道中で出会った魔物は、砂兎だけだった。ソーラさんの言っていた通り、この辺りには砂色の毛並みをした兎があちこちに生息している。
歩いている最中も、地面のそこかしこに口を開けた巣穴から、小さな顔がひょこっと覗いていた。こちらへ気付くと慌てて穴へ飛び込み、また少しすると恐る恐る顔を出す。その様子を見ていると、本当に警戒心だけで生き延びてきた生き物なんだなと思う。
襲ってくる気配はまったくないので、そのまま通り過ぎる。
素早く身を隠す姿と、食物連鎖の最下層という立ち位置は少し悲しいけれど……どこか他人事とは思えなかった。油断すると妙な親近感を抱いてしまいそうである。
やがて視界が開け、【アレイン円柱遺跡群】にたどり着く。そこには、十七本の石柱が円を描くように並んでいた。
「これが【アレイン円柱遺跡群】……」
名前だけ聞けば、もっと神秘的な場所を想像していた。
何百年も人を寄せ付けない遺跡とか、霧に包まれた神殿とか、そんな雰囲気を勝手に期待していたのだ。
でも実際は、見晴らしのいい荒野に石柱が並んでいるだけだった。周囲を見渡しても特別な建物はなく、魔物の気配もない。拍子抜けするくらい静けさに思わず本音が漏れる。
「……地味」
『それでも行くって、あなたが言ったんですよ?』
「いや、だってもっとこう……ワクワクする場所かと思ってました」
『初心者向けですから』
「初心者向けって、夢まで初心者向けになるんですか?」
『贅沢言わないでください』
まあでも、確かに安全そうではある。
それは初心者の僕にとって何よりありがたいことなんだけど、もう少しだけ冒険している雰囲気が欲しかった。
そんなことを考えながら石柱の間を歩いていると、不意に足が止まった。
中央付近。円形に並ぶ石柱の真ん中あたりに、大人が数人並んで入れそうな穴がぽっかりと口を開けている。
自然にできた穴には見えない。誰かが意図して掘ったような、真下へ続く縦穴だった。
僕はいつでも逃げられるよう周囲を確認しながら、慎重に穴へ近付いていく。
縁へ手を掛け、ゆっくりと中を覗き込んだ。薄暗くて奥までは見えない。ただ、人が通れそうな空間が下へ続いていることだけは分かった。
『中には何もなさそうですが……確認しに行きますか?』
「うーん……」
返事をしながらも視線は穴から離せない。こういう場所って、大抵嫌な予感しかしないんだよな。
『何か出てくるかもしれませんよ?』
「……何かって…………魔物、とかですか?」
嫌な想像が頭をよぎる。
実は砂兎には親玉みたいな存在がいて、いきなり飛び出してくるとか。そういう展開だけは勘弁してほしい。
だが、ソーラさんはあっさり否定した。
『いえ、宝具です』
「……あ」
その一言で、僕の頭の中から魔物のことが吹き飛んだ。
……そうだった。ハンターたちが宝物殿へ潜る理由は、マナ・マテリアルだけじゃない。
宝具。宝物殿の中で生成される、マナ・マテリアルから生み出された特殊な道具。
原作によると、その正体は世界のどこかに記録された「かつて存在した道具」の再現品らしい。
魔力を流し込むことで力を発揮し、蓄えられた魔力が尽きるまで使い続けられる。
炎を纏う『
読んでいる時は、「こんなの使ってみたいな」と素直に思った。
……まあ、そんな都合よく見つかるわけがないんだけど。
宝具は、レベルの低い宝物殿ほど出現率が極端に低い。レベル1の宝物殿である【アレイン円柱遺跡群】で期待するのは、正直ほぼ無理だ。
「でも、よく考えたら【アレイン円柱遺跡群】で宝具なんて出ませんよね?」
『ティノ・シェイドは見つけていますよ』
「あれはクライの適当な思いつきが、たまたま本当になっただけじゃないですか」
原作3巻のゼブルディアオークション編。アーノルドさんに負けたティノが、名誉挽回のために宝具を探しに行く話だ。
安全そうだからという、クライの適当な理由で選ばれた宝物殿だったのに、本当に宝具が見つかってしまう。あれは完全にクライだから成立した奇跡である。
「しかも、あれってこの宝物殿が生み出した宝具じゃなくて、外から持ち込まれた物でしたよね?」
『そうです! そうです! よく読んでるじゃないですか!』
うわ、すごく嬉しそう。姿は見えないけれど、絶対に満面の笑みになっている。
……その気持ちは分かる。自分の好きな作品を誰かが読んでくれて、「あのシーン良かったよね」と話せるだけで嬉しいものだから。
僕は思わず苦笑しながら、もう一度穴の中へ視線を落とした。
「……とりあえず、入ってみますか」
完全に無駄足になりそうな空気は漂っている。それでも、まだ何も始まっていないのに諦めるのは違うしな。
僕は慎重に足場を確かめながら、ゆっくりと穴の中へ降りていった。
第10話でした。【アレイン円柱遺跡群】編、まだまだ続きます。