『逆襲のシャア』の総帥に憑依した元商社マン、アクシズを落とさず地球圏を支配する 〜静かに暮らしたいだけなのに、アナハイムと狂信者に神輿を担がれて逃げられない件〜 作:なやむ
「ふぅ……。何なんだよ、あの緑の光は!?」
あの議事堂での大パニックにより、本会議は審議続行不可能として即座に強制閉会となった。そこから一目散に逃げ出した私は、近くのホテルに身を隠していた。
のんきに眠る余裕などあるはずもない。1時間ほどが経過し、ようやく人心地がついてベッドの中で冷や汗を拭いながら手元の湯呑みをすすってみるものの、手の震えが止まらない。
「懐の素材がいきなり発光し始めて、そのうえ実家の生々しい映像が脳内にフラッシュバックして頭がおかしくなりそうだったわ! 不可抗力、そう、不可抗力だ! ……だよな?」
この時の彼は、まだ呑気に構えていた。映像が届いたのは議場付近だけで、見られたのも自分の実家風景ぐらいのものだと思い込んでいたのだ。
だが、現実は恐ろしいほど違っていた。
あのサイコフレームの光の波動は、瞬間視聴率92.2%を記録していた地球圏の基幹レーザー通信網を巨大なアンプとして逆流。地球圏に住む全人類百億人の脳内へ、ダイレクトに強制照射されていたのだ。
しかも内容は、彼の元実家の光景どころではない。糾弾してきた連邦議員たちの、ありとあらゆる醜悪な汚職や犯罪の記憶までが、民衆へ完全に流出。既にデータベース化され議員ごとの具体的な不正をまとめたものまで公開されていた。
その時、暗号化された最高優先度のホログラム通信が、部屋の静寂を破ってけたたましく鳴り響いた。
通信ボタンを押した私の前に映し出されたのは、髪を振り乱し、ネクタイを歪ませて完全にパニックになった地球連邦政府の現首相の姿だった。
「キャスバル議員! キャスバル議員、大変なことになった……!」
首相は画面にすがりつくように叫ぶ。
「君のあの演説の直後から、全世界で市民による同時多発的な暴動が起きているんだ!」
私はガタッとベッドから跳ね起きた。
「は? 暴動?」
「君の放った光のせいだ! 全市民――そればかりか、治安を維持すべき連邦軍や警察、我が政府の親衛隊までが、閣僚の汚職や、データ改ざんの記憶、果てには某議員が練っていた君に対する暗殺計画すら完全に自分のものとして共有してしまったんだ!」
思考停止する私を置き去りに、首相は続ける。
「発覚した議員の事務所は、今や何万人もの激高した暴徒に包囲されている!
鎮圧を命じても、兵士たちもまた『その指令は市民の意志に反する』と拒絶して一歩も動かない! 夜が明ける前に、連邦政府の物理的な崩壊は確実だ!」
画面の向こうで、かつて地球圏の頂点に君臨していた首相が、涙目で床に頭を擦りつけていた。
「頼む、全人類の意識を強制的に繋いだ君にしか、この民衆の怒りを止めることはできない!
君を今この瞬間を以て『地球圏治安維持緊急対策全権公使』に任命する! 頼む、私と一緒に、全世界への緊急生放送の壇上に立ってくれ!!」
「いやいやいや、ちょっと待ってください! 状況がまだ全く。というか私って暗殺されかけて――」
私が言葉を言い切るより早く、ホテルの重厚な防音ドアが凄まじい音を立てて蹴り開けられた。突入してきたのは、連邦の治安部隊ではない。
「総帥! モタモタしている場合ではありません!」
血走った目をした元ジオン過激派の秘書や、事務方の男たちだった。
「今こそ旧来の悪弊を排斥し、連邦を完全に我らの手に乗っ取る好機です!」
「ひえっ」
短い悲鳴を上げた私は、彼らに引きずられる道中、矢継ぎ早に叩きつけられた状況説明によってようやく理解した。
あの懐の素材が放った緑の光が、通信網を逆流して全人類百億人の脳内へ汚職議員たちの犯罪記憶を直接、強制照射したという、とんでもない大災害を引き起こしたのだということを。私は首相の待つ緊急地下シェルターへと、文字通り神輿のように担ぎ込まれてしまった。
――――――
そしてその日、地球圏すべての全チャンネル、全通信回線をジャックして、緊急臨時ニュースが放映された。
画面の中央には、完全に魂の抜けた顔でそれでも立ち続ける現首相。その隣には、スーツに身を包み、恐怖を感じながらもそれを隠し、神妙な顔つきで立つ私が並んでいた。
今ここで民衆の暴走を止めなければ、連邦政府自体が崩壊してしまう。事故とはいえ、もはや自分が引き起こしたも同然の未曾有の大テロだ。
もし中央政府が消滅すれば、地球圏全体のインフラや物流が完全停止し、数億人規模の大飢饉と無秩序な内戦が始まるのは目に見えている。
無関係な一般市民や子供たちまでが餓死し、議員の家族すら私刑で虐殺されるような胸糞悪い終末世界の引き金を引くわけにはいかなかった。
その恐怖と焦燥に突き動かされ、私はマイクに向かって語りかけた。
「――地球圏の市民諸君。まずは落ち着いて、私の言葉を聞いてほしい」
私の声が地球圏全土に流れる。
「君たちの怒りはあまりにも当然であり、私自身、この胸を引き裂かれるような痛みを完全に共有している。
だが、罪を犯した汚職議員たちを、怒りに任せて私刑に処してしまえば、私たちは彼らと同じ法を無視する野蛮人に成り下がってしまう」
私はカメラを真っ直ぐに見据えた。
「それは、先ほど皆さんに示した、私たちが目指すべき美しい地球、人類の尊厳ある未来に対する、決定的な裏切り行為だ。
私はここに誓おう。
私に与えられた臨時の全権を以て、先ほどその罪を白日の下に晒したすべての特権階級を、連邦の厳格な法に基づき、一人残らず逮捕する。
そして公正な裁判によって、彼らを司法の下で公平に裁くことを約束する。
だから今は武器を収め、静かに家に帰ってほしい。法の裁きを、この私に任せてはくれないだろうか」
「おおおおおお……!!」
地球圏の全土から、地鳴りにも似た、凄まじい感動の嵐が巻き起こるのが肌で感じられた。
全人類の脳波をハッキングした神の如き男が、あえて「法治主義」を唱えるその高潔さに、世界中の大多数の市民も、暴徒も、ひれ伏すしかなかった。
しかし、ふとスタジオのモニターの隅に映る有識者たちの顔を見れば、数少ない良識派の法学者やインテリ層が、青ざめた顔で底冷えするような恐怖の視線をカメラの向こうのこちらに突き刺しているのが分かった。
それはそうだ。汚職や不正行為をしていたとはいえ結果的に他人の脳をハッキングしてプライバシーを全世界に公開したのだから。
(そもそも冷静に考えれば、いくら不可抗力の事故だったとはいえ、傍から見れば私がやったのはオカルト素材を悪用した前代未聞の『全人類に向けた脳内思考テロ』だ。
コンプライアンスもへったくれもない精神侵害であり、真っ当な法治国家なら私が真っ先に刑に問われてもおかしくない。
それを棚に上げて『法の裁きを』なんてよく言えたものだが……)
だが、世界を焼き尽くすはずだった暴動の炎は、この言葉によって、ピタリと鎮火した。
しかしそれは同時に、全人類が「犯罪の記憶」という証拠を共有した、容赦のない司法手続きの始まりでもあった。
自らの悪行が全世界に公開された恐怖から、民衆による私刑を恐れた汚職議員たちは、私の掲げた「法の裁き」という唯一の防護壁に縋るため、自ら次々と出頭・自首を始めた。
結果として、連邦議会の過半を占めていた主流派議員たちが与党、野党を問わず多数拘束されるという、前代未聞の事態に陥った。
もはや議会運営そのものが不可能と判断した現首相は、辞任の直前、最後の職権として上下両院の解散を断行。「連邦市民の信を、一から問い直すほかない」という短い声明だけを残し、そのまま辞意を表明した。
こうして、憲政史上かつてない総選挙が、慌ただしく布告されることとなった。
私は、逃げ出す機会を完全に失ったことを悟りつつも、静かに腹をくくり始めていた。
(これだけ地球圏の政治をめちゃくちゃにかき乱し、あろうことか全人類をオカルトの光で混乱に陥れたんだ。批判は避けられないだろう)
しかし、投票所に押し寄せたのは、私のそんな悲観を生ぬるいと感じさせるほどの、圧倒的な人の数だった。
建築専用MSの解禁、サイド8構想による地球・宇宙の経済循環を期待する地球の労働者層。そして何より、「あの精神の光に未来を見た」と語る、地球居住の一般市民たちであった。
本来は体制側の支持基盤であったはずのアースノイドたちさえ、私の精神共振によって雪崩を打って私の会派に一票を投じたのである。
終わってみれば、与党の不満分子、旧野党、および新規のキャスバルチルドレンたちが結成した新生「キャスバル派」が、議会の3分の2を超える、全議席の8割弱を得るという歴史的な大圧勝を記録してしまった。
投票日の翌日。新議会における連邦政府首相選出選挙の場。
もはや、首相の対立候補となるはずだった旧来の有力政治家はほぼ残っていなかった。
全員が勝ち目があまりにも無いと判断し、出馬を辞退した為、残された他党の議員たちも、ただ「キャスバル・レム・ダイクン」の名を投票用紙に書き込んだ。
開票結果が読み上げられる中、あまりの得票率に、議長席のモニターを見つめる私の顔からすべての表情が完全に消え失せていった。
首相選出における私の得票率は、95%。白票を除けば、実質的な全会一致である。私は地球圏最高権力者の座へと、強制的に押し上げられていた。
そして私の所属する党は、上下院ともに過半数どころか3分の2を完全に握り、法案であればもはや何一つ通せないものはない状態だった。
一方、かつて連邦を牛耳っていた汚職勢力は、議席をゼロにまで減らし、全員が刑務所の中で判決を待っている。
議事堂の外から地響きのように鳴り響く、数万人の「キャスバル万歳!」の歓声を聞くうちに、私の脳内にある社会人マインドが、パツンと音を立てて完全に吹っ切れた。
(……ああ、もう分かったよ。これだけ外堀を埋められたら逃げ道なんてない。それに、たとえ事故でも全人類への思考テロまでやらかして、連邦政府を壊しかけたんだ。ここまでのことをしでかしておいて、穏やかな余生なんて虫が良すぎる。――なら、もうトコトンまでやりきってやる。上等だ)
瞳に、覚悟が宿る。キャスバルの肉体が、その精神の変革に呼応して、周囲を威圧する圧倒的な覇気を放ち始めた。
(持てる知識、すべての精力をぶち込んで、この宇宙世紀の歪んだ利権構造を根こそぎ解体してやる)
議長から正式に、首相就任の宣言が下された。
万策尽きて完全に逃げ道を塞がれ、心の中で凄まじい毒づきを入れながらも、カメラに向かって、慈愛に満ちた完璧な英雄の笑顔を浮かべる、キャスバル・レム・ダイクン。
その瞬間、宇宙世紀の歴史は流血の宇宙戦争を通り越し、新時代へと移行した。
地球連邦政府第36代首相キャスバル・レム・ダイクンによる新政権が、ここに幕を開けるのだった。