「――間に合わなかったね」
リーファはぽつりと呟いた。
洞窟を超速で抜けてから北西に移動すること二十分。雲を抜けてから見えたのは、五人ずつくさび形のフォーメーションで低空飛行する赤い装備を身にまとった集団と、その先で長いテーブルを囲んで何かを話し合っている少数のプレイヤーたちだった。
奥にいるのがリーファやコトネの言っていた、シルフとケットシーの会談場なのだろう。会話に夢中なのか、迫りくる赤い集団に気付いていないようだ。
「間に合わなかった、ねぇ……」
リーファの言う「間に合わなかった」とは、サラマンダーたちよりも早くシルフとケットシーの領主たちの元へ着き、警告し避難させるという算段のことだろう。確かにこの距離では、仮にサラマンダーたちよりも早く会談場へ着いたとしても、領主たちを逃がす時間はなさそうだ。
「……やるしかないか」
キリトが小さく呟く。
おそらくキリトもラテンと同じことを考えているだろう。『逃がす』のができないのなら、残る方法は交渉か、あるいは――
「ラテン、手伝ってくれないか」
「任せろ。ただあんま大きく出過ぎるなよ?」
「わかってる」
リーファとコトネはラテンたちに怪訝なまなざしを向けるが、そんな視線を気にしていないかのようにキリトは後ろを振り返る。
「じゃあ俺たちは先に行ってくるから」
「「は?」」
リーファとコトネがぽかんと口を開けた瞬間、ラテンとキリトは翅を震わせて猛烈な加速を開始する。後ろからは驚きと制止の声が聞こえてくるがそれもすぐに聞こえなくなる。
視線の先では会談場にたどり着いたサラマンダーたちが長大なランスを構えてシルフとケットシーたちを見下ろしていた。シルフとケットシーたちもそこでようやくサラマンダーたちに気付いたようで、一斉に抜刀し臨戦態勢に入るが、数が違うからかそれとも装備量が違うからか、随分と脆そうに見える。
サラマンダーの一人が手を上げ、振り下ろそうとした瞬間。ラテンとキリトは対峙する両者の中央に突っ込んだ。
大気を揺るがす爆音とともに、巨大な土煙が辺りに舞う。思わず二、三度咳をすると、土煙が晴れていき、仁王立ちしているキリトの横に並んだ。
隣にいるキリトは目一杯息を吸いこむと、先ほどの爆音に負けず劣らずの声量を発する。
「双方、剣を引け!!」
キリトの声量の圧力により、数十メートル上空にいるサラマンダーたちが動揺し、わずかに後ずさる。
そこに追い打ちをかけるように再びキリトが叫んだ。
「指揮官に話がある!」
あまりにふてぶてしい声と態度に圧倒されたのか、サラマンダーのランス隊の輪が割れる。その空いた道を、一人の大柄な戦士が進み出てきた。
炎の色の短髪を逆立て、浅黒い肌に猛禽に似た鋭い顔立ちしており、背中には赤色の巨剣を装備している。装備品や尋常ならぬ雰囲気から、おそらくこの男がサラマンダー隊のリーダーなのだろう。となるとこの男がALO最強のプレイヤー、ユージーンであるはずだ。
「スプリガンとインプがこんなところで何をしている。どちらにせよ殺すには変わりないが、その度胸に免じて話だけは聞いてやろう」
ここまでは予定通りだ。そして問題はこの後。
「……俺の名はキリト。スプリガン=ウンディーネ同盟の大使だ。隣の男はその護衛。この場を襲うからには、我々四種族との全面戦争を望むと解釈していいんだな?」
もちろん今キリトが言ったことはすべて嘘である。しかし、相手方もこの場で嘘であると判断できるほどの情報があるはずがないため、この話はしっかりと聞くしかないのだ。選択を間違えれば、サラマンダー壊滅の可能性もあるからだ。
「ウンディーネとスプリガンが同盟だと……?」
サラマンダーの指揮官は、一瞬驚いた表情をするがすぐに元に戻す。
「……『大使』の割には装備も護衛の人数も貧弱だな」
「まあこの場にはシルフ・ケットシーとの貿易交渉に来ただけだからな。だが会談が襲われたとなればそれだけじゃすまないぞ。四種族で同盟を結んでサラマンダーに対抗することになるだろう」
「…………にわかに信じられんな」
さすがに簡単には信じてくれないようだ。
だがサラマンダーの指揮官は数秒難しい顔をすると、何かを思いついたかのようににやりと笑みを浮かべた。
「貴様が大使ならばその護衛であるそこのインプの実力は本物のはずだな」
サラマンダーがラテンを一瞥する。
確かに違う種族の護衛に付くということは、傭兵のようなことを生業にしているプレイヤーだということだ。傭兵というからには並の実力では務まらない。おそらくサラマンダーは護衛であるラテンの実力で、キリトが言ったことがハッタリかどうかを判断しようとしているのだろう。それはそれでありがたい。元よりこちらはサラマンダー全員と戦うつもりでいたからだ。
指揮官は突然背後に手を回すと、巨大な両刃直剣を音高く抜き放った。武器の模様及び装飾品から、相当なレア武器であることが予想できる。
「――俺の攻撃を三十秒耐え切ったら、本物だと信じてやろう」
「おいおい、いいのか? こっちは最後までやり合っても構わないぜ?」
肩をすくめながら答えれば、サラマンダーの男は再びにやりと笑った。その顔には自信が満ち溢れており、ただのハッタリではなさそうだ。
「じゃあ行ってくるわ」
キリトが頷くのを見て、ラテンは翅を振動させて浮き上がる。サラマンダーと同じ高度でホバリングすると、湖上ノ月を抜刀する。
「一つ聞いていいか?」
「なんだ?」
下段に構えたラテンは続ける。
「あんたのプレイヤーネームは『ユージーン』か?」
「そうだ。俺がユージーンだ」
「そりゃよかった」
ラテンの発言にユージーンは眉をひそめる。何がともあれ、どうやらラテンの見立ては正しかったようだ。
ALO最強プレイヤー。その実力を体験させてもらおう。
「……いくぜ」
静かに深呼吸したラテンは、息を吐くのと同時に突進する。あらかじめ低く構えていた刀を右下から跳ね上げるように振るったが、さすがと言うべきかユージーンはいとも簡単に不意の一撃を防いだ。刀は両手剣の重さに負け、僅かに弾かれる。しかしそれが狙いだ。
浮いた刀の柄から右手を一瞬離し、左手首を捻って初撃とは真反対のところに刀を持っていき、右手で握り直して調整。今度は左上から刀を振り下ろした。
素早いラテンの切り返しにユージーンは一瞬だけ目を見開くが、すぐさま右腕を引き両手剣の鍔に近い部分を湖上ノ月の根元に当て、ラテンの斬撃を防いだ。
すると今度はユージーンが攻勢に出る。
無駄のない動作で両肘を持ち上げると、そのままラテンの体目がけて振り下ろした。何のフェイントもない、力任せの一振り。ラテンにとってこの一撃は、絶好のカウンターチャンスだ。一瞬だけ目を瞑る。
剣の軌道に沿って刀を掲げ、接触と同時に右手を離し、体を反転させながら左手首を使って受け流して、がら空きになった首へ一太刀。
頭の中で勝利までの流れが構築された。
瞼を開き、刀を掲げる。
ユージーンの剣は寸分の狂いもなくラテンが構築したイメージと同じ軌道を描いた。そのまま赤い剣と水色の刀が接触して――
「なっ!?」
ラテンは目の前で起こった光景に目を疑った。計算が狂ったわけではない。ユージーンの剣はまるでラテンに操られているが如く、正確だった。目を疑ったのはその後だ。
本来接触時に感じる重みが感じなかったのだ。それどころかラテンの瞳には、ユージーンの剣が半透明になって湖上ノ月をすり抜けているように見える。
「くそっ!」
先ほど立てた勝利への方程式を放棄し、全力で逃れることに専念する。刀から右手を離し、体を捻る。しかしユージーンの剣はそんなラテンをあざ笑うかのように、胸から右腹部にかけて振り下ろされた。
同時に小規模な爆発が起こり、受け身を取っていないラテンは簡単に吹き飛ばされる。そんな中でも、ラテンは視界左上にあるHPバーを確認した。今の一撃で三割以上持っていかれたようだ。しかしこれは幸運といえるだろう。先ほど構築したイメージに『体を反転させる』という流れがなかったら、間違いなく半分持っていかれたじゃ済まなかったはずだ。下手したらクリティカル判定で全損だってあり得た。
冷や汗をかきながら意識をユージーンに向ける。残念ながら彼は休憩を与えるつもりがないようで、追い打ちをかけるように突進して来ていた。
「ふざけんなよ……!」
翅を広げてブレーキをしながら、疑似宙返りで勢いを完全に殺す。そのまま体勢を整えてユージーンを一瞥した。そしてユージーンが約三メートルほどの距離に到達した瞬間、ラテンはすぐに上段に構え、刀を振り下ろした。
地上ならこの攻撃は簡単に受け止められるだろう。だが生憎今は空中戦であり、体を支える地面がない。防がれたとしても勢いを殺しきれず距離が稼げるはずだ。そこで一度流れを切り、再びラテンのペースで戦いを始めれば全く問題ない。
しかし、ラテンの攻撃を読んでいたのか、ユージーンは直前で急ブレーキをかけると刀が振り切られたタイミングで水平に赤い巨剣を振るった。
急いで肘を持ち上げ防御態勢を取るが、またしてもユージーンの剣はラテンの刀をすり抜けた。
「ぐっ!」
歯を食いしばって体を反らせる。まさに目の前を赤い巨剣が通過していき、僅かに浮いた前髪が音もなく切り落とされる。だが一方的にやられるわけにはいかない。
体を反らした勢いを利用しながら、がら空きになったユージーンの脇腹に一太刀入れる。しかし、奴が身に着けている防具も相当なレアものなのか、ユージーンのHPを僅かに減らしただけだった。
ラテンは舌打ちしながら、ユージーンに斬りかかる。刀を打ち付けるたびに、赤い火花と甲高い金属音が辺りに響き渡った。
結構きわどいところを狙いながら連撃を浴びせるが、ALO最強プレイヤーと呼ばれるだけあって、涼しい顔で捌いてくる。だんだんと腹が立ってくるが、そのおかげで一つわかった。
それは、ラテンが攻撃する分には赤い剣は透過することがないということだ。となると、奴の剣はこちらが受け身を取ったときしか発動できないのかもしれない。
横なぎに刀を振るいながら大きく下がる。ユージーンは様子を見るためか今度は突進してこないようだ。
「前言撤回だ。やっぱり三十秒耐えきったらのルールを適用してくれないか?」
体感的に三十秒はとっくに過ぎているはずだ。勝負前に挑発したはいいものの、この戦いの目的はラテンが本物の実力を持っているかどうかを図ることだ。ユージーンが自分の提示したルールを守るなら、この勝負はラテンの勝ちになるはずなのだが。
しかし、ユージーンは不敵に笑いながら口を開いた。
「悪いな、こんなにも骨がある奴は久しぶりなんだ。貴様が言ったルールを適用してやる」
「言わなきゃよかった……」
まあ言わなかったら言わなかったで、ルールが変更されることは変わらないだろう。目の前の男もどっかの黒づくめ剣士と同じような典型的なゲーマーだ。戦闘バカといってもいいだろう。ラテンが言えた義理ではないが。
「一か八か……やってみるか」
どう考えてもこのままではジリ貧になって負けるだろう。であればリスクは高いがこちらから仕掛けるしかない。
ラテンは腰から鞘を抜き、湖上ノ月を納刀する。そのまま大きく深呼吸し、抜刀術の構えを取る。
「一撃にかけるか。いいだろう」
ユージーンはラテンがこの一撃で終わらそうとしていることを察したのか、上段の構えを取った。その口元には笑みが浮かんでいる。
ラテンが静かに瞼を開き、瞳と瞳がぶつかった瞬間、ユージーンが雄叫びを上げながら突進を開始する。
「おおおおおおおおおおおおおお!!」
見事な気合というべきか。並のプレイヤーなら委縮して剣を振るうのを躊躇うだろう。だがここで引くわけにはいかない。
ユージーンが剣を振り下ろした瞬間、ラテンはそれに合わせて抜刀した。
互いの全力がぶつかり合い、すさまじい衝撃音と衝撃波が辺りに広がる。キリキリと音を立てながら赤い剣と水色の刀は火花を立てる。しかし、これで終わりではない。
ユージーンはこの抜刀術が最後の一撃だと踏んで、同じく全力の一撃できたのかもしれないが、残念ながらラテンにとってこの抜刀術は『囮』でしかない。本当に狙いは別にあるのだ。
「ラッ!!」
裂帛の気合を込めて、左手の逆手に持った鞘を赤い剣の柄を握るユージーンの右手に向かって振るう。鍔迫り合いに持ち込もうとしていたのだろうか、ユージーンの反応は遅く、ラテンの鞘が右手に直撃した。同時に、顔を歪ませながら右手を柄から僅かに離す。これをラテンは待っていた。
僅かにできた隙をラテンは見逃さない。鞘の攻撃で横に半回転したラテンは、翅と体のひねりを存分に駆使し、今度は縦に回転する。その勢いを利用し、刀をユージーンの胴体目がけて振り下ろした。
「ぐおおお!!」
顔を歪めながらユージーンは叫ぶ。胴体に巨大な切り傷ができ、たくましい右腕は、宙に一瞬たたずんだ後ポリゴン片となって消えた。HPも今の一撃で相当減っただろう。
「まだだ!!」
ラテンは叫びながら振り切った右手の手首を返す。そして再び横回転をしその力を利用しながら、刀を横なぎに振るった。ユージーンの首元目がけて。
しかし、ユージーンも黙ってやられるわけがなく、左手に握った赤い巨剣を横なぎに振るった。だが。
(俺のほうが、速い!!)
ラテンはユージーンの首を撥ね飛ばした。
「見事、見事!!」
「すごーい! ナイスファイトだヨ!」
ゆっくりとキリトたちがいる地上へ降りたてば、長身の女性シルフプレイヤーとその隣に立つ小柄な女性ケットシープレイヤーが嬉しそうに叫んだ。それに続くかのように、その後ろにいた十二人のシルフ・ケットシープレイヤーたちだけでなく、敵であるはずのサラマンダーの大軍勢たちも盛大な歓声を上げる。
「さすがだな、ラテン」
「結構ギリギリだったけどな」
ラテンとキリトは拳を合わせた。
「んじゃあ誰か蘇生魔法をユージーンにかけてくれないか?」
「解った」
応じてくれたのは沈黙を一番最初に破った、長身の女性シルフプレイヤーだった。よくよく見てみれば、黒に近いダークグリーンの長髪を長く垂らし、その先を一直線に揃えている。切れ長の目に高い鼻筋、誰がどう見ても美人だと言ってしまうほどの美貌を持ち主だ。服装は緑色の和風の長衣で、腰帯には湖上ノ月よりも少し長めの太刀が無造作に差している。他のシルフプレイヤーの服装がほぼ同じであることから、おそらくリーファたちが言っていたシルフ族の領主は彼女なのだろう。
長身のシルフはラテンが持ってきたユージーンの残り火を傍らへ移動し、スペルワードを詠唱しながら魔法陣を展開する。
一際眩い閃光が辺りを包み、それが消えると先ほどまで炎だったものが、巨漢の男に変わっていた。
「――見事な腕だ。俺が今まで見た中で最強だった」
静かな声でユージーンが言った。
「そりゃどうも…………で、キリトの話は信じてもらえるかな?」
「…………」
ラテンの問いかけにユージーンはしばらく沈黙するが、ゆっくりと瞬きをすると口を開いた。
「……よかろう、ここは手を引こう。だが、貴様とはいずれもう一度戦うぞ」
「もちろん望むところだ。まあできれば今度は地上戦のほうが嬉しいかな」
ニヤッと笑いながら拳を突き出せば、同じく笑みを浮かべたユージーンはラテンに応えるように拳を打ち付け、身を翻してサラマンダーと共に去っていく。
その背中が見えなくなるまで、眺めていると不意に後ろから声がかかった。
「それでキミたちは一体……」
声をかけてきたのは小柄なケットシーの女性プレイヤーだ。彼女も長身のシルフプレイヤーと同様他のケットシープレイヤーとは違う服装であるため、ケットシー族領主なのかもしれない。
「俺はラテンだ。わけあってキリトと行動してる」
長身のシルフプレイヤーと小柄なケットシープレイヤーは顔を見合わせると、再びこちらに顔を向けてきた。
「はじめまして。私はシルフ族領主のサクヤだ」
「私はケットシー領主のアリシャ・ルーだヨ。よろしくネ!」
「サクヤさんにアリシャさんね」
二人と握手を交わすと再びアリシャが口を開いた。
「ねェ、さっきスプリガンとウンディーネの大使って言ってたけど、ほんとなの?」
聞かれたキリトは右手を腰にあて、胸を張って答える。
「勿論大嘘だ。ブラフ、ハッタリ、ネゴシエーション」
サクヤとアリシャはがくんと口を開け絶句する。
「……無茶な男だな。あの状況で大法螺を吹くとは」
「手札がショボいときはとりあえず掛け金をレイズする主義なんだ」
悪びれずうそぶくキリト。
そんなキリトにラテンは思わず苦笑する。確かにホラを吹くことには賛同したが、あそこまで大きく出るとは思っていなかったからだ。しかし、終わり良ければ総て良し。むしろあれくらいがちょうどよかったのかもしれない。
不意にコトネが声をかけてくる。
「ねぇお兄ちゃん。キリトさんっていつもあんな感じなの?」
「まあ基本的にはあんな感じだな。生意気な感じ」
「聞こえてるぞ」
キリトが細目でこちらを見る。
それに肩をすくませて返せば、突然アリシャが詰め寄ってきた。
「それにしてもキミ、ずいぶん強いね? 知ってる? さっきのユージーン将軍はALO最強って言われてるんだヨ。それに正面から勝っちゃうなんて……本当は何者なのかな?」
「ただの通りすがりA、兼、護衛役かな? それにオレよりもそっちの大法螺吹きスプリガンのほうが強いぜ」
「なるほど」
今度はサクヤがキリトに詰め寄る。
それを見たアリシャは急にラテンの腕に抱き着いてきた。
「フリーなら君たちケットシー領で傭兵やらない? 三食おやつに昼寝付きだヨ」
「……はい?」
「おいおいルー、抜け駆けはよくないぞ」
何が起こったのわからず目をぱちぱちさせていると、今度はサクヤがキリトの腕に右腕を絡めた。
「どうかな、個人的に興味もあるので礼も兼ねてこの後スイルベーンで酒でも……」
「え、えーと……」
キリトは口をパクパクしながら顔を赤くしている。心なしかまんざらでもなさそうなのは気のせいだろうか。とりあえずこれは報告案件だろう。
哀れんだ視線をキリトに送っていると、アリシャがさらに詰め寄ってきた。右腕には女性特有の『アレ』の感触が生々しく伝わってくる。それに加え、彼女からは太陽のようないい香りが漂ってきていた。
(これは……やばい。非常に、やばい)
思わずフリーズしていると、鋭い声がラテンたちにかかった。
「ちょ、ちょっと!二人とも離れて!!」
「そうですよ! 二人とも近すぎ!」
慌てて引きはがしてくるリーファとコトネを見て苦笑しながらキリトは口を開いた。
「お言葉はありがたいんですが――すいません、俺たちは彼女に中央まで連れて行ってもらう約束をしているんです」
「ほう……そうか、それは残念」
残念そうにしながら、サクヤはキリトのアリシャはラテンの腕から渋々離れる。横からは痛いくらいの視線が投げつけられているが、気にしたら負けだろう。
一呼吸おいてリーファは咳ばらいをすると、口を開く。
「ねえ、サクヤ、アリシャさん。今日の同盟って世界樹攻略のためなんでしょ?」
「ああ、まあ――究極的にはな。二種族共同で世界樹に挑み、双方ともにアルフとなればよし、片方だけなら次のグランド・クエストも協力してクリアする……と言うのが条約の骨子だが」
「その攻略に、あたしたちも同行させて欲しいの。それも、可能な限り早く」
サクヤとアリシャが顔を見合わせる。
《グランド・クエスト》とは一体何のことだろうか。何にせよキリトと同行していたリーファが提案しているのだ。アスナの元へ行くためには必要なクエストである可能性が高い。どんな内容なのか後で聞いてみる必要があるだろう。
「……同行は構わない、と言うよりこちらから頼みたいほどだよ。時期的には何とも言えないが……しかし、なぜ?」
「…………」
リーファがちらりとキリトを見る。それに対してキリトは、一瞬瞳を伏せると言った。
「俺達がこの世界に来たのは、世界樹の上に行きたいからなんだ。そこにいるかもしれない、ある人に会うために……」」
「妖精王オベイロンのことか?」
「いや、違う――と思う。リアルでは連絡が取れないんだけど……どうしても会わなきゃいけないんだ」
「へェ、ミステリアスな話だネ?」
興味に惹かれたのだろうか、アリシャはケットシー特有の尻尾を左右に激しく振るが、すぐにそれは耳と共に力なく垂れる。そして申し訳なさそうに口を開いた。
「でも……攻略メンバー全員の装備を整えるのに時しばらくかかると思うんだヨ……。とても一日、二日じゃあ……」
無理もないだろう。サクヤの言っていたことから察するに、少なくともこのALOが発売されてから一度もクリアされていないクエストであるなら、相当難易度が高いのだろう。そんなクエストに不完全な準備のまま今すぐ挑戦しようだなんて無理な話だ。
「そうか……そうだよな。俺もとりあえずは樹の根元まで行くのが目的だから……後は何とかするよ。……あ、そうだ。これを資金の足しにしてくれ」
キリトは小さく笑う。そしてメインウインドウを出現させ、手早く操るとかなり大きな革袋がオブジェクト化させた。『資金の足し』ということは中身はお金であろう。
確かにこの世界へ来たのはアスナを救出するためだ。純粋に楽しむためではない。ならば今持っている大量の金はラテンたちにとって不要なのかもしれない。
「んじゃあ俺のも足しにしてくれ」
素早くウインドウを操作して、キリトに負けず劣らず大きい革袋を取り出す。このお金でアスナに一歩近づくなら安いものだ。
ラテンとキリトから革袋を受け取ったアリシャは、中身を覗き込むと眼を丸くした。
「さ、サクヤちゃん、これ……」
「ん……?」
サクヤは首を傾げ、右手の指先を袋に差し込む。つまみだしたのは、青白く輝く大きなコインだ。
「うぁっ……」
「えぇ!?」
隣からリーファとコトネが声を上げる。
二人の領主は凍り付き、背後で成り行きを見守っていた十二人のプレイヤーたちからも大きなざわめきが上がる。
「合わせて三十万ユルドミスリル貨……これ全部……!?」
掠れた声で言いながらサクヤはコインを凝視したが、やがて呆れたように首を振ってそれを袋に戻した。
「これだけの金額を稼ぐのは、ヨツンヘイムで邪神クラスをキャンプ狩りでもしない限り不可能だと思うがな……。いいのか? 一等地にちょっとした城が建つぞ」
「城……」
思わず口に出してしまう。
まさかそんな程度の金額で西洋の貴族のような広い土地に城が建てられるとは驚きだ。SAOでは一軒屋に素材のよい家具がいくつか買えるぐらいの金額だったはずだ。
「構わない。俺にはもう必要ない」
キリトは何の執着もなさそうに頷く。
するとサクヤとアリシャはラテンに視線を向けてきた。大方「城……」と呟いたのが原因だろう。
「俺も構わない。情けは人の為ならずって言うしな」
肩をすくめて見せれば、昨夜とアリシャは顔を見合わせた。
「……これだけあれば、かなり目標金額に近づけると思うヨー。むしろ多いくらいかも」
「大至急装備を整えて、準備ができたら連絡させてもらう」
「よろしく頼む」
そう言うと領主の二人は十二人のプレイヤーを連れて西の方角へ飛んで行った。おそらくサラマンダーたちを警戒して、西にあるケットシー領へ向かうのだろう。
その背中が見えなくなると、ラテンは後ろを振り向いた。視線の先では、リーファとコトネがアルンへの道のりを話し合っていた。
「……もう少しだな」
「ああ」
隣にいたキリトはこの世界の中央にそびえ立つ巨大な樹を見上げながら答えた。あの先にいるはずだ。キリトの大切な人であり、ラテンの大切な友達でもある、アスナが。
「おーい、二人とも。そろそろ行くよー!」
「はいよ」
コトネとリーファが飛び立つと、ラテンとキリトもその後へ続いた。
はい!今回はVSユージーン将軍でした!
魔剣グラムってほぼチートですよね!!防御できないなんて・・・・。
今回はラテンに戦わせました!設定では空中戦が苦手と言うことで・・・。m(_ _)m
次回もよろしくお願いします!!