――六月十五日 午後六時四十二分――
佐伯:
全員、レポート提出できtaka?
木下:
出した。
宮本:
提出済み。
吉岡:
今出しました。
添付ファイルを間違えて、先週の統計演習を一回提出したけど、差し替えたから大丈夫。
佐伯:
大丈夫ではないけど、差し替えられたならいい。
西野:
出しました。開幕誤字ったお前の方も大丈夫か?
梶:
同じく。心配も同じく。
佐伯:
うるさい。こっちは完璧だ。
では本日の課題は終了。
お疲れさまでした。
――午後六時四十六分――
西野:
みんなおつかれー、
でさ。課題と関係ない話していい?
佐伯:
内容によるな。今日の課題の調査中の話か。
西野:
そうそう。
午前中に一階の自動ドアのところにいた、巫女っぽい子と魔女っぽい子の話していい?
宮本:
いいよ。むしろウエルカムです。
木下:
課題と関係なくないだろ。
それは確か観察対象番号B―17の二人だ。
佐伯:
番号を振っていたの?
しかも、そらで番号引き出せるの?
木下:
同伴者の行動が購買行動に与える影響を観察する課題だったから、気になった組には番号を振っていた。
赤白をB―17A、黒白をB―17Bとして記録した。
梶:
急におまわりさんを呼びたくなってきた。
木下:
消費者として観察しただけだ。
人間としての尊厳は守っている。
吉岡:
尊厳……犯罪ではないではなく尊厳。
その説明をされたことで、むしろ尊厳が危うくなった気がする。
西野:
赤白とか黒白じゃなくて、巫女さんと魔女さんでよくない?
梶:
そうだな。巫女と魔女だった。
そも木下は、あの二人を一時間近く見たうえで、色しか客観的な情報を得られなかったのか。
木下:
その辺はいろいろある。色だけに。
まずB―17Bは、自動ドアの前で少なくとも五回往復していた。
西野:
してたしてた。
開いたり閉じたりするのを見て、すごく楽しそうに笑ってた。
吉岡:
最初はセンサーの反応範囲を調べているのかと思ったぞ。
西野:
そこへ巫女さんが戻ってきて、魔女さんの手首をつかんで連れていったんだよ。
梶:
あれは同行者による逸脱行動の抑制だな。
木下:
こっちでもそう記録した。
B―17Aは周囲の通行量を確認し、B―17Bが動線を妨害する前に接触によって移動を促した。
危機管理能力が高い。
西野:
あれ、絶対、いつもそういう役割やってる関係よね。
佐伯:
観察できていない日常を勝手に補わないように。
西野:
でも、手を放したあと、今度は魔女さんの方から握り直してたよ。
梶:
おっとそうなの?見えなかった!
西野:
見た。
手首じゃなくて、ちゃんと手を握ってた。
宮本:
こちらでも確認した。
その後、二人はエスカレーターへ移動した。
木下:
B―17Bが乗るのに失敗しかけ、B―17Aが引き上げた。
梶:
初めてエスカレーターに乗った人みたいだったな。
西野:
それで魔女さんが巫女さんの肩にくっついて、しばらく離れなかった。尊い。
宮本:
え?一階から七階まで?
佐伯:
え?尊……?
宮本:
私たちはフロアごとの客数を調べるため、少し離れて同じ経路で上がった。
二人は一階から七階まで、六本のエスカレーターを乗り継いでいる。
黒白――魔女さんは、二本目以降は問題なく乗り降りしていた。
にもかかわらず、手をつないだ状態は継続していた。
吉岡:
ああ、観察記録に「接触状態継続」と書いてあったの、それか……
梶:
急にその無機質な記述が、重い意味を持ち始めたな。よいぞよいぞ。
西野:
その意味は、愛?
佐伯:
待ちたまえ、君たち。観察者の願望を事実へ混入させないように。
西野:
願望ではありませーん。
仮説ですぅ。
佐伯:
言い換えてもダメ。その書き方ムカつくな!
宮本:
ただし、同行者間の心理的距離が近いという仮説は立てられる。
木下:
賛成だ。
七階の飲食店でも、二人は四人用のテーブルへ通されたにもかかわらず、同じ側へ座った。
梶:
向かい合わずに?
いやまて、まだ観察してたのか?
木下:
隣同士で。
西野:
隣同士で。
宮本:
隣同士だった。
佐伯:
どうして三人とも圧をかけるの。というか三人とも観察してたのか。
吉岡:
巫女さんの方が先に奥へ座って、隣の席を叩いて魔女さんを呼んでいたと思う。
西野:
そう!
魔女さんは最初、向かいへ行こうとしたんだよ。
でも巫女さんが隣をぽんぽんして、こっちに座れって。
梶:
ほう。ぽんぽんか。
宮本:
同じ側へ座る利点としては、同じ画面を見る、料理を共有する、接触距離を保つなどが考えられる。
西野:
全部やってた。
宮本:
全部だ。
佐伯:
また圧をかける。お巡りさん呼ばれるぞ。
西野:
注文端末を二人で見て、魔女さんがたくさん押して、巫女さんがその手を上から押さえてた。
木下:
注文確定前にB―17Aが取り消していた。
衝動的購買行動に対する同行者の抑止効果の実例として、レポートへ採用した。
西野:
そのあと魔女さんが、ドリンクバーで全部混ぜたみたいな色の飲み物を持ってきてた。
吉岡:
一口飲んだ魔女さんが、すごく微妙な顔をしてた。
巫女さんにも飲ませようとして断られてたね。
西野:
あそこまでは普通に仲のいい二人だった。
佐伯:
あそこまでは?
西野:
食事中、巫女さんが魔女さんのオムライスを食べた。
梶:
料理の共有か。
西野:
そんなもんじゃない。魔女さんも巫女さんの海老を食べて、奪い合いの応酬になってた。
梶:
あれは激しいだけで、相互的な料理の共有。
その後贈与行動まである。
佐伯:
贈与行動と呼ぶと、急に文化人類学っぽくなるね。
宮本:
贈与行動は追加注文したパフェだな。
西野:
パフェもスプーンも一つだった。
梶:
スプーンもぉ?
西野:
一つ。
宮本:
追加のスプーンを取ることは可能だった。
しかし取らなかった。これは意味のある消極的行動の選択だ。
木下:
B―17AがB―17Bの使用したスプーンを取り、そのままパフェを食べたことを確認している。
佐伯:
みんな、観察が細かすぎない? 本当におまわりさん案件だよ?
西野:
だっててぇてぇだから
西野:
尊い……。
梶:
今、全部の情報がつながった。
吉岡:
何につながったの。
梶:
自動ドアで遊ぶ魔女さん。
それを連れていく巫女さん。
動く階段が怖いという理由でつないだ手を、怖くなくなっても離さない。
食事は隣同士。
互いの皿から料理を取る。
一つのパフェを、一つのスプーンで食べる。
楽園はここにあった。
西野:
私はもう楽園の観測から戻れない。
木下:
二人とも落ち着け。
我々は消費者行動を観察していたのであって、二人の関係を調査していたわけではない。
木下:
それは観察目的を逸脱している。
吉岡:
店を出たあと、魔女さんの方から手をつないだ。
巫女さんは一度も振り払わなかった。
二人で案内板を見て、上の階へ行った。
西野:
追いかければよかった。
佐伯:
やめて
それは観察ではなく尾行になるので、絶対にやめて。
いやもう尾行してたみたいだけど、次はやめて
木下:
なお、次回の課題も同じ商業施設で実施する可能性が高い。
佐伯:
課題のためだからね。
あの二人を探すためではないからね。
梶:
仮題「商業施設における親密な二者関係の観察と、第三者の情動変化について」
佐伯:
こいつ……やる気だ。