嬉しくてオーバーザリミッツ!!です。
アレックスの姓がカリンちゃんと同じなのは、ヴィクトリア家政に所属しないで関りをもつにはどうすればいいかと悩んだ結果です。
懐かしい景色を見た気がする。
まだ俺の周りに家族がいて……まだ何も失っていなかった頃。
両親も健在で……もうひとり、家族がいた。
まだ小さな、親戚の女の子。
この子の両親は、ホロウで命を落としてしまった。
だから……俺の両親が引き取ったらしい。
深い緑のかみをした、小さなちいさないのち。
「アーサー。お前が、この子を守ってやるんだぞ」
顔も覚えていない父は、確かに俺にそう言った……気がする。
けれど。
あの災害が、俺からすべてを奪った。
故郷も、友人も、記憶も、家族も。
そして……アーサーという名前も。
俺は、
俺は……誰なんだ?
「……ここは」
目が覚めると、俺は点滴に繋がれベッドに寝かされていた。
身体中が包帯だらけ。
服も着ていない。
部屋の内装は……病院だとは判断しづらかった。
清潔感は感じられたが、どちらかというと仮眠室や休憩室のような趣だ。
しかし……とてもではないが郊外だとは思えなかった。
設備が整いすぎている。
(あれから、どうなったんだ……)
確か、俺はホロウに落ちて。
ベッド横のローテーブルに拾った音動機が置かれていた。
内部構造が露出しているほどの深い亀裂が走っている。
拙い応急修理の跡が多数見受けられる。
(お前のおかげで、命拾いしたみたいだな)
鈍い銀色に輝くそれを手に取る。
不思議と、馴染む気がした。
こん、こんこんと控えめな音量のノックが聞こえる。
「……誰だ」
「し、失礼します……」
おずおずと、メイド服姿の少女が部屋に入ってきた。
見た目から判断すると……年齢は10代前半といったところか。
深い緑色のツインテール。
寝不足なのか薄く隈のある……それでいて不思議と整った顔立ちをしている。
「め、目が覚めたんですね……」
「……ああ」
「どこか、痛むところとかは……」
「……無い」
「そ、そうですか……」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「………………」
「………………」
会話が途絶えた。
少女は物凄く困った顔をしている。
とはいえ俺もこの子に聞くことはそんなにない。
とりあえず……。
「その、なんだ」
「は、はい……」
声をかけると、少女の肩がびくりと跳ねる。
「何か着るものをくれないか」
「あ!はい、ちょっと待っててくださいね」
少女はそう言うや否や、物凄い速度で部屋を出て……すぐ戻ってきた。
(速い……いや、慣れているのか)
少女に渡されたのは、いつものズボン、Tシャツ、ベスト、そしてニット帽。
「どうぞ。外にいるので着替え終わったら呼んでください」
「……」
少女は部屋を出る。
俺は点滴を腕から外して渡された服に袖を通す。
しっかり洗った後なのか、洗剤の匂いがする。
……郊外じゃお目にかかれないような上等な香りがする。
よく見ると、古くなっていたりほつれたりしていた箇所が直されていた。
最早新品並みだ。
「……終わったぞ」
「はい……」
「それで」
俺はずっと聞きたかったことを尋ねることにした。
「ここはどこなんだ」
「えっと、」
「そこから先は私が説明しましょう」
「あん……?」
いつの間にか、少女の背後に白い、オオカミのシリオンの男性が立っていた。
(こいつ、気配も感じさせずに……)
見れば、両の膝下は鋼鉄製の義足だ。
しかもこれで蹴りますよと言わんばかりのガチガチの戦闘用。
金属音ひとつしなかった。
「私共は、『ヴィクトリア家政』。私はフォン・ライカンと申します」
「ヴィクトリア家政だ……?」
聞いたことがない。
というか、家政婦?
「富裕層向けの家事代行サービスです」
「……最近の家政婦はホロウにも潜るのかよ」
「ご主人様のご希望如何では」
「……」
うさんくせぇ。
正直言葉通りの組織じゃないのは間違いない。
それにこのライカンとか言う男、顔は微笑んでいるが眼が全然笑っていない。
バリバリ俺を警戒している。
「貴方の所属とお名前を伺っても?」
「……アレックス・ウィクス。しょうもない走り屋クランの喧嘩代行だ」
そのクランはさっき壊滅したけどな。
少女の肩がまた跳ねる。
何かおかしなことを言っただろうか。
「郊外にある違法賭博施設の闘技場の選手だと、こちらでは情報が入っております」
「そこまで調べてんなら俺に直接聞く必要無いだろ。それ以外の身の上なんか俺は持ってねぇ」
「……そうでしょうね。病院に運ぶつもりでしたが……貴方にはIDがない」
「そういうこった。使い捨ての奴隷闘士の扱いなんざそんなもんだ」
立ちっぱなしで喋るのも疲れる。
近くにあったソファにどかっと座り込んだ。
……めちゃくちゃ座り心地良いなこれ。
「そもそも自分の名前だってろくに覚えてない。そこで戦わされてた以外に俺から出せる情報もない」
「……そうですか」
ライカンは一瞬考え、少女を見ながら口を開く。
「……この子に、見覚えは?」
「あ?」
俺も釣られて少女を見る。
突然二人から視線を受けて縮こまっていた。
「無いな」
「この子の名前は『カリン・ウィクス』。貴方と同じ姓です」
「そうかい。俺も適当に名乗ってそれが定着しちまってたからな……本当の名前かも分からん」
「そう……ですか……」
カリンが、残念そうに呟いた。
「はぁ……」
めんどくせぇ。
でも、言うしかない。
「こちとら身元不明の不審者。暴力しか知らねぇ人でなしだ」
新エリー都の連中とはそもそも住んでる世界が違う。
こんな奴と関わりなんて無いほうがいい。
「カリン。少し、席を外してくれますか?」
「ふぇ……?は、はい」
ライカンにそう言われ、カリンは部屋から出ていく。
「……あまり彼女を怖がらせるな」
「悪いが、無理な相談だ。【不愛想な憎まれ役】をリングの上で求められてたからな」
「はぁ……」
ライカンが深いため息を吐く。
先ほどよりだいぶしゃべり方が砕けている。
こっちが素なのだろう。
「お前は我々の身内でもなんでもない……が、同僚を庇ってケガをされた。あまり無碍にはしたくない」
「庇った……?」
「そうだ。ホロウの中で大型エーテリアス……デッドエンドブッチャーの攻撃から従業員を守った」
「あー……」
だんだんと思い出してきた。
そういえばそんなことをした気がする。
「その、なんだ。そいつは無事なのか」
「ケガ一つ無い」
「そうかい」
少し安心した。
あんな美人二度とお目にかかれないし。
「……………」
ライカンがじっとこちらを見つめていた。
「なんだよ」
「どうにも解せない」
「あ?」
「お前は……本当に郊外の人間か?」
「どういう意味だ」
「粗野だが、一定の倫理観を持ち合わせている。俺の見たことがないタイプだ」
「……喧嘩なら買うぜ」
「他意はない」
「そうかい」
……しかし、こっちとしてはホロウから出してもらった上に治療まで受けた。
素直に礼が言えない己の性格を呪う。
「……助かった」
ようやく絞り出せたのは、その一言。
「俺じゃなくて、あの子に感謝するんだな」
「……あの子が?」
「ああ。お前がうわごとのように呟いた名前が引っ掛かっていたらしい。あの子が俺たちに頼み事をするなんて珍しかった……だから助けた」
「……そうか」
ソファから立ち上がる。
窓の外には……恐らく新エリー都であろう街並みが広がっていた。
「あの子に、礼を言いたい」
「……難儀な性格だな。着いてこい」