あの街で咲く幻想の百合   作:大体三恵

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第二話 「咲夜の都合を勘案して命令をするなら、それはお願いになるのよ」

 パチュリー・ノーレッジは、外の世界の自動ドアについて、三日間で七回も説明を聞かされていた。

 説明されたのでない。

 

 聞かされたのである。

 

「魔理沙によれば、近づくだけで透明な扉が左右に開くらしいわ」

 

 紅魔館の図書館で、パチュリーは読んでいた本から顔も上げずに言った。

 

 傍らのテーブルには、読み終えた本と、これから読む本と、読むつもりだったが魔理沙の訪問によって読めなかった本が積まれている。

 最後の山だけが妙に高い。

 

「それくらい、最初の一度で覚えられるでしょう」

 

 レミリアは椅子へ深く腰かけ、紅茶の水面を眺めた。

 

 自動で開く扉など、魔法で作れば珍しくもない。外の世界では魔法を使わずに動かしているらしいが、だからといって七回も語るほどのものではない。

 

「私もそう思ったわ。でも、魔理沙は扉の前を往復して遊んで、そのたびに霊夢が止めたそうよ」

 

「霊夢も大変ねぇ」

 

 レミリアは紅茶へ口をつけた。

 味はいつもと同じはずだった。

 同じはずなのに、わずかに渋く感じる。

 

「それから、床が階段になって動く装置もあるそうよ。魔理沙は最初に乗り損ねて、霊夢に手を引かれたらしいわ」

 

「ずいぶんいろいろ聞いたのね」

 

「聞いたのではないわ。聞かされたのよ」

 

 パチュリーは、そこだけは明確に訂正した。

 

「一階から七階まで、ずっと手をつないでいたそうよ」

 

「七階まで……」

 

「レミィのその反応。七階も建物に反応したのね」

 

「ちがうわ」

 

「その建物は八階建てだそうよ」

 

 レミリアは黙ってカップを受け皿へ戻した。

 少し強く置きすぎたらしく、硬い音が図書館に響く。

 

「……ほかには?」

 

「聞きたいの?」

 

「この私が友人の愚痴を聞いてあげようとしているの」

 

「ありがとう。いい友人を持ったわ」

 

 パチュリーはようやく本から顔を上げた。

 

「料理を注文するための板があって、魔理沙が八品ほど選んだところを霊夢に止められたそうよ。飲み物を四種類混ぜて失敗したとも言っていたわ」

 

「霊夢は相変わらず大変ね」

 

「楽しそうだった、そうよ。魔理沙の言い分では」

 

「それはちょっと信用できないわね」

 

「でも、魔理沙の話の半分は外の世界の設備、四分の一は食べ物、残りの四分の一は霊夢の話だったわ」

 

 話の配分を分析する程度には、パチュリーは聞かされていたようだ。

 確かに、うんざりしても不思議はないと、レミリアはついに同情した。

 

「最後は一つのパフェを二人で食べたって」

 

「二人で? 一つを? ……節約、ではないわね」

 

 レミリアは脚を組み直した。

 

 霊夢と魔理沙が外の世界へ出かけた。それだけなら別に構わない。二人は普段からよく一緒にいるし、魔理沙が勝手についていった可能性も高い。

 

 レミリアは寛大である。

 博麗霊夢が誰とどこへ出かけようと、紅魔館の主たる自分が心を乱すようなことではない。

 

「それで?」

 

「それで、とは?」

 

 レミリアはカップを取り上げた。

 中身はほとんど減っていない。

 パチェリーは、カップを覗いて固まるレミリアを横目で見ながら話を続けた。

 

「買い物もしたそうよ。衣服や小物、外の世界の菓子も見たと言っていたわね。もっとも、魔理沙は設備の話ばかりで、何を買ったのかまではよく分からなかったけれど」

 

「ふうん」

 

「興味があるなら、あなたも行けばいいでしょう。もっとも外へ出かけること自体、あなたには珍しいかもしれないけれど」

 

「私は館の外へ出ているわよ。パチェよりは」

 

「紅魔館の庭と湖の周辺までを、外出に含めるならね」

 

「十分に外でしょう」

 

「フランも地下室から廊下へ出れば、外出したと言い張れるわね」

 

 妹と同列に扱われ、レミリアは反論しようとして言葉を止めた。

 

 フランドールは地下室を中心に過ごし、気が向けば館内へ出てくる。自分は紅魔館を中心に過ごし、気が向けば湖や神社へ出かける。

 行動範囲に違いはあるが、基準となる場所からあまり離れないという意味では、確かに似ていた。

 

「……神社にも行くわ」

 

「そう。行くなら、咲夜に案内してもらえば?」

 

 パチュリーは本の頁をめくった。

 レミリアの決断を、短い言葉と仕草から読み取ったパチュリーは、的確に従者の必要性を説明する。

 

「人間の社会なら、私たちより慣れているでしょう。外の世界そのものを知っているかは別として、あなた一人よりは安心だわ」

 

 外の世界に行くと言ってないのに、先回りしてくれる友人は得難い。

 全てを話してしまう貴人は、軽々しく人は上に置けない。だから察してくれる友人と臣下は得難いものであった。

 

「咲夜に命令してくるわ」

 

「お願いではなく?」

 

「主人が従者へ案内を命じるのよ。お願いする必要がどこにあるの」

 

「そう。そうね。私が間違ってたわ」

 

 訂正を受け入れて、レミリアは図書館を出た。

 扉が閉まる直前、背後から本を読んでいるパチェリーの小さな独り言が聞こえた。

 

「でも、咲夜の都合を勘案して命令をするなら、それはお願いになるのよ」

 

 聞こえなかったことにした。

 

 + + + + + + + + +

 

 咲夜に「お願い」をした三日後。

 

 夕暮れも過ぎ夜へ変わるころ、レミリアは咲夜とともに外の世界の駅前へ降り立った。

 そこには、一つの建物へ収まりきらないほど巨大な商業施設があった。

 

 地下では複数の鉄道路線とつながり、地上では大通りを挟んだ私鉄駅へ空中回廊が伸びている。商業施設の本館と別館も回廊で結ばれ、建物の内外を人々が絶え間なく行き交っていた。

 外壁には大きな画面があり、衣服や化粧品、映画、飲食店の広告が次々と切り替わっていく。

 

 まるで建物そのものが、落ち着きなく姿と意味を変えているように見えた。

 

「ずいぶん騒がしい場所ね。人も多すぎる」

 

「夕刻は、仕事や学校を終えた方々が集まる時間でございます」

 

 状況を説明する咲夜は、レミリアの半歩後ろに立っていた。

 

 いつものメイド服を基礎にしながら、外出に適した濃紺の上着を羽織っている。目立たないようにしたつもりらしいが、結果として仕立てのよさが強調されていた。

 レミリアも普段の装いから、イメージは大きくは変えていない。赤を基調としたドレスに、夜気を避けるための短い外套を重ねている。

 

 周囲から視線が向けられていた。

 当然である。

 目立たないように装ったのではなく、外の世界でも違和感なく魅力を引き立てる装いだから……。とはいえ、従者として控えめな咲夜も、それはそれで非日常すぎて目立っていた。

 

「こちらから参りましょう」

 

 咲夜が示したのは、私鉄駅の改札階と商業施設をつなぐ空中回廊(ペデストリアンデッキ)だった。

 

 屋根とガラス壁に覆われ、地上を走る車の流れを左右に見下ろしながら歩ける。夕暮れの名残を背に、街の灯りが一つずつ増えていく様子も見えた。

 

「地下からも入れるのでしょう?」

 

「はい。しかし、初めてご覧になるのでしたら、日を厭うことよりこちらの方が全体を把握しやすく目的に叶うかと」

 

「そうね。いい判断よ」

 

「恐れ入ります」

 

 回廊へ踏み出すと、足元の一部がゆっくり動いていた。

 平らな床そのものが、人を運んでいる。

 

「魔理沙が言っていた動く階段のお仲間かしら?」

 

「こちらは動く歩道と呼ばれる設備です」

 

「人は、楽をするためなら道まで動かすのね」

 

「そのようでございます」

 

 レミリアは動く歩道へ足を乗せた。

 

 身体がわずかに後ろへ引かれる。

 

 咲夜がすぐに手を差し出した。

 

 レミリアは、その手を取った。

 

 支えがなくても転ぶことはない。しかし、主人が従者の手を取ることに不自然はない。

 

「大したことはないわ」

 

「さすがでございます」

 

 咲夜の賛辞を受け、レミリアは背筋を伸ばした。

 動く歩道を降りても、すぐには手を放さなかった。咲夜も、自分から離そうとはしない。

 

 外の世界は人が多い。

 そう、これは、はぐれないためである。

 レミリアは内心で言い訳をした。

 

 一階の吹き抜けには、天井から無数の照明が吊り下げられていた。透明な昇降機が上下し、その周囲を各階の回廊が囲んでいる。

 施設は八階建てで、地下にも二層あるという。

 上階ほど飲食店が多く、地下には食品売場と鉄道駅への通路がある。中層階には衣服、家具、書籍、電化製品などが集められていた。

 

 巨大な館だ。

 主はどこにいるか、レミリアはふむ……と考える。

 

「これほどの建物を、誰が治めているの?」

 

「一人の主人がすべてを所有しているわけではございません。施設を運営する組織があり、それぞれの区画を別の店が使用しております」

 

「責任を分散し、利益を分け合い、最悪の場合の損害を抑えつつ、契約のもと領地を分割して商人へ貸しているようなものね」

 

 現代に疎いレミリアだが、説明を聞いて自分なりに噛み砕くため適応力が高く聡い。

 当然のように理解するレミリアに、咲夜は静かにうなずく。

 

「おおむね、そのご理解で間違いございません」

 

「たくさんの商人に貸し、多様な商品を扱えば、多くの人があつまり、相互に作用する。カパルチャルシュ(グランバザール)が共同体ではなく利益団体の一括管理となり、発展すればこうなるのね」

 

 レミリアは吹き抜けを見上げた。

 

 各階の柵から下を眺める者、案内板を見る者、待ち合わせをする者。人の動きは複雑だが、衝突することなく流れている。

 手を取る咲夜は事前に調べたという言葉どおり、一度も案内板の前で立ち止まらなかった。

 

「お嬢様。まずは、六階をご覧になりますか?」

 

「何があるの?」

 

「服飾品と宝飾品を扱う店がございます。その後、八階の喫茶室で休憩を」

 

「任せるわ」

 

 レミリアは咲夜に導かれ、上階へ向かった。

 魔理沙が自慢していた外の世界を、先にすべて見てやるつもりだった。

 ただし、一日ですべて回ろうとすれば夜が明ける。

 次に来る理由を残しておくのも、支配者の余裕である。

 

+ + + + + + + + +

 

 咲夜は同じ視線を三度も感じた。

 

 一度目は、一階の吹き抜け。

 二度目は、昇降機を待つ間。

 三度目は、服飾品売場へ入った直後だった。

 

 視線そのものに敵意はない。

 

 咲夜はレミリアの外套を預かいながら、店内の鏡へ目を向けた。鏡越しに背後を確認する。

 

 少し離れた通路に、若い男女が六人いた。

 

 全員が一か所に固まっているわけではない。二人は吹き抜け側の椅子に座り、二人は店舗案内を見るふりをして立ち、残る二人は通行量を数えているらしく、手元の端末へ一定間隔で何かを入力していた。

 

 配置は分散している。

 

 しかし、ときおり互いに視線を交わし、同じ対象を確認している。六名が仲間であることは間違いない。

 

 その対象が、レミリアと咲夜だった。

 

「咲夜。どうかしたの?」

 

 レミリアが尋ねる。

 わずかな変化へ気づいたらしい。

 

「いいえ。お嬢様に危険はございません」

 

「何かはあるのね」

 

「はい。少々、視線を集めているようでございます」

 

 レミリアは周囲を見渡した。

 咲夜が確認した学生たちだけではなく、通行人や店内の客も、ときどき二人へ目を向けていることに気が付き、鷹揚にうなづいた。

 レミリアの装いと、咲夜のメイド服が珍しいのだろう。

 加えて、レミリアには人目を引く華がある。

 

「当然でしょう」

 

 レミリアは胸を張った。

 

「私が歩いているのよ。見ない方が不自然だわ」

 

「おっしゃるとおりでございます」

 

「なら、紅魔館の主がどのようなものか、よく見せてあげなさい」

 

 レミリアは、誰か特定の観察者がいるとは思っていないようだった。

 ただ、周囲の者が自分たちを見ていることには気づいている。そして、見られている以上は、相応の振る舞いをするつもりらしい。

 咲夜にとって、それで十分だった。

 

「かしこまりました」

 

 返事をしながら、咲夜は鏡の中を見た。

 学生の一人が、こちらの様子を書き留めている。

 何を目的とした観察かまでは分からない。

 だが、レミリアを記録するのなら、正しく記録させなくてはならない。

 

 紅魔館の主がいかに気高く、美しく、そして従者から敬愛されているか。

 

 見落とされてはならない。

 記述漏れ(ミスエントリー)など論外だ。

 

「お嬢様。こちらなど、いかがでしょう」

 

 咲夜は陳列されていた深紅の髪飾りを手に取った。

 

 小さな薔薇を模した飾りで、中心には透明な石が留められている。宝石ではないが、照明を受けて赤い光を返していた。

 

「外のものも、なかなか良いものね」

 

「失礼いたします」

 

 咲夜はレミリアの正面へ回った。

 髪へ触れる前に一礼し、それから帽子を外す。淡い色の髪を指先で整え、耳の少し上へ髪飾りを留めた。

 

 動作は急がない。

 学生たちからも見える角度を選び、レミリアの髪を一房ずつ丁寧に扱う。

 

「少し大げさではなくて?」

 

「お嬢様の御髪に触れるのですから、当然でございます」

 

「そう」

 

 レミリアは信頼を寄せるように、咲夜へ身を任せた。

 髪飾りを固定したあと、咲夜は帽子を持ったまま一歩下がる。

 

「大変よくお似合いです」

 

「でしょうね」

 

「こちらを」

 

 咲夜は鏡の前へレミリアを導いた。

 その手を取る。

 

 必要に応じて、肩へ軽く手を添える。

 

 鏡へ映る位置を整え、背後から髪飾りの角度を直す。

 レミリアは鏡の中の自分を眺め、満足そうに微笑んだ。

 

「買うわ」

 

「かしこまりました」

 

 咲夜は値札を確認し、そのまま会計の手続きを済ませた。

 

 支払いの間も、レミリアを一人で立たせてはおかない。椅子へ案内し、外套を畳んで隣へ置き、店内で手に取った商品を見やすい位置へ並べる。

 

 学生たちの一人が、記録の手を止めた。

 隣の者と何か話し、また端末へ入力する。

 観察対象が店内で購入に至るまでの行動を記録しているのだろう。

 

 それだけなら、こちらも相応に協力できる。

 レミリアが最も美しく見える商品を選び、購入し、従者が完璧に補佐する。

 

 高貴なる模範的な消費行動である。

 

 服飾品売場を出ると、レミリアは吹き抜けの柵へ近づいた。

 咲夜はすぐ隣へ立つ。

 

「下までよく見えるわね」

 

「お足元にお気をつけください」

 

「私が落ちるとでも?」

 

「お嬢様が落ちるとは思っておりません。ほかの者がぶつかる可能性を考えております」

 

「なら、守りなさい」

 

「もちろんでございます」

 

 咲夜はレミリアの腰へ片腕を回した。

 柵から遠ざけるためであり、人の流れから守るためである。

 ほかに意味はない。

 学生たちから見えやすい側の腕を使ったことにも、特別な意味はない。

 

 これは配慮だ。

 

 レミリアが咲夜を見上げる。

 

 その赤い瞳に、面白がるような色が浮かんでいた。

 

「ずいぶん張り切っているわね、咲夜」

 

「お嬢様をお守りしているだけでございます」

 

「そういうことにしておきましょう」

 

 レミリアは咲夜の腕を外させなかった。

 

 むしろ、体重を預けるように少し寄りかかる。

 

 咲夜は平静を保った。

 

 腰へ回した腕へ力を込めすぎないよう、細心の注意を払う。

 

 観察していた学生のうち、二人が同時に顔を覆った。

 

 ……体調不良だろうか?

 さすがの咲夜も、事情が読み取れなかった。

 

 外の世界の若者は、夕刻になると疲労が出るのかもしれない。

 

+ + + + + + + + +

 

 予約制のレストランで食事を終えると、すでに深夜といえる時間だった。

 

 二人は八階の展望通路を歩いた。

 通路のガラス越しに、駅前の夜景が広がっている。

 駅前を走る車の灯りが連なり、空中回廊を歩く人々の姿が見える。昼間よりもレミリアの表情は明るく、動きにも活気があった。

 

 咲夜はそれを当然のこととして受け入れている。

 

「咲夜」

 

「はい」

 

「さっきから、あの辺りを気にしているわね」

 

 レミリアの視線は、人混みをかき分けるように飛んだ。

 人理を超えた何かを感じたのか、学生たちはすぐに視線を散らした。

 

「危険な者ではございません。何らかの調査か観察を行っているようです」

 

「私たちだけを?」

 

「施設全体を観察しているようですが、途中から私たちへの関心が強くなったものと思われます」

 

「そういうこと……。ふん。見る目があるじゃない」

 

「まことに」

 

「なら、もっとよく見せてやりなさい。紅魔館の主と、その従者がどのようなものかを」

 

「すでに、そのつもりでございました」

 

「途中から、いつもより大げさだったわね」

 

「お見苦しかったでしょうか」

 

「まさか」

 

 レミリアは咲夜の手を取った。

 主が従者を呼ぶための動作にも、親しい者の手を求める動作にも見える。

 

 どちらであるかを、レミリアは説明しなかった。

 

「今日は見事だったわ、咲夜」

 

「お嬢様……」

 

「慣れない場所でも、私は一度も戸惑わずに済んだ。周囲へ紅魔館の主がどれほど優雅で、威厳に満ちているかも見せられたわ」

 

 レミリアは咲夜の頬へ手を添えた。

 

「あなたが、私を完璧に引き立ててくれたからよ。よくやったわ」

 

 咲夜は動けなかった。

 レミリアの言葉を聞き逃さないように、全身がその場で停止してしまった。

 時間を操ったわけではない。咲夜自身が止まったのである。

 

「咲夜?」

 

「……もう一度、おっしゃっていただいてもよろしいでしょうか」

 

「聞こえなかったの?」

 

「一言一句、聞こえております」

 

「なら、どうして?」

 

「もう一度、拝聴したく」

 

 完璧な従者が、ずいぶん素直な「お願い」をした。

 

 レミリアは呆れたように笑う。

 

「今日のあなたは完璧だったわ。さすがは私の咲夜ね」

 

「ありがとうございます、お嬢様」

 

 咲夜は深々と頭を下げた。

 顔を伏せたのは礼をするためである。

 決して、抑えきれなくなった笑顔を隠すためではない。

 

「顔を上げなさい」

 

「しょ、少々、お待ちください」

 

「なぜ?」

 

「今は、完璧な従者の顔を保てる自信がございません」

 

 レミリアは声を上げて笑った。

 その声を聞いて、咲夜はようやく顔を上げる。

 

 その表情は、普段の涼やかな微笑とはほど遠かった。喜びを隠しきれず、頬は緩み、目元まで柔らかくなっている。

 

「あはは、そんなに嬉しいの? 大げさねぇ」

 

「お嬢様からいただいたお言葉に比べれば、これでも控えめでございます」

 

 咲夜はレミリアの手を取り、その甲へ額を寄せた。

 口づける寸前にも、深く礼をするだけにも見える位置だった。

 意図を理解しているのか、レミリアは手を引かなかった。

 

「帰るわよ、咲夜」

 

「はい、お嬢様」

 

「帰りも案内しなさい」

 

「もちろんでございます」

 

 咲夜はレミリアの隣へ並んだ。

 

 いつもの半歩後ろではない。

 

 レミリアがそうすることを許したからである。

 二人は並んで空中回廊へ向かった。

 

 咲夜の足取りは軽い。

 外の世界の動く歩道よりも、自分で歩く咲夜の方が、よほど速く進みそうなほどだった。

 

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