「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
六分街、COFF CAFEにて。
4人が黙って席に着いている異様な光景がそこにはあった。
「じっとしてなさい」
「ちょ、沁みる……!やめてってば!」
「もう、貴女も女の子なのだから……顔に傷が残るようなことはしちゃダメよ?」
「………………」
目の前で、エガードと名乗った姉妹が傷の手当をしていた。
ついさっきまでやりあってた相手となんで茶をしばいているのか……。
よくわからん。
「ねぇ、アレク……」
隣に座るヴェスポが耳打ちする。
「ロスカリファってさ……」
ロスカリファ。
その名前を俺は知っている。
「……ええ、そのロスカリファですわ」
「え、あー……あはは」
ヴェリナが手当てを終えて、こちらに意識を向けていた。
「……本当に、あるんだな」
「ええ」
俄かには信じられなかった。
空の向こうにある空中都市。
空域機密特区とされており……一部地域におとぎ話として残っている程度の、そんな場所である。
聞いた話によると……初代虚狩り、ミス・サンブリンガーによって設立され、今も統治されているという。
ここまではギルスから聞いた話だ。
「今度やるって噂の……新エリー都とロスカリファの格闘大会の話か?」
「そうよ。お迎えするゲストを知るのも……ホストの務めですもの」
「仕事熱心なことで……」
「誉め言葉として受け取っておきます」
「あ……悪い、別に皮肉るつもっりは……」
アレックス譲りの口の悪さが災いするのは今に始まったことじゃないが……流石に世話になる相手には自重してほしかった。
「うふふ。気にしておりませんわ」
「そう、か……」
……ヴェリナの隣に座るエリーが、じっとしていられないのかソワソワし出した。
「エリー、お客様の前よ」
「そう、だけどさ……!お姉ちゃんどうして止めたの!?」
「気が済むまで殴り合われたら日が暮れちゃうじゃない。今日は日帰りなのよ」
「う、うー……不完全燃焼……」
「ごめんなさいね?妹はちょっと……ファイトに飢えすぎていて」
「……飢えた狼、ってか」
「あら、よくご存知で」
「本当にそう呼ばれてるのかよ」
女性に付けるあだ名にしては不名誉な気がするが、テリー・ボガードだしな……。
「どこが飢えた狼よ!そんなことないでしょ!どう見たって儚いでしょ!」
声量と文量と喋るスピードに儚さは微塵も感じられなかった。
「明日にはもう会えなそうでしょ!」
エリーが畳みかけるように喚く。
……まぁ、顔はヴェリナと瓜二つだから見えなくもないけど。
胸元と臀部のボリューム、腕、足の太さは全く健康体である。
「……儚いかはともかくとして」
すっかり気圧されちまった。
コーヒーをひと口飲んで、話を先に進めることにした。
「こっちも最近退院したばっかで、ちょうどいい肩慣らしにはなった」
実際、退院してからファイトはまだしてなかったし。
勝負勘が鈍っていないかちょっと心配だった。
杞憂だったけどな。
「……肩慣らし?聞き捨てならないわね」
「あ?」
「私、強いんだからね」
「……場数が足りてねぇよ」
確かに強さを感じた……だが、まだまだ相手を殴りなれていない様子も見られた。
「ぶっちゃけさっきの、初体験だろ」
「なっ……!?」
そう指摘すると、エリーは一瞬で顔を赤くした。
ヴェリナは手にした扇子を広げて、口元を隠して目を細めた。
……多分笑ってるな。
そして、隣に座るヴェスポが俺の足を踏んだ。
めっちゃ痛い。
「空の上じゃ、相手もいないモンなのか?」
「そうね……ロスカリファは特殊で、住民の6割はボンプなのよ」
「ボンプが、人間より多いの……?」
ヴェスポが驚いたような声をあげる。
「何だか面白そうね!」
「精一杯おもてなし致しますわ」
「……あ?お前も行くのか?」
「当然よ。今はハワードコネクションの歌姫だもの!向こうでも一緒よ」
「……そうか」
バチコンと音がするような見事なウィンクを向けられて、ちょっと照れ臭くなって目を反らした。
そういえば本題を聞いていなかった気がする。
「……で?本当は何しに来たんだよ」
「……!」
俺がヴェリナにそう言うと、驚いたように少し目を開いた。
「うふふ……まず、生で実力を見たかったので……アキラさんと相談したの」
「……アキラと?」
もう驚かないぞ。
なんでこう行く先々であいつの名前を聞くのか……これがパエトーン伝説ってやつなのだろう。
アイツの人脈マジでどうなってんだよ。
「ええ。この辺りにお住まいと聞いたので。少し待ってエリーをぶつけさせてもらったのよ」
「私も戦いたかったしね!」
「そうかい……で?お眼鏡には適ったのか?」
「勿論」
「そりゃ何より」
「お姉ちゃん、ハワードさんに貰ったビデオ観てからすっかりファンだもんね」
「……こほん」
ヴェリナがエリーを小突いて、少し赤くなった顔を扇子で隠した。
そっか、ファンか……。
今までそういうヤツとはあったことなかったし、いざ現れるとそれはそれで嬉しいもんだ。
サイン欲しがったのも嘘ではないのだろう。
練習しとくべきだろうか。
「……へぇ。満更でもなさそうねアレク。こんなナイスバディな美女がお好みかしら?」
「痛ぇ痛ぇやめろ引っ張るな」
ヴぇスポが耳を引っ張ってきた。
痛いって……拗ねてんのか?
「リナだって負けてないじゃない」
「……黙秘する」
なんでそこでリナを引き合いに出すんだよ……いつぞやの水着姿をつい思い出してしまう。
「言っとくけど私たち、3人とも貴方の趣味は知ってるのよ?」
「……嘘だろ」
「本当だよ」
「………………」
背筋に冷たいものが走る。
生存本能が全力でアラートを出しまくっている。
底冷えするような悪寒。
ぞっとするほど冷たい声が、背後から聞こえた。
「……プルクラ?」
恐る恐る振り向く。
そこには……笑顔で佇むリナと、俯いて震えるプルクラが居た。
「来るのが遅いと思ったら……!」
「ちょ……!?」
プルクラの両手が俺の肩を抑えて揺らしまくってる。
脳が揺れる……!
「ちょ、落ち着け……!」
「新しい女二人も侍らせて!ヴェスポも何やってたの!」
「え、えーっと……私とアレク的には無碍にできないというか……」
ヴェスポが苦笑しながらそういうと、リナがヴェリナとエリーの顔を見て合点がいったようだ。
「こちらの方は……」
「初めまして!私はロスカリファ外務計策局のエリー・エガード!」
「お初におめにかかります。私はロスカリファ外務計策局総監のヴェリナ・エガードですわ」
「「ロスカリファ……!?」」
プルクラとリナが目を丸くしてお互いに顔を見合わせる。
「……オイ、リナはともかくなんでプルクラまで知ってんだよ」
「……ベッド下」
……マジで見られてるのかよ。
こいつら人の趣味をなんだと……。
「あの如何わしい雑誌はひとまず置いておいて」
「できれば一生置いといてくれ」
「ロスカリファからの招待状、拝見しました」
「………………」
「こちらの方が、ホストなのですね……」
「ええ、そうですわ。ヴィクトリア家政、アレクサンドリナ・セバスチャンさん」
「……下調べも入念にお済のようで」
「貴女もゲストの中に入っていますもの」
「え?お前も来るのか?」
思わず声が出てしまった。
なんでリナが?
「え、ええ……ギルス様から直々にご指名頂きまして」
「なんでまた……」
「え?何もお聞きになられていないのですか……?」
俺とリナが二人で疑問符を浮かべると……プルクラが呆れたように言う。
「こいつまだギルスに返事してないよ」
……あ、言いやがった。
「えっ!?まだ返事してない!?嘘!?私てっきり同じところで働けると思ってたのに!!」
ヴぇスポが俺の襟を掴んでぐわんぐわん揺さぶる。
今日俺は揺らされてばっかだな。
「……ああ」
あの時。
メイフラワーとギルスがそろっていた場で、俺は答えなかった。
『まだ、返さなきゃならない借りがある』
そう、俺はギルスに言った。
「プルクラ」
ちょうどいい。
前に聞きそびれたことを、聞こう。
「……なんだい?」
「次の『清算の日』はいつだ」
「……!」
プルクラの顔が、驚愕に染まる。
他のメンバーは、その様子に疑問符が浮かんでいた。
そう、清算だ。