たちの両親は仕事の疲れからか、休みの日になると平日はどうやってそんな早く起きてるんだと思うほど遅い時間に起きる、一方俺たちは大体いつも同じ時間、まあ6時から7時くらいに起きる。そのため休みの日は俺と結依が家族の朝食を作っている
「一人で作ってくれたのか、ありがとな」
「いいよいいよ〜、もうちょっと褒めてくれても」
「押し付けがましいな……まあ、いつも助かってるよ。感謝してる。……ほら、これでいいか」
「……いや〜、そこまで褒められるなんて。ちょっと恥ずかしくなってきたよ」
結依が顔を背けて椅子に座り、朝食を食べ始めた。俺も恥ずかしくなって結依の顔を見ないまま椅子に座る。そのまま無言で食べ続け、食べ終わった頃に結依が話しかけてきた。
「それで、10時に出るんだよね」
「そのつもりだけど……時間変えるか?」
「いやいや〜、別に大丈夫だよ。それよりさ、準備してきなよ。私もするしさ」
背中を物理的に押され、自分の部屋に戻る。そして、クローゼットの中から適当に服を選び、着る。まあこれでいいか、と部屋の鏡で自分の格好を見ながらそう思った。それにしても結依は準備に結構かかるだろうな、そう一人呟きベットに腰掛けながらスマホを見て時間を潰す。
説明していなかったが、今日はゴールデンウィーク最終日だ。そして、美桃の誕生日の前日でもある。そのことに昨日気づいた俺は結依と慎哉、清水を誘って今日一緒にどんな誕生日プレゼントをあげればいいのかアドバイスを貰うことにした。清水は来れないらしいが、俺もいきなり誘ったので仕方ない、というかわざわざ謝ってくれて申し訳ないという気持ちでいっぱいだ。
そうこうしているうちに、もう出る時間になった。俺は部屋を出て、結依の部屋をノックする。
「おーい、もう時間だぞ。準備できたか」
「ごめん、後ちょっと待ってて〜」
中からドタバタと焦っている様子が伝わってくる。まだ長くなりそうかなと思いつつ、一階に降りて玄関で靴を履いて待つ。10数分経って、ようやく結依が下に降りてきた。
「ごめ〜ん。待った?」
結依がラブコメによくあるセリフを吐きながら、申し訳なさなんてそもそも知らないという風に手を振ってくる。ふざけてるし、遅れた奴の態度じゃないと思うが、いつものことだし、それにちゃんと反省しているのだろう。ぱっと見わからないだけで。俺の妹はそういうのが人にバレることが恥ずかしいのだ
「ああ待ったな、お前のせいで」
「はは〜ごめんごめん。じゃあ、行こっか」
結依が玄関の扉を開けて、俺たちは外に出る。結依は俺の隣に並ぼうとせず、少し前を歩く。そんな位置関係で適当に喋りながら、時々ふざけながら歩いて行き、駅に着いた。ホームに行くと、ちょうど電車が来たためそれに乗る。
俺たちの目的地、つまり、今日誕生日プレゼントを買う場所は清水たちとゲーセンで遊んだショッピングモールだ。俺たちの家の近くにもショッピングモールはあるが、慎哉が来てくれるのでせめて慎哉の家の近くで買おうということになったのだ
目的の駅に着いたので、電車から降りて駅から出る。スマホで確認してみると、慎哉はどうやらショッピングモールの中で待っているらしい。まだ集合時間までは余裕はあるが待たせるのは申し訳ないな。速めに歩くぞと言おうとして、俺がスマホを見ている間に先に行っていた結依に気づいて口を紡ぐ。なるほど。俺は結依に追いつくためにフォームを作り、全速力で走り出した。それを見た結依も何故か追いつかれまいと走り出す。俺と結依は横並びになった。あと少しで追い抜ける、だがその少しが遠い。……でも、それでも、俺はお前を絶対に超える!うおおおおお!
「はあ…はあ、はあ」
「全く……何やってんだ、はあ、はあ、俺たち」
手を膝に置いて肩で息をしながら俺はそう言った。結依は側にあった植え込みに座って息を整えている。何故かお互いにテンションがおかしくなっていたようだ。それにしても結依が喋れないくらい疲れてくれてよかった。もし万全だったら何て言われたか分からない、変に真面目だからな
「よ〜し、完全復活〜」
数分して、結依が突然立ち上がってそう言う。どうやら本当に体力は回復したようだ。また歩き出した結依に置いていかれない様に俺も着いていく。その途中、気になったことを聞いてみた
「なあ、なんか今日テンションおかしくないか」
「そ〜かな?あ、でもちょっと緊張してるかも。兄の友達に会うわけですし〜」
「なるほどな」
結依は俺の質問に答えて、何かを考える様にして前を歩いて行く。どうせくだらないイタズラを考えているんだろうな、と思っているとショッピングモールの入り口が見えてきた。そういえば慎哉を待たせていたということを思い出した俺は小走りをして、さも急いできたと思われる様にする。ショッピングモールの中に入ると中は涼しく、生き返るようだった。俺より後に入ってきた結依も同じようだ、顔が綻んでいる。
ところで慎哉はどこにいるんだ。せっかく走ってきたというのに見られてなかったら走り損だ。周りを見渡していると後ろからこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。慎哉かと思った俺は後ろを振り向く
「ごめーん、待ったー?」
「お前もかよ」
デジャブを感じさせるセリフを吐きながら走ってきた慎哉を軽い力で叩く。いきなり叩くなんてひどくない、なんて言っているがネタが被るのが悪い。すると、今度は結依が俺の元に近づいてきた
「お兄ちゃん、私を置いていくなんてひどい」
そう言いながら抱きついてくる。こいつ…。俺は焦りながらも結依を離そうとする
「まあまあ、どんな事情があるか知らないけどさ、そんな可愛い妹にいきなり掴みかかるなんて、いくらなんでもひどいんじゃない」
「そうですよね。私はこんなにお兄ちゃんのことを愛しているのに、お兄ちゃんは私のことを蔑ろにしすぎですよね」
慎哉が面白そうにニヤニヤしながら結依と話す。多分演技だということに気づいているんだろう。だが、慎哉はその上でふざけるから油断できない
「あー、羨ましいなー。こんなにお兄ちゃんを愛してくれる妹がいて。清水さんとか美桃さんに教えてあげよっかなー」
「おい、これ演技だからな。絶対言うなよ」
「演技じゃないのに、ひどい……」
「お前はもっとややこしくするな!」
早くもこいつらに頼ったことを後悔している。なんでこんなすぐに呼吸を合わせてふざけることができるんだ。初めて会ったはずだろ
「大変だねー浩介。あ、初めまして、浩介の友達の森慎哉です」
さっきまでのはなんだったのか、とても丁寧に慎哉が結依に挨拶をする。というか、大変だねってどの口が言ってるんだ
「大変だったね〜お兄ちゃん。それと、こちらこそ初めまして、妹の藍沢結依です。よろしくお願いします」
こっちもどの口で言ってるんだ。こういうところも息ぴったりかよ
「じゃあ気を取り直してプレゼントを買いに行こうか」
「そうですね〜」
慎哉がとっ散らかった場を仕切り、前を歩いて案内する。
「それで、どういうものをプレゼントしたいとか決めてるの」
「いや、まだ何も決まってないんだ。だから慎哉を呼んだんだけど……」
「だったら、プレゼントになりそうなものが売ってる所を全部回ろうか」
そう言って一階を見て回る。と言っても一階に売ってあるものは服やブランド物のバックなんかで流石に友達、いや、ギリギリ親友の女子にあげるのは難易度が高い。慎哉もそう思っているのか、さらっと見ただけで二階に行くよ、と言ってきた
「二階って、確か前に清水とゲーセンで遊んだ所だよな」
「そうそう、浩介が本をプレゼントしてあげようとして断られたところね」
「それは忘れろ、いや、忘れさせるか」
「ごめんごめん、冗談だって」
エレベーターで二階に着き、そんな軽口を叩く。すると結依が何か聞きたそうな顔をしているのが見えた
「ああ、清水っていうのは俺の友達のことだよ」
清水が誰か気になっているのかと思ったが、正解だったようだ。なるほど、と頷いている
「それにとんでもない美人さんなんだよ」
「え、お兄ちゃんに美桃さん以外の女友達っていたんだ」
「お前、そんなに女っ気がないって思ってたのか…」
肩を落としてショックを受けたことを端的に表す。実際にはほとんど何も感じていないが…まあ、ただの戯れだ
「いやいや、そんな風に思ってないって。ただ、中学の時と違って見た目に気を使ってないし、あんまり外に遊びに行かないから」
いつもの間延びした口調もなく、焦って否定しているからふざけてないことが分かって今度は本当にショックを受ける。……やっぱり、見た目は気にした方がいいよな。せっかく美桃と仲良くなったわけだし。そんな風に俺の気持ちが沈んだことが伝わったのかさらに結依が否定してくる。
「え〜と、それにうちの学校は神崎先輩がいるじゃん。それなのに女子と友達になるなんてすごいな〜って。高校から友達になったんだよね」
「なんだ、そういうことだったのかよ」
「そうそう、清水さんが浩介に一目惚れして友達になったんだよね」
「そんなわけないだろ」
確かに女子と友達の男子はあの高校じゃ珍しいし、そう驚くのも仕方なかったのかもな。それにしてもまだ入学して一か月しか経ってないのにうちの高校の常識を身につけているなんて、適応力が高いな。いや、中学校で蓮を見てたからか。……って話が脱線している。プレゼントを選ばないと。でも、二階でプレゼントって言っても……ああ、あれがあった
「なあ、一つプレゼントの候補を思い着いたんだけど」
「へえ、どんなのを思いついたの」
「前に清水にあげたぬいぐるみがあるだろ、それにしようかなって」
「却下」
「なんでだよ!」
慎哉が間も開けずに、却下する。あんなに清水も喜んでいたのに、どうしてダメなんだ。だいぶ自信があったんだぞ。と疑問や少しの憤りを含んで慎哉に抗議する
「なんでダメなんですか、私も結構いいと思ったんですけど〜」
「いやほら、清水さんにもあげたのに美桃さんにも同じようなものあげたらまずいでしょ」
「そういうものなのか?」
「そういうものなんだよ」
ちょっと納得出来ないけど慎哉が言うなら仕方ない。別のものを考えるか。そう思って二階の案内図を見ながら、どういうお店があるかを見ていると、後ろでこそこそと二人が話を始めた。
「ところで〜、その、清水さんってお兄ちゃんのこと好きなんですか」
「十中八九ね。だから今日、清水さんが来れなくてよかったよ。仮にも自分の好きな人が恋敵へと渡すプレゼントを考えるなんて、ちょっと残酷すぎるからさ」
「なるほど〜、お兄ちゃんは気づいてないんですね。流石の鈍感さと言った方がいいんでしょうか」
「まあ、浩介は美桃さんに一途なんだろうからそこまで言わなくてもいいと思うけどねー」
「はは〜、冗談ですよ。それにしても、慎哉先輩もお兄ちゃんのこと結構好きですよね」
「結依ちゃんも浩介のこと好きでしょ。それと同じだよ」
「似たもの同士ってことですよね〜。ああ、あとその清水さんってどういう人なんですか?ちょっと話してみたいんですけど」
慎哉が懐からスマホを取り出し、結依に見せる
「写真見る?ちょうどさっきの話で出てきたぬいぐるみを浩介から貰った時のやつ」
「見ます見ます〜!ってすごい可愛い人ですね。……あと、こんなに赤面して…絶対好きじゃないですか〜」
「それでバレてないって思っているから面白いよねー。まあ、本命にはバレてないからいいのかもしれないけどさ」
二階には目ぼしいお店がないことを確認した俺はずっと話している二人に三階に行こうと誘う。二人は二つ返事で了承した。それにしても何を話していたんだ?仲良くなるのは嬉しいことなんだけど学校や家での恥ずかしいエピソードの共有とかはされたくないんだけど。どっちも知ったら煽ってくるタイプだし
「それで三階って何があるんだ」
「えーと、雑貨屋とかアクセサリーショップとかかな」
なるほど、プレゼント選びには最適みたいだな。エレベーターが三階で止まり、俺たちは降りる。そのまま案内図を見ようとエスカレーターの所へ行くとアクセサリーショップが側にあることに気づいた。
「アクセサリーってプレゼントとしてどうなんだ」
俺はアクセサリーを贈るのもいいかもなという思いを持ち、期待しながら二人に聞く
「う〜ん、私はアクセサリーは重いって思うかな〜」
「そうだね、流石に友達の関係で贈るのはやめておいた方がいいんじゃないかな」
そ、そういうものなのか…、また却下された俺は少しへこみながら、少し歩いて雑貨屋に入り、何かいいものがないか見る。うーん、結構オシャレなものとかはあるけどこれだ!って思うものがないな。……ん?これは……俺の視線は棚のある一角に固定された
「なあ、二人ともこれはどうだ。結構いいんじゃないか」
俺は犬のイラストが描かれているマグカップを手に持ちながら二人に声をかける
「お〜、すごい可愛い。お兄ちゃんのセンスで選んだんじゃないみたい」
「浩介、いきなりどうしたんだよ。こんなまともな物を選ぶなんて」
「お前ら俺のこと舐めすぎだろ。……それで、これは却下じゃないんだよな」
もちろんだよ。と慎哉から返ってくる。やっと二人の審査を合格できた。本当に、美桃は犬が好きだったと思い出してよかった、やっぱりプレゼントは相手が贈られて嬉しい物にしないとダメだな。こうやって俺のプレゼントは決まった
「二人もプレゼント決めるか?」
「私はそもそも渡さないからいいかな〜」
「俺はもう決めたからー」
慎哉がもう選び終わっているということにえっ、と驚く。いったいいつのまに、というか何を選んだんだ。そう聞くと慎哉は明日のお楽しみね、と教えてくれなかった。そのまま雑貨屋を出ると、浩介のプレゼントも決まったことだしもう帰る?と慎哉が聞いてくる
「どうする?結依。もう終わりでいいか」
「お兄ちゃんがいいならいいよ〜」
「じゃあ、帰るわ。今日はありがとな」
「はーい。じゃあね。結依ちゃんもまたね」
慎哉がわざわざ手を振って見送ってくれる。ちょっと恥ずかしくなりながらエレベーターに乗って一階に降りて、そのままショッピングモールを出る。そして、来たときと違って結依が俺と並んできた。不思議に思っていると結依が口を開く
「それにしても慎哉先輩がいい人で良かったよ〜」
「そんな心配しなくていいけどな、俺も高ニなんだし」
「心配するよ〜。……仲違いとかしないでね」
「…ああ、今度はそんなことにならないから」
心配してくれた嬉しさと安心させたい気持ちで結依の頭を撫でる。結依は一瞬びっくりしたようだったが、すぐに溶けたような顔をし始めて黙って撫でられる。これは、駅に近づいて人が増えてくるまで続いた