『逆襲のシャア』の総帥に憑依した元商社マン、アクシズを落とさず地球圏を支配する 〜静かに暮らしたいだけなのに、アナハイムと狂信者に神輿を担がれて逃げられない件〜 作:なやむ
私の放った言葉は、静かではあったが、結果として彼らの胸に銃弾よりも冷酷に突き刺さったようだった。
「地球を叩き潰せば、自分たちも干上がって死ぬ。そればかりか、地上の同胞や身内を自らの手で皆殺しにするだけに終わる」
自分たちの命、そして組織の命運のすべてを懸けた隕石落としの悲願。それが、他ならぬ彼らの神たる総帥の口から、冷徹な損得勘定と「ただの血迷った同胞殺し」として完全否定されたのだから無理もない。
絶対の信仰対象から冷徹に拒絶され、復讐の熱に浮かされていたテロリストたちは、頭から氷水を浴びせられたかのように凍りついていた。誰もが言葉を失い、治療室には計器の電子音だけが虚しく響く。
(……あ、ヤバい。ちょっとストレートに言い過ぎたか!? 現実と身内の話を突きつけられて、こいつら完全に思考フリーズしてんじゃん。「おのれ偽物め!」とか「総帥がそんな腑抜けたことを言うはずがない、裏切り者だ!」って逆にキレられて、ハチの巣にされたらどうしよう。指一本動かせないんだから勘弁してくれよ……!)
背筋を冷たい汗が伝い、私の心臓が恐怖でバクバクと破裂しそうになる。
心の拠り所を根こそぎへし折られ、呆然と立ち尽くす男たちの重苦しい沈黙を破ったのは、絶望に顔を歪めた一人の兵士だった。
「し、しかし総帥、ならば我々はどこへ怒りをぶつければいいのですか! 連邦の寄生虫どもに、このまま搾取され続けろと言うのですか!」
男は悔しさに歯噛みしながら叫んだ。連邦への復讐だけを支えに戦ってきた彼らにとって、この否定は存在意義の否定に等しいのだろう。
私は痛む首を微かに動かし、必死に彼らを見据えた。
(さて、どう収めるか。あまり大きな約束はしたくないんだが……とりあえず別の案件に矛先を逸らせればそれでいい。ええと、合法的なリベンジの手続きといえば……)
「……武力でなくとも、道はある。たとえば――選挙だ」
「え……せ、選挙、ですか?」
場の空気が、僅かに拍子抜けしたように緩む。よし、いける。私は控えめに言葉を続けた。
「連邦の議席の一つでも我らの手に渡れば、そこから声を上げる術も生まれよう。今すぐ全てを覆すことはできずとも、爪痕を残す方法は他にもあるということだ」
私としては、地方議会の末席にでも滑り込んで、野党の端くれとしてちびちび提案して改革していこうという意味での、かなり控えめの提案のつもりだった。
だが、リーダー格の巨漢は、その言葉を噛みしめるように目を見開いた。
「……なるほど。一議席から始め、じわじわと連邦の内側を蝕むおつもりか……! さすがは総帥、我々のような短慮者には思いもよらぬ深謀!」
(いや、そこまでは言ってないんだが? なんで勝手に潜入工作みたいな話にしてるの?)
私が訂正しようと口を開きかけた瞬間、別の男が興奮気味に立ち上がった。
「ジオン・ズム・ダイクンの遺児という御名は、連邦の法の下で議席を勝ち取るための最強の切り札です! 私たちが総帥を主要選挙区に押し立て、いずれは議会そのものを――」
「いや、それは」
(勝手に話を広げるな! 私はただ、お前らの危険思想をどうにかしたかっただけで――)
私が制止しようとした声すら、すでに歓喜に沸く男たちの怒号にかき消されていく。
「エゥーゴを支援していたアナハイムのような資本も、総帥を担ぐと決まれば喜んで裏金を出すでしょう!」
「我々の身分も、総帥の政治結社の名の下で正当なものにしていただける、ということですね!?」
(誰もそこまで言ってない! お前らが勝手に妄想を膨らませてるだけだろ!)
胸の内で絶叫する私をよそに、男たちの目にはすでに、選挙という新たな聖戦への光が宿っていた。
「しかし……! ならば我々の悲願は、スペースノイドの独立はどうなるのですか!」
最前列にいた少年兵が、すがるように声を裏返した。その瞳には、連邦への深い憎悪と、置いてきぼりにされる恐怖が混ざり合っている。
私はその必死な声に良心が痛み、きちんと向き合おうと思った。
「サイドの独立を掲げるやり方は、かつて父ジオンが歩み、暗殺と一年戦争という悲劇を招いた道でもある。私は、それを繰り返したくはないだけだ」
(こんな子供に武器を持たせてテロさせようとしてたのか、この組織は。酷すぎるだろ……。大きなことは言えないが、この子にもう一度銃を握らせたくはない。それだけは本当だ)
私の静かな、だが拒絶ではない言葉に、少年の唇が小刻みに震えた。凝り固まっていた敵意が拠り所を失い、こらえきれなくなった大粒の涙が、少年の頬を伝って次々と流れ落ちる。
私は激痛に耐え、ベッドの上で身体を僅かに傾けると、震える指先をゆっくりと持ち上げ、少年兵の方へと差し伸べた。
歩み寄ることすらできない、ただそれだけの、精一杯の仕草だった。
「……敵を無理に許す必要はない」
「っ……!? 総、帥……?」
「だが、お前たちの尊い命を、復讐の道具にはしたくないのだ。すべてを私に預けてくれるなら、私はその声を、別の場所で必ず届けてみせる」
(とりあえず、これでテロだけは思いとどまってくれ。頼むから、穏便に、みんなで生き残ろうな。死んだら元も子もないんだから)
それは、現代人の精神に基づく、ごくささやかなケアのつもりだった。
だが、エゴのない純粋な本音、誰も死ぬなという本音が、キャスバルの意図せぬところで彼自身の持つニュータイプ能力の奔流に乗って、室内に放射されてしまった。
これまで「大義のために死ね」「連邦を呪え」としか教えられてこなかった兵士たちにとって、それは自分たちの存在ごと包み込んでくれた、目も眩むほどの圧倒的な慈愛に他ならなかった。
静まり返った室内に、一人の嗚咽を皮切りとして、すすり泣きが次々と広がっていった。大半の男たちの目は、テロリストのそれから狂信的な選挙運動員のそれへと、瞬く間に変貌を遂げていく。
「キャスバル様……! あなたに、あなたにすべてを捧げます……!!」
この日、地球圏最悪のテロ組織は一瞬にして消滅した。彼らは連邦議席獲得のため、合法的に戦い抜く選挙互助会へと勝手に模様替えを果たしたのである。
――その頃、病室の外では、本来キャスバルの身柄を管理していた穏健派の側近たちが、青ざめた顔で立ち尽くしていた。
本来であれば、穏健派が数日かけてキャスバルの体調を整え、今後の穏健な政治路線をじっくり説明する段取りだったのだ。それを力ずくで割り込んできた過激派のせいで「最悪の暴動が始まる」と絶望し、警備兵を呼びに走っていた。
だが、恐る恐る戻ってきた彼らの目に飛び込んできたのは、武装解除した過激派の強面どもが、熱い涙を流しながら「まずはどの選挙区から地盤を固めるべきか!」と真剣に議論している異様な光景だった。
「総帥が……あの猛獣どもを、言葉だけで手懐けただと……?」
穏健派のリーダーは、震える手で眼鏡の位置を直した。絶対に妥協しないと頑なだったあの過激派が、キャスバル総帥の選挙という一言で完全に牙を抜かれ、従順な子犬のように尻尾を振っているのだ。
「やはり、キャスバル様は我々の想像を遥かに超える、真のカリスマだ。彼等の持つエネルギーすらも利用し政治団体へと再構築してしまわれた……! 」
これには穏健派の面々も、神懸かり的なカリスマを見せつけられたと歓喜に震えるしかなかった。
「おい、お前たち!ボサッと見ていないで知恵を貸してほしい」
先ほどの巨漢のリーダーが、涙で濡れた顔を上げて穏健派の側近たちに語りかけた。
「俺たちは戦い方しか知らん! 連邦の選挙制度のルールや、資金調達のパイプ、政治団体の登録申請のやり方は、インテリのお前たちの領分だろうが! 総帥を最高の形で議会へ送り出すぞ、手を貸せ!」
「あ、ああ……! もちろんだ。我々が持っている政財界のコネクション、およびノウハウをすべて活用しよう!」
「よし! ならば我々は、かつてのゲリラ網をフル活用して草の根の集票マシーンとなり、最初は各サイド、次は地球の不満分子をオルグして一枚岩の巨大な支持基盤を作り上げてみせる!」
数分前まで殺し合い一歩手前でもみ合っていた穏健派と過激派が、キャスバルという共通の太陽(と彼らが勘違いしている神輿)を見上げることで、奇跡の共同戦線を結成した瞬間だった。
インテリの知識と、狂信者の実行力。二つの危険な歯車がガッチリと噛み合い、地球圏で最も効率的かつ強固な選挙対策本部が立ち上がっていく。
ベッドの上で横たわるキャスバルは、この事態にまるで気づいていなかった。
(……よし、これで隕石落としは阻止した。あとはこのまま平穏な余生が待っているはずだ)
――――――
数週間後。
ベッドの上で、私は少し動くようになった体でのんびり過ごしていた。壁の向こうからは、部下たちが「総帥を主要選挙区へ!」「アナハイムとの極秘会談を!」と忙しなく駆け回る足音が響いている。
(なんというか、日に日に話がでかくなってる気がするな……。まあ、いい。とりあえず今日のところも、ゆっくり休もう)
―――だが、断言しておく。この時の彼は、あまりにも呑気すぎた。
そもそも、「目立たず、平穏に生きる」という彼の願いそのものが、根本から成立し得ないものだったのだ。なぜなら彼は、ジオン・ズム・ダイクンの血を引く遺児であるからだ。
「キャスバル・レム・ダイクン」という名が、宇宙移民たちにとってどれほどの重みを持つのか――まるでキリストの血脈を継ぐ者に対するかのような、ほとんど信仰に近い特別な意味合いを帯びていることを、この体を借りたばかりの彼だけが、いまだ本当の意味では理解していなかったのである。
実際、キャスバルが「選挙に出る」と漏らした計画は、選対本部となった部下たちの地下ネットワークを通じ、連邦の監視をかいくぐって地球圏の暗部をこっそりと駆け巡っていた。
その噂が届くやいなや、各地でゲリラ戦の機会を窺っていたダイクン派の残党たちは「総帥の号令を待て、今は牙を伏せろ」と即座に戦闘行動を停止。
さらに、連邦の搾取に喘いでいた各サイドの貧困層は、水面下で結成されつつある政治団体へと雪崩を打つように身を投じていった。
彼らはただの支持者にとどまらず、いずれキャスバルが地球へ進出するその日のために、各サイドから地球の親類縁者、さらには地上に住む不満分子のネットワークへとしぶとく働きかける、草の根の集票マシーンへと変貌を遂げていく。
一方で、連邦中央に利権を干されていたスペースノイドの富裕層たちは、「これこそが失われた主権を取り戻す最後の好機」と確信し、濁流のような資金をキャスバルの選対へと流し込み始めていた。
そして、この史上最大の転機を、あの政商アナハイム・エレクトロニクス社が聞き逃すはずもなかった。「キャスバル・レム・ダイクンが合法的な議会政治の枠組みで動き出した」という極秘情報を掴んだ月面の巨大資本は、この巨大な神輿を囲い込むための最優先プロジェクトを始動させた。
連邦政府が気づかぬうちに、地球圏の底流では巨大な集票マシーンと天文学的な政治資金のシステムが完全自律で完成しつつあった。
自分の退路が、狂信的な部下たちの命がけともいえる選挙運動によって、静かに、しかし確実に塗り固められようとしているとも知らず、彼は束の間の休息に浸るのだった。
――こうして、後に地球圏の歴史を根底からひっくり返すことになる、ニュータイプ政治家キャスバル・レム・ダイクンの戦いが、当人の与り知らぬところで、静かに幕を開ける。