ゴォォォォォッ――!!
耳をつんざく轟音とともに、ゴーレムの両目が眩く輝いた。
「え……?」
一瞬、何が起きたのか理解できなかった。しかし次の瞬間、その両目から放たれた眩い光が一直線に大地を貫く。
「うぉっ!?」
反射的に身体を横へ投げ出す。ほんの一瞬前まで僕が立っていた場所を灼熱の閃光が薙ぎ払い、地面を抉りながら一直線に駆け抜けた。耳をつんざく爆発音が遅れて響き、吹き上がった土砂と熱風が全身へ叩きつけられる。
地面を何度も転がりながら受け身を取り、慌てて立ち上がる。頬には砂が張り付き、口の中まで土臭さが広がった。手のひらに感じる痛みで、ようやく自分が生きていることを実感する。今のが直撃していたら、今頃どうなっていたのか。想像しただけで、指先の感覚が一瞬遠のいた。
「な、何あれ!? レーザー!?」
『止まらないでください! 走ってください!!』
ソーラさんの悲鳴にも似た声が頭の中へ響く。その声に弾かれるように僕は地面を蹴った。
考えている暇なんてない。ただ走る。後ろを振り返る余裕なんて一切ない。いや、振り返ってしまえば最後だ。そんなことをした瞬間、あの光が僕を飲み込む気がしてならなかった。
必死に荒野を駆ける。乾いた土が靴底を滑らせ、何度も足を取られる。息はすぐに上がり、肺が焼けるように痛い。心臓は壊れそうなくらい暴れ回り、喉はひゅうひゅうと情けない音を立てていた。それでも足だけは止められない。止まった瞬間、自分は死ぬ。その確信だけが、震える身体を無理やり前へ動かしていた。
頭の片隅で、ずっと薬草採取ばかりしていた自分を思い出す。あんな生活の中では、こんな瞬発力なんて一度も必要にならなかった。今さらになって、体力作りをサボっていた自分を呪いたくなる。
ゴォォォォッ!!
再び背後で轟音が響く。
「また来たぁぁぁ!!」
半ば悲鳴を上げながら全力で駆ける。閃光は容赦なく地面を抉り、爆発を繰り返しながら僕を追い掛けてくる。そのたびに熱風が背中を掠め、皮膚が焼けるような感覚に思わず肩をすくめた。
『もっと全力で走ってください! 追いつかれます!!』
「これが全力ですって!!」
情けないことに、僕は昔から足が速い方じゃなかった。高校時代の五十メートル走だって八秒二くらい。平均より一秒近く遅かったはずだ。運動会ではいつも真ん中より少し後ろ。体育祭で活躍した記憶なんてほとんどない。だから今さら「もっと速く走れ」と言われても無理なものは無理である。
いや、こんなところで学生時代の運動能力を思い出している場合じゃない。
必死に身体を左右へ振りながら走る。転ばないように、少しでも狙いを逸らせるように、とにかくがむしゃらだった。
しかし、次の瞬間、嫌な違和感を覚えた。
背後の轟音が止んだのだ。
静かになった――いや、違う。この静けさは、安全の証じゃない。むしろその逆だ。息を切らしながらも、本能だけが警鐘を鳴らしていた。
ゴーレムはゆっくりと右腕を持ち上げ、その掌へ眩い光を集め始めていた。今までの攻撃とは比べ物にならないほど濃密な光が渦を巻き、空気そのものが震えている。嫌な予感しかしなかった。
「ソーラさん……」
『……まずいです』
その一言だけだった。さっきまで「何も起きません」「大丈夫です」と根拠もなく言い切っていたソーラさんが言葉を失い、焦りを隠せない声を漏らした。いつも軽口ばかりのこの人が、たった一言しか返してこない。その事実だけで、十分すぎるほど伝わってくるものがあった。
……終わった。
背筋を冷たいものが駆け抜ける。必死に逃げるが、それでも分かる。足はまだ動いている。でも、体感の速さと、迫ってくる圧のようなものの差が、絶望的なくらい開いていた。
……もう間に合わない。
ゴーレムの掌から、巨大な閃光が放たれた。一直線に、まるで僕という存在だけを消し去るために。
「……っ!」
『ウラノッ!!』
避けられない。そう悟った瞬間だった。
———世界から音が消えた。
さっきまで耳を埋め尽くしていた爆発音も、自分の荒い呼吸も、狂ったように鳴っていた心臓の鼓動さえ、すべて遠くへ溶けていく。
代わりに頭へ浮かんできたのは、この世界ではなく、日本で過ごした何気ない日常だった。
大学へ向かう朝。眠気を堪えながら受けた講義。友人と何気なく交わした会話。コンビニで昼飯を選ぶ時間。アルバイト帰りの夜道。あの頃は退屈だと思っていた毎日が、今になってどうしようもなく眩しく思える。
どうして、あの頃はあんなに何もかもがつまらなく見えていたんだろう。今なら分かる。何もない日々こそが、一番贅沢だったのかもしれない。
そして最後に浮かんだのは、あの日の出来事だった。
友人との、たった一度の口論。売り言葉に買い言葉。あの時は、自分が間違っていないと思っていた。けれど今なら分かる。少しだけ冷静になれていたら。どちらか一人でも素直になれていたら。あの日の結末は違っていたのかもしれない。
だけど、もう遅い。一度目の人生は、あの日終わった。
だからこそ僕は、この世界でもう一度やり直そうと決めたはずだった。まだ何も成し遂げていない。レベル3にもなれていない。クリュスにももう一度会えていない。ソーラさんとの約束だって、何一つ果たせていない。
第二の人生は、ようやく始まったばかりだったのに。
こんな場所で、また何も残せないまま終わるのか。今度こそちゃんと生きるって、決めたはずなのに。
……………………………ここで終わるのか。
『ウラノォォーーー!!!!』
視界いっぱいに白い閃光が広がる。
僕は反射的に目を閉じた。