ソードアート・オンライン~神速の剣帝~   作:エンジ

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スカルリーパー戦です。SAO編最終回です。

では、本編へどうぞ!!


※大幅修正しました。


第七話 最後の戦い

 

 

 翌日。

 大きな鋼鉄の扉の前で立ちどまる。

 ここは五十五層のグランザムにあるギルド《血盟騎士団》本部だ。何故こんなところにいるのかというと、話は一時間以上前に遡る。

 

 早々起きたラテンは、迷宮区に向かおうとしていた。ボスの姿を一目でも見ておこうと思ったからだ。

 ボス部屋発見については昨夜にヒースクリフとは別に、クラインから知らされていた。ようやく見つかったらしい。ボス戦についてはつい先日に嫌な思い出がある。死者を出さないためにはボスを知る必要があるのだ。

 だから下見をしようとしていたのだが、そんなラテンの動きを予想していたかのように、一通のメッセージが届く。差出人は、ヒースクリフだった。

 見てみれば、『来てくれ』のただ一言。

 その一言に何故か嫌な予感がしたラテンは、わざわざこの場へ来たのである。

 

「頼むから次のボスにも結晶は使えないって言わないでくれよ……」

 

 脳裏に嫌な思い出がよぎる。

 それを振り払うようにラテンは巨大な扉をゆっくりと開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「偵察隊が全滅!?」

 

 会って早々ラテンは絶句する羽目になった。

 

「昨日のことだ。七十五層迷宮区のマッピング自体は、時間がかかったが犠牲者を出さずに済んだ。だが、ボス戦はかなりの苦戦が予想された……」

「……でしょうね」

 

 今までにこの世界でのボス戦で多大な犠牲が出たのは、軍の精鋭部隊をほぼ全滅させた第二十五層の双頭巨人戦と、勝手に緊急脱出する者が続出し戦線が一度崩壊、援護部隊が一歩遅ければ全滅するところだった第五十層の金属製の阿修羅戦の二つだ。

 この二つのようにクウォーター・ポイントごとに強力なボスが用意されているなら七十五層も同様の可能性は高い。わざわざ下見をしようとしていたのはこれが理由でもある。

 

「そこで、我々は五ギルド合同のパーティ二十人を偵察隊として送り込んだのだが……」

 

 結果は先ほどヒースクリフが言った通りだろう。

 それでも全滅はあり得るのだろうか。

 今回の目的はあくまで『偵察』だったはずだ。ボスと『戦う』ことではない。ボスの行動パターンを知り、それを報告するだけの決して難しくはない任務だ。

 それにやむを得ない理由があって戦闘になったとしても、偵察隊は歴戦のプレイヤーたちで構成されている。その二十人全員が、撤退もしないで最後まで戦うなんて想像もつかない。

 

「おそらく結晶無効化空間と踏んでいいだろう。そして、今後のすべてのボス部屋が結晶無効化空間である可能性が高いはずだ」

 

 嫌な予感は的中してしまった。 

 今後すべてのボス部屋となれば、死者が出る可能性が非常に高くなる。

 

「……ったく、茅場晶彦もえぐいことをするもんだ。絶対Sだなあの人」

「……そうだな」

 

 ヒースクリフは意味深な笑みを浮かべたが、それを気にせず口を開く。

 

「ボス戦はいつからなんですか? もちろん俺は参加させてもらいますよ」 

「攻略開始は五時間後。予定人数は君を入れて三十三人。七十五層コリニア市ゲートに午後一時集合だ。君の勇戦には期待しているよ。おそらくこの世界で一番強いプレイヤーだからね」

 

 ヒースクリフの言葉にラテンは笑みを浮かべる。

 

「……あまり買い被らないでくださいよ。《伝説》はあなただ」

 

 そのまま踵を返して、部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五時間後、ラテンはコルニア市ゲート前に到着した。

 そこにはすでに何人かのプレイヤーが集まっており、一見して全員がハイレベルプレイヤーだとわかった。

 ラテンがゲートから出て歩み寄れば、皆緊張した表情で目礼を送ってくる。中にはギルド式の敬礼を送ってくる連中もおり、小さく右手を上げてそれを返した。

 ラテンが足を止めたのと同時に、首に腕がかけられる。

 

「よう、ラテン。やっぱりお前も参加すんのか!」

 

 顔を向ければ風林火山のリーダー、クラインが緊張感のかけらもない笑みを浮かべていた。その後ろからはチョコレート色のスキンヘッドプレイヤーが顔を出す。

 

「まああれだけ注目を集めれば、参加せざる負えないよな」

 

 エギルは野太い声で笑う。

 

「他人事だと思いやがって……でもお前らがいると少しは安心できるな。もちろん俺専属のタンク役としてだけど」

「何だと!」

「お前が俺のタンクになんだよ!」

 

 エギル、クラインが声を上げて、ラテンに襲い掛かる。 

 それを笑いながら躱していると、視線の先で転移門に光が宿った。

 

「おお!」

 

 それを見たクラインが声を上げてそちらに駆け寄っていく。ラテンとエギルもその後を追った。

 

「よう、キリト、アスナ。お前らも来ると思ってたよ」

 

 そのままラテンたちは少しの間雑談をする。すると、午後一時ちょうどに再び転移門に光が宿った。

 真紅の長衣に巨大な十字盾を携えたヒースクリフと、血盟騎士団の精鋭の合わせて五人だ。彼らの姿を目にすると、プレイヤーたちの間により一相緊張が走る。

 

「欠員はないようだな。よく集まってくれた。状況はすでに知っていると思う。厳しい戦いになるだろうが、諸君の力なら切り抜けられると信じている。――解放の日のために!」

 

 ヒースクリフの力強い叫びに、プレイヤーたちは一斉にときの声で応えた。さすがは最強ギルドを束ねる長だ。この男のカリスマ性には舌を巻く。

 ヒースクリフは、プレイヤーたちの呼応に頷くと腰パックから納紺色の結晶アイテムを取り出した。それを見たプレイヤーたちから「おお……」と言う声が漏れる。

 通常の転移結晶は、指定した街の転移門まで使用者一人を転送することができるだけのものだが、今ヒースクリフが手にしているものは違う。あれは《回廊結晶》というアイテムで、任意の地点を記録し、そこに向かって瞬間転移ゲートを開くことができるという極めて便利な代物だ。

 もちろんその性能ゆえに希少度が高く、迷宮区のトレジャーボックスか、強力なモンスターからのドロップでしか出現しないため持っている者が少ない。ラテン自身も、入手していないアイテムだ。まあソロで活動しているため必要はないのだが。

 ヒースクリフは右手を高く掲げると「コリドー・オープン」と発声した。たちまち希少なクリスタルは砕け散り、彼の前の空間に青く揺らめく光の渦が出現する。

 

「さあ、行こうか」

 

 こちらを一瞥すると、青い光の中へと足を踏み出した。その後ろを四人の血盟騎士団の精鋭が続く。

 

「うっし。行きますか!」

 

 気合を入れるように息を吐くと、ラテンは青い光へと踏み出した。

 

 

 

 

 軽い眩暈に似た転移感覚のの後、目を開けば巨大な扉が飛び込んできた。その扉を見ただけで、ボスモンスターの力量が非常に高いことが感じられた。

 後ろを振り向けば、すでに転移を終えたプレイヤーたちがメニューウインドウを開き装備やアイテムを確認している。その中からクラインとエギルが近づいてきた。二人とも緊張が顔に浮かんでいる。

 

「皆、準備はいいかな。今回、ボスの攻撃パターンに関しては情報がない。基本的には、KoBが前衛で攻撃を食い止めるので、その間に可能な限りパターンを見切り、柔軟に反撃してほしい」

 

 剣士たちは無言で頷いた。

 ヒースクリフはそれを見ると、無造作に黒曜石でできた大扉に歩み寄り、中央に右手をかけた。その場にいた全員に緊張が走る。

 

「死ぬなよ」

 

 後ろから聞きなれた声が聞こえてきた。

 クラインとエギルがふてぶてしく言い返す。

 

「へっ、お前こそ」

「今日の戦利品で一儲けするまでくたばる気はないぜ」

 

 並んで立っているキリトとアスナにラテンは笑いながら声をかけた。

 

「生き残ったら約束通り、おごってやるよ」

「ああ、頼むぜ」

 

 キリトとアスナが頷く。

 同時に、大扉が重々しい響きを立てながらゆっくりと動き出した。プレイヤーたちが一斉に剣を引き抜く。それに対してラテンは鞘に左手を添えたまま抜刀しなかった。偵察隊を全滅させたほどのボスモンスターだ。最初から全力で行くべきだろう。

 

「戦闘、開始!」

 

 完全に扉が開き切ると、ヒースクリフが叫び、プレイヤーたちがボスエリアに突入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 内部は、かなり広いドーム状の部屋だった。大きさはラテンやキリトがヒースクリフとデュエルした闘技場ほどだろう。

 背後で轟音を立てながら大扉が閉まった。どうやら今回のボス部屋は入ったら最後、ボスを倒すか全滅しなければ扉が開かない仕様らしい。これが偵察隊を全滅させた大きな要因だろう。

 部屋に突入してから数秒後。無駄に広い部屋の隅から隅まで目を凝らすが、モンスターらしき影はどこにも見当たらない。

 

「どこにいるんだ?」

 

 誰かが、耐えきれないという風に声を上げた。

 その瞬間。

 

「上よ!!」

 

 後ろにいたアスナが叫んだ。

 すぐさまプレイヤー全員が上へ顔を向ける。

 そこにはこの部屋の主が張り付いていた。とてつもなくでかく、骸骨のムカデのような形をしている。

 そいつの名は《The Skullreaper》――骸骨の刈り手、と言ったところか。

 

「固まるな!距離を取れ!!」

 

 全長十メートルほどのそいつが天井から落下してくるのと同時に、ヒースクリフが叫んだ。プレイヤーたちは一斉に動き出す。

 だがスカルリーパーの落下地点にいた三人の動きがわずかに遅れた。

 

「こっちへ来い!」

 

 どちらに移動したものかと迷っていた三人に叫ぶ。

 三人は慌てて動き出す。直後。

 床全体を大きく震わせて、巨大なムカデが着地した。逃げ遅れた三人は、何とかつぶされずに済んだものの、スカルリーパーの着地による衝撃で体勢崩した。

 そこへ無造作に巨大な鎌の形をした腕が横なぎに振り下ろされた。

 三人が同時に吹き飛ばされる。

 ラテンは三人の落下地点を予測し、回復できるようにボスとの間に立とうとした。だが、三人のHPは宙を吹き飛ぶ間にも猛烈な勢いで減少していく。

 一撃だけでハイレベルプレイヤーのHPを半分以上削るのか、と驚いていたが三人のHPバーはイエローゾーンで留まることはなかった。一定の速度でイエローゾーンからレッドゾーンへと。そして。

 

「……!?」

 

 あっけなくゼロになった。

 全員が驚愕する。

 

「うそ、だろ……!?」

 

 この場にいるプレイヤーたちは全員《安全マージン》すなわち『層+10』レベルを十分に確保しているはずだ。

 SAOのようなレベル制MMORPGはレベルが絶対的だ。一レベルの奴は当然五十、六十レベルのプレイヤーにはシステム的に太刀打ちできない。だから、たとえボスモンスターとはいえ十もレベルが離れているプレイヤーを一撃で倒すことなど不可能なはずだ。

 だが、目の前でそれが見せつけられれば、スカルリーパーはそれが可能だと言わざるを得ない。

 一瞬にして三人の命を奪った骸骨ムカデは、上体を高く持ち上げて轟く雄叫びを上げると、猛烈な勢いで新たなプレイヤーの一団目がけて突進した。

 

「わあああ――!!」

 

 その方向いたプレイヤーたちが恐慌の悲鳴を上げる。再び巨大な鎌が高く振り上げられた。

 

「ヒースクリフ!!」

 

 ラテンは全力で叫ぶと一陣の風になる。

 プレイヤーたちとスカルリーパーの間に割って入ると、水色に輝く鞘から愛刀を抜き放った。抜刀ソードスキル《星砕き》が、振り下ろされた鎌に激突する。

 途端、耳をつんざく衝撃音と共に火花が散った。

 痺れるような衝撃と共にラテンの刀は弾かれるが、スカルリーパーの鎌を弾くことに成功した。後ろに吹き飛びそうになる衝撃を足を踏ん張って何とかこらえる。

 だが、鎌は二本あった。

 ラテンは左手の鎌を弾くことができたが、右手の鎌を対処することはできない。

 体勢を崩したラテンに、右手の鎌が襲い掛かる。しかし、ラテンが思い描いていた通りの光景が目の前に広がる。

 巨大な盾を掲げ、巨大な鎌を防ぐ男。ヒースクリフだ。

 

「いいから動け!! 死ぬぞ!!」

 

 まだ停止しているプレイヤーを怒鳴ると、呪縛が解けたかのようにプレイヤーたちが再び動き出した。雄叫びを上げ、武器を構えてスカルリーパーに突撃する。

 それを見たラテンは、視線をヒースクリフに戻した。ちょうど右鎌を弾き飛ばした所らしく、こちらに一瞬だけ視線をよこす。

 ボスのHPはお前が削れとでも言っているようなその視線に、ラテンは心の中で笑う。

 望むところだ。

 

「ヒースクリフ、俺の盾になれ!!」

 

 ラテンの刀が青い光を帯びる。

 九連撃上位ソードスキル《鷲羽》。

 剣術の基本である九つの斬撃を、左斬上(ひだりきりあげ)右斬上(みぎきりあげ)刺突(つき)右薙(みぎなぎ)左薙(ひだりなぎ)逆袈裟(さかげさ)袈裟斬り(けさぎり)逆風(さかかぜ)唐竹(からたけ)の順で繰り出す技だ。

 連撃数もさることながら威力も申し分ないため、ラテンのお気に入りの技の一つでもある。

 ボスのHPが目に見えて減少するのを確認すると、バックステップで後ろにいたヒースクリフと交代する。

 プレイヤーたちの奮戦により、スカルリーパーのHPが徐々に減少していった。

 

――いける!

 

 心の中で叫びながら、ラテンは全力でソードスキルを叩き付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無限とも思えた激闘がついに終わりを迎えた。

 一時間にも及んだ戦闘に皆、倒れるように黒曜石の床に座り込んだ。ラテンもゆっくりと腰を下ろす。

 

「何人――やられた……?」

 

 クラインの掠れ声で聞いてくる。その隣で手足を投げ出して仰臥したエギルも、顔をキリトへ向けた。

 キリトはマップを呼び出して緑の光点を数える。次に言われる数字をラテンは静かに待つ。

 

「――十二人、死んだ」

 

 もうため息も出ない。

 ここにいたのは全員が歴戦の名だたるメンバーたちだ。いくら結晶が使えなかったとはいえ安全な戦い方をすれば、おいそれと死ぬことはないはずだ。だが、死んでしまったのだ。十二人も。

 これから毎層ごとに、これだけの犠牲を出すことになると仮定すると、頭が痛くなる。もしかしたら最後にラスボスと対面できるのはたった一人になるかもしれない。

 その一人になるのは、間違いなくあの男だ。

 

「化け物かよ、あいつは……」

 

 この激戦でも伝説の男――ヒースクリフのHPバーはイエローゾーンに達していない。本当にギリギリのところでグリーンゾーンに保っている。

 

 不意にヒースクリフとの決闘を終えた後のことを思い出す。

 キリトの呼ばれ、彼が戦闘中に体験したある『違和感』を告げられたのだ。一瞬だけ時間が切り取られたかのような感覚。人間の限界を、いや、SAOシステムに許されたプレイヤー限界を超えた速度。それに彼の日ごろの態度を重ね合わせると、ある仮説が生まれたのだ。

 もし、『ヒースクリフ』が『茅場晶彦』だったら、と。

 キリトに視線を向ければ、キリトもまたラテンに視線を向けていた。同時に頷く。

 そのままラテンはゆっくりと立ち上がり、ヒースクリフを見据える。ヒースクリフはそんなラテンに気が付き視線を向けてきた。

 視界の隅で黒い影が動き出す。

 チャンスは一度きり。失敗すれば終わりだ。

 何も言わずにじっと見続けるラテンを不審に思ったのか、ヒースクリフは眉をひそめた。それと同時に黒い影――キリトが動き出した。

 約十メートルの距離を一瞬で駆け抜けたキリトは右手の剣を捻りながら突き上げる。片手剣の基本突進技《レイジスパイク》だ。

 ペールブルーの閃光をまとう剣尖に、ヒースクリフがさすがの反応速度で気づき、目を見開いて驚愕の表情を浮かべる。

 キリトの剣はヒースクリフの胸へ向かっていき――寸前で紫色の障壁に激突した。二人の間に、紫色のメッセージが表示される。

 〖Immortal Object〗

 それは本来、《圏内》でしか表示されることのないメッセージ。

 

 その場にいたラテンとキリト、ヒースクリフ以外のプレイヤーたちに驚愕な表情が浮かび上がる。

 

「システム的不死…? ……って……どういうことですか……団長……?」

 

 アスナの戸惑ったような声にヒースクリフは何も答えない。厳しい表情でじっとこちらを見据えている。

 

「これが伝説の正体だ。《他人のやっているRPGを傍から眺めるほど詰まらないことはない》。……そうだろう、茅場晶彦」

 

 キリトの言葉にすべてが凍りついたような静寂が周囲に満ちた。

 

「団長……本当……なんですか……?」

「……なぜ気付いたのか参考までに教えてもらえるかな……?」

 

 アスナの言葉にヒースクリフは答えず、代わりにキリトに質問した。

 キリトはゆっくりと口を開く。

 

「……最初におかしいと思ったのは例のデュエルの時だ。最後の一瞬だけ、あんたは余りにも速過ぎたよ……」

「やはりそうか。あれは私にとって痛恨事だった。君の動きについ圧倒されてしまいシステムのオーバーアシストを使ってしまった」

 

 ヒースクリフはゆっくり頷き、ほのかに苦笑する。

 

「予定では攻略が九十五層に達するまでは明かさないつもりだったのだがな」

 

 ゆっくりとプレイヤーたちを見回し、伝説のプレイヤーは堂々と宣言する。

 

「――確かに私は茅場晶彦だ。付け加えれば、最上階で君たちを待つ最終ボスでもある」

「……趣味がいいとは言えないぜ。最強の男が一転最悪のラスボスか」

「俺の予想通り、やっぱりあんたはドSだな」

 

 ラテンたちの言葉に、ヒースクリフが笑みを浮かべる。

 

「なかなかいいシナリオだろう。キリト君、ラテン君。……最終的に私の前に立つのは君たちだと予想していた。君たちは非常に素晴らしい。私を楽しませてくれる貴重な存在だ」

 

 そう言って、茅場晶彦は『左手』でウインドウを開き操作し始めた。

 

「あ……キリト君……っ」

 

 ラテンとキリト以外のプレイヤーが突然倒れこむ。

 カーソルを合わせると、黄色い表示が点滅していた。麻痺状態だ。

 

「……おいおい。まさか全員殺して隠蔽……なんてことはしないよな?」

 

 鋭く睨むと、ヒースクリフは微笑を浮かべた。

 

「まさか、そんな理不尽なことはしないさ。こうなってしまったら致し方ない。私は予定より早めに最上階の《紅玉宮》で君たちの訪れを待つとしよう。だが、君たちには私の正体を見破った報酬を与えなくてはな。ここで私と一対一で戦うチャンスをあげよう。無論不死属性は解除する。私に勝てばこのゲームをクリアし、全プレイヤーがこの世界からログアウトできる。……どうかな?」

 

 ラテンはキリトへ視線を向ける。

 本来ならばここは引くべきだろう。奴はシステムそのものに介入できる管理者だ。口先ではああ言っているが、どのような操作を行ってくるかはわからない。

 しかし。、ヒースクリフは言った。

 『私に勝てば、すべてのプレイヤーがログアウトできる』と。

 今、この瞬間奴と戦い、勝てば、これから出るであろう死者が助かるのだ。それに、奴が何をしてくるかは今考えても仕方がないことだ。結局は、最上階で戦うことになるのだから。

 

「俺はいいぜ。ここで終わらせてやるよ、この世界を」

 

 ヒースクリフは頷くと、キリトへ視線を向ける。

 

「俺も構わない。決着をつけよう」

 

 ラテンたちの決意にヒースクリフは満足そうに笑うと、ゆっくりと口を開いた。

 

「では最初はキリトから相手をしてもらおう。その間、ラテン君にはこのモンスターと戦ってもらう。暇だろうからね」

 

 言い終えた瞬間、奴の背後に黒い影が出現した。

 そのモンスターは黒鉄宮の地下にいた死神だった。

 

「暇になるかこいつと戦うか、ってなったら間違いなく暇になるほうを選ぶだろうな」

 

 口ではそう言いながらもラテンは笑っていた。

 キリトとヒースクリフの決闘を見てハラハラするよりも、キリトを信じ切って任せた方が何百倍もいい。

 それにいつかは死神とも決着をつけたいと思っていた。助けられなかった自分への戒めとして。

 

「キリト! ラテン! やめろ……っ!」

 

 クライン、エギルの叫び声が聞こえてくるが、ラテンは静かに死神を見据えていた。死神もまた、じっとこちらを見据えている。

 

「今度こそ、倒してやるよ」

 

 ラテンは地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死神の鎌が振り下ろされる。

 抜刀ソードスキル《紫電》の初撃で弾くと、がら空きになった胸に刀を突き刺した。だがHPを少し減らしただけで、死神はラテンの攻撃をもろともせずに反撃をしてくる。

 七十五層にいるとはいえ、強さは九十層クラスだ。一撃でも受ければただでは済まない。

 死神の横なぎを刀で受け流し、軽くホップさせるとあらゆるソードスキルを死神にぶつける。

 絶空。辻風。旋車。緋扇。羅刹。東雲。鷲羽。散華。

 カタナのカテゴリに存在するソードスキルがスキル《神速》のアシストにより次々と繰り出されていく。

 様々な色彩が花火のように散っていく。

 ラテンと死神のHPが見る見るうちに減っていき、両者ともレッドゾーンに達するとラテンは神経が研ぎ澄まされていくのを感じた。思考がクリアになり、死神の一振り一振りがスローモーションのように見えるようになる。

 

「――終わりだ」

 

 恐ろしく静かな声で呟くと、バックステップで死神と距離を取り、納刀する。鞘が紅い閃光を帯びると、もう一度地を蹴った。

 最上位抜刀ソードスキル《陽炎》。

 神速の一閃が死神を通り過ぎ、空気が揺れる。死神のHPが大幅に削れるが、これで終わりではない。

 紅い無双刀は、速度を緩めることなく死神の背後に襲い掛かった。

 抜刀術の初撃を含めた合計八連撃。

 流星のごとく煌めいた愛刀が光を失うのと同時に、死神は大きな断末魔を上げてポリゴン片となって爆散した。

 その瞬間、ふっと力が抜けるが、このまま倒れるわけにはいかない。

 全身の疲労感に耐えながらキリトのほうへ顔を向ける。そこでは信じられない光景が広がっていた。

 

 

 麻痺毒状態で動けるはずがないアスナがキリトをかばってヒースクリフの剣を受けていたのだ。彼女のHPバーはレッドゾーンへ突入し、やがて消滅する。

 

「な、ん……」

 

 言葉が出ない。

 アスナがキリトに何かを言うと、そのまま無数のポリゴン片となって四散した。

 呆然とするキリト。

 叫びたくても喉に何かが塞がっているかのように言葉を遮る。足は鉛のように重く、先ほどまで俊敏に動いていたのが嘘みたいだった。

 

 動け! 動け動け動け動け動け動け動け動け動け――!!

 

 必死に命令するが、足は動かない。 

 その間にもヒースクリフは動き、呆然としたキリトを剣で貫く。

 彼のHPが少しずつ減っていき、やがて消滅した。そのまま無数のポリゴン片となって四散し、消えた。

 

「茅場ァァァァァァァ!!」

 

 ようやく声が出る。

 張り裂けんばかりの声が広いドームに響き渡った。

 怒りが、憎しみが、渦となってラテンに流れ込んでくる。その二つの感情が不思議とラテンの足を軽くした。

 

――殺す!

 

 足に力を込めるのと同時に、ヒースクリフの目の前で光が出現した。驚いてそれを見れば、先ほどポリゴンの欠片となって消滅したキリトが立っていた。ヒースクリフもこれには驚いたようで、目を見開いている。

 

「うおおおおおおお!」

 

 キリトが咆哮しながら、左手に持っていたアスナの細剣《ランベントライト》をヒースクリフの胸に突き刺した

 その瞬間ラテンの視界はブラックアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開けるとそこには燃えるような夕焼けが広がっていた。

 足元には水晶の板があり、その上でラテンは立っていた。辺りを見渡しても、何もない。赤く染まった雲の連なりが動いているだけだ。

 

「ここは……」

「なかなかに絶景だな」

 

 はっ、と振り返ればいつの間にか最後に一人の男が立っていた。

 その男には見覚えがある。茅場晶彦だ。

 聖騎士ヒースクリフの姿ではなく、白いシャツにネクタイを締め、長い白衣を羽織っているまさに『研究者』のような姿だ。

 穏やかな表情を浮かべて夕焼けを見ている。

 

「キリトとアスナは……」

「大丈夫だ。二人とも生きている」

 

 それを聞いて思わず崩れ落ちる。

 もし「二人とも死んだよ」と言われでもしたら、ラテンはこの男に飛び掛かっていただろう。

 茅場晶彦はゆっくりと近づいてくると、ラテンの隣で立ち止まった。

 

「生き残ったプレイヤー六一四九人のログアウトが完了したよ」

「そうか。死んだ奴らは……?」

「彼らの意識は戻ってこない。死者が消え去るのはどの世界も一緒さ」

 

 ラテンは「そうか」と短く返すとしばらく茅場晶彦と夕焼けを眺めていた。

 何故こんなことをしたのか、とこの場所に来るまでは尋ねたかったのだが、今となってはどうでもよくなっていた。

 きっと茅場は茅場なりに信じていた、行きたかった世界があったのだろう。とはいえその世界のために一万人を巻き込み、そのうちの四千人を殺した彼は許されるべきではない。断罪されるべきだ。だが、それはラテンの役目ではない。

 

「私の唯一の心残りは、君とデュエルできなかったことかな」

 

 茅場が不意に声をかけてきた。

 そちらに顔を浮かべれば、穏やかな笑みを浮かべてこちらを見ていた。

 

「……俺は御免ですよ。あなたの盾は堅すぎる」

 

 茅場は小さく苦笑すると、ポケットに手を突っ込み、後ろを振り向いた。

 

「さて、私はそろそろ行くよ。ゲームクリアおめでとう、ラテン君」

 

 そのまま歩いていく背中にラテンは声をかけた。

 

「最後に一つだけ」

「なんだね?」

 

 ラテンは口元に笑みを浮かべた。

 

「あなた、やっぱりドSでしょ」

「……そうかもしれないな」

 

 笑みを浮かべた茅場晶彦は再び歩み始めた。

 風が吹き、瞬きをすれば、そこにはもう彼の姿はいなかった。

 ラテンは正面を向き直る。おそらくそろそろラテンもログアウトできるだろう。

 

「現実世界で、奢ってやらないとな」

 

 噛みしめるように呟いた。

 生きているのなら、きっと会うことができる。

 そう願って、ラテンは瞼を閉じた。

 

 

 




お疲れ様です。これで一応SAO編は終わりです。読んでいただき心から感謝しています。



さて!次回からはALO編です。頑張って書きたいと思っていますので、これからもよろしくお願いします!!
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