森の中を駆け抜けること数分。西側方面で乾いた連射音が響き渡り、森の中にいたであろう小鳥たちが一斉に空へ飛び立った。
「近いな……」
存外近くから聞こえてきた銃声の方角に足を向ける。
二回目のスキャンでは森林エリアを抜けかけていた二人のプレイヤー以外に、プレイヤーは存在していなかった。つまり今の銃声は、ダインとペイルライダーが戦闘している証であることは明白だ。そのどちらかが再び森林エリアに戻ってくるのも面倒であるため、少し様子を見に行く。
「……あれか」
無数の木を抜けた先に現れたのは、巨大な鉄橋だ。その奥の岸辺には、黒いヘルメットをかぶり青白い迷彩スーツを着た、長身で痩せこけているプレイヤーが横たわったカーボーイ風のプレイヤーを見下ろしていた。
横たわっているプレイヤーの頭上には〖Dead〗と表示されているため、戦闘はすでに終わったようだ。
鉄橋の柱に身を伏せて、青白いスーツのプレイヤーの動向を探る。幸い、細身の男はこちらに戻って来るのではなく、橋の袂からそのまま北――都市廃墟エリア方面へ移動し始めた。
ひとまず安心し小さく息を吐くと、そのまま森林エリアへ見つからないように戻ろうとした寸前、視界の隅で人影が突然音もなく倒れ込む。
「何!?」
もちろん倒れ込んだのは青白いスーツのプレイヤーだ。無防備に仰向けで倒れ込んでいる様から、疲れによって眩暈が起こったのかと思ったのだが、別の可能性が脳裏に浮かぶ。
「狙撃……いや、でも音は聞こえなかった」
いくら耳を澄ませても、スナイパーライフルの銃声は届かない。超長距離からの狙撃とはいえ、完全に無音にするのはサプレッサーでも装備していない限り不可能だ。ただし、そのサイレンサーには音を消すことができる代わりに命中率と射程にマイナス補正がかかるため、長距離からの狙撃には相当高い技術がいる。
この大会で優勝を狙えるほどの実力者か、あるいはたまたま当てることができたのか。
倒れたままの男を観察していると、あることに気付く。
「……麻痺、してるのか……?」
男の身体には、何やら青いスパークが細く這いまわっていた。狙撃されればそれなりのダメージを受けることになるはずなのだが、細身の男のHPバーは僅かしか減っていない。
「一体何が――ッ!?」
もう少し顔を覗かせると、突然カーボーイ風の倒れたプレイヤーの傍に、黒い影が音もなく出現した。
――見逃した……? いや、そんなはずは……
カ ̄ボーイ風の男の周囲には障害物と呼べるものが殆どないため、そこへ出現するには移動する姿をとらえられるはずだ。しかし、俺の眼がおかしくなければ、出現した人影は何もないところから現れた。
目を細めとよく見ると、ぼろぼろになった濃い灰色のフードマントに身を包み、その両手には長大な武器を持っている。
やはり狙撃の音がなかったのは、奴のスナイパーライフルにサプレッサーが装備されていたからだ。
「……ん? あいつ、どこかで……」
持っているスナイパーライフルには見覚えはないが、黒いマントを身に着けたその姿には見覚えがあったはずだ。それを思い出すために頭の中を巡らせていると、フードの男は右肩にスナイパーライフルを掛け、腰のホルスターからハンドガンを取り出して電撃を身にまとったスーツの男の元へ歩き出す。
僅かに見えたフードの中の素顔に、俺はようやくその男を思い出す。
――確か、菊岡さんに渡された映像に……
予め渡されていた情報とまったく同じ姿だった。つまり、あのボロマントこそが《死銃》と自らを呼称していたプレイヤーなのだ。やはり、キリトが言っていた通り本戦に出場していたらしい。
ボロマントのプレイヤーは倒れている青白いスーツのプレイヤーの前で立ち止まると、何も持たない左手をフードの額に当てる。次いで胸、左肩、右肩。それはキリスト教徒がよくする十字を切って神からの許しを請う動作に似ていた。
「――もしかして……!」
菊岡や俺とキリトは、未だ《死銃》の犯行の手口が判明しているわけではない。だが、あのような大げさな動作を取ってわざわざ威力のハンドガンでとどめを刺そうとする行動に違和感を感じる。もし、あの動作が手口に必要なものだったら――。
咄嗟に体を出して止めようとした俺よりも速く、空気を震わすほどの轟音が鉄橋近辺に鳴り響いた。視線を向ければ、ボロマントたちのさらに奥にある低い崖裏に水色の髪が存在を主張している。
「シノン……それに、キリト!」
どうやらあの二人も俺と同じように橋での戦闘を傍観していたらしく、先ほどの轟音もシノンのスナイパーライフルによるものだとすぐに理解できた。
再び柱に身を寄せボロマントの様子をうかがう。とはいえ、あれほどの距離をシノンが外すはずはないのだが――。
「……まじか」
大げさな動作をしていたボロマントは、何の変化もなくスーツのプレイヤーの前に立っていた。地面には大穴が開いており、ボロマントがあの至近距離でシノンの狙撃を避けたことは容易に理解できた。
ボロマントはシノンとキリトがいる方面へ顔を向けていたが、すぐに倒れているスーツの男へ戻し、右手に携えていたハンドガンの引き金を容赦なく引いた。
パンッ、と乾いた音が辺りに響き、スーツの男のHPを僅かに減少させる。だが、ボロマントはそれ以上の射撃を行わなかった。何故か射撃した動作のまま悠然と立っているボロマントに、ようやく麻痺効果が解けたのであろうスーツの男がバネのように起き上がり、手に持っていた俺と同じ区分の上下二段散弾銃を胸につきつけた。誰がどう見ても零距離であり、引き金を引けばボロマントのHPバーは消し飛ぶだろう。
しかし、俺の予想を裏切り、スーツの男が引き金を引くことはなかった。
代わりに、手に持っていたショットガンを手放して胸を両手で掴む。その姿は、どこか苦しんでいるようで――。
次の瞬間、膝から崩れ落ちたスーツの男は、全身をノイズのような不規則な光に包まれながら突然消滅した。
「――ッ!?」
光の残滓の上に〖DISCONNECTION〗、回線の切断を意味する文字列が浮かび上がる。それと同時に、俺は戦慄を覚える。
「まさか――!」
たった今《死銃》と思しきボロマントに撃たれたプレイヤーは、突然この世界からログアウトした。もし、《ゼクシード》と《薄塩たろこ》と同じ状況なのだとしたら、今頃あのスーツの男の本体である現実世界の彼は――。
頭に浮かび上がったワードを振り払うように目を瞑って、再びその現場が起きた場所へと視線を移す。すると、先ほどまでいたはずのボロマントの姿がどこにもなかった。
「どこに行きやがった……!」
鉄橋に身を乗り出すと、たちまち崖から赤いラインが俺の体を貫く。しかし、それはすぐさま取り下げられ、代わりに崖の上に二つのシルエットが立ち上がった。鉄橋を注意深く観察しながら、二人の元へ向かう。
合流したキリトとシノンの表情はどこか暗さを帯びていた。
「キリト……さっきのスーツの男は……」
「ああ……たぶん、
その言葉に、隣にいたシノンがびくりと体を震わせる。おそらくキリトが何が起こっているのかを説明したのであろう、その瞳には恐怖の色が浮かんでいた。
「ラテン、あの橋を渡ったときにあいつの姿を見ていないか? 水中とか」
「悪い、水中までは見ていない。でも、川の中に入ったら音が聞こえると思うけどな……」
五十メートルほどの鉄橋を渡ったときには、そんな音は聞こえてこなかった。キリト曰く、ボロマントは鉄橋付近で姿を消したらしいのだが、それらしい姿は見かけなかった。
すると、突然小さなアラームが俺たちの周りに鳴り響く。
「サテライトスキャンの時間みたいね……」
シノンが全体マップを開くと周囲を警戒した後、彼女の後ろから覗き込む。ざっと数えたところ、生き残っているプレイヤーは俺たちを含めて十七人であり、死亡プレイヤーが十一人。回線を切断されたスーツの男を入れると二十九人しかいない。そして、俺たちの周囲一キロにはプレイヤーの姿はなかった。
どう考えても、数分で移動できるとは思えないため、眉をひそめていると隣で小さく呟く声が聞こえた。
「やっぱり、水中にいるのか」
「どういうことだ?」
キリトの言葉に俺は首をかしげる。
「水中にいればスキャンを回避できるみたいなんだ。まあ、装備をすべてストレージにしまわないと泳ぐことはできないんだけどな」
つまり、先ほどのボロマントは水中を移動している、ということなのだろう。それならば、着水音が聞こえてきそうな気もするが、もしかしたらそれすら消すことができる装備やらスキルやらを身に着けているのかもしれない。
スキャンの時間が終わり、マップ上から光る点が消えると俺は静かに口を開いた。
「……ここからどうする」
「俺は……奴を追う。これ以上誰かを撃たせるわけにはいかない」
「まあ、そうだろうな」
たった今、人がが殺されたであろう瞬間に立ち会ってもなおキリトに意思は揺るがなかった。確かに、先ほどのスーツの男の他にこれ以上犠牲者を出すわけにはいかない。
小さく頷くと、傍にいたシノンが小さな声で呟いた。
「……私も行くわ」
「「え……?」」
俺もキリトも驚きながら聞き返す。
「だって、あんたたち、《死銃》と戦う気なんでしょ? あいつ、相当強いよ。二人とも接近戦タイプだから、万が一近距離であの拳銃に撃たれでもしたらどうするのよ。あんまし気が乗らないけど一時共闘して、先にあのボロマントを本戦から叩きだした方がいいわ」
「まあ、確かにな……」
シノンは狙撃手だ。彼女の言う通り、あの拳銃に本当に人を殺す力があるのだとしたら、命中精度の上がる接近戦でしか戦えない俺やキリトが向かって行っても返り討ちに合う可能性は存在する。ならば遠距離からの狙撃によってボロマントを退場させるのも手段としては有りだ。
しかし、それには大きなリスクが伴う。今回の事件に何の関係もないシノンの協力が必要なのだ。もし彼女があの拳銃に撃たれ、現実世界で死んでしまうようなことがあったら――。
「『だめだ』、なんて言わせないわよ。どっちにしろ、危険度は同じなんだし」
ずいっ、と猫目に迫られて、俺とキリトは顔を見合せた後渋々頷いた。
「あいつは川底から北側に向かったはずだ」
「……じゃあ、二手に分かれるか。キリトとシノンはこのまま北へ。俺は森林エリアから川沿いを北へ向かう」
比較的浅い東側の川に動きがないのを確信して、北に行ったと判断したのであろう。三人で一緒に移動するよりも、二手に分かれたほうが効率がいい。俺が一人だが、この三人の中で一番敏捷力が高いことを考えるとこの組み合わせがいいだろう。もしもの時は、敏捷力ををフル活用して撤退すればいいのだ。
「わかった……後、《死銃》のプレイヤーネームは《銃士X》か《スティーブン》のどちらかだ」
「了解した」
「……死ぬなよ」
「お前とシノンもな」
ニッと笑って見せれば、二人は小さく頷いた。それを確認して、俺は再び鉄橋へ足を向けた。
キリトたちと別れてから約十分。川沿いを警戒しながら走っていた俺は、水の終着点である都市廃墟エリアに到達した。いくら水中を泳ぐことができるとはいえ、ある程度専門的な装備がなければ長時間潜ることはできないはずだ。しかし、水中からは何の反応もなかったことを考えると、死銃はすでに都市廃墟エリアに到達した可能性が高いということだ。
「問題はどっち方面に行ったかだよな」
川は都市廃墟エリアの内部まで伸びている。死銃が俺のいる川の東側に上陸したのか、キリトたちがいる西側に上陸したのかは遅れてしまった俺にはわからない。
――一旦ここでスキャンを待つか
死銃の場所が特定できていない以上むやみに都市内を走り回るのは良い手とは言えないだろう。さらに都市内には死銃の他にもプレイヤーがいるはずであるため、それに遭遇してしまうのも得策ではない。
「この辺でいいか」
塀の物陰に潜み、五分後のサテライトスキャンを待つ。辺りは静寂に包まれており、周囲一キロ以内では戦闘は発生していない。
自分がいる場所の正確な位置を把握するために右手を振りかざしてマップを出現させると、背後から突然殺気が放たれる。
「――ッ!」
左足に力を入れ全力で横転すると、ビシッと空気を切り裂く様な音と共に黒い細長いものが塀に突き刺さった。立ち上がるのと同時に光剣を抜き放つと、不意打ちしてきた者を正面から見据える。その者の正体は、俺たちが捜していた奴だった。
「……よう。アンタが噂の《死銃》さんだろ?」
「…………」
返事の代わりにフードの下に装着されていたガスマスクのような面からフシューと長い息が吐かれた。目の部分は円いガラス製のようなもので、真っ赤に光っているため面の下の瞳を見ることはできない。
右手には約八十センチほどの黒い金属製の片手剣が握られている。否。剣というには、細すぎるだろう。一番太いはずの根元でも直径は僅か一センチ程度しかない。どちらかといえば細剣、いや
「……俺のことは、覚えているか? たぶん、会っているはずなんだけどな」
再びの長い息。
だが依然としてボロマントのプレイヤーは答えない。
「お前……《ラフコフ》の元メンバーだろ?」
その言葉に、ようやく時間が止まったかのようにこちらを見据えていたボロマントの体がぴくりと動く。次いで、先ほど感じた殺気が発せられた。
「悪いけど、ここで退場してもらうぜ……!」
言い終えたのと同時に地を蹴り、上段から力いっぱい刃を叩き付ける。ボロマントは無駄のない動きで難なく受け止めると、僅かに刺剣を左へ傾け俺の刃をスライドさせる。そのまま左半身を後方へやり、流れるように右手を胸元まで絞ると、俺の顔面目がけて突き放った。
その一撃を首を逸らせて紙一重で避けると、がら空きになった脇腹を右から振り払う。しかし、ボロマントは滑らかな動きで再び俺の一撃を左へ受け流すと、右ひじを目いっぱい引いて無防備になった胸部へと剣先を動かした。
だがその動きは予想していたため膝を落としてしゃがみ込むと、頭上で再び空気を切り裂く音が広がっていく。それを気にすることなく、身体全体を使って白銀の刃を左から振り上げると、ボロマントは素早い動きで右手を引き戻し白い閃光を上空へ受け流した。そのままがら空きの体を突き刺すことが目的なのであろうが、俺はそのカウンターを受けるタイミングで手首を反転させ、今にも伸びようとしている右腕目がけて振り下ろした。しかし、そんな俺の動きを予め読んでいたようで、今度は右半身を後方へ反らしながら俺の一撃を躱す。
一旦ブレークタイムが生まれほぼ同時に武器を振るうと、互いの体の中間地点で火花が散りそのまま鍔迫り合いに入った。
「お前、……その動き……」
そこで素早い身のこなしをしながらも沈黙を保っていたボロマントから声が発せられた。どこか機械的で低いボイスに不気味な印象を覚えるが、どうやら反応からして俺のことを思い出せたらしい。元《ラフィンコフィン》なら知っているはずだ。
光剣を力いっぱい押し返され、二メートルほど距離が生まれるとボロマントは途切れ途切れの声で続けた。
「お前、《神速》、か」
「ああ、そうだ」
にやりと笑って見せれば、マスクの下から乾いた笑い声が漏れた。
「そうか、お前も、この世界に、来ていたんだな。それは、ちょうど、よかった」
「……どういう意味だ?」
ターゲットにしていながらも今回は狙うつもりはなかった、と言わんばかりの言い回しに俺は思わず聞き返す。
「時期に、わかる。お前を、倒すのは、俺ではない」
「……他に協力者がいるのか」
余裕のある笑い声に俺は顔をしかめる。俺自身を倒すのは目の前のボロマントではないとなると、奴の仲間もこの本戦に出場しているということなのだろうか。もしそうならば、完全に《死銃》一人を標的にしているキリトとシノンの身が危うい。一刻も早く、このボロマントを斬り伏せて彼らの元に行かなければ。
「……ちなみにだが、お前が何者かは教えてくれないのか? こっちは身元をさらしてるんだけどな」
元ラフィンコフィンのメンバーだということは確定している。しかし、そのギルドの《誰》かまでは判明していない。装備している武器が慣れている刀ではないとはいえ、このボロマントは俺の剣撃をすべて見切り、簡単に受け流した。
それだけではない。避けることができたとはいえ、奴の剣先の速さは並大抵ではない。かつてSAOの世界で《閃光》とまで謳われたあのアスナに匹敵するほどのスピードだった。元ラフィンコフィンの中にこれほどの実力を持ったプレイヤーがいたら、討伐作戦の時にこちらにもっと被害が出ていたはずだ。しかし、実際戦った時にはこんなプレイヤーがいた記憶はない。
俺の言葉にボロマントは、再び乾いた笑い声を上げる。
「ヒントを、やろう。『イッツ・ショウ・タイム』」
「…………」
右手に持ったエストックを空に掲げながら、たどたどしい英語を呟いた。
『イッツ・ショウ・タイム』。それは、ラフィンコフィンのリーダーであった《PoH》の口癖だったものだ。しかし、奴はPoHとは違う。
まずPoHというプレイヤーは
それに加え、喋り方がまったくと言っていいほど違う。ボロマントが意図的にしているかもしれないが、PoHの話し方には独特なものがあり、いつもどこかに感情的なものが含まれていたが目の前の奴にはそれがない。人間はおいそれと長年染みついた言葉遣いを矯正することはできないはずだ。
これでボロマントはPoHではないという確証ができた。ならば、奴は誰か。
PoHの決め台詞であった『イッツ・ショウ・タイム』という言葉を知る者は、普段からPoHと共に行動していたプレイヤー――つまり、ラフィンコフィンの《幹部》以外にあり得ない。
幹部の情報は、討伐部隊が始動する前に説明を受けていた。その中で、奴に似た特徴を持つ者がいる。眼と髪を真紅に染め上げ、珍しいカテゴリの武器であるエストックを使っていたプレイヤー――。
「……
「ご名、答」
再び響く乾いた笑い声。
隠す素振りも見せない態度に、俺は肩をすくませながら続けた。
「言い当てた景品として、事件の手口を暴露するってのはだめか?」
「は、は、は。簡単に、教えるわけ、ないだろう」
「そりゃそうだよな」
にやりと笑みを返して見せながら小さく腰を落とし、突進体勢に入る。ザザの剣の腕前が急成長を遂げたのは事実だが、それは俺の剣が奴に劣るということではない。
頭の中で斬り合いの流れを組み立て終えると、ザザはエストックを構えるのではなく腰に携えていた擲弾を取り出した。
慣れた手つきでピンを抜き、地面についたのと同時に周囲を白い煙幕が包み込む。
「てめぇ、逃げる気か!」
「言っただろう、お前の、相手は、俺ではない」
記憶を頼りに煙の中を突き進み光剣で切り払うが、先ほどまでザザがいた場所はもぬけの殻だった。そのまま前方へ走り込み、煙を抜けて振り返るがボロマントの姿はどこにも見当たらない。
最大限に警戒しながら煙が晴れるのを待つこと数秒、現れたのはただの平地だった。周囲からは人の気配が感じられない。
「くそっ!」
悪態をつくと、視界の隅でサテライトスキャンを知らせるマークが点滅し、仕方なく近くの物陰でマップを広げる。
「どこだ……」
自分の位置をすぐに特定し、一番近くの点をタップして俺は目を見開いた。
「キリトとシノン……?」
俺の近くにあった点――といっても一キロ近く離れている――は、数分前に別れたキリトとシノンであった。二人の近くにある点を押すとキリトが死銃と予想していた二つのプレイヤーネームの内の一人である《銃士X》という名前が表示された。しかし、どう見積もってもここからは二キロ以上離れている。先ほどザザに逃げられてからまだ一分も経ってはいない。
そこで俺は、すぐさま近くを流れていた川に視線を向ける。僅かな水面さえ見逃さないほど集中して観察するが、何も反応がなかった。
「一体、どういうことなんだ……」
幽霊のように突然現れては幽霊のように消えていく。しかし、その幽霊は紛うことなき生きている人間のはずだ。ついさっきまで会話をし、誰なのかを特定したばかりだ。
「わけがわかんねぇよ……」
混乱する頭をおさえながら、キリトたちに死銃の正体がザザであることと、他に協力者がいるかもしれないということを伝えに行くために、俺は二人の元へと歩を進めた。