あの街で咲く幻想の百合   作:大体三恵

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第3話 「魔理さばぁあああぁぁぁっ!」

 魔理沙が「もう完璧に覚えた」と言うので、アリスはより不安になった。

 

 何を覚えたのかと聞けば、外の世界にある巨大な商業施設の利用方法だという。

 

「霊夢と三回も行ったからな。入口から飯の食い方まで、もう何も分からないことはないぜ」

 

「三回で完璧になれるなら、あなたの魔法も今ごろ完成しているはずよね」

 

「魔法と買い物を一緒にするな。買い物の方が簡単だ」

 

 自信満々に言い切る魔理沙を見ながら、アリスは紅茶のカップを置いた。

 

 魔理沙が霊夢と三度も出かけていたことは知っている。

 

 霊夢へ思うところは特にない。魔理沙を外の世界へ三度連れていき、三度とも無事に連れ帰ってくれたのだから、むしろ感謝してもよかった。

 

 問題があるとすれば、その三度の経験によって、魔理沙が自分を完璧な案内役だと思い込んでいることだった。

 

「それで、その完璧な案内役が、私に何の用?」

 

「今度は私が案内してやろうと思ってな」

 

「私を?」

 

「ああ。アリスなら外の人形とか、道具とかに興味があるだろ」

 

 アリスはカップへ手を伸ばし、取っ手を一度つかみ損ねた。

 

 魔理沙は気づいていない。気づくはずもない。人の感情に関して、この白黒の魔法使いは自動扉よりも反応が鈍い。

 

「ほかには?」

 

「ほか? 自動ドアとか?」

 

「……何でもないわ」

 

 アリスは魔理沙に恋をしていた。

 

 自分で認めるだけなら、もう難しいことではない。難しいのは、それを魔理沙に気づかせることだった。

 

 もっとも、気づかれては困るので、アリス自身が念入りに隠している。

 

 隠しておきながら気づいてほしいという要求は、構造としてかなり無理がある。しかし感情は、人形の関節ほど論理的には動かなかった。

 

「いいわ。行ってあげる」

 

「よし、決まりだな」

 

「勘違いしないで。あなた一人では、外の世界で何をするか分からないからよ」

 

「心配性だな。完璧に覚えたって言っただろ」

 

「そう。なら、次に何をするか余計にわからないわね」

 

 その発言が、アリスを同行させる最大の理由になっていることには、最後まで気づかなかった。

 

 + + + + + + + + +

 

 外の世界へ出た二人は、私鉄駅に接続する空中回廊の端へ降り立った。

 

 午後の商業施設は人が多かった。駅から流れてくる客、買い物袋を提げて駅へ向かう客、吹き抜けの案内板を見上げる客が、広い通路を途切れず行き交っている。

 

「ここが入口だ」

 

 魔理沙が、自信に満ちた顔で正面を指した。

 

 そこには私鉄線の中央改札があった。

 

「駅よね?」

 

「入口につながっている場所だ」

 

「商業施設の入口ではないわ」

 

「細かいことは気にするな。こっちへ行けば着く」

 

 魔理沙は改札へ向かい、途中で立ち止まった。

 

 切符がなければ入れないことを思い出したらしい。

 

「今日は閉まってるみたいだな」

 

「営業しているわよ。私たちが入る場所ではないだけ」

 

「霊夢と来たときは、ここを通ったんだ」

 

「そのときは電車に乗ったんじゃないの?」

 

「……そうだったかもしれない」

 

 完璧な記憶は、最初の三分で一部修正された。

 

 アリスは鞄を開き、四体の小さな人形を取り出した。

 上海人形を先頭に、赤、青、白の衣装を着せた人形たちが、アリスの腕を伝って床へ降りる。人の視線が外れた瞬間を選び、それぞれ別の方向へ走り出した。

 

「おい。何をしてるんだ?」

 

「施設の構造を調べるのよ」

 

「ここは警戒するような場所じゃないぜ」

 

「警戒ではなく理解。入口、階段、昇降機、案内表示、各階の接続を確認させるの」

 

「なんだよ。私が案内するって言ってるだろ」

 

「さっき駅の改札へ案内されたわ」

 

「あれは施設の一部だ」

 

 上海人形から伝わる視界によれば、空中回廊は百貨店側の二階入口と、商業施設本館の三階入口へ分岐している。さらに本館は地下で別の鉄道駅へ接続しており、中央の吹き抜けを囲んで東西二系統のエスカレーターが配置されていた。

 

 地図にすれば複雑だが、設計の意図は分かりやすい。駅から来た客を低層階の衣料品売場へ導き、上層の飲食店まで回遊させる構造になっている。

 

「三階入口はあちら。七階の飲食店へ行くなら、中央のエスカレーターを使うのが早いわ」

 

「おう。知ってたぜ」

 

「最初、駅に案内されたけど?」

 

「遠回りして、いろいろ見せてやろうとしたんだ」

 

「駅で電車に乗ったら、目的地が変わってしまうわね」

 

 アリスが歩き出すと、魔理沙が追いかけてきた。

 案内役と同行者の位置関係は、施設へ入る前に逆転していた。

 

+ + + + + + + + +

 

 動く歩道の前で、魔理沙は急にアリスの手を取った。

 指を絡めるような握り方ではない。逃げないよう確保する、実用性を重視した握り方だった。

 それでもアリスの胸に震え、人形の制御が乱れるには十分だった。

 

「な、何のつもり?」

 

「この動く板の仲間は、危ないからな。霊夢にも、こうしてもらった」

 

 胸の震えが、別の意味で大きく高鳴った。

 

「足元を見ろ。乗る瞬間が大事だぜ」

 

「仕組みは見れば分かるわ。床板を循環させているのね。速度も一定だし、乗降部で段差がなくなるよう調整されている。エスカレーターより簡単よ」

 

「説明を聞く前に乗るな!」

 

 アリスは普通に動く歩道へ乗ると、魔理沙は手をつないだまま慌てて続き、着地の際にわずかによろめいた。

 

「あなたの方が危ないじゃない」

 

「手を繋いでるのに、アリスが急に乗るからだ」

 

 そう言いながらも、アリスは手を放さなかった。

 魔理沙も放そうとはしない。

 

 動く歩道を降りてからも五歩ほどその状態が続き、さすがに不自然だと思ったアリスが指先へ力を入れると、魔理沙はようやく気づいた。

 

「ああ、もう大丈夫だな」

 

「最初から大丈夫よ」

 

「そうか?」

 

 魔理沙の手が離れる。

 アリスは少しだけ惜しいと思ったが、それを表情へ出すほど未熟ではなかった。

 代わりに、先行していた人形へ強めの命令を送り、次の階を急いで確認させた。

 

 何の罪もない上海人形が、通路の角を普段より速く曲がっていった。

 

+ + + + + + + + + 

 

 魔理沙が昼食を取ろうと言い出した時点で、時刻は午後一時を過ぎていた。

 迷ったからではない。

 魔理沙があちこち案内に夢中になった。そしてアリスは上海人形でレストラン街が混んでいること確認し、魔理沙の案内に付き合って混雑時間を避ける判断をしたからだ。

 

 レストラン街はお昼のピークを過ぎ、店外の通路にまで並んで待つ人はいなくなっていた。

 飲食店の入口には、画面へ触れて受付を行う端末が置かれている。

 

「ここへ人数を入れるんだ」

 

 魔理沙が得意げに画面を押し、表示が切り替わる。

 

 二名、喫煙席希望、幼児用椅子二脚という条件で受付が完了した。

 

「二名で、幼児用を使うのが二名で、喫煙席?」

 

「待て、アリス。今のは機械の方が間違えたんだ」

 

「確かに使用上の問題が見つかったわね」

 

 魔理沙の操作ミスにより、あり得ない条件でも入力できるデバイス上の問題が発覚した。

 

 アリスが店員を呼び、受付を取り消してもらい、かつ受付デバイスにある運用上の問題も伝えた。

 

 店員への説明は問題なくできた。形式の決まった会話なら、アリスはむしろ得意だった。必要な情報を整理し、礼を述べ、正しい人数で受付をやり直す。

 ただし、店員から「お二人は何かのイベントへ参加されているんですか」と尋ねられたところで言葉に詰まった。

 

「イベント?」

 

「すてきなお衣装なので。先ほども、同じような小さなお人形を見かけたものですから」

 

 アリスは笑顔を保った。

 先行させた人形のうち一体が、すでに目撃されているようだった。

 人形のフリをしてやり過ごしたので、異常に店員は気がついていないようだ。

 

「それは人違いです」

 

「失礼しました」

 

 店員は笑顔で一歩下がった。

 ここで人違いですという反応はおかしかっただろうか、と思ったアリスは、なにか気がついてないか魔理沙を見た。

 人違いじゃなく、人形違いだろ。という訂正もせず、魔理沙は店員の案内についていった。

 

+ + + + + + + + +

 

 昼食後、魔理沙は自分の案内能力を回復させるため、六階へ行こうと言い出した。

 

「外の世界の道具を扱ってる店がある。アリスなら面白いはずだぜ」

 

「そう。では、行ってみましょう」

 

 アリスはあくまで落ち着いて答えた。

 

 すでに先行した人形から、六階にホビー用品の大型店があるとの情報を得ている。模型、ぬいぐるみ、組立式玩具、可動人形、人形用の衣服や家具まで扱っているらしい。

 

 少しは興味はあった。

 

「ここだ」

 

 魔理沙が店を指した。

 

 今度は正しかった。

 

 売場へ足を踏み入れたアリスは、最初の十分間、冷静だった。

 

 大量に並ぶぬいぐるみを見て、外の世界では同一形状の人形を数百体単位で製造できるのだと理解した。型紙の統一、裁断の機械化、縫製工程の分担。個体ごとの魔力特性を考慮しなくてよいなら、合理的な方法である。

 

 次に、関節を動かせる人形の見本を手に取った。

 

「可動部は球体関節ではないのね。軸と受けを組み合わせて、一定方向への保持力を高めている……でも、これでは肩を上げたときに輪郭が崩れるわ」

 

「細かいな」

 

「膝も二重関節にしているのに、衣服の厚みを計算していない。座らせると裾が引っ張られるでしょうね」

 

「座れれば十分じゃないか?」

 

「人形にとって座ることは目的ではないわ。美しく座ることが目的よ」

 

「人形に聞いたのか?」

 

「作る側の責任の話をしているの」

 

 二十分後、アリスは人形用衣装の棚にいた。

 小さな帽子、外套、靴、鞄。細部まで縫製された衣装が透明な袋へ収められ、用途別に並べられている。

 

「おーい、アリス。何を買うんだ……って、うわ!」

 

 アリスは両手の籠に、いつのまにか人形の衣装を大量に詰め込んでいた。

 

「多分買うだろうな、って思ってたけど、そんなに買うのかよ。お前なら、衣装なんていくらでもつくれるだろ」

 

「魔理沙。人形作りも、その衣装を作るのは、私、好きよ。みんなの服も縫ってる。でもね」

 

 アリスの目は爛々としていた。

 憧れの魔理沙に、その目を向けようともしない。

 

「全員の代えまで縫うとなると大変なの。これなら衣装の洗濯の時、着せられるわ」

 

「お、おう。言われてみればそうだな」

 

 あるのが悪い、と言わんばかりに、商品をカゴに入れていくアリスに圧倒される魔理沙。

 アリスにはアリスの理由がある。

 既製品の人形衣装は、それほど出来がいいわけではない。

 だが、大量生産の強みがある。

 

 アリスが毎日、ちくちくと上海人形の衣装だけ裁縫をしていても、みなの替えの服が用意できるのは一月もかかる。

 人形のメンテや新規制作をしない計算でだ。

 

「上海たちも理解してくれたわ。洗濯の時くらい、こういった服でもいいと」

 

「そ、そうだな」

 

 アリスはついに、魔理沙が戸惑っていることに気がついた。

 確かにカゴいっぱいが両手に、さらに追加して床にカゴを置き始めたのは異常だ。

 自分の行動を冷静視したアリスは、一つカゴ分をそっと隠すように戻し始める。

 

「え? 戻すのかよ」

 

 アリスが意味不明な行動を始めたと思ったのか、魔理沙は少し距離を置いた。

 いまさら戻してももう遅い。

 

+ + + + + + + + +

 

 二人は八階の喫茶店へ入った。

 魔理沙は注文端末の前へ座り、自信を取り戻した顔で画面を操作した。

 

「今度は間違えないぜ。見てろ。霊夢と来たときに覚えた」

 

「そう……霊夢と」

 

「何か悪いか?」

 

「悪くないわよ。霊夢は何も悪くない」

 

 悪いのは、今日の外出で何度も霊夢の名を出す魔理沙だ。

 その感情が嫉妬ではないことは、アリス自身がよく分かっている。

 霊夢と張り合いたいわけではない。ただ、魔理沙と二人で来た今日くらいは、魔理沙に自分を見てほしい。

 

 それを口にできない自分にも腹が立つので、最終的な憤りはすべて魔理沙へ向かった。

 

「ヨシ、全部ちゃんと注文できたぞ」

 

 魔理沙が胸を張った。

 画面には、苺のパフェ一つと、珈琲二つが表示されていた。

 

「私は紅茶がいいんだけど」

 

「珈琲も飲めるだろ」

 

「飲めるかではなく、今、何を飲みたいかなのよ」

 

 アリスは魔理沙からタブレットを取り、画面を操作して珈琲の一つを紅茶へ変更した。

 返す時、魔理沙の指先が、アリスの指先に触れた。

 

「ひゃっ!」

 

 少し大きな声が出た。

 周囲の客がこちらを見る。

 少し離れた席にいた学生らしい数人も、一斉に手元の紙へ視線を落とした。

 

 アリスは息を整え、椅子へ座り直した。

 

「外の世界のことなら、アリスの方が分かってるみたいだな」

 

 タブレット端末を土台に戻しながら、魔理沙が負けを認めたようなことを言う。

 しかし、アリスの突然の声を意識していない。

 掛け声だとでも思ったのだろうか?

 

 モヤモヤしつつ何も話さないでいると、注文した飲み物とパフェが届いた。

 魔理沙はパフェのスプーンを手に取ったが、すぐには食べず、アリスの方へ柄を向けた。

 

「何?」

 

「先に食べていいぞ」

 

「あなたが注文したんでしょう」

 

「アリスが好きそうだったから頼んだんだ」

 

 アリスはスプーンを受け取らなかった。

 

 受け取れば、今までの怒りをすべて忘れてしまいそうだった。

 

「霊夢と来たときも食べたの?」

 

「食べたな」

 

「そう」

 

「でも、今日はアリスに食わせようと思って頼んだ」

 

 アリスは魔理沙を見た。

 

 魔理沙は何でもないことのように、パフェの器をアリスの方へ押した。

 

「外の世界の人形を見たら、アリスがどんな顔をするか気になってたんだ。実際は、ちょっと予想を超えて怖かったけどな」

 

「誰が怖いのよ」

 

「大量にカゴへ品物を入れて、いきなり戻し始めたら怖いって。しらない人が見たら店員の商品陳列だぜ。ま、それはともかく」

 

 魔理沙は笑った。

 

「霊夢はもうここを知ってる。でもアリスは知らなかった。だから今日は、アリスと来たかったんだ」

 

 求めていた言葉とは少し違う。

 魔理沙はアリスの感情に気づいていない。これからも当分は気づかないだろう。

 

 それでも、自分が選ばれたことだけは分かった。

 

「そう」

 

 嬉しいが、それを隠すように一口、パフェを食べた。

 そこで気が付く。

 パフェ用の長いスプーンが一つしかない。

 いや、コーヒーのティースプーンがある。

 

「次はもらうぜ」

 

 指摘する前に、魔理沙がアリスのスプーンを奪って、ひょいとパフェを食べた。

 

「魔理さばぁあああぁぁぁっ!」

 

 叫び、注目されるアリス。

 さすがの魔理沙も、このアリスの奇声を聞いて、周囲の目を気にして恥ずかしがった。

 

+ + + + + + + + +

 

 帰り道、先行させていた人形たちが順番に戻ってきた。

 

 一体は吹き抜けの案内板の上から。

 一体は地下へ下りる階段の手すりから。

 一体は空中回廊の植木鉢の陰から。

 

 上海人形は、なぜか人形用の小さな紙袋を持っていた。中には店でもらった広告が折り畳まれている。

 

 施設内の各所では、何人かが人形へ携帯電話を向けていた。

 

 人の視線を受けた人形は、その場で動きを止める。写真に写るのは、通路や案内板に置かれた普通の人形だけだった。

 

 同じ人形が離れた場所で何度も目撃されれば、普通とは言いにくくなるのだが、アリスはそこまで考えていなかった。

 

 人形が動いている瞬間を見られていないなら、問題はない。

 

 それが人形遣いとしての常識だった。

 

「全部戻ったか?」

 

「ええ。施設の構造も理解できたわ。地下の駅まで含めれば、出入口は五か所。空中回廊は二系統。中央の吹き抜けを基準にすれば、迷うほど複雑ではないわね」

 

「そうか。じゃあ帰るぞ」

 

 魔理沙は自信を持って右へ曲がった。

 

 そちらは、先ほどのホビー売場へ戻る方向だった。

 

「出口は反対よ」

 

「知ってる。忘れ物がないか確認しようと思ったんだ」

 

「忘れ物は?」

 

「アリスの理性」

 

「置いてきた覚えはないわ」

 

「喫茶店に落ちてるかもよ」

 

「忘れなさい!」

 

 アリスは魔理沙の手をつかみ、正しい方向へ引いた。

 魔理沙は笑いながら、アリスについてきた。

 

 アリスは腹が立った。

 

 腹が立ったので、つないだ手へ罰として力を込めた。

 

 魔理沙も握り返した。

 

 まだ力が弱かったかしら?

 そう思ってさらに握りしめようとしたアリスだったが、ついにそれ以上の力を出すことはなかった。

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