リバーブアリーナ。
郊外にある、トンネルを改装した地下のイベントホールだ。
常にそこそこ人が居るしなんならバーもある。
……だが、今最も熱いのは……。
『決まった〜!!』
激しいぶつかり合いの音。
重い打撃の音。
喧しく騒ぎ立てる外野の声。
そう、今ここは……ストリートファイトの会場として利用されていた。
治安官が常駐するようになり、後ろ暗い事には使われ辛くなったが……繰り広げられる熱狂の前には些細なことだった。
「………………」
たまたま受けた依頼が終わり、久しぶりに来てみれば……あまりの盛況ぶりに少し面食らった。
空になったグラスをテーブルに置き、特設ステージの方を見る。
二人のファイターが派手にやり合い、たいそう盛り上がっていた。
……ん?あの相撲レスラー見覚えが……ってエンディミオン権田じゃねぇか。
相手は誰か知らんがアイツなら負けねぇだろ。
更に騒がしくなったと思ったら熱にあてられたバンドが音楽を鳴らし始めた。
カオスの一言である。
だが、俺もファイターだ。
この混沌とした熱は嫌いじゃない。
どれ、俺も乱入してこようか……と思っていたところ。
(……ん?)
仕事帰りかは知らないが……スーツ姿の女性が目に付いた。
別に郊外でもスーツを着ないやつは居ないし特段目立つものではない。
ただ、何と言うか。
その女性に見覚えがあった。
金の髪をアップに纏めているが、雰囲気は昔のまま。
……俺がまだ地下闘技場でやり合ってた頃それなりに親しかった奴に似ていた。
声をかけるか。
いや、あそこを離れてから結構経ったし向こうも覚えちゃいまい。
素知らぬフリで通す事にした。
グラスが空だったので何か飲むモン買うか迷う。
自分で金を稼ぐようになり、欲しい物をそれなりに購入出来るようになった今でも、物欲が低く使い道に悩むことは多かった。
なので、今回も何を買うか少し思案することになってしまい空のグラスを前に唸っていた。
……すると、隣に人の気配がしたので横を向き……。
……バッチリ目が合ってしまった。
「……相変わらず、物を選ぶのが下手だな」
真珠のような瞳が俺を映す。
気まずくなって視線を反らした。
「うるせぇ」
「……少し、変わったな」
「……あ?」
「角が取れたと言うか……少し柔らかくなった」
「そうかよ」
野暮ったい黒ぶちメガネのレンズ越しにまた目が合う。
いかにも疲れたOLが刺激を求めて地下に来ているといった風貌である。
「……そっちも相変わらずだな」
「……相変わらず、か。これでも私は変わったつもりだったが」
「そうなのか……?相変わらず疲れてるように見えるが」
「……そんなに私は疲れてるように見えたか?」
じとりと睨まれる。
顔立ちが整ってる分凄みを少し感じてしまうんだよな。
コイツの名前はリラ。
俺がコイツと出会ったのは、闘技場時代のとき。
ホロウの中で出くわし一触即発状態になったが……まぁエーテリアスに襲われて一緒に切り抜けた。
後はたまたま町で会って笑い話に花を咲かせて飲んで別れた。
今思えば……数少ないあの頃の友人だった。
「アンタの仕事、めちゃくちゃブラックだった聞いてたが」
「ああ……そう言えばそんな話もしたな……転職したんだ」
「へぇ……?まぁアンタ優秀だしな。引く手も数多だろ」
「大変なことに変わりはないが……前よりも充実してる」
「ふぅん……?」
ふと、黒服の男が何人かアリーナに居ることに気が付いた。
郊外の人間ではない。
エリー都の……それこそ上流階級の護衛のような雰囲気だ。
ヴィクトリア家政のような、そんな感じ。
「……?誰か大物でも来てるのか?」
「……どうしてそう思う?」
「どうしてって……護衛だろ、あいつら」
「流石に気付くか……」
「……なぁ、今の仕事って」
「あ!こんな所に居た!イヴ〜!」
パタパタと誰かが駆け寄ってきた。
サングラスと鍔広帽に黒のドレス姿の女性だった。
ひと目で郊外の人間ではないのは嫌でもわかる。
天真爛漫な雰囲気の中に、品の良さを感じさせる所作がある。
長い黒の髪に、淡く紫に輝く艶。
「お嬢様……どうしてこちらに」
「ファイトが終わったからよ。あら?こちらの方は……」
女性はリラの隣に立ち、ごく自然に腕を絡ませた。
その真紅の視線は俺を見る。
「……イヴ?」
俺は俺で疑問符が浮かんだ。
今、イヴって呼ばれて反応してた……え?偽名?
「あー……その、お嬢様?」
「どこかで見たことある顔ね……どこだったかしら」
まじまじと女性が俺の顔を見る。
俺もなんかこの女性見たことある気がするんだよな……。
「……奇遇だな。俺もアンタを見たことある」
「そう?」
「悪いな、あまり人の顔を覚えるのは得意じゃないんだが……」
「じゃあどっちが先に当てるか勝負ね」
「勝負……?」
勝負と言われたら応えたくなってしまう。
俺は必死に記憶をたぐり……思わず声を上げかけた。
「あっ……!アンタ、むぐ」
リラに手で口を塞がれた。
「頼む……なるべく静かに。一応お忍びになってる」
「わ、悪い……」
「あら、わかったの?」
あっけらかんと女性が言うので、俺はなるべく声を抑えて答えた。
「アストラ·ヤオ……」
「正解〜」
変装……してるつもりなのだろうか。
全然バレバレであった。
「ちなみに私も分かっちゃった。貴方、アレックス·ウィクスでしょ?」
「……俺はそんな有名人なのか……?」
冷や汗が垂れた。
こんな世界最高峰の歌姫に何故認知されている……?
「だって驚いたんだもの。ヴェスポの恋人だって」
「なっ……!?え、は……恋人……!?」
……俺はヴェスポにまだ答え出してないんだけど。
ヴェスポの中ではもう確定事項になってるってことか……?
「久しぶりに会ったらもの凄く幸せそうだったの。それで聞いてみたら貴方の話をしてたから」
「……そうかい」
……それはそれとして、俺はイヴと呼ばれた女性に流石に気になって聞いた。
「……んで?偽名だったのか?」
「……済まなかった。あの時は別の仕事中でな」
「そうかい」
「……気に障ったか?」
「別に。名前が変わろうが俺はアンタのことダチだと思ってるぜ」
「……そうか」
「え?イヴ友達だったの?え〜紹介してくれても良かったじゃない〜」
「お嬢様の所に来てから会うタイミングが無かったんです」
「俺も郊外に居なかったしな」
「え?じゃあ今新エリー都に住んでるのかしら」
「ああ」
「へぇ〜……ねぇ、アレックス」
アストラの表情から笑顔が抜け落ちた。
急に真面目な顔になるものだから俺も面食らって居住まいを正す。
「ヴェスポを、支えてあげてね」
「………………」
「あの子、本当は甘えん坊で寂しがり屋なの。それでもあの業界で耐え忍んできて……いつ倒れるか分からなかったし、前みたいな騒動もあったの。ヴェスポが覚悟を決めて芸能界に帰るきっかけになったのは間違いなく貴方のおかげだと思ってるわ。だから……」
「……言われるまでもねぇ」
『……好き。好き、大好き』
抱き締められて、囁くように連呼されたあの時。
……三人がグルだって分かったあの時から。
俺のなかに占めるヴェスポ割合は増えた。
今更手を離すなんてことはしねぇ。
「そっか。なら安心したわ。熱愛報道もほどほどにね」
「それはマジで身に覚えがねぇよ……」
「おめでとう、アレックス」
「まだ早ぇよ……えっと……」
リラ、と呼ぶ訳にもいかず、かと言って愛称っぽいイヴと呼ぶのも憚られた。
「ああ。すまない……改めて……イヴリン·シュヴァリエだ」
「……おう」
女性……イヴリンの握手に俺は応じた。
「ところで……参加しないのか?」
「参加?」
「ちょうど、リングが空いたみたいたが」
イヴリンが視線を向けた先。
リングの上でエンディミオン権田が勝ちのポーズを決めていた。
『強い!強いぞ!エンディミオン権田!この男に勝てるファイターは居ないのか!?』
「……だそうだ」
「……ハッ、面白ぇ」
俺は立ち上がってリングの方に歩く。
「え?今から出るの!?楽しみ!」
「お嬢様……そろそろお時間が」
「少しくらい良いじゃない。イヴも友達の試合見たいでしょ?」
「……はぁ」
イヴリンがため息を吐く。
すっかり丸め込まれている様子に苦笑する。
「……勿論、勝利してきてくれよ」
「当然!」
俺は振り返らずイヴリンに手を振って答えた。
俺はリングに手をかけ、一気に飛び込んだ。
ダウンしていたやつを蹴り転がしてリングアウトさせる。
「何……!おぬしはアレックス!!ここで会ったが百年目!!」
「久しぶりだな、権田……やろうぜ」
観客がざわつく中、俺は権田を指差して挑発する。
権田も豪快に笑って構えた。
「かかってくるでごわす!」
「OK、始めよう」
絡ませたいキャラはまだ居るので、もう少し短編は続くかも。