あの街で咲く幻想の百合   作:大体三恵

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第4話 「魔理沙の心配はしてない。でも評価と感謝をするわ」

 無限といえる図書館と書庫の主。

 動かない大図書館のパチュリーが、自分の足で外の世界の古書展へ行くことになった原因は、たった一枚の薄い紙だった。

 

「興味ないわ」

 

「まだ何も言ってないぜ」

 

「あなたがその紙を持って図書館へ来た時点で、何を言うつもりかは分かるわ」

 

 魔理沙が持ってきたのは、駅前の大型商業施設で開催される古書展の案内だった。

 

 正式名称は「夏の古書・稀覯本フェア」という。複数の古書店が参加し、一般書から近世の写本まで、数万点を展示販売するらしい。

 

「外の世界にも、古い本はあるんだぜ」

 

「知っているわ」

 

「珍しい本もある」

 

「当然でしょうね」

 

「著者不明の魔術書もあるらしい」

 

「外の世界では、著者不明の本へ魔術書と書けば売れると思っているのよ」

 

 パチュリーは本から視線を上げなかった。

 

 外の世界の書物へ興味がないわけではない。ただ、書物はパチュリーの方へ運ばせればよい。自分から人混みへ出向く理由にはならなかった。

 

「そう言うと思って、目録も持ってきた」

 

 魔理沙が机へ厚い冊子を置いた。

 

 パチュリーは無視しようとした。

 

 十秒後、ページを一枚めくった。

 

 さらに三枚めくり、ある写真で指を止めた。

 

 暗い革で装丁された大型の写本だった。表紙には金色の線で円と星が描かれている。古書店の説明には、十七世紀後半のものと推定される匿名の占星術書、とあった。

 円の周囲には、太陽、月、火星、水星、木星、金星、土星を示す記号が並んでいる。

 

 そこまでは、ありふれていた。

 問題は、記号を結ぶ線の順序だった。

 

「魔理沙。古書展はいつ?」

 

「興味ないんじゃなかったのか?」

 

「質問に答えなさい」

 

「お、おう。明日からだ。なんだ? 見に行くか?」

 

「確認するだけよ」

 

「そうか。じゃあ、買わないのか?」

 

「見る前に決めることではないわ」

 

「じゃあ、金は少なめでいいな」

 

「咲夜に伝えて、十分に用意させるわ」

 

 本を運んでいた小悪魔が、これはまた仕事が増えるなという顔で肩を落としていた。

 

+ + + + + + + + +

 

 翌日、パチュリーと魔理沙は、空中回廊から商業施設へ入った。

 

 古書展の会場は八階の催事場で開催中。と、通路の掲示板やビル壁面の垂れ幕など、あちこちで主張していた。

 

 そこへ至るまでには、三階から八階まで五つの階を上がればよい。途中で寄り道をしなければ、十五分もかからない。

 

「パチェリー、そういやこの階に、大きな本屋があるぜ。古書展を見たあとに寄るか?」

 

「必要があればね」

 

「そうか。ほらそこだ」

 

 パチュリーは歩きながら魔理沙の指さす書店を見た。通路の一角に置かれた検索端末に気が付く。

 

 画面には、書名、著者名、出版社、識別番号を入力する欄がある。目的の本を検索すれば、在庫の有無と売場の位置が表示されるらしい。

 

 パチュリーは足を止めた。

 

「五分だけ調べるわ。外の世界が、書物をどのように分類しているのか気になるの」

 

「古書展が先じゃないか?」

 

「開催時刻は夕方まであるのでしょう」

 

「まあ、あるけどな」

 

 パチュリーは端末へ触れた。

 画面に文字盤が表示される。物理的な鍵盤を使わず、指で直接文字を入力する構造だった。

 

「この識別番号は?」

 

「本の後ろに書いてある数字じゃないか?」

 

「見れば分かるわ。何を単位として識別しているのかを聞いているの」

 

「そっちか。本だろ」

 

「同じ作品でも、版や出版社が異なれば別の番号になる。作品ではなく、刊行物としての形態を識別しているのね」

 

「分かってるじゃないか」

 

「今、検証したのよ」

 

 同じ題名の本を複数検索すると、出版社、翻訳者、刊行年、判型ごとに異なる番号が表示された。

 パチュリーは一冊を棚から取り出し、端末へ戻った。

 画面には在庫一冊と表示されている。

 

「今、この本は棚にないわ」

 

「お前が持ってるからな」

 

「それでも在庫一冊と表示されている。これは書棚上の位置を管理しているのではなく、売買記録から店舗内に存在する冊数を計算しているだけね」

 

「うーん……。十分じゃないか?」

 

「客が持って移動すれば、端末の示す場所には存在しない。誤配架された場合も発見できない」

 

「本が勝手に逃げた場合は?」

 

「想定されていないでしょうね。かりにそんなことがあったら、在庫にあって店内にはないことが確認されることで、盗まれたと判断するでしょうね」

 

 魔理沙はパチェリーの皮肉をとぼけるように、近くの棚から天文学の本を一冊持ってきた。

 

「おい、こっちは、星の位置を勝手に計算するらしいぞ」

 

「天体暦を自動計算するだけでしょう」

 

「幻想郷じゃ見えない星も載ってる」

 

「外の世界と幻想郷では、観測条件が異なるもの」

 

 そう答えながら、パチュリーは本を受け取った。

 

 十分後、二人は天文学の棚にいた。

 

 三十分後、自然科学書の一角へ移っていた。

 

 一時間後、パチュリーは書籍保存に関する専門書を開き、紙の酸性化と脱酸処理について読んでいた。

 

「魔法を使わず、薬剤だけで劣化を遅らせるのね」

 

「魔法を使った方が早くないか?」

 

「術者がいなければ維持できない方法と、誰でも再現できる方法は別よ。外の世界の強みは、術者個人の能力へ依存しないことね」

 

「誰でも同じように本を傷めずに済むのか」

 

「正しい手順を守ればね」

 

「紅魔館の妖精メイドでも?」

 

「正しい手順を守れば、と言ったでしょう」

 

 対象範囲が急に狭くなった。

 さらに一時間後、パチュリーは店員へ、在庫管理、返品、絶版書籍の取り寄せ、電子書籍の仕組みを質問していた。

 

「電子書籍は、物理的な紙を持たないのね」

 

「はい。端末へデータを保存して読む形式です」

 

「一冊の書物としての実体は?」

 

「データですので、同じ内容を複数の端末で読むこともできます」

 

「複製時の劣化は?」

 

「基本的にはありません。ただし複製にはいろいろな法的な問題があります」

 

「書き込みによる個体差もない?」

 

「機能としてメモを残すことはできますが、元の本文は変わりません」

 

「燃やした場合は?」

 

「端末を、ですか?」

 

「書物を」

 

「データが別に保存されていれば、読むことはできます」

 

 パチュリーは黙った。

 

 書物を燃やしても内容が残る。

 魔導書として考えれば、かなり厄介な性質だった。物理的な本体を破壊しても術式が失われないのであれば、封印方法を根本から変える必要がある。

 

「お客様?」

 

「今、可能性を整理しているの。少し待って」

 

 店員は待たず、ほかの客の応対へ向かった。

 近くにいた魔理沙は床へ置いた籠に、天文学、化学、鉱物、都市構造、民間伝承の本を次々と入れていた。

 

「それを全部買うつもり? 読むつもり?」

 

「資料だぜ。もちろん必要なところは読む」

 

「読まないのね」

 

「全部読まないと、読んだうちに入らないってか? だいたいお前は、さっきから同時に五冊開いてるだろ。それで読んでるのか?」

 

「比較しているだけよ」

 

 パチュリーは時計を見た。

 

 商業施設へ入ってから、三時間二十七分が経過していた。

 

「魔理沙……、古書展」

 

 固まった首をぎこちなく向けて少し震えるパチェリーの声を聞き、魔理沙も時計を見た。

 

「忘れてたな」

 

+ + + + + + + + +

 

 古書展の会場へ着いたのは、午後四時を過ぎてからだった。

 

 催事場には、古書店ごとの棚と展示台が並んでいた。文学書、郷土資料、古地図、画集、初版本。紙、革、糊、埃が混ざった匂いは、紅魔館の図書館に近い。

 

 ただし、パチュリーの図書館より明るく、人が多く、整理されていた。

 

「悪くないわね」

 

「素直じゃないな。気に入ったんだろ」

 

「管理状態を評価しただけよ」

 

 パチュリーは目録の番号を確認し、目的の展示台へ向かった。

 

 大型の写本は、透明なケースの中に置かれていた。

 

 古書店の店員へ閲覧を申し出ると、状態確認のうえで、机の上へ運ばれた。白い手袋を着用し、専用の台へ載せて読むよう求められる。

 外見上は、確かに占星術書だった。

 しかし、表紙の七つの記号は星を示しているのではない。七曜に対応する元素魔法を、相互に制御するための封印だった。

 

 パチュリーが指先を近づける。

 

 表紙の金色が、わずかに光った。

 

 会場のどこかで、紙をめくる音がした。

 続いて、別の棚からも同様の音が聞こえた。

 

 音は次々と増え、催事場に並ぶ本が、一斉にページを開き始めた。

 

 風はないのに古書店に並ぶ数百冊の本が、ぱらぱらと紙を鳴らし、ある場所で止まった。

 

「全部、七ページ目だな」

 

 周囲が騒然とするなか、驚きもしない魔理沙が近くの本を見て言った。

 

「封印が、私の魔力へ反応したのよ」

 

「歓迎されてるんじゃないか?」

 

「警戒されているの」

 

 魔理沙はそうか、と真面目な顔つきに戻った。

 

 店員たちは、空調の異常を疑って天井を見上げている。

 

 客の何人かは、古書展の演出だと思ったらしく、開いた本を携帯電話で撮影していた。

 

 会場の端では、ノートを持った六人ほどの若者が、開いた本とパチュリーたちを交互に見ていた。

 

 パチュリーは人目気にせず術式を解くと、周囲の本は何事もなかったように閉じた。

 

「本物ね……。買うわ」

 

「即決だなぁ」

 

「確認しに来たのだから、確認できれば判断するだけよ」

 

 提示された価格は、八万四千円だった。

 

 古書店側は、欠落部分のある匿名写本として値段をつけている。本物の魔導書として見れば、値段をつけること自体が難しい。

 パチュリーは、咲夜から預かった現金で支払った。

 

「おいおい、値切らないのか?」

 

「適正価格より十分に安いもの」

 

「私なら、あと一割は下げるぜ」

 

「あなたの場合、代金そのものをなくそうとするでしょう」

 

 魔理沙は下手な口笛を吹き、近くのどうでもよい本を手に取って見ている。

 その間、店員が写本を梱包するため、表紙を布で拭いた。

 

 パチェリーは革装丁の本は、木綿ではなく皮の端切れや絹など、動物性の布切れで拭いて欲しい。科学モップよりはいいけど……と、考えていた時、裏表紙の内側がわずかに浮いた。

 

「待って」

 

 パチュリーが声をかけるより早く、薄い冊子が隙間から滑り落ちた。

 

 主書の四分の一ほどの大きさしかない。黒い表紙には題名も装飾もなく、背表紙もない。長いあいだ、裏表紙の二重構造へ魔術的に収納されていたらしい。

 

 床へ落ちた冊子を、魔理沙が拾おうとすると、落ちた冊子は横へ滑った。

 

 魔理沙の指を避け、展示台の脚を回り込み、隣の棚の下へ入る。

 

「こいつっ! 逃げたな」

 

「索引書よ。主書が開いたことで、隠蔽が解けたの。本を盗む人間を警戒する程度の知性はあるようね」

 

「へへ、面白い」

 

 魔理沙が帽子を押さえ、棚の反対側へ回った。

 

「魔理沙。傷つけないで」

 

「任せな!」

 

 魔理沙のかつての悪行が、逆に頼もしく思えるパチェリーだった。

 

 冊子が棚の下から飛び出した。

 

 紙の端を脚のように使っているわけではない。表紙を開閉し、その反動で床を跳ねている。効率の悪い移動方法だが、捕まえようとする手を避けるには十分だった。

 

 魔理沙が手を伸ばす。

 

 冊子は展示台へ跳び上がり、積まれた本の上を渡っていく。

 

「待て!」

 

 冊子は催事場の出口を通り、共用通路へ出た。

 

 魔理沙が追う。

 

 パチュリーも追おうとしたが、走るという行為は、彼女の身体構造と相性が悪かった。

 

 早足で十数歩進んだところで、呼吸が乱れた。

 魔理沙の視線が、一瞬、パチェリーへ向けられる。

 

「魔理沙、行きなさい。絶対に破損させないで!」

 

 魔理沙は返事の代わりに片手を上げた。

 パチュリーは速度を落とし、吹き抜けに沿った通路から追跡することにした。

 

 下を見れば、冊子が手すりの隙間を抜け、下層階へ落ちていくのが見える。

 

 ただし、普通の本のようには落ちなかった。表紙を開き、空気を受け、旋回しながら三階下の通路へ向かっている。

 

 魔理沙が手すりから身を乗り出した。

 間に合わない!

 魔理沙は周囲を見回した。

 

 清掃用具を載せた台車のそばに、清掃員が立っている。その手には、長い柄のついたモップがあった。

 

「悪い、それを貸してくれ! ちゃんと返す!」

 

 清掃員は、状況を理解していなかった。

 それでも魔理沙の勢いに押され、モップを差し出した。

 

 魔理沙は受け取ると、柄を両手で握り、手すりを越えた。

 

「魔理沙!」

 

 パチュリーの声と、周囲の悲鳴が重なった。

 

 魔理沙は吹き抜けへ飛び降りた。

 

 モップへまたがったのではない。

 

 両手で柄へぶら下がり、身体をその下へ伸ばしている。モップの房が上向きに広がり、見えない抵抗を受けたように震えた。

 

 箒を飛ばす魔法と、原理は同じだった。

 

 ただし、魔理沙は浮上も水平移動もしていない。落下する力の一部をモップへ逃がし、速度を制御しているだけである。

 

 飛行ではなく、落下の延期だった。

 

 本人以外にとって、その区別に意味があるとは思えなかった。

 

 魔理沙の身体は、冊子を追って吹き抜けを降りていく。

 

 六階から五階。五階から四階。そうだれもが数えられる速度だった。

 

 落下速度は、人が飛び降りた場合より明らかに遅い。それでもエスカレーターよりは速い。

 

 冊子が四階の通路へ着地した。ばたばたとどこか滑稽で、慌てているように見える。

 

 魔理沙もその直後、モップの房を床へ向けた。房が大きく広がって衝撃を受け止め、柄がしなる。

 

 魔理沙は両足を床へつき、数歩滑って止まった。

 それは軟着地と呼べる範囲だった。

 

 着地地点の床は、ついでに少しきれいになった。

 

 冊子は再び逃げようとし、魔理沙が咄嗟に被っていた大きな魔女の帽子を投げる。

 

 黒い帽子は冊子の上へかぶさり、みごとにその動きを封じた。本は自重を動かすのが精一杯のようで、帽子の重みを受けて震えもしなかった。

 

「捕まえたぜ!」

 

 吹き抜けの上層から、拍手が起きた。

 何かの催しだと思った客がいたらしい。

 

 清掃員だけは拍手をしていなかった。

 

「俺のモップすげぇ……」

 

 清掃会社のモップである。

 

+ + + + + + + + +

 

 パチュリーが四階へ到着したとき、魔理沙は帽子の下から冊子を取り出していた。

 表紙は閉じられ、もう動いていない。

 

「無傷?」

 

「ああ、ケガなんてしてないぜ」

 

「魔理沙の心配はしてないわ。本よ」

 

「もう少し気遣ってもいいんじゃないか?」

 

 魔理沙は冊子を差し出した。

 

「魔理沙の心配はしてない。でも評価と感謝をするわ」

 

 パチュリーは冊子を受け取ろうとすると、冊子が震えた。

 足掻くように、魔理沙の手へ戻ろうとする。

 

「私になついたみたいだな」

 

「逃げ疲れて、あなたの魔力へ固定されただけよ」

 

「そうか。じゃあ、私が捕まえたんだから、こっちは私のものだ」

 

「評価と感謝をして損したわ……」

 

 六人ほどの学生が、少し離れた場所から二人を見ていた。

 

 先ほど古書展の会場にいた若者たちだったが、パチュリーは覚えていなかった。あの場では本を見ていたので、人間の顔まで記憶する必要がなかった。

 

 学生の一人が、意を決したように近づいてきた。

 

「あの、すみません」

 

「何?」

 

 学生の一人が、今度は慎重な口調で尋ねた。

 

「差し支えなければ、お名前を伺ってもいいですか?」

 

 なぜ名前を尋ねてくるのか?

 疑問に思ったパチェリーだったが、周囲の様子も見て理解する。

 なにかのイベントだと思った人たちが、カメラを向け始めている。

 逃げるのは悪手。だが、名前を名乗るのはもっと……。

 

「霧雨魔理沙だ」

 

「ちょ……」

 

 魔理沙は即答した。

 パチェリーは固まった。

 

「霧雨が名字で、魔理沙が名前。覚えやすいだろ」

 

「ありがとうございます。そちらの方は?」

 

 パチュリーは学生を見た。

 

「答える必要がある?」

 

「いえ。無理にとは言いません。ただ、大学の調査で記録を整理する際に――」

 

「なら、観察記号でもつければいいでしょう」

 

 後ろにいた学生の一人が、わずかに反応した。

 すでにつけているらしい。

 

「名前は、分類のためだけにあるものではないわ。あなたたちとは、今後関わるかどうかも分からない。軽々しく渡す理由はないでしょう」

 

「分かりました。失礼しました」

 

 魔理沙が横から口を開きかけたが、厳しい目線のパチュリーが見ると、あっさり口を閉じた。

 

「本人が言わないなら、私から教えることじゃないな」

 

 帽子を深く頭直し、珍しく適切な判断を下した。

 

「この二冊は、古書展の商品だったんですか?」

 

「主書は正規に購入したわ。こちらは、その内部へ隠されていた副書。売買上は主書の付属物になるでしょうね」

 

「副書を捕まえたのは私だ」

 

「所有権とは関係ないわ」

 

「私がいなければ逃げてたぜ」

 

「そこは否定していない」

 

 学生の一人が、少し迷ってから聞いた。

 

「お二人は、何かのイベントに参加しているんですか?」

 

「古書展へ来ただけよ」

 

「私たちが客だ」

 

「先ほどの飛び降りも、演出ではなく?」

 

「だから、飛び降りてないって言ってるだろ」

 

 魔理沙はモップを持ち上げた。

 

「これで降りた」

 

 説明が一周して戻った。

 学生たちは、納得することを一度諦めたようだった。

 

「質問は終わり?」

 

「はい。ありがとうございました」

 

「そう」

 

 パチュリーは学生たちから視線を外した。

 知りたいことがあるなら、もう少し体系的に質問すればよい。外の世界の大学では、調査方法を教えていないのだろうか。

 しかし、学生たちが最初に話しかけ、当たり障りのない質問をしたことで、追及してくる他の通行人はいなかった。

 その点だけは、感謝するべきだろう。

 

 しかしその感謝も、清掃員と警備員が到着したことで消えた。

 学生たちに時間をとられ、逃げる時間を逸してしまったパチェリーは大きく肩を落とした。

 

+ + + + + + + + +

 

 商業施設の吹き抜けで手すりを越える行為は、当然ながら禁止されていた。

 警備員から厳重な注意を受け、魔理沙は素直に頭を下げた。

 

「わかった。もうやらない」

 

「絶対にお願いします」

 

 清掃員へはモップを返した。

 

「助かったぜ。いいモップだった」

 

 道具を褒められた清掃員は嬉しそうだったが、反して警備員の視線はきびしくなった。

 

 幸い、怪我人も破損した設備もなかった。モップにも異常はなく、古書店側も副書が主書の付属物であることを認めた。

 

 警備員は二人を催事場まで戻し、二度と手すりを越えないよう念を押した。

 

 警察や救急を呼ぶほどの被害はなく、本人が反省している以上、施設側が取れる現実的な対応は、厳重注意と記録の作成だった。

 

 魔理沙がどの程度反省しているかについては、記録へ書かれなかった。

 

+ + + + + + + + +

 

 購入した主書は専用の箱へ収められた。

 副書は箱へ入れると震え、魔理沙が持つと静かになる。

 パチュリーは何度か試したあと、副書を魔理沙へ預けることにした。

 

「紅魔館へ戻るまでよ」

 

「戻ったあとも私が持ってた方がいいんじゃないか?」

 

「図書館で主書との接続を確認する」

 

「副書が私から離れたくないって言ったら?」

 

「本の意見より、所有者の判断が優先されるわ」

 

「横暴な司書だなぁ」

 

「盗人よりはましよ」

 

 二人は大きな書店へ戻り、先ほど選んだ本を購入した。

 

 古書展で一冊だけ確認する予定だった外出は、主書一冊、副書一冊、新刊十四冊、保存技術の専門書三冊、天文学書二冊、鉱物図鑑一冊を持ち帰る結果になった。

 

「ずいぶん増えたな」

 

「外の世界の書物にも、見るべきものはあると分かっただけよ」

 

「また来るか?」

 

 パチュリーは少し考えた。

 

「書籍管理システムには、まだ調べる余地があるわね」

 

「じゃあ、また案内してやる」

 

 空中回廊へ向かう途中、魔理沙がふと振り返った。

 パチュリーは学生たちの顔を思い出そうとした。

 

 一人も浮かばなかった。

 

 本について質問する者は、外の世界にも大勢いる。名前を覚えるほどの相手ではない。

 

「まあいいか」

 

「ええ」

 

 魔理沙も、それ以上は考えなかった。

 

 六人の学生が会話の一言一句を記録し、遠ざかる二人を見送っていたことなど、どちらもすでに忘れていた。

 

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