​『逆襲のシャア』の総帥に憑依した元商社マン、アクシズを落とさず地球圏を支配する 〜静かに暮らしたいだけなのに、アナハイムと狂信者に神輿を担がれて逃げられない件〜   作:なやむ

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出馬と記者会見

 

 

 

 

 

 月面での商談から、1年数ヶ月。

 

 スペースノイドからの熱狂的な支持と献金。そしてアナハイム社による政治工作。莫大な選挙資金と人手、裏ルート、さらに「サイド8」計画の根回しまでを完璧に整えた私は、気づけば「地球連邦・極東州日本区」の与党公認候補という、最高峰の切符を握らされていた。

 

私が掲げた公約の二大柱は『サイド8構想による経済再生』と『スペースノイド参政権の実現』であった。

 

前者はアナハイムを巻き込んだ宇宙世紀最大のメガプロジェクトであり、後者に至っては連邦の根幹を揺るがす歴史的爆弾といってもいい。その両方が私の両肩にかかっていた。重すぎるだろ……。

 

 かつては過密を極めた日本も、大戦による人口流出と、その後の宇宙移民政策の集中の結果、今や人口わずか1000万人の選ばれたエリートのみが住む静かな土地と化している。

 

 この極端な人口構成の是非を語り継ぐ者は多いが、少なくとも今の私にとっては、そんな歴史的経緯よりも目の前の光景の方がずっと重要だった。

 

「本物の京都だ! 本物の神社だ! 自販機が景観に配慮して茶色い! 宇宙世紀になってもそのままなのか!」

 

 私は選挙活動など完全にそっちのけで、ただの元・日本生まれとしてお忍び観光を全力でエンジョイしていた。

 

 青空に映える朱色の鳥居に感動し、神社の境内で「世界平和・家内安全」と書いた絵馬を真剣な顔で奉納する。

 

(とりあえず、戦争さえ起きなければ私は安全だ。神様仏様、アムロとかいう怪物とマッチングしませんように……)

 

 さらに、地元の経済界にはサイド8構想に関する地域公約を提示しておいた。

 

「当選のあかつきには、新造コロニー『サイド8』の巨大建材プラント、および基幹ラインをこの極東州に誘致する法案を最優先で可決させる」

 

 日本区の住民は選ばれたエリート層だ。彼らにとってこの公約は、難民を合法的に地球からパージし、己の住む土地の環境と資産価値を高め、さらに工場誘致で利権を得られるという、非の打ち所がない政策に聞こえたらしい。

 

 もちろん、最終的にサイド8が完成すれば、これらのプラントや基幹ラインは宇宙へ全面移管される計画だ。だが、建設途上の向こう三十年間にこの極東州へ落ちる天文学的な製造特需の凄まじさと、宇宙移転時に運営会社の株式を地元資本へ優先公募するという私の政策パッケージを前に、彼らが断る理由などどこにもなかった。

 

『地方経済の軟着陸のための合法的な官民連携事業』という建前さえ用意してやれば、彼らはこれが『合法的な未来の利権の分配』だと瞬時に理解した。

 

 最終的に彼らは「地球環境の浄化と経済発展」という名目のもと、私のサイド8計画に諸手を挙げて大賛成してくれた。

 

 加えて、あの号泣事件以来すっかり忠犬と化した元ジオン兵の事務方と支持者たちが、経済界の熱狂に呼応する形で草の根の戸別訪問と辻立ち、個別連絡を寝る間も惜しんで繰り返した。結果、日本区の地元票は瞬く間に私の手の中に掌握されていった。

 

 だが、静かに終わりたかった私の思惑は、アナハイム社の強欲によってあっさりと踏みつぶされる。

 

「キャスバル先生! 機は熟しました。我が社の株価は連日のストップ高、市場はあなたの極東アジアに利益をもたらすサイド8計画に完全に躍らされています。このまま東洋の議席をすべて刈り取りにいきますよ!」

 

 アナハイム社は、自社の株価吊り上げとアジア利権の独占を確実なものにするため、プライベートジェットを用意。私を拉致同然に連れ回し、中国、インドなどのアジア各区を巡る応援弾丸ツアーを敢行した。

 

(また私の与り知らぬところで話が大きくなっている……。なんでアジア全域を巡業する話になっているんだ)

 

 実は水面下では、連邦中央の欧米中心の体制に不満を抱いていたアジア圏の既存の野党や議員たちが、アナハイムの手引きによって「キャスバル・レム・ダイクン」という巨大な神輿を中心に大同団結する準備を整えていたのだ。

 

 何も知らない私は、ただの知名度を活かした応援演説のつもりで、最高級ホテルの特設会場へと駆り出されていく。

 

 そこへ詰めかけていたのは、私をジオンの危険なテロリストと警戒し、手ぐすね引いて待つ海外メディアたちだった。

 

「まずは全体向けの共同会見、その後に各局の個別インタビューが分刻みで控えております。さあ、先生、参りましょう」

 

(……頼むから早く京都へ帰らせてくれ。私はただ静かに神社仏閣を巡って、湯豆腐でも食べたかっただけなんだ。なぜこんな国際的なメディア攻勢の矢面に立たされているんだろう)

 

 ホテルの重厚な扉の向こうから、何百人もの報道陣が放つ熱気と、無数のカメラのフラッシュが漏れ聞こえてくる。

 

 逃げ出したくなる足を必死に止め、秘書に背中を押されるようにして、私は一歩を踏み出した。

 

 会場に足を踏み入れた瞬間、数百の冷徹なレンズが一斉に私をロックオンする。その光景は、もはや歓迎ではなく、獲物を品定めする猟師たちのそれだった。

 

 私は心底うんざりしながらステージの席についた瞬間、連邦中央寄りのグローバル局のジャーナリストが、容赦のない先制攻撃を仕切ってきた。

 

「キャスバル候補! あなたはかつてジオンの『赤い彗星』として一年戦争を戦い、連邦を脅かした大戦犯だ! その上、先のグリプス戦役の後は姿を消していた。今更どの面を下げて、この地球で政治を語る戦場に現れたのですか!」

 

 会場に緊張が走る。しかし、私は静かに、しかし毅然と視線を受け止め、深く頭を下げた。

 

「……ご指摘はもっともだ。まずは、かつてジオンの軍人として流血の惨事に関わった己の過去に対し、地球圏のすべての皆さまへ、心からの謝罪と遺憾の意を表したい。私は過ちを犯した。申し訳ない」

 

 あまりにも潔い全面謝罪に、記者席がざわめく。

 戦争犯罪人としての過去を突きつければ、言い訳を引き出して見苦しく自己弁護する姿を晒せるはずだったのだろう。

 

 だが、完璧な全面謝罪をされては、これ以上過去の罪をネチネチと責める側がただの「底意地の悪い苛めっ子」に見えてしまい、世間の好感度が逆に私へ流れてしまう。

 

 事実、かつてダカールの演説で命を懸けて連邦の闇を暴いた「英雄」としての姿を知る視聴者からは、生放送のコメントで早くも同情と支持の声が集まり始めていた。記者は焦り、その流れを断ち切るようにさらに畳みかけてくる。

 

「では、グリプス戦役後の空白の期間、あなたはどこで何をしていた!? 水面下で連邦に対する新たな反乱の準備を進めていたのではないですか!」

 

「それについては、拍子抜けされるかもしれないな」

 

 私はふっと微笑んでみせた。

 

「あの最終決戦での負傷は深く、私は長く意識不明の重体に陥っていたのだ。目覚めたときには戦役は終わり、ただ戦禍に疲弊した地球圏の現実が残されていた。

 病床で私は決意したのだよ。これからの人生は、破壊ではなく、真の平穏のために捧げねばならない、と」

 

「意識不明の重体による療養」という、追及しようのない無難な回答で煙に巻かれ、中央の記者たちは言葉を詰まらせた。だが、引き下がれない別の記者が、今度は身内の不祥事を追及にかかる。

 

「あなたが療養していたという間、旧ジオン系の過激派残党が、地球圏各地で武力闘争の機会を窺っていたのは紛れもない事実です!

 キャスバル候補、あなたが真に非暴力と法の支配を信じるなら、今この生中継のカメラに向かって、各地に潜伏するすべてのジオン残党に対し『直ちに武器を捨て、連邦軍に無条件投降せよ』と明確に命令してください!」

 

(言えるわけねえだろバカ野郎!!! そんなこと言ったら、今日の夜にホテルの窓ガラス叩き割られて、血走った目の元ジオン兵に『総帥、裏切られたのですか!』ってハチの巣にされるわ! だけど『投降しなくていい』なんて言ったら、今度は明日から私が国家反逆罪になるようなもんだよ! なんだこの無理ゲーは!!)

 

 しかし、私は懐にある試作チップをそっと指先でなぞり、冷や汗をすべて微笑みの裏に隠して、マイクを握り直した。

 

「……非常に厳しく、そして何より、現場の現実から乖離したご質問だ」

 

「何が乖離しているというのですか! 命令できないのですか!」

 

 私は哀れむような目を記者に向けた。

 

「考えてもみたまえ。なぜ彼らは今も潜伏し、銃を握り続けているのか? それは無条件投降した瞬間に、連邦の治安維持法によって、裁判すら受けられず終身刑にされると知っているからだ。

 つまり彼らにとって、銃を捨てることは死を意味する。死が待つ檻に『投降しろ』と呼びかけることは、平和の希求ではなく、単なる自殺勧告だ。私に彼らへの自殺を煽れとおっしゃるのか?」

 

「それは……!」

 

「私が彼らに求めるのは、無条件投降という屈服ではない。『今すぐ銃を置き、民生建機を握って未来へ合流せよ』という生きてやり直すための選択肢だ。すでに私は、サイド8の雇用プログラム参加者に対し、法的地位の保障と恩赦、および前歴の凍結を適用させる和解協定を進めている。

 もちろん無罪放免ではない。これは『最低三十年間の就労と、戦災賠償税の徴収』を条件とした、厳格な保護観察処分だ。

 彼らを地下に潜ませたまま巨額の治安維持費をかけ続けるのか。それとも、社会の監視下に置いて義務を果たさせ、その利益を連邦の富として回収するのか。

 記者諸君、どちらが国益に適うか判断していただきたい。『サイド8計画』は彼らが合法的に罪を雪ぐための受け皿であり、二度と反乱を起こさせない唯一の道なのだ」

 

(ぶっちゃけ三十年つったらみんな定年超えるし、事実上の『上がりの年齢』まで現場に縛り付ける超ブラック契約なんだけどな……! でもこれなら連邦は『実質刑期三十年』と受け取るし、ジオン残党は『定年まで仕事がある!』って喜ぶから一石二鳥なんだよ! 頼むからお互い裏の意図を察して喧嘩しないでくれよ……!)

 

 「では、なぜ今になって議会政治なのですか! かつて一年戦争で武力に殉じたあなたが、ダカールでは言葉を武器にし、今さら合法的な議会制度という既存のルールに収まろうとする真意は何ですか!」

 

 会場の視線が一斉に集中する。私はあえて数秒の沈黙を置き、ゆっくりと、しかし議場全体に響き渡るよう語り始めた。

 

「……その通り。私はかつて武力という最も愚かな手段に殉じ、そして知ったのだよ。銃やモビルスーツがもたらす破壊は、憎しみを再生産するだけで、世界の構造を何一つ変えられないという冷酷な現実をね」

 

 私は一度言葉を切り、記者たちを静かに見据えた。

 

「だからこそ、私はダカールで言葉を武器に立ち上がった。全人類の良心に訴えかけ、精神の変革を求めた。だが、感情に訴えかける言葉だけでは、今日を生きる人々の飢えを癒やすことも、デフォルト寸前の国家財政を救うこともできなかった」

 

 私は机の上の分厚いマニフェストに手を置いた。

 

「武力による破壊を知り、言葉による理想の限界を知った。だからこそ私は今、議会制度という合法的な権力を選び取ったのだ。

 法案と予算を用いて、連邦政府に、事業『サイド8計画』を提出し、実行する。国家の法と制度そのものを書き換えて、難民を宇宙へ引き揚げるための完璧なインフラと供給網を構築する。そのための礎に、私はなるつもりだ」

 

 その「法と制度を書き換える」という言葉は、スペースノイドへの参政権付与すら暗に匂わせていた。

 

(……いや、匂わせてない! 匂わせてないからそんな目で見るな! 私はただ予算と制度を用いて業務効率化するって実務の話をしただけなのに、なんで海外メディア全員が歴史的な権利闘争の宣戦布告を受け取ったみたいな顔で戦慄してるんだよ!? 誤解だ!!)

 

返す言葉を失った記者が後退する。だが、その隙を逃さず、最前列にいた鋭い目つきのジャーナリストが牙を剥いた。

 

「そのサイド8計画だが、あまりにもアナハイム・エレクトロニクス社への利益誘導が露骨すぎます! 特定の巨大企業からの巨額の政治献金や、極秘裏の密約があったのではないですか! 連邦の腐敗を正すといいながら、あなた自身が新しい利権の温床になっているのでは!」

 

(痛いところを突いてくる。私は連邦の生殺与奪の権を完全にアナハイムに握らせたという意味では、癒着どころか『共犯者』だ。

 でもな! そうでもして宇宙世紀最大規模の『雇用』を作ってやらないと、食い詰めて飢えた退役軍人たちが、MSを引っ張り出して隕石落としに走るのを止められないんだよ! 綺麗事じゃ腹は膨れないんだから、これしかないだろ!)

 

 またしても胃を痛めながら、しかし私は前世の知識をフル稼働させ、優雅に微笑んでみせた。

 

「密約などという陰湿なものは存在しない。全ては我が派のマニフェストに記載されている通り、完全なオープンビジネスだ。連邦政府の財政破綻を救うため、民間企業の資本をインフラ投資へ誘致し、対価として正当な市場利益を得る。

 むしろ、透明な契約に基づく健全な民間資金活用だ。加えて言えば、規格を一社に集約するからこそ、連邦は均一な安全基準と技術流出の防止を強制できる。これのどこが不当な利益誘導かね?」

 

(……クソッ、言いくるめられたな!) と記者の一人が歯噛みするのが見えた。

 

 確かにこれは、宇宙世紀最大の企業であるアナハイムにしか満たせない、実質的な一社独占の利益誘導だ。だが、実際問題としてアナハイムを排除して、デフォルト寸前の連邦国債を代わりに数百億規模で買い支えてくれる奇特な企業が、この地球圏のどこにあるというのか。

 

 ここでこれ以上食い下がれば、自らデフォルト寸前の連邦の命綱を切り、財政破綻を推奨する売国奴として生中継に晒される。経済の盾を前に、記者は喉を鳴らし、マイクを握る手を震わせるしかなかった。

 

 最後に別の記者が放った「ハマーン・カーン率いるネオ・ジオンとの内通疑惑」という、もはやそれしか残されていない的外れな追及に対しても、私は眉一つ動かさずに言い放った。

 

「私はあの日、ハマーンの独善を止めるために百式を駆って戦った。私が内通者に見えるかね?」

 

 その言葉を最後に共同会見が拍手の中で幕を閉じると、私は息をつく間もなく、防音壁で区切られた個別インタビュー用のブースへと次々に放り込まれた。

 

 

 

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