「……チッ。回り道するか」
煙と悲鳴が立ち込める街の広場を見下ろしながら、クー・フーリン・オルタは面倒くさそうに吐き捨てた。
肩に担いだゲイ・ボルクの冷たい重みを感じながら、赤い瞳で眼下の喧騒を睨みつける。黒き狂騎士の暴走によって、美しい街並みは一瞬にして破壊の渦に飲み込まれていた。
「何言ってるのよ、クーちゃん! 回り道なんてもったいないじゃない。面白そうじゃないの、あの黒いの!」
横に立つメイヴが、不敵な笑みを浮かべてドレスの裾を揺らした。倒れ込む純白の騎士姫――アルトリア・リリィの危機を目撃し、咄嗟に「危ないわ!」と声を張り上げた彼女だったが、戦況を把握した瞬間にその瞳は強欲な女王の輝きを取り戻していた。
「ちょうどいいわ。あの暴れてる化け物をさっさと倒して、クーちゃんの凄まじい力を街の人間どもに見せつけてやるのよ。そうすれば、怯えた住民たちが泣いて感謝して、最高の食糧をタダで差し出すに決まっているわ。ね、行きましょう?」
「――了解」
オルタニキは短く応じると、迷いなく泥まみれの石畳へと一歩を踏み出した。彼にとってメイヴの提案は、障害を排除しつつ不測の旅の
暴走を続ける黒き巨躯の前に、禍々しい骨の鎧を軋ませながら狂王が立ちはだかる。
ランスロットの真紅のバイザーがクー・フーリン・オルタを捉え、狂気の咆哮を上げようとしたその瞬間、クー・フーリン・オルタは深く、深く息を吸い込んだ。
「――お前ら、うるせぇんだよ」
直後、放たれたのは声という名の『呪詛の嵐』だった。
スキル『精霊の狂騒』。
狂王から放たれた波動は、目に見える黒い衝撃波となって街の広場を一瞬で包み込んだ。それは人間の精神を根底から破壊する、死と絶望の咆哮。
「ひっ……あ、あ……」
周囲で農具を手に怯えていた一般の住民たちは、その圧倒的な重圧に耐えきれず、白目を剥いて口から泡を吹き出し次々とその場に気絶し、倒れ込んでいく。遠くにいた民衆も根源的な恐怖に支配され、指一本動かすことができずに凍りついた。
――だが、異変はそれだけに留まらなかった。
「ガ、ギ、ギギギギギッッ!!」
気絶した民衆の中に混ざっていた数人の男たちが、突如として不自然に肉体をねじり始めた。クー・フーリン・オルタの放った絶望の咆哮が、彼らの体内に潜伏していた『何か』の生存本能を狂わせ、強制的に覚醒させたのだ。
男たちの皮膚が裂け、内側から赤黒い粘液まみれの触手がウジウジと這い出てくる。それは、普通の人間を装って街に紛れ込んでいたグールたちだった。
「あら、あはは! 最高じゃない! 隠れてた害虫まで一気に暴けちゃうなんて、やっぱりクーちゃんは世界一の王様ね!」
あぶり出された化け物たちの醜悪な姿を見て、メイヴは手を叩いて歓喜の声をあげる。
咆哮の静寂の中、不気味に蠢き始めたグールたち。そして、その精神汚染の波動を受けながらも、未だ赤い眼光を失っていない黒き騎士。
お互いの最悪の殺気が交錯する中、中世の戦場は、さらなるあり得ざる絶望のビジュアルへと変貌しようとしていた。
「ア、アァ……ガ、アアアアアッッ!!」
クー・フーリン・オルタが放った『精霊の狂騒』――脳髄を直接破壊せんと迫る死の波動をまともに受け、ランスロットの全身が激しく震えていた。
並の戦士であれば精神を磨り潰されて即座に平伏するレベルの圧。周囲のあぶり出されたグールたちが苦悶に身をよじる中、しかし、黒き狂騎士の眼光だけは消えなかった。
(我が光を……守り抜く……!)
理性を失い、呪詛の泥に塗れながらも、魂の最深部に残る「アルトリアを護る」という狂気的なまでの忠誠心。ただそれだけの意志の力で、彼は狂王の精神攻撃を完全に弾き返してみせたのだ。
これにはクー・フーリン・オルタも、赤い瞳をわずかに細める。
「……チッ。ただの狂犬じゃねえな。骨のあるやつだ」
だが、真の絶望はここからだった。
ランスロットが、近くにあった中世の広場の象徴――巨大な時計塔の鉄骨と、そこに停められていた木製の荷馬車へと無造作に両手を触れた。
――刹那、不吉な黒い網目状の魔術回路が、それらの物品へと一気に侵食していく。
宝具『
「ギギギギ、ギギギギギギギ!!」
頑強な石造りの街に、あり得ざる金属の軋み音が響き渡る。
ランスロットの魔力に汚染された鉄骨と木材は、瞬く間にその構造を分子レベルで分解され、再構築されていく。
滑らかで不気味な、光を一切反射しない「漆黒の流線型の機体」――それは、この時代に存在するはずのない近代兵器、ジェット戦闘機への魔改造だった。
「キィィィィィィィン!!!!」
鼓膜を破らんばかりの、凄まじい金属質な金属音が街中に轟き渡る。アフターバーナーから噴き出される激しい黄金色の炎が石畳を容赦なく焼き払い、漆黒の怪鳥へと変貌したランスロットは、爆音と共に垂直に大空へと舞い上がった。
「何よあれ……!? 何よあれぇぇっ!!」
あまりの光景に、さしものメイヴも美貌を驚愕に歪ませて天を見上げた。
「人間じゃないわ、あんなの! 鉄の怪鳥だなんて、どこの神代の遺物よ!?」
曇り空を鋭く切り裂き、上空で旋回する漆黒の戦闘機。
見るもの全てを圧倒するような
「ハッ……上等じゃねえか。空を飛ぶ鳥籠か。退屈な道中になるかと思えば、最高の獲物が来やがった!」
上空の怪鳥の機首が、まっすぐに地上の狂王へと向けられる。
中世の空にジェットエンジンの爆音が轟く中、最強のバーサーカーと、最悪の近代兵器による超次元のドッグファイトが、今まさに始まろうとしていた。
「キィィィィン!!」と空を引き裂く爆音と共に、漆黒の怪鳥が急降下してくる。
主翼から放たれた無数のロケット砲と、猛烈な機銃掃射。この時代にはあり得ざる弾幕が、容赦なく地上の広場へと降り注いだ。
「チョロチョロと、飛び回りやがって……!」
クー・フーリン・オルタはニヤリと好戦的に笑うと、大地を蹴った。
野生の勘のみで弾道を見切り、ジグザグの軌道を描いて爆風の中を突っ走る。石畳が次々と爆砕し、降り注ぐ銃弾の雨が彼の肉体に迫る。
しかし、避けきれない弾丸がその身に触れた瞬間、パパパパン!と硬質な火花が激しく散った。彼の肉体を覆う、禍々しい骨の鎧と硬質な尾。それが近代兵器の破壊力すら力任せに弾き、火花の中で狂王の赤き瞳が爛々と輝く。
「そこだァッ!!」
ドン、と地盤を沈下させるほどの勢いで大地を爆砕し、クー・フーリン・オルタは垂直に大ジャンプを敢行した。
一瞬にして戦闘機の高度へと到達する、規格外の身体能力。上空で激突する刹那、彼は手にした巨大な棘の槍――ゲイ・ボルクを、まるで野球のバットのように無造作に、全力でフルスイングした。
「――オラァァァアアアッッッ!!!!」
激突。
神代の魔槍から放たれた圧倒的な質量と衝撃が、漆黒の戦闘機の主翼を根元からバキバキにへし折った。黒い機体がその一撃に耐えきれず、ガギィンと悲鳴をあげる。
次の瞬間、大爆発の黄金色の炎が空を焦がし、ランスロットは戦闘機の残骸ごと、猛烈な勢いで地上へと撃ち落とされた。
ドゴォォォン!! と激しい土煙を上げて広場に墜落したランスロット。
その衝撃で漆黒の鎧は半壊し、隙間からはウジウジと蠢く『何か』の禍々しい触手が露出していた。
「ランスロット……! ああ、ランスロット……っ!」
泥まみれになりながら、アルトリア・リリィが再び彼の前に立ちはだかった。泣きながら「選定の剣」を構え、必死に訴えかける。
「やめてください、もうこれ以上は……! 彼は、何もしなければ暴走しないんです……っ!」
「――どけ」
上空から着地したクー・フーリン・オルタは、冷淡に一言だけ放った。
アルトリア・リリィの涙など一顧だにせず、その華奢な身体を容赦なく左腕で押し退ける。
そして、無造作に右腕のゲイ・ボルクを振り下ろすと、その硬質な石突きを、ランスロットの首筋へと正確に叩き込んだ。
ドン、と鈍い音が響き、ランスロットの赤い眼光が消える。完全な
「な……ッ! よくも……!」
リリィが激昂し、選定の剣をクー・フーリン・オルタに向けようとする。その瞳に怒りの炎が燃えるが、狂王は槍を肩に担ぎ直し、冷たく言い放った。
「トドメはまだ刺してねぇよ。動けなくしなきゃ、あの化け物はまたお前ごと周囲を傷つける。……違うか?」
「え……」
アルトリア・リリィは息を呑み、動きを止めた。
向けられた言葉は冷酷極まりないが、それは同時に、これ以上ランスロットに
「わあ……! すごい、化け物を倒したぞ!」
「万歳!」
気がつけば、オルタの咆哮から覚めた民衆たちが、大歓声を上げて周囲に集まってきていた。
すると、それまで様子を見ていたメイヴが、すかさずその人だかりの前に割り込んだ。
「ふふん、当然よ! 私たちの前であんな醜い化け物が通用するわけないじゃない! ――さあ、街の人間ども。そこの化け物を倒した私たちに感謝するなら、報酬をいただきましょうかしら? 旅の食糧を、あるだけ持ってきなさいな♪」
女王の圧倒的な美貌と威圧感に気圧され、住民たちは慌てて焼き立てのパンや干し肉を差し出し始める。あれだけの死闘の直後だというのに、メイヴは手際よく貢ぎ物の食糧をゲットしていくのだった。
(こいつが人間をグールにしちまう『何か』の正体を暴く参考になるかもな)
気絶したランスロットの巨躯を、クー・フーリン・オルタはゲイ・ボルクの石突きに引っ掛け、まるで仕留めた獲物のように雑に石畳の上を引きずり歩き出す。
「え!?あ、あの! 待ってください!」
ドレスの裾を泥に染めたアルトリア・リリィが、慌ててその後に縋り付くように付いていく。
「何よ、お嬢ちゃん。まだ私たちに何か用かしら?」
メイヴが食糧の袋を抱えながら、勝ち気にアルトリア・リリィを振り返る。
「そ、その人をどうするつもりですか……! 彼は、私の大切な親友なのです。どうか、乱暴に扱わないでください!」
「ハッ、親友だァ?」
クー・フーリン・オルタは歩みを止めず、肩越しに冷めた赤い瞳をアルトリア・リリィに向けた。
「こいつの身体から出てた触手を見たろ。こいつはもう人間なんかじゃねぇ、ただのバケモンだ。俺たちはこのバケモン連れてグール化の元凶を断つ。」
アルトリア・リリィは言葉に詰まり、自分の無力さに唇を噛む。半壊した鎧から覗く黒い触手。ランスロットの病は、もう自分一人の手には負えないところまできている。
「……なら、私もお供します」
アルトリア・リリィは涙を拭い、選定の剣の柄を強く握りしめた。
「私も、行きます。彼の
「勝手にしろ。足手纏いになったら、その時はそこの黒いのもろともスクラップだからな」
ぶっきらぼうに言い捨てて夜霧の街道を進む狂王の背中を、アルトリア・リリィは覚悟を決めた瞳で見つめ、一歩を踏み出した。