嘆きの裏野は頑張りたい   作:永佑

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第4話 薬草を採るだけの日々は、今日で終わり

 

 夢を見た。

 

 見たくもない、前世の夢だ。

 

 スマホの画面には、今でも忘れられないLINEが映っていた。

 

 

———

 

 

9:45

 

元カノ

考えててんけど、別れよ

好きやったしどこ行っても楽しかったし色んな公園で遊んだのも楽しかった!ありがとう!北海道行っても頑張ってな!

 

理由聞いてもいい?僕はまだ好きやしできれば直接会って話したいんやけど。

 

元カノ

 

音声通話 0:04

 

直接電話で言おうと思ったんでかけたんですけど、無理やったかららいんで言います。

今出てくるのは遅刻の報告多いのと、ネガティブすぎるのと、服装もうちょいおしゃれにしてほしいのと、敬語がおおいところがどんどん気になっちゃって別れたいです。

なのでもう好きになることはないです。

 

そっか、わかった。

今までありがとう。

 

 

———

 

 

 ……最悪の思い出だ。最後の最後で更新されてしまったが、それまでは人生で一番嫌だった出来事かもしれない。

 

 高校時代の僕は、自分でも最低だと思う人間だった。意思が弱くて、人に流されやすくて。何より、自分を守ることを最優先にする人間だった。

 例えばの話だが、すごく頭が良くて、頼み事をすれば何でも「いいよ」と笑って引き受けてくれる友達がいたとする。もし、その人が僕に告白してきたら――高校の頃の僕なら、迷わずOKしていただろう。そこに恋愛感情があるからじゃない。断って関係が壊れるのが嫌だからだ。頼れる人を失うリスクを負う方が、僕にとっては最悪なのだ。だから断らない。そういう人間だった。

 

 実際、元カノとの付き合いだって似たようなものだった。最初は好きだったわけじゃない。僕に好意を持ってくれていたことに気づいて、曖昧な気持ちのまま告白した。最低だったと思う。でもまあ、半年も一緒にいれば情も湧く。大学受験も推薦で国立大学に受かり、これから思う存分遊べる、そんなことを考えていた矢先に、あのLINEが届いた。

 ……反論できなかった。僕にも悪いところはあった。全部受け入れるしかなかった。もしかしたら、僕のそういうところに気づいたから、突然別れを告げたのかもしれない。まあ、どうでもいいか。あれが、僕の青春の終わりだった。黒歴史である。

 

 クリュス・アルゲン。探索者協会で出会ったエルフ改め精霊人(ノウブル)の少女。

 

 昨日、クロエさんに忠告されたことがある。精霊人は長命で魔法の腕は一流の亜人種族なのだが、優秀な魔術師マギ以外の人をナチュラルに見下してくるところがあると。血気盛んなハンターとは相性が悪く、たびたびトラブルを起こすこともあるらしい。まあ、確かにクロエさんの言うことも分かる。クリュスだって、言葉だけ聞けば結構な毒を吐いていた。でも、あれくらいなら僕は別に腹も立たない。むしろ、あの「です!」付きで言われると、何となく許せてしまう。

 ……もし精霊人がみんなクリュスみたいだったら、そこまで嫌われることもないんじゃないかな。少なくとも、僕はそう思った。

 

 頭の中に、自然と姿が浮かぶ。肩まで伸びた金色の髪。少し生意気そうな表情。長い耳。ころころ変わる表情。そして、あの独特な語尾。

 

 『です!』

 

 ……可愛い。異世界補正があるとはいえ、あんな可愛い生き物を初めて見た。また会いたいな。話したいな。怒られてもいい。あの「です!」をもう一回聞きたい。人間嫌いらしいけど、ちゃんと待ってくれるし、ちゃんと名前も教えてくれた。ツンツンしてるけど、根はいい子なんだろう。あんな子、好きにならない方が無理じゃない?前の世界には、あんな子絶対いなかったし。

 

 そんなことを考えているうちに、不意に意識が浮上した。ぱちり、と目が開く。宿の天井が視界に映る。

 

(……今何時だろう?)

 

 体を起こし、受付へ向かう。壁に掛けられた時計を見ると、時刻は午前十一時を回っていた。

 

「寝過ぎたっ!」

 

 思わず声が出る。慌てて顔を洗い、身支度を整えた。 

 目指す場所は探索者協会――《探協》。異世界でハンターとしての第一歩は、まさかの大寝坊から始まった。

 

 

———

 

 

「あ!おはようございます、ウラノさん」

 

「おはようございます。クロエさん」

 

 昨日と変わらない笑顔だった。制服はぴしっと整えられ、髪も乱れていない。朝から何人もの探索者を相手にしているはずなのに、疲れた様子を全く見せない。

 

(すごいなぁ……)

 

 僕だったら、受付を始めて三十分で心が折れる自信がある。

 

「今日はお仕事を受けに来られたのですか?」

 

「はい」

 

 僕は一枚の依頼書を受付へ差し出した。さっき掲示板を見て選んだ依頼だ。

 

「これ、受けられますか?」

 

 クロエは依頼書へ目を落とし、小さく頷く。

 

「『毒消し草』の採取依頼ですね」

 

「はい」

 

 毒消し草。いかにもファンタジー世界にありそうな薬草である。新人向け依頼と書かれていたし、僕でも何とかなるだろう。異世界作品では定番中の定番、まずは薬草採取から始まるものだ。

 

「こちらでしたら、レベル1の方でも受注可能です」

 

 クロエは依頼書へ判を押しながら説明を続ける。

 

「街の南側にある採取区域へ向かってください。見分け方はこちらの資料に載っています」

 

「ありがとうございます」

 

「毒草も混じっていますので、間違えないようお気を付けくださいね」

 

「……急に怖くなってきました」

 

 ……間違えそうだな。僕、識別能力も低いからな。興味のないアイドルの顔とか全部同じに見えるし。

 そんなことを考えていると、どこか聞き覚えのある笑い声が響く。

 

「きっきっきっ! おいお前! 昨日の威勢のいいガキじゃねぇか!『レベル2ハンターになる!』だったか?」

 

 振り向くと、昨日僕を笑っていた大柄なハンターがこちらを見ていた。それに反応した周囲のハンターたちも思い出したように笑い始める。

 

「そうそう!」

「新人卒業宣言したやつだ!」

「三年くらい草むしりしてりゃ、そのうちなれるかもな!」

 

 探協のロビーにどっと笑いが響き渡る。

 昨日の僕なら、たぶん苦笑いして終わっていた。何か言い返したところで面倒になるだけだし、その場をやり過ごす方がずっと楽だ。今までずっとそうやって生きてきた。

 でも、今は違う。頭の中に、あの小さな精霊人の姿が浮かんでいる。

 彼女の隣に立つと決めた以上、こんなところで曖昧に笑って済ませるわけにはいかなかった。僕は首を傾けながら言った。

 

「レベル2? そんなレベルの低い目標、誰が言いました?」

 

「……あ?」

 

 場が、すっと静かになる。誰も声を上げないその一瞬の間に、僕は昨日知ったばかりのことを思い出していた。

 クリュス・アルゲン。あの小さな精霊人の少女が——レベル3ハンターだったということを。あの子の隣に立つと決めた以上、目標を変えないわけにはいかない。

 

「三年? 二年で十分ですよ」

 

 僕は不敵な笑みを浮かべ、胸を張りハードボイルドに言った。

 

「僕は——レベル3ハンターになります!」

 

「…………」

 

 沈黙。さっきまで笑っていた先輩ハンターたちが、何とも言えない表情で僕を見ている。

 

「……お、おう」

「そうか」

「頑張れ……?」

 

 誰も笑わなかった。いや、笑えなかったのかもしれない。その微妙な空気を背中で感じながら、僕はクロエさんの方を見る。

 

「……行ってきます」

 

 クロエはくすっと小さく笑い、

 

「はい。行ってらっしゃいませ」

 

 と、昨日と変わらない優しい笑顔で送り出してくれた。異世界で初めての依頼。そして、トレジャーハンターとしての最初の一歩。

 

「……頑張りますか」

 

 そう呟き、僕は探索者協会を後にした。

 

 

———

 

 

 『毒消し草』の採取報酬は、一株につき百ギール。日本円にすると百円くらいだ。今お世話になっている宿は、一泊二食付きで四千ギール。つまり、一日泊まるだけでも四十株採らないといけない計算になる。

 

「世知辛いなぁ……」

 

 とはいえ、文句を言っても仕方ない。クロエさんに教えてもらった草原には毒消し草がそこそこ自生していて、初心者向けというだけあって危険も少ない。しゃがんでは採り、歩いては見つけ、またしゃがむ。小一時間ほどで予定していた分は集まった。

 

「もう少しだけ採って帰ろうかな」

 

 宿代はもちろん、今後のことも考えると、少しでも蓄えは欲しい。そんなことを考えながら、僕は再び草むらへ手を伸ばした。

 

 

———

 

 

 三日が経った。

 

 相変わらず、僕は毒消し草を採っている。ハンターというより、もはや農家のおじさんである。それでも、不思議と嫌じゃなかった。こういう単純作業は昔から嫌いじゃない。覚えることも少ないし、失敗する心配も少ない。新しいことへ挑戦するより、同じことをコツコツ続ける方が性に合っている。

 

「こういうのでいいんだよ」

 

 異世界に来ても、僕は僕だった。

 

 

 

 

 そんな平和な日々が続いていた、ある日のこと。帝都中を駆け巡る、とある知らせが人々を騒がせていた。

 探索者協会の掲示板には一枚の新聞が張り出され、多くのハンターが足を止めている。大きく書かれていた見出しは——

 

 『《千変万化》、行方不明。依頼失敗か?』

 

「……《千変万化》って誰です?」

 

 思わず隣にいたクロエさんへ尋ねる。すると、彼女は少し驚いたような表情を浮かべた。

 

「ご存じないのですね」

 

「はい」

 

「《千変万化》――クライ・アンドリヒは、帝都でも指折りのハンターです」

 

「強いんすか?」

 

「依頼達成率は100パーセント」

 

「100?」

 

「帝都でも名高いパーティ《嘆きの亡霊(ストレンジ・グリーフ)》のリーダーであり、新興クラン《始まりの足跡(ファースト・ステップ)》のクランマスターでもあります」

 

「肩書き、厳つ……」

 

「認定レベルは8」

 

「8!?」

 

「史上最年少で到達したと言われています」

 

「へぇ……」

 

「未来を見通す目を持つ、と噂されるほど先見性に優れ、一度も失敗をしたことがないとも言われています」

 

 やばすぎる。依頼達成率100パーセント、史上最年少でレベル8に到達した人物が、突然姿を消した。そんな人が行方不明になるなんて、いったい何が起きればそうなるのか、想像もつかない。帝都中が騒ぎになるのも当然か。

 

「……クライ?」

 

 クライ・アンドリヒ。その名前には、確かに聞き覚えがあった。頭の奥の方で、何かが小さく引っかかる。どこで聞いたんだったか、すぐには思い出せない。でも、ただの偶然だとは思えなかった。

 

「もしかして……」

 

「どうかしましたか?」

 

「あ、いえ」

 

 用事ができてしまった。報酬を受け取り、軽く頭を下げる。

 

「じゃあ、今日はこれで失礼します」

 

「はい。またのお越しをお待ちしております」

 

 

 

 

 宿へ戻る。部屋の扉を閉めるなり、僕は声を掛けた。

 

「ソーラ・システリアさん、聞こえますか?」

 

『……』

 

 返事はない。寝てるのかな? でも、この女神は起きていても普通に無視してくることがあるからな。

 

「ソーラさーん」

 

『……』

 

 ……静かだ。呼びかけても返事がないと、途端に不安になる。

 まあ、明日でもいいか。そう思った、その時だった。

 

『……久しぶりですね』

 

「あ、ソーラさん」

 

 その一言だけで、強張っていた肩から力が抜けていく。頭のどこかでもう繋がらないんじゃないかとか考えてたけど、よかった。

 

『あなた』

 

「はい?」

 

『私に言うこと、ありませんか?』

 

「……はい?」

 

『あ・な・た』

 

 妙に圧が強い。一音一音、区切るように発音された。声色自体はいつもと変わらないのに、なぜか背筋が伸びる。

 

『私に言うことはないんですか!?』

 

「えっ!何の話ですか!」

 

 急に大声を出さないでほしい。頭の中へ直接響く分、普通の声より何倍も驚く。心臓がまだドキドキしていた。

 

『三日ですよ!?あれから三日も経ってるんですよ!何で一度も連絡してこないんですか!』

 

「……」

 

 普段のマイペースな喋り方からは想像もつかない、静かな怒りのようなものが滲んでいる気がした。僕は少し真面目に考えた。

 

「ソーラさん」

 

『何です?』

 

「暇なん?」

 

『失礼ですね!!女神にも都合というものがあります!』

 

(いや、自分から話しかけてくればよかったやん)

 

 そんな本音は飲み込む。あ、でも聞こえるんだっけ? 詰んだやん。

 機嫌を損ねると面倒くさそうなので、適当に謝っておいた。

 

『……まあ、今回は許します』

 

 ちょろい。一番機嫌を損ねちゃいけない人物が案外ちょろくて助かった。話を戻されても面倒だし、さっさと本題に切り替えよう。

 

「それで、さっき探協で聞いたんですけど」

 

『はい』

 

「前に言ってたクライって、《千変万化》のクライ・アンドリヒのことですか?」

 

『その通りです』

 

「やっぱり。つまりその人が原作主人公ですか」

 

『はい』

 

「本当は弱いのに、周りから最強だと勘違いされ続けている人」

 

『そうです』

 

「そして、その人物が今行方不明……ってやばくないですか?」

 

『《創星界》が関わっていることまでは分かっています』

 

「!」

 

『ですが、それ以上のことは分かりませんね。完結しましたから』

 

 そうか、完結したのか。じゃあ分からないのも無理ないね。やっぱり直接会ってみるしかないか。まあ、どこにいるのか分からないし今すぐじゃなくてもいいよね?

 

『続編で主人公があなたに変わりましたからね』

 

「……今なんて?」

 

 ソーラは少し真面目な声で続ける。今、聞き捨てならないこと口走ってなかった?

 

『そんな事よりウラノ・スカイ』

 

「はい?」

 

 はぐらかされてしまったが……もういいや。僕も聞かなかったことにしよう。

 

『あなた、本当に何とかする気はあるんですか?』

 

「まあ、一応」

 

『のんびりしすぎでしょう』

 

「うっ」

 

『変わるんじゃなかったんですか?』

 

 図星だった。もちろん、変わるつもりはある。でも、焦る必要はないとも思っている。

 この世界は、僕が想像していたよりずっと危険だった。帝都はハンターによって発展した街だからこそ、腕自慢も犯罪者も多い。外へ出れば魔物や山賊もいる。平和な日本とは、何もかも違う。僕の中の常識とこの世界の常識に、何か大きな違いがある気がする。それが何なのかは、まだ分からない。

 

 それを強く実感したのが、三日前。

 探索者協会で見た光景だった。後から知った話だが、あの日あの場にいた探索者たちの平均認定レベルは3だったらしい。その中には、僕より華奢に見える女性もいた。

 

 そして——クリュス・アルゲン。あの子も、認定レベル3。認定レベルは強さだけで決まるわけじゃないというのは聞いた。実績や信頼も評価される。でも、精霊人が人間社会で信頼を積み重ねるとは思えなかった。

 多分、あの子は実力でレベル3まで上がったんだ。あんな細い腕なのに。見た目だけじゃ、強さなんて全然分からない世界なんだろう。

 この世界には、まだ僕の知らない何かがある。逆に言えば、それを知ることができれば、僕にも強くなれる可能性はある。

 

 それをソーラに聞いてもいいが——

 

 『聞いたこと何でも返ってくると思ってるなら、それが傲慢』

 

「……」

 

 以前、友人に言われたあの言葉が、頭の中で不意に蘇る。忘れたつもりでいたのに、こういう時にかぎって、するりと出てきてしまう。人に聞けば早いと分かっていても、それをそのまま口にする気にはなれなかった。

 

「自分で探しますか」

 

 

 異世界生活五日目。

 

 薬草を採るだけの日々は、今日で終わりだ。まずは、レベル2。そして、その先のレベル3へ。あの小さな精霊人の少女の隣に立つために。

 

 僕はとうとう——強くなるために動き出した。

 




【新登場人物】
①クライ・アンドリヒ
 二つ名:《千変万化》
 パーティ《嘆きの亡霊》のリーダー。
 クラン《始まりの足跡》のクランマスター。
 認定レベル8(史上最年少到達)。
 依頼達成率100%を誇る帝都屈指のハンター。
 「未来を見通す目を持つ」とまで噂される伝説的人物。
  現在、行方不明となっている。

【新設定】
①毒消し草
 初心者向け依頼の定番薬草。
 採取報酬は一株100ギール。
 毒草も混ざっているため見分けが必要。

②ギール
 この世界の通貨。
 100ギール≒100円程度の価値。

③宿代
 ウラノの宿は一泊二食付き4000ギール。
 宿代を稼ぐには毒消し草40株程度の採取が必要。
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