『逆襲のシャア』の総帥に憑依した元商社マン、アクシズを落とさず地球圏を支配する 〜静かに暮らしたいだけなのに、アナハイムと狂信者に神輿を担がれて逃げられない件〜 作:なやむ
共同会見で連邦中央の記者たちを完全にノックアウトしたものの、私に息をつく暇は一秒たりとも与えられなかった。
ステージを降りた瞬間、血走った目をしたアナハイムの担当者や狂信的な部下たちに両脇を固められ、迷路のようなバックステージへと引きずり込まれた。
世界中が私の発言を求めて飢えており、各地域の巨大メディアが放映権を巡って巨額の金を動かした結果、分刻みの個別インタビューの幕が上がったのだ。
ここからが本当の地獄だった。
全体会見では連邦標準語たる英語でのやり取りがルールだったが、個別のブースに待ち構えているのは、アジア各州のローカルメディアの記者たちだ。
彼らはキャスバルの度量を試すため、あるいは自分たちの地域の視聴者に直接届けるため、容赦なく現地のローカル言語で直接質問をぶつけてきたのである。
(もう駄目だ、頭が割れそうだ。次から次へと何なんだ……。不幸ながらキャスバルの知識には連邦標準語たる英語以外の言語知識はない。前世で叩き込まれた一番丁寧で無難な外国語で乗り切るしかない!)
思考が限界を迎える中、まずはインド局の独占インタビューブースへ。私は、前世の商社マン時代に現地のインフラ事業で叩き込まれた丁寧なヒンディー語を引っ張り出し、大真面目に語りかけた。
「連邦中央が押し付ける画一的な開発ではなく、この地、独自の経済圏とインフラの自立こそが、真の平穏をもたらします。中央の失政によって冷遇されてきたアジアの民に、まずは宇宙という確かな富を分配せねばならない。ただ一方的に搾取される側でいる必要はないのです。これこそが、無用な流血を避ける唯一の道なのですから」
その後のインタビューを終えて私が席を立った瞬間、現地のキャスターは放心したように呟いていた。
「現代の連邦政治家は、我々に英語で命令し、搾取するだけだ。だが彼は、我が国の言葉で、我々の自立と尊厳を認めてくれた。彼こそが、我々が失いかけていたアジアの誇りそのものだ」
「素晴らしい……! では先生、息つく暇もありません、お次は中国局のブースへ!」
(次から次へと……。この分だと中国語に続いて韓国語やタイ語も出番がありそうだな)
休む間もなく次の密室へ引きずり込まれた私は、ここでも同様に、21世紀のビジネスマンとしての「普通の丁寧な中国語」で話し始めた。
「いま、我がキャスバル派から中国区に出馬している新人候補は、連邦中央の画一的な開発によって破壊されかけた、この地の美しい歴史と文化を守ろうとしています。
『衣食足りて礼節を知る』という言葉の通り、中央の失政によって冷遇されてきたアジアの民に、まずは宇宙という確かな富を分配する。それによって、我々の誇るべき伝統と真の平安を守り抜くべきなのです」
全て中国語で行ったインタビューを終えて私が席を立った瞬間、ベテランの中国人ジャーナリストはマイクを握り直し、興奮気味にスタジオへ呼びかけていた。
「キャスバル候補の中国語は、現代の連邦政府が推奨する、あの効率至上主義的で無機質に簡略化された標準中国語ではありませんでした! 相手への細やかな敬意と、人類の普遍的な連帯を信じていた旧世紀の高潔なニュアンスが完璧に宿っている。彼が我が国の失われた伝統と教養をこれほど高雅に操るとは……!」
(いや、21世紀の普通の丁寧語なだけなんだけど!? 宇宙世紀の中国語、文化統制のせいでどんだけ退化してんだよ!)
キャスバルは宇宙世紀から見れば古い時代の人間である。
彼が21世紀の社会人として普通に話していた「現代語」は、言語や文化が均一化され歴史を奪われた宇宙世紀の人間からすれば、失われた旧世紀の豊かな伝統と教養が詰まった、目も眩むほど格調高い言葉遣いに他ならなかった。
完璧な言語切り替え、現地の歴史への深い敬意、丁寧な会話が引き起こした絶対的な格の違い。
これらがアジア全土を直撃した。連邦標準語を強制され、アイデンティティを圧殺され続けてきたアジアの全住民にとって、それぞれのローカル放送から現地語で語るキャスバルの姿は、自分たちを呪縛から解き放つ救世主の姿に等しかった。
この圧倒的な地方票の爆発が、連邦政界を揺るがす「キャスバル・フィーバー」へと繋がっていく。
――――――
数週間後、運命の投票日。
私の選挙区である極東州日本区の開票結果は、文字通りの圧勝だった。テレビ画面には、投票締め切りの午後八時と同時に「キャスバル・レム・ダイクン当選確実」のテロップが躍る。
地元エリート層への工場誘致という利権の約束と、アナハイムの圧倒的な資金力、および労力を惜しまない私の支持者たちの地道な選挙活動が噛み合った、計算通りの勝利であった。
(よし……! これでまずは無職転落と、落選して武力蜂起、戦犯ルートは回避だ……!)
万雷の拍手とカメラのフラッシュに包まれる中、私は事務所の片隅で、胸の内で小さくガッツポーズを決めていた。
これで念願の「身分保障された平議員ライフ」の切符を手に入れたのだ。前世のサラリーマンという職から見れば、これ以上ない大金星、完全なる大成功である。
ようやく一つ肩の荷が下りたとホッとし、事務方の女性がお祝いに淹れてくれた緑茶の湯呑みに口を付ける。だが、そのささやかな平穏は、わずか数時間しか持たなかった。
各地域の当確があらわになっていくにつれ、私の困惑は深まっていった。
「……なぁ、これ、何かの間違いじゃないか?」
「いえ! キャスバル先生! 先生の圧倒的な演説の賜物です!」
(いや、おかしい。確かにアジア巡業のとき、アナハイムの担当者が『先生の推薦名義をいくつかの新人候補に貸してください』とは言っていた。俺も、自分の仲間ができればいいと軽い気持ちでサインして応援演説もやった。だが……)
私は、ホワイトボードにびっしりと書かれた「キャスバル派・当選者150名」の氏名リストを凝視した。
(どこから生えたんだこの百五十人……!? そんなに推薦したっけ!?)
今回の選挙では上下院合わせて千議席のうち、私が所属する連邦政府の与党全体としては全体の六割にあたる六百議席を確保し、政権を維持。これは良い。しかし、問題はその内訳だった。
従来の与党主流派が四百五十議席。
そして――与党の他公認枠や不満分子、アジア票の爆発で雪崩を打って当選した新人までもが結集した、与党内の新会派「キャスバル派」が一気に百五十議席を獲得していた。
「先生のアジア局でのインタビューが放送された直後から、地方票が完全に『キャスバルフィーバー』と呼ばれるバブルを起こしましてね! 先生の推薦マークがついた新人が、主流派のベテランを次々とゴボウ抜きして全勝したのです!」
部下は興奮で顔を紅潮させている。
「すでにアナハイムの手によって、我が『キャスバル派』は与党内会派としての結成届を提出済み。先生を初代会長として、完全に一枚岩の軍団として機能します!」
(おい!アナハイム何してくれてんだ!! 与党が六割勝ったのはいいとして、その中でいきなり政権の生き死にを決める巨大派閥のボスになっちゃったじゃん!!!!
下っ端議員として議会の隅っこで少しずつ経験積もうと思ってたのに!!)
「主流派も我々の協力を得なければ政権を維持できません! すでに連邦政府内からは、先生を次期内閣の目玉として入閣させたいとの極秘打診が来ております!」
部下は満面の笑みで、とどめの一撃を刺した。
「このままいけば、数年以内に地球連邦首相の座も見えてまいりましたな!!」
自分の退路が、狂信的な部下とアナハイムたちの完璧な議会工作によって奈落の底へ突き落とされていることに、私は引き攣った顔で未来に思いを馳せるのだった。