『逆襲のシャア』の総帥に憑依した元商社マン、アクシズを落とさず地球圏を支配する 〜静かに暮らしたいだけなのに、アナハイムと狂信者に神輿を担がれて逃げられない件〜 作:なやむ
作中一のやらかし回になります。
U.C.0093ー宇宙世紀0093年
「新人のキャスバルです。よろしくお願いします」
宿舎の姿見の前で、私は何度も頭を下げてお辞儀の角度を確かめていた。前世ではしがない薄給サラリーマンに過ぎなかった自分が、まさか政府の議事堂に席を置く日が来るとは、人生本当に何が起きるか分からない。
(あんな立派な議場で、一議員として席を並べるなんてなぁ……)
込み上げる感慨に少しだけ鼻の奥を熱くしながら、私は無難で目立たない就任演説の予行演習を繰り返していた。新人が就任演説を行うのは異例だが、150議席を持つ最大派閥のトップという立場ゆえの特例だとばかり思い込んでいたのだ。
私の懐には、アナハイムのメラニー会長から貰った、緊張を和らげるお守り代わりの金属素材が入っている。それは後の世で『サイコフレーム』と呼ばれる素材であった。
これが全宇宙を揺るがす大演説の引き金になるとは、この時の私は知る由もなかった。
――――――
翌朝、議事堂。
私が議場に足を踏み入れた瞬間、異様な熱気が肌を包んだ。国会中継の瞬間視聴率は宇宙世紀始まって以来の「92.2%」を記録。全人類が、この若き英雄の一挙手一投足に注目していた。
だが、議場を牛耳る地球至上主義閥の巨頭である大臣らは、この新星を公衆の面前で圧殺するための、老獪な罠を用意していた。
主流派は議長権限を抱き込み、「新会派代表としての臨時の所信表明、およびそれに対する質疑応答」という特例議案を突発的に成立させたのである。
事前の通告なしに生中継の前で質問攻めにし、立ち往生する姿を晒して政治生命を初日で終わらせる――極めて卑劣な奇襲であった。
何も知らない私は、議長から促されるままマイクの前に誘導された。その瞬間、ひな壇から見下ろしてくる重鎮たちの、目の奥で笑うかのような悪意が視界に飛び込んでくる。
(……ん? おかしいな。歓迎されてる雰囲気じゃない)
背筋を嫌な冷や汗が伝う。原稿を広げようとした瞬間、議長の冷徹な声が議場に響き渡った。
「――それでは、キャスバル議員への質疑応答を開始する」
(質疑応答!? 演説じゃなくて!?)
ハメられた、と気づいた時にはもう遅かった。逃げ場を失った私に向け、大臣がマイク越しに鋭い尋問を突きつけてきた。
「キャスバル議員、まずは初登院、心より歓迎する。しかし、君が掲げるサイド8計画の天文学的な建設資金、および今回の選挙資金について、有権者は大きな不安を抱いている。
一体どこからそれほどの巨費が出ているのかな? アナハイム社との黒い利権の温床になっているのではないか。明確な回答を求めたい」
(やっぱり吊るし上げじゃねえか! 怖いから早く自分の席に帰らせてくれ!)
完全に四面楚歌の処刑台に立たされた私の胃は、ストレスで今にも悲鳴を上げそうだった。パニックになりかけたが、懐のチップを触り、何とか気を落ち着かせた。
「……大臣。その質問は、先日の私の共同記者会見の繰り返しになる。加えてお言葉ですが、まだ『サイド8計画』の本質をご理解されていないようだ。ここで改めて、その資金スキームを簡潔に説明しておこう。」
私はあえて一拍置き、議場全体を見渡した。
「この計画において、連邦政府の予算――すなわち市民の税金は、1クレジットたりとも使われていない。
天文学的な建設費とリスクはすべてアナハイムが自腹で肩代わりし、法律上の支配権と安全管理の権限だけは連邦政府がタダで握る。我が国の財政を痛めずに国家の版図を広げ、難民を合法的に受け入れる、これ以上ないほど連邦に都合の良い資金調達方式なのだ」
「税金は1クレジットも使っていない」というパワーワードに、議場は水を打ったように静まり返った。糾弾するはずだった大臣の口が、金魚のように情けなく開閉する。
私はその狼狽を見逃さず、追撃の一歩を踏み出した。
「彼らがこれほどの巨費を投じるのは、サイド8建設に伴う資源小惑星の独占採掘権とインフラの独占という、将来の莫大な商業リターンを織り込んでいるからに他ならない。国費に頼らず、宇宙の未開拓資源を担保に民間資本を躍動させる。これのどこが不当な利益誘導だろうか?
そして、アナハイム一社に規格を一元化することこそが、技術流出やテロ組織への横流しを防ぐ最大の安全保障であることは、すでに全世界へ説明済みの基本事項だ。大臣は、これほどの国益をもたらすオープンビジネスを、一体何の根拠で『黒い密約』と呼び立てておられるのかな?」
後ろ暗い資金だらけの主流派議員たちや、まさに大臣自身が「これ以上突けば自分たちの裏金まで引きずり出される」と気づき、顔をこわばらせた。
(よし、会見の理屈をそのまま流用して突っぱねたぞ! もうこれ以上ツッコまないでくれよ……!)
しかし、引き下がれない大臣は、大衆の「恐怖と差別」を煽る最後の手段として、醜悪な本音をぶちまけた。
「……資金が白でも、君の計画はスペースノイドの元ジオン兵――つまりテロリストどもを再雇用する場だというじゃないか! そんな危険極まりない連中に宇宙で巨大な建材を動かさせるなど、コロニー落としの合法化そのものだ! 彼らは更生などせんよ。社会から隔離し、徹底的に排除することだけが地球圏の安全を担保するのだ!」
傍聴席からは、大臣の言葉に同調するような、地球市民の怯えを孕んだ低いざわめきが漏れていた。大臣はその空気を味方につけたと確信したように、ニヤリと笑みを浮かべて私を指差す。
「言葉を選ばずに申し上げれば、君の計画はあまりに独善的だ。更生の美名の下に、危険思想を抱く連中へ宇宙の主導権を握らせるなど、第二の一年戦争への環境を合法的に整えるようなものだ。
まさかとは思うがキャスバル議員、君の真の狙いは難民救済などではなく、その莫大な労働力を神輿にして、地球の全人類を宇宙へ強制退去させることではないのかね? ダイクンの血を引く者が主導する以上、我々はそれが新たな『思想的独裁』の始まりではないかと疑わざるを得んのだよ」
(何を寝言を言っているんだ、この大臣は……!)
私は怒りを宿した目で、壇上の大臣を見据えた。
(一般市民が彼らを怖がって『排除しろ』と叫ぶのは当たり前だ。だが、政治家が一緒になって大衆を煽ってどうする!?
『更生などしない、排除しろ』? 言うのは簡単だが、じゃあ社会から完全に干され、餓死寸前になった数万人の武装難民はどこへ行く?
仕事を奪えば、彼らは生きるために再び銃を握り、今度こそ本気で地球に隕石を落とすテロリストへと過激化するだけだ!
あいつらは今、必死に建機の免許を取って『これでやっと人並みに食っていける』って泣いて喜んでる元軍人のおっさんたちだぞ。武器を取り上げる一番の方法は、命を奪うことじゃない。『明日も食える仕事』を与えることだって、どうしてわからないんだ!?)
私は背筋を伸ばし、内心の怒りがこぼれないよう冷静に問いかけた。
「――お言葉ですが大臣、排除と隔離という待遇こそが、まさに悲劇を長期化させたのではないですか」
「何だと……!?」
「彼らが犯罪者であるならば、なおのこと社会の監視下、すなわち合法的な経済活動の枠組みの中に繋ぎ止めておくべきだ。
職を奪われ、困窮した元兵士を放置すれば、彼らは地下に潜って真のテロリストへと変貌する。それはあなた方が、永遠に終わらない治安維持コストを支払い続けることを意味するのだ」
議場が割れんばかりの静寂に包まれる。
「私がやっているのはジオンの擁護ではない。彼らを労働力としてインフラ建設のシステムに組み込み、二度とテロを起こさせないよう経済的・法的に縛りつける、リスクマネジメントだ。
リスクから目を背け、ただ排除を叫び、思考停止しているあなたこそが、次の戦争の火種を放置しているのだと、なぜ気づかない!」
そして、これは何も元ジオン兵に限った話ではない。私はそのまま言葉を継いだ。
「そして大臣、私は『全人類の強制移住』などという独裁は掲げていない。提案しているのは、自由意志に基づく、緩やかな宇宙への生活拠点の移行だ」
堂々と響くキャスバルの声に、議場のざわめきがピタリと止まる。
「――『宇宙に行った方が、自分たちにとって圧倒的に暮らしやすい』。そうやって人々が自らの意志で選び取る道だ」
「現在、地球に住む人々は、深刻な環境汚染と異常気象に脅かされている。ならば、高度な循環システムを備えたサイド8を整備し、『宇宙の方が遥かに豊かで、健康に暮らせる』という明確な実績を、この手で示せばいい。それによって、大多数の人々が自ら宇宙を選び、移り住んでいく流れが自然と生まれるはずだ」
「地球に残る選択をする者を、暴力で追い立てるようなことは断じてしない。だが、宇宙という快適な選択肢が誰にとっても手の届くものになった時――そもそも地球が戦争の標的になる理由も、資源を奪い合う動機さえも、自ずと薄れていくはずなのだ」
「私は断じて、人類の未来を諦めない!!」
その時、演説は最高潮に達した。
戦争がいつまた起こるとも知れぬ恐怖からの解放。明日の飢えに怯えない日常。ただ真っ当に働き、普通に生きていきたいという、テレビの前の人々が抱く切実な渇望が、キャスバルの言葉を依り代として、完全に同期した瞬間だった。
地球圏に生きる無数の人々の意識が、濁流となって議場の一点―—キャスバルへと集中していく。
――チリッ、と奇妙な音が響いた。
次の瞬間、キャスバルの懐が鮮烈な緑の光を放った。限界まで膨れ上がった全人類の思念を受け止め、彼が懐に忍ばせていたサイコフレームが、ついに許容量を超えてオーバーフローを起こしたのである。
静かな結晶の鳴動と共に、まばゆい、鮮やかな緑色の光が議場全体を包み込んだ。
光の奔流はそれだけに留まらない。厚い大理石の壁を透過し、首相府の建物を丸ごと飲み込むと、天を突く巨大な光の柱となって議会上空の夜空へと文字通り爆発した。
それは地球の対流圏を突き抜け、衛星軌道上にまで達するほどの大規模な光子の嵐だった。
本来、このサイコ・フィールドと呼ばれる未知の光は、地球へ落下する巨大な小惑星をも押し返し得る、物理的な力として発現するはずのものだった。
しかし今、キャスバルの演説をトリガーとして暴走した光は、物理的な破壊や反発ではなく、全人類の精神を瞬時に繋ぎ合わせる「超広帯域ネットワーク」として働いていた。
生中継の通信回線やアンテナを導線として、議会に集中した莫大な意志のうねりが、地球の全土、そして遥か虚空に浮かぶすべてのスペースコロニー、月面都市へ向けてダイレクトに逆流。全人類的な精神共振現象が勃発したのである。
光の波動が全人類の脳内へ直接突き刺さる。
サイコフレームが最優先で拾い上げたのは、政治的な野心でもなければ、英雄の思想でもなかった。
それは、キャスバルの魂が「平和と安息の象徴」として記憶していた、前世のしがない実家の光景――しかし宇宙世紀の人間にとっては、神話の如き「美しかった時代の地球」の記憶であった。
青いビニールシートが敷かれた、どこにでもある実家の小さな庭。「あちぃなぁ」とぼやきながら、安物のゴムプールにホースで水を張っている、ヨレヨレの半袖シャツに半ズボン姿での前世の親父。 そして縁側で扇風機の風を浴びながら冷やし中華をすすっている、気の抜けた自分の姿。
(待て!!! 何を見せてるんだ!!! なんで実家のしょぼい庭と、親父のぽっこり出たビール腹を生中継で世界に晒してんだよ! 公開処刑にも程があるだろ!!)
しかし、私の困惑を置き去りにして、懐中の金属――サイコフレームは「背景の映像」を世界中へと拡張していく。
後ろに広がっていたのは、宇宙世紀の人間がほぼ誰も見たことのない、どこまでも青く澄み切った本物の海。
排気ガスに汚されていない七月の青空。
大地から自律してどこまでも続く、瑞々しい新緑の山々だった。
それらが超高解像度のリアルな五感イメージとして人々の脳内に直接流れ込む。
人工の自然しか知らず再生水を配給されて生きるスペースノイドにとって、ホースから無造作に溢れ出る本物の水と空の開放感は、奇跡そのものだった。
地球の貧困層にとっても、特権階級の買い占めとは無縁の丸ごと本物の野菜、戦争も飢えもなく、誰もが「ただ、のんきに生きているだけ」で許されていた眩しすぎる平穏――。
全人類はその圧倒的な美しさと完璧な平穏の記憶に、声を上げて涙した。
「ああ……これが、我々の祖先がかつて暮らしていた、本物の地球なのか……!」
人類全員がその「失われた楽園」のノスタルジーに平伏し、かつてない感動に包まれていく。
(いや、ただの千葉の実家だって!!! 頼むから聖なる記憶みたいに超訳して号泣すんのやめて!! 恥ずかしさで死んじゃう!!!)
さらに、蓄積されていた感情の奔流は、キャスバルの意志を超えて暴走を始めた。膨れ上がった怒りの波動が呼び水となり、動揺で精神的防壁が完全に緩み切っていた大臣たちの意識に、力任せに割り込んだのである。
キャスバルを糾弾していた保守派議員たちの脳内から、「特定の企業から裏金を受け取り、環境汚染データを改ざんして隠蔽し、私腹を肥やしてきた」という生々しい犯罪記憶を根こそぎ吸い上げ、全世界の脳内へ強制逆送信した。
恐ろしいことに、思考をハッキングされた大臣達だけは、精神的硬直ゆえにこの共振を全く感知できていなかった。
彼らの目にはただ、キャスバルが青臭い理想論をまくし立て、演説の余韻で議場が一瞬静まり返ったようにしか見えていなかったのである。
「現実に血を流したテロリストどもを、綺麗事だけで制御できると思うな! 政治は甘くないのだよ。ダイクンの息子よ、その青臭い理想論こそが混乱を招くのだ!」
大臣は、自分たちの汚職や不正の記憶が全世界の脳内に開示されているとは夢にも思わず、勝ち誇った笑みを浮かべた。
しかし――。
議場の大多数、テレビカメラマン、画面の向こうにいる地球圏すべての同胞、今や一言の発言もなく、完全に冷徹な哀れみと怒りが混ざり合った目で、その醜悪な老人を見つめていた。
人間の脳の記憶容量には限界がある。数日もすれば、人々が共有した汚職のディテールは曖昧になるはずだった。
だが、事態はそれを許さなかった。共振の直後から、議場にいた報道陣、地球圏のインテリ層たちが、脳内に残る生々しい残像の文字起こしと裏金帳簿のデータ化を狂ったような速度で開始し、前代未聞の『議員犯罪データベース』の構築が急速に進んでいたのである。隠蔽の余地がない、全人類の集合意識が証人となった証拠が完成しつつあった。
キャスバルの初登院は、後の世に『キャスバル・ショック』と呼ばれる奇跡によって、連邦政府主流派の社会的・政治的破滅という、前代未聞の結末を迎えようとしていた。