この世界に迷い込んでからすでに二年が経過していた。そして今。央都に上がって帝立修剣学院の門を叩いてから、ちょうど一年目である。
長かったようであっという間の日々だったが、ふと振り返ると少々呆然としてしまう。何せ二年といえば、かの浮遊城アインクラッドで過ごしていた時間とほぼ同じなのだから。
しかし幸いなのかどうかは知らないが、キリトが言うには《フラクトライト加速機能》によって行われている倍率は、実に1000倍率と推測されるらしい。これを現実世界の時間に換算すると、十八時間ほどだ。つまり、現実世界の大空天理の身体ではまだ、一日もたっていないのである。
おそらく失踪状態である天理の身体が、まだそう長くないと考えると幸いといえば幸いになるのかもしれない。
だが、当然<失踪中>の身であるため、学校の友人ならともかく家族や木綿季が心配しているはずだ。ただ、木綿季はじっと待っている性格ではないことが確かなので、無茶なことをしないか逆に心配になってくる。
いろんなところを走り回っている木綿季を思い浮かべると、いち早くこの世界を脱出しなければならないのだが、そう簡単にはいかない。
そう。この世界の法律は絶対であり、上に行くにはそれ相応の鍛錬をしなければならないのだ。
「……一年間の成果を見せてもらおう」
静かな声でそう告げるのは、紫色基調でカスタマイズしたコートのような学院の制服を隙なく着こなし、長い黒い髪をゴムでしばっている上級生、つまりラテンの《先輩》だ。
「後悔はしないでくださいね?」
ラテンは腰から練習用の木剣を引き抜く。木剣と言ってもただの木剣ではない。それは最上級素材の白金樫を磨き上げたもので、金属のような光沢があるランク20の、簡単に言えば<片手剣>だ。
この一年間。片手剣を使い続けた結果、一年半前のザッカリアで行われた剣術大会よりも技術がものすごく上達したような気がする。まあ、刀の技術ほどではないが。
ラテンが最も基本である中段に構えると、目の前の剣士が剣を抜いた。彼の名前は、アルセルド・バーステル。ノーランガルス帝国貴族の嫡子にして帝立修剣学院上級修剣士三席だ。そして同時にラテンが《傍付き》をしている人である。
普段は物静かな性格で何をしても決して表情を崩さない機械のような人物だが、キリトを《傍付き》にしている、ソルティリーナ・セルルト先輩曰く、酒が入るとまるで別人のように豹変するらしい。本人は気づいていないみたいだが…。
アル先輩はやや変則的な構えをする。左半身を前に突き出し、左腕を首の高さほどにあげ相手に向け、剣を持つ右手は、同じく首の高さまで持っていき、体と水平になるように剣尖を相手に向ける。簡単に言えば、るろうに剣心で出てくる斎藤一みたいな構え方だ。
「……お前とやるのはこれで最後か」
「寂しくなったらいつでも帰ってきていいですよ?」
軽い冗談を言うがアル先輩は表情を崩さない。相変わらずお堅い人だ。
二人の呼吸が完璧に一致する。その瞬間同時に地を蹴った。
学院で《バーステルの申し子》と言われるほどの完璧な型で戦うアル先輩には、こざかしいフェイントなんて効果がない。一気に駆けると下段から飛び上がるように剣を振るう。
実技訓練でこんな技を使ったら間違いなく反省文を書かされることになるが、この場にはラテンとキリト、そしてアル先輩とリーナ先輩しかいないためそんなことにはならない。
ラテンの一撃をアル先輩は木剣でしなやかに受け流す。ラテン自身、結構力を入れていたつもりなのだが、さすがはアル先輩。見事に威力を消し去った。そしてすぐさま水平切りを行う。
アル先輩が主に使っている《バーステル流戦闘術》は、ラテンが知っている大空天真流に似ていて、主にカウンターを極意としている。身体全てを使って威力を吸収し、その勢いを使ってカウンターをする。
ラテンはアル先輩の剣が迫る瞬間に、これでもかというぐらいにしゃがみそれを避けると、左下から再び斬り上げる。それをバックステップで回避されると、そのまま立ち上がり剣を水平にして構えた。
「アル先輩。別に本気でかかって来ても構わないですよ?」
「……いいだろう。最後だからな」
ラテンが挑発するとアル先輩の眉がピクリと動き、静かな声でそれに答えた。そして、左手で何かの文字を書き始める。そこから発生した光の結晶が瞬く間に形を形成した。それは、鋭い刃がついたブーメランだ。まっすぐに伸ばすと、一メートル以上にも及ぶものである。しかも驚くべきことにこのブーメランは曲っている部分に鎖が収納されており、遠距離、中距離、近距離のどの場合でも戦うことができるものだ。ラテン自身、これを使う先輩を見るのはこれで三回目だ。だが、一度たりとも稽古で使われたことはない。いや、ラテンぐらいなら使わなくてもよかったのかもしれない。
とはいえ、それを使うということはラテンは少なからず、本気に近い先輩と戦うことができる。
ラテンは一呼吸置くと地を蹴った。上段から剣を振り下ろすがアル先輩はそれを右手で防ぎ、左回りに回転しながら遠心力を使ってブーメランで横に振りまわす。だが、ラテンはそれを読んでいた。
足に力を集中させて、地面と平行に回転しながらジャンプしそれをかわすと、その勢いを使って剣を振り下ろす。アル先輩は腰を入れて剣でそれを受け止めると、金属質の衝撃音が周りに響き渡り、その衝撃で周りに風が発生した。ラテンはそのまま鍔迫り合いに持ち込む。
押しているのはあくまでラテンの方なのだが、アル先輩も表情はいつも通り涼やかだ。少しでも気を抜くと押し返されてしまいそうだ。
(仕掛けられる前に仕掛ける!)
ラテンは剣を思い切り押し出すと、右手に意識を集中させた。ラテンの思いにこたえるかのように、剣が水色の光を放つ。
対するアル先輩は、剣に何かを唱え掛け剣はそれに答えるように紫色の光を放つ。
バーステル流秘奥義<紫尖雷花>。
アル先輩は地を蹴る瞬間にブーメランをラテンへ投げ込んだ。ラテンは体の姿勢を低くしてそれをかわすと思い切り地を蹴った。
水色の閃光がアル先輩を襲う。だが、初撃の軌道は読まれていたようで、それをかわされるとラテンの二撃目は秘奥義によって相殺された。だが、ここで終わったわけではない。<バーチカルアーク>は、SAOの時と同じように硬直時間が少ないため直ぐ動けるようになる。しかし、それはアル先輩にとっても同じだ。そして、はじかれた反発はラテンの方が大きい。つまり、次の斬撃が先に届くのはアル先輩の方だ。だが、残念ながら、はじかれた剣での防御は間に合わない。なら、何を使うって?簡単なことだ。
「ふっ!」
カァン!
その音が鳴るとともに、ラテンは初めてアル先輩が目を見開いたところを見た。その目は「なぜ?」と物語っているようにも見える。
ラテンがしたこと。それは<鞘で防御した>ということだ。いつも機械のように表情を崩さないアル先輩が目を見開く、つまり驚いたということはよっぽど珍しいことなのだろう。おそらくこの学園、いや、この世界にいる剣士や騎士は鞘を剣を収納する道具としてしか見ていないようだ。
だから鞘で防ぐという行為に驚いたのだろう。まあラテンはALO時代に散々鞘を有効利用しているため、違和感は一ミリもない。
「やああああ!!!」
ラテンの剣が水色の光を放つ。アインクラッド流単発攻撃<スラント>。
鞘で防いでいた片方の剣に、思い切り叩きつける。その衝撃でアル先輩の手から片手剣が吹き飛んだ。
(勝った!)
ラテンがそう思った。それもそうだ。相手の剣を弾き飛ばしたら、相手はもう戦うすべがなくなる。そうなれば、一方的に攻撃が可能だ。まあ、それは相手が
ラテンがアル先輩へ顔を向けると、視界に映ったのはアル先輩の顔ではなくラテンの顔に向けられた、ブーメランの刃だった。
「……成長はしたな。最後のはあまかったが」
「ちぇ。行けたと思ったんですけどね」
両手をあげて降参を訴えるようなポーズをすると、向けられていた剣が離れていった。アル先輩がふっ飛ばされた剣を回収すると、再び座っているラテンの元へ戻った。
「……ラテン。お前は俺にまだ何かを隠しているだろう?」
「……え?いったい何のことですか?」
ラテンは一瞬目を見開くがすぐに平常心を取り戻し、まるで知らないことのように受け答える。だが、アル先輩の瞳は揺るがなかった。
「お前が見せた《アインクラッド流》。素晴らしい剣術だと俺は思う。だが、お前にはその剣術があっていない。お前には別の
やはりアル先輩の洞察力と頭の回転の速さはすごい。思わず感服してしまうほどだ。ラテンは大きく息を吐くと、渋々口を開く。
「はい。俺は先輩に隠していることがあります。もっとも、剣術に関してですが」
「やはり、か。わかった、それだけで十分だ」
「え、見せろとか言わないんですか?」
「お前は一年間何を見てきた。俺がそういうやつに見えるのか?」
「……いえ、見えないです」
アル先輩が珍しく、ほんとーに珍しくふっと笑うと修練場を後にした。キリトの方へ顔を向けると、伸びているキリトの顔を覗き見るリーナ先輩の姿がある。ラテンは苦笑しながら立ち上がると、二人の元へ歩き出した。
「まーた。派手にやりましたね、リーナ先輩?」
「お望みなら、お前にもやらないことはないが」
「ひでっ!?……それよりもう戻ります?門限からすでに三十分近くたっていますが」
「ああ、そうするとしよう。キリトを頼んだぞ」
「了解です」
リーナ先輩は踵を返すと、そのまま立ち去った。本当にAIなのかと思うほどの人間性と美貌を持った女性である。そんな彼女の傍付きに選ばれたキリトをうらやましく思うが、それがユウキに知られたら何をされるかわからないので口には出さないようにしている。まあ、ラテンはユウキ一筋だから、ほかの女性に転ぶことはないだろう。
「おーい、キリト。帰るぞ」
「……ん、あ?なんだラテンか。あれ、リーナ先輩は?」
「帰ったよ。門限から三十分近くたっているからな」
「マジで?……まあいいか。どうせ遅れてんなら急ぐ必要ねえし」
「俺もそう思う」
二人は立ち上がり、修練場を後にした。
文字が多い割に、短くなってしまいましたね(笑)
ちなみに、原作での三席であるゴルゴロッソ・バルトーさんは四席にさせてもらいました。
リーナ先輩ってきれいですよね(笑)
キリトも観察者?が頭をつつかなかったらキスしてたかもしれないほどですし(笑)
ラテンの剣についてはもう少し後になると思います。
これからもよろしくお願いします!