あの街で咲く幻想の百合   作:大体三恵

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グループチャット「消費者行動論・商業施設観察A班」 3

――八月三日 午後九時十二分――

 

吉岡:

黒白、やっと名前が分かったね。やったぜ。

 

木下:

確認できた。

同行していた青い服の女性が、少なくとも十三回「マリサ」と呼んでいる。

 

佐伯:

きみさぁ……

なんで回数まで記録したの?

 

木下:

当然だ。

二者間の呼びかけ行動を調査する担当だったからな。

 

宮本:

青い方はアリス。

マリサが九回呼んでいた。

 

西野:

それじゃあ、前にマリサと一緒にいた巫女さんがレイム?

 

吉岡:

今日、マリサが「レイムと三回来た」と言っていた。

以前の巫女さんと同一人物だと断定はできないけど、可能性は高いと思う。

 

木下:

B―17A、通称赤白をレイム。

B―17Bおよび本日のD―23A、通称黒白をマリサ。

D―23B、通称青赤をアリスと仮称する。

 

西野:

本人の名前が分かったのに、まだ赤白とか黒白って呼ぶ必要ある?

 

木下:

同姓同名の可能性がある。

個人を特定する目的もないため、観察記号は維持する。

 

梶:

研究者として正しいことを言っているのに、D―23AとB―17Bが同一人物だと認定したことで、話がややこしくなった。

 

西野:

ややこしくないよ。

 

佐伯:

そう?

 

西野:

レイム×マリサか、アリス×マリサか。

 

佐伯:

ややこしくなった。

 

――午後九時十八分――

 

梶:

私はアリス×マリサ。異論は認めない。

今日だけで十分だった。

 

西野:

判断が早い。

 

西野:

でもマリサ、レイムとは一つのパフェを一つのスプーンで食べてたんだよ。

 

梶:

アリスとも一つのパフェを一つのスプーンで食べていた。

 

西野:

そんな〜〜〜。

反証が簡単に出てくるなんて〜〜

 

宮本:

確認している。

先にマリサが使用し、その後アリスが同じスプーンを使用した。

 

西野:

どういうわけだ。

黒白はスプーンを共有する習性があるの?

 

木下:

個人の行動傾向として結論づけるには、標本数が不足している。

 

吉岡:

二回あれば、少なくとも偶然ではない可能性を考えたくなるね。

 

西野:

でもレイムとは、店へ入る前から手をつないでた。

 

梶:

アリスとは帰りに手をつないでいた。

 

西野:

レイムとは一階から七階まで。

 

梶:

アリスとは空中回廊へ出ても継続。

 

西野:

マリサの方からレイムの手を握り直した。

 

梶:

アリスがマリサの手をつかみ、マリサが握り返した。

関係性を判断するうえで、接触の開始者は有力な指標だ。

 

吉岡:

私はレイム×マリサかな。

最初に見たからというのもあるけど、あの二人は日常的に距離が近い感じがした。

 

梶:

アリスとマリサには、まだ成立していない関係に特有の緊張がある。

 

西野:

成立していないと認めたな。

 

梶:

関係がないとは言っていない。

むしろ成立する直前の状態が長く長く続いていると見た。

 

吉岡:

言葉は聞き取れなかったけど、アリスは何度もマリサの方を見ていたね。

 

宮本:

マリサが画面を操作している間、アリスの注視時間は合計四十七秒。

店内の案内表示に対する注視時間より長い。

 

西野:

はかったのか……(ドン引き

 

木下:

私たちは注視対象と購買決定の関係を調べていた。

宮本の記録は課題の範囲内だ。許す。キモいが許す。

 

佐伯:

アリスは、マリサにかなり特別な感情があると思う。

 

――午後九時二十七分――

 

西野:

え?

もしもし佐伯さんや?

 

梶:

ようこそ。こちら側へ。

歓迎しよう。

 

吉岡:

ウェルカム。

 

佐伯:

何、その反応。

 

西野:

前回まで、観察者の願望を事実へ混入させるなって言ってたのあなたでんがな。

 

佐伯:

願望ではなく、複数の行動から考えられる仮説だ。

 

西野:

それ、私が前に言った。ような気がする。

 

佐伯:

今回は根拠があるの。

アリスはマリサへ何度も強い口調で話していたけど、離れる行動は一度も取らなかった。

マリサが道を間違えたときは必ず追いかけ、荷物を持たれたときも、返すよう要求したのは最初だけ。

 

宮本:

確認した。

 

佐伯:

喫茶店では怒って顔をそらしたあとも、マリサの飲み物の位置を直している。

マリサが立ち上がろうとすると、袖をつかんで座らせた。

帰りはアリスから手をつないでいる。

 

梶:

ブラボー……ブラボー!

見事な分析だ。

 

西野:

脳を焼かれてる。

 

吉岡:

これはかなり詳しく見てたね。

 

佐伯:

アリスの方は、感情と行動が一致していなかったから気になっただけ。

怒っているのに世話を焼く。離れたいような態度を取るのに、マリサが先へ行くとすぐ追う。

あれは単なる同行者への反応としては――

 

 

 

 

佐伯:

何で全員、黙るの。

 

梶:

楽園に新しい区画ができた。

 

西野:

佐伯さんが、そっちへ入っていった。

 

佐伯:

私は客観的な話をしている。

 

木下:

なお、今の説明には購買行動に直接関係しない観察が複数含まれていた。

 

佐伯:

木下、あとで話がある。

 

――午後九時三十四分――

 

吉岡:

そうだ。人形の話もしていい?

 

佐伯:

助かる。

して。

 

吉岡:

今日、施設の中に小さい人形が何体も置かれていたよね。

 

西野:

見た、見た。

三階の案内板の上にあったあった。

 

木下:

六階のホビー売場にも一体あった。

後にアリスが所有物として回収している。

 

吉岡:

それでなんだけど、SNSで少し話題になってる。

 

西野:

何が?まさかアリス×マリサが?

 

吉岡:

どんだけ注目されてんだよ、ありまり。

違うよ、人形だよ。

「駅前の商業施設で、同じ人形をいろいろな場所で見かけた」って。

 

吉岡:

SNSで話題になってるの見つかる限り

三階空中回廊の案内板。一階の吹き抜け。地下連絡通路の手すり。

あと六階ホビー売場。

それに階数が間違ってる可能性あるけど、八階の植木鉢。

 

木下:

写真は?

 

吉岡:

全部ある。

ただ、同じ特徴の赤い服の人形が違う階で撮られている。

 

西野:

何かのイベント?

 

吉岡:

投稿した人たちもそう言ってる。

館内を回って人形を見つける企画とか、ホビー売場の宣伝じゃないかって。

 

宮本:

施設の公式アカウントが、主催イベントではないと回答している。

ホビー売場も、展示品ではないと回答していた。SNSで問い合わせた人がいて、それが本当ならだけど。

 

佐伯:

では、誰かが個人的に置いた人形?

 

木下:

一つだけにかぎるが、アリスが回収したところを我々は見ている。

少なくとも駅からビルに入った時に持っていたから、一つは所有者はアリスで間違いない。

 

西野:

アリスが館内のいろいろな場所に置いて回ったのかな。

 

吉岡:

マリサと一緒にいた時間を考えると難しくない?

ずっとではないけど、私たちの誰かが二人を見ていた時間が長い。

 

佐伯:

偶然見かけた範囲だからね。

継続的に追跡したわけではないからね。

 

木下:

同一個体ではないだろう。

アリスは複数の人形を所持していたと考えられる。

 

宮本:

それなら説明できる。

ただ、写真に写っている赤い服の人形は、衣装のほつれ方まで一致している。

 

西野:

誰かが運んで、すぐそこらにおいたんじゃない?

 

宮本:

その可能性が最も高い。

ただ、写真を投稿した人は全員、人形だけを見つけている。

置いた人や回収した人を見たという投稿はない。

 

梶:

すばしっこい人形だな。

 

佐伯:

人形ではなく、置いた人がね。

 

――午後九時四十三分――

 

木下:

教授から連絡が来た。

 

学習支援システムの班別連絡。

転送する。

 

木下:

「A班各位。今回および過去二回の現地観察について、追加分析への協力を依頼する」

 

「観察対象B―17、C―09、D―23に関する未整理の原記録を、時刻情報を含む状態で提出してほしい」

 

「特に、対象者の移動経路、日照条件への反応、観察前後の位置変化、館内で目撃された人形の個数、外見、発見位置を整理すること」

 

「公開状態にあるSNS投稿を参照した場合は、投稿時刻と撮影場所のみを記録し、投稿者への接触は行わないこと」

 

「通常の消費者行動として説明しにくい点についても、現段階では棄却せず、忌憚のない見解を記載してよい」

 

木下:

追記

「本提出は任意の追加課題とし、内容に応じて期末評価へ加点する」

 

吉岡:

餌が分かりやすすぎる。

 

佐伯:

任意と言いながら、期末評価への加点を示してきたね。

 

梶:

単位のためなら、楽園の研究にも協力する。

 

吉岡:

でも教授、どうして過去二回の記録まで欲しいんだろう。

 

宮本:

それに今回は、人形の外見と発見位置を名指しで求めている。

消費行動の追加分析としては、かなり外れている。

 

吉岡:

教授もSNSを見たのかな。

 

木下:

可能性は高い。

我々の提出前に連絡してきた以上、人形の件を独自に把握している。

 

西野:

先生も人形に興味があるんだ。

 

宮本:

興味というより、異常を疑っているんじゃないかな。

 

――午後九時五十分――

 

梶:

異常?

 

宮本:

これまでの三組は、服装が特徴的というだけではない。

マリサは最初、現代の設備をほとんど知らなかった。

C―09のメイドさんには、移動の連続性が欠けていた。

お嬢様は日光を避け、日没後に行動量が増えた。

今回は、所有者から離れた複数の人形が、館内の各所で目撃されている。

 

木下:

しかも教授は、三回分をまとめて提出するよう求めている。

 

宮本:

たぶん教授は、全部が同じ原因につながっている可能性を考えている。

 

佐伯:

同じ原因って?

 

宮本:

そこまでは分からない。

でも「通常の消費者行動として説明しにくい点を棄却するな」という指示は、普通の追加課題ではないと思う。

 

吉岡:

確かに、教授の方から忌憚のない見解を求めるのは珍しいね。

 

梶:

では書いていいんだな。

 

佐伯:

何を?

 

梶:

アリスはマリサに、友人以上の感情を持っている可能性が高い。

 

宮本:

ああ、それには議論の余地が……って、そっちではなくて!

 

西野:

それなら私は、レイムとマリサの方が相互的な親密性で上だと書く。

 

木下:

追加課題の趣旨から外れると思うけど。

 

佐伯:

待って。

アリスとマリサについては、感情と行動の不一致が購買行動へ影響している。

完全に無関係とは言えない。

 

西野:

佐伯さんが自分から加点課題へ持ち込もうとしてる。

 

梶:

教授もどうやら目覚めたようだ。

結構、結構。

 

梶:

にっこにこだ。

 

吉岡:

教授はどっち派なんだろう。

 

西野:

過去二回分も求めてるから、レイム×マリサ。

 

佐伯:

今回の人形を重点項目にしているなら、アリス×マリサでは?

 

木下:

教授の関心は、二者関係ではなく異常事象の可能性にあるという話をしていたはずだ。

 

梶:

研究者だから、両方の仮説を公平に検討するつもりなんだろう。

 

西野:

理解がある。

 

佐伯:

よい先生ね。

 

宮本:

……そういう意味の目覚めではないと思う。

 

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