何もホロウに飲み込まれてすぐ死ぬ訳じゃない。
ホロウの何が悪影響を及ぼすのか、それは空間に満ちているエーテルと言うシロモノだ。
人にはそれぞれエーテルに対する耐性がある。
少し取り込んで体調が悪くなるならまだマシな方で、最悪『エーテリアス』と言う化け物に変異してしまうこともある。
一般的に抗エーテル薬を投与したり防エーテル服を着用するものだが……。
俺にはそれなりにエーテルの耐性があったため、生身でホロウ内を歩いても直ちに影響は無い。
……あくまで、直ちに、だ。
ホロウの内部では絶えず空間が変化し続けており、距離も方位も何もかもが宛にならない。
唯一、『プロキシ』と呼ばれる案内人が作成する『キャロット』と言うデータのみ、ホロウ内部の道標足り得る。
「痛……」
ひっくり返り、ガラスが全て粉々になった車両から這い出る。
幸いにもかすり傷程度しか付いていない。
辺りを見回すと……同乗者の姿は無い。
『グァ……』
……正確に言うと、同乗者
「チッ……」
思わず舌打ちする。
流石に生身でエーテリアスとやり合うのは得策じゃない。
周囲を見渡し……何か使えるものは無いかと策を巡らす。
「ん?」
何か、今キラリと光ったような。
「……っ!?」
エーテリアスの一体が振るう刃を間一髪で避ける。
そのまま転がって距離を取る。
(……そこか!)
車両が落下して下敷きにした物体。
何か、重要そうなものを運んでいたらしきコンテナだった。
無惨にもひしゃげ、中身が零れ出ている。
(ビンゴだ……!)
中身のひとつを拾い上げる。
球体のようなそれは、鈍い銀色をしていた。
だが、
「壊れてやがる……!」
少しばかり看過できない亀裂が走っていた。
「逃げるか……!」
――――――――――
「フゥ……ここまで来れば」
物陰に逃げ込み、俺は球体……音動機と呼ばれるシロモノだ。
ホロウレイダーにとっては必需品と言っても過言ではない。
じゃあ俺は何で持ってないのかって?
……チームじゃぞんざいな扱いされてたから、無しで戦わされてたよ。
とりあえず、状態を見てみよう。
「これは……」
そこらで買えるようなB級音動機の様な見た目だが、中身はそんな安物とは比べ物にならない程精巧な造りだ。
これが噂に聞くS級とかいうものなのか。
だが、壊れてしまっていてはその凄まじさも体感することは出来ない。
「直せるか……?」
直せなければ、このホロウで野垂れ死ぬだけ。
「やってやる……!」
この音動機自体もそれなりの強度があったのか……案外すんなりと応急処置は済んだ。
スイッチを押すと、起動もした。
「よし……!」
『グァ!!』
「しまっ……!?」
気が付けば、エーテリアスに追い付かれていた。
どうして位置がばれたのか……答えは、地面にあった。
(血の跡……!?傷は深くなかったはず……)
しかし、今はもうそんな事を気にしている場合ではなかった。
なぜなら、刃は振られていた。
「っ……!?」
咄嗟に、手にしていた音動機を盾にしてしまった。
(拙い……!?)
これが壊れてしまうと、詰み。
だが、そうはならなかった。
「えっ……?」
ガキン、と凄まじく硬い音がして……俺とエーテリアスがお互いに弾かれた。
「な、何だ……!?」
音動機を確認すると……傷ひとつ付いていなかった。
『グァ―ッ!』
「チッ……!」
左の空いた腕で近付いてきたエーテリアスをぶん殴る。
ガン!と鋼鉄でも殴ったような音がした。
そして……。
(……痛くない?)
左手の神経がイカれた訳でもない。
試しに手のひらの開閉を試みるも異常なし。
(まさか)
この音動機の効果なのか?
物は試し、音動機をベストに括り付けて……俺は手近に居たエーテリアスにレッグラリアートをかました。
(思った通り!)
身体が硬くなっている。
それも、ちょっとやそっとじゃビクともしない。
これなら、
「テメェら、よくも散々追い回してくれたじゃねぇか……!」
リングに立つときのように、不敵に笑う。
「同じチームのよしみだ……ちゃんと、送ってやるよ……!」
飛び掛かってきたエーテリアスに、こちらも飛び上がり膝を腹部に埋め込む。
「Catch!!」
そのままエーテリアスの上に乗り重力に従い、地面にぶつけてやる。
「ハッ!」
背後から忍び寄る個体にミドルキック、正面に立っていた奴にはフラッシュアックスで頭をかち割ってやる。
頭部にダメージを受けたエーテリアスはふらつく。
そこへ、
「パワー、」
持ち上げ……そして、落とす。
「ボム!!」
べきゃ、と何かが折れる嫌な音がする。
生物的な本能か、後退りするエーテリアスに飛びつく。
「DDT!!」
頭部をフロントヘッドロックし、勢いのまま叩き付けた。
「………………片付いたか」
同僚だったエーテリアスが3体、地面に横たわっていた。
特に感慨もない。
「さて……」
どうやって出るか。
キャロットも無い、プロキシも居ない。
まさに絶対絶命。
「……今生の終わりも、前世より早かったなぁ」
独り言を呟いても、誰も答えてはくれない。
「………………」
座り込む。
エーテルに浸食された状態で万が一ホロウの外に出ようものなら……その場で消滅する可能性だって有り得る。
「呆気なかった……な」
……何だか、遠くの方からドンパチやる音が聞こえる。
「……誰か居るのか?」
僅かな希望を見いだし、俺は走り出した。
少し進むと、何人かのグループが大型のエーテリアスと戦っている場面に出くわした。
「デカい……!」
ただ、グループの格好が些か場にそぐわない様な気もする。
(メイドと執事……?)
だが、そうも言っていられなかった。
ロングスカートの女性に大型エーテリアスの手にしていた標識が振り下ろされようとしていた。
「危ねえ!!」
思わず飛び出て、振り下ろされる得物を両腕で弾き飛ばした。
(すげぇ……)
行けるとは思っていなかった。
だが、成功したのなら御の字。
しかし勢いは殺せず大きく後退することになった。
「っとと……!?」
「きゃっ……!?」
ロングスカートの女性の前に躍り出て庇ったので、必然的に女性にぶつかる事になる。
「す、すまん……大丈夫か?」
「は、はい……ありがとうございます……?」
めちゃめちゃ困惑している。
それもそうだろう。
しかし……。
(……美人だ)
前世でもお目にかかったことの無いほどの美女。
状況が状況でなければ声をかけていただろう。
「あ、逃げんな!」
大きな尻尾を持つメイド姿の少女が叫ぶ。
見れば、大型エーテリアスは背を向けて走り出していた。
「エレン!追わなくて結構!目的は別にあります!」
「……りょーかい、ボス」
背の高い、オオカミのシリオンの男性が戦場を仕切っていたようだ。
シリオンの男性が、座り込んでいた俺を一瞥して口を開いた。
「貴方は?」
「え?ああ……俺は、」
突然、視界がゆがんだ。
「う?あ……やべ……」
「大変……!エーテル浸食ですわ……!」
「俺は、俺……アレックス……ウィクス……」
「……ウィクス?」
緑の髪のツインテールの少女が、目を見開いてこちらをみていた気がした。
……最も、そんな事に気付ける状態じゃないけど。
声をかけられているのだろうけど、何も聞こえなくなってしまった。
(……終わり、か……)
視界が黒く染まった。
と言うわけで、これにてプロローグ終了です。
アレックスのガワを被った主人公がゼンゼロ世界で生きていくお話です。
着地地点は特に決まっていませんが、なるべく短い話にするつもりです。
良ければ感想、評価よろしくお願いします。