チュデルキンが倒れたと同時に大型の竜巻を踏み破ろうとしていた炎の巨人が、大量の白煙に変化し、消え去った。
もう反撃はされないと悟ったラテンは、見事にチュデルキンを撃破したキリトの方へ顔を向ける。
黒の剣士が纏っていた懐かしい服は弱い光を放ちながら消えていく。それが完全に消さり簡素な黒いシャツとズボン姿に戻ってからも、深くに腰を降ろしている。
その表情は読み取れないが、きっとキリトの心の中では複雑な気持ちで満たされているだろう。なぜなら一人の人間の天命を―――――命を奪ってしまったのだから。
ラテンはキリトの元へ歩いていく。しかし、その足取りもアドミニストレータがチュデルキンのもとへふわりと浮かぶと同時に停止した。
アドミニストレーターは何をする気なのか。
まさか、治癒術を施す気なのだろうか。いくらアドミニストレータであっても、骸に天命を呼び戻す、なんてことはできるはずが……いや、最高司祭ならそういう術を持っている可能性もある。
ラテンは刀を握り、脚に力を入れる。
だがアドミニストレータはラテンを見てにっこり笑うと、右手で制した。
「片づけるだけよ、見苦しいから」
無造作に左手を振ると、チュデルキンの骸は紙の人形でもあるかのように軽々と吹き飛び、遙か離れた東側の窓にぶつかってから、その下の床に落下して小さくわだかまった。
「……あんまりだな」
確かにチュデルキンは尊敬できそうにない人物だった。だが、それでも最高司祭に対する忠誠心だけは本物に違いはない。主のために死力を尽くした結果、命を落としたというのに、アドミニストレータはそんなことを一切気にせず、道具同然のように放り投げた。さすがのラテンも、チュデルキンに同情せざるを得なかった。
「……ま、退屈なショーではあったけれど、それなりに意味のあるデータも少しばかり拾えたわね」
アドミニストレーターは見えない寝椅子に体を横たえた姿勢のまま、空中をふわりと五メルばかり滑り、広間の中央まで移動する。
そして磁力的な視線を、キリトとラテンに向ける。
「イレギュラーの坊やとクレイジーな坊や。詳細プロパティを参照できないのは、非正規婚姻から発生した未登録ユニットだからかな、って思ってたんだけれど……違うわね。あなたたち、あっちから来たのね? 《向こう側》の人間……そうなんでしょ?」
「……!?」
ラテンはそれを聞いて目を見開く。
《向こう側の人間》つまり現実世界の人間だ。もちろんそれを知っているのは、ラテンと今なお俯いたままのキリトだけのはずだ。
それだというのに、このアドミニストレータは何故現実世界のことを知っているのだろうか。いや。最高司祭という立場なら、知ってて当たり前なのかもしれない。ラテン自身、それを期待しながらここまで来たのだ。
ここは正直に答えたほうがいいのかもしれない。
ラテンはアドミニストレータの言葉を肯定すべく、口を開こうとするが、先に静寂を破ったのはキリトだった。
「そうだ」
恐ろしく短く簡単な言葉。だがそれは不思議と重く感じる言葉だった。
ユージオはキリトの方へ顔を向ける。きっとユージオは困惑しているはずだ。おそらくキリトからは迷子になったとでも言われて、それを今の今まで信じていたのだろう。それが否定されれば誰だって困惑する。
それでもユージオは表には出していない。共に過ごした約二年間はたった一言で終わるような脆さではなかった、ということなのだろうか。
(やっぱユージオは信頼できる奴だな)
ラテンはアドミニストレータを改めて見据える。
「俺は……俺とキリトはそのことについてここまで来たんだけど……教えてくれそうにもないな」
「あら、よくわかってるじゃない。私を楽しませてくれれば教えてあげないこともなかったけど……もう遅いわね」
「……どういうことだ?」
アドミニストレータは不敵な笑みを浮かべる。そのままラテンの言葉を無視して、左手を高々と掲げた。その中にあるのは、紫色の三角形――――ユージオの《敬神モジュール》。
「チュデルキンも少しは役に立ったわね。長ったらしいこの術式を最後まで組み上げる時間を作ってくれたんだもの。さあ……目覚めなさい、私の忠実なる僕! 魂の殺戮者よ!!」
アドミニストレーターは一体何をするつもりなのだろうか。最高司祭が、意志力で詠唱をすることができず、その上とてつもなく長い術式。どう考えても嫌な予感しかしない。
ラテンは咄嗟に身構えた瞬間、アドミニストレータが発した言葉。それは短いが恐ろしい意味を持つ単語だった。
「リリース・リコレクション!!」
武装完全支配術の神髄。武器の記憶を解放し、どんな神聖術すら超える力を引き出す、真なる秘術―――。
だが、それでもそれは
ラテンはキリトたちの元へ歩を進めた。途端、直径四十メルに達する、広大な広間を取り囲む何本もの柱に取り付けられていた、黄金に輝く模造の剣が小刻みに震えはじめた。
「こ……これは……!」
「まさか……!」
リリアに続いてアリスがつぶやく。
模造剣は最大のもので三メルにも及ぶ。どう考えてもアドミニストレータでは振り回すことはできないだろう。それに加え、震えているのは二本だけではなく、すべての柱―――すなわち六十本だ。一人でそれだけの量の武器を扱う、もとい記憶を解放術を使うなど不可能に等しい。なら何をやるつもりなのか。
立ち尽くす五人の眼前で、ひときわ激しい振動音を放ち、巨大な剣たちが柱から離れて浮き上がった。
慌てて身をかがめるユージオの髪を掠め、剣は猛然と回転しながら舞い上がると、アドミニストレーターのすぐ事情に寄り集まった。そして驚くべきことはその次だった。
大小合わせて六十本の剣が、がきん、がきんと金属音を放ちながら接触し、組み合わさって、二つの巨大な塊を作り上げていく。それはどこかで見覚えがある気がした。
中心を貫く太い背骨と、左右に伸びる長い腕。下側には脚も生えているが、よく見ると四本ある。
たちまち異様な巨人、どちらかというとロボットへと変化した剣たちに向かって、アドミニストレータが左手に握られた敬神モジュールを差し伸べた。
たちまち三角形は二つに分かれると上昇し始め、巨人たちの背骨を構成する三本の剣の内側へと吸い込まれた。紫色の光はそのまま、人間でいう心臓の位置まで上がり、停止する。そしてその輝きは二体の巨人の全身に行き渡り、丸みをびていた剣たちが鋭利な刃へと変化する。
剣の巨人たちは、四本の脚を広げると空中で飛翔し、ラテンたちとアドミニストレータの中間位置に、硬質な地響きを轟かせて着地した。
身の丈は五メルほどあるだろうか。その姿はやはりどこかで見たことがあるような気がする。いや、あった。その剣の巨人は似ているだ。《暁星の望楼》に降ってきた、あのロボットと。
「あ~。なあ。俺、降参していい?」
「は?いきなりどうしたんだよ……」
「いや、だって……」
その言葉が続く前に、剣の巨人の後方にいるアドミニストレータが満足そうな含み笑いを漏らし始めた。
「うふふ……ふふ、ふふふ。これこそ、私の求めた力。永遠に戦い続ける、純粋なる攻撃力。名前は……そうね、《ソードゴーレム》とでもしておきましょうか。ちなみに、クレイジーな坊の相手をしたのは、試作機とでも言っておこうかしら。四本だけだったし」
「あっ、はい。……俺は泣いてもいいですか」
ラテンとリリアが死にかけるほどのダメージを負わせた、あのロボットが試作機ならば、ソードゴーレムはどれだけの強さを持っているのだろうか。
五人いるというのがせめてもの救いなのだが、向こうも二体いる。だが、はっきり言って五人で一体を相手しても、勝てる気がしない。
(ほんと、泣けてくる)
このカセドラルに来てから、悪いことしか起きていないような気がする。まあ、罪人の身なので当然と言えば当然なのだが、もうちょっと優しくしてくれてもいい気がする。
「ラテン、こいつと戦ったことがあるのか?」
「ついさっきな。この傷跡は全部あの
「そうか……でも、負けは認めなくないな」
「五分後に同じことを言えたら、蜂蜜パイ百個でも二百個でもおごってやるよ」
ラテンは《真思》を発動し、リリアに顔を向ける。リリアも覚悟を決めたようで、視線が合った瞬間、頷いた。
試作版としか戦ってないとはいえ、動きは似ているはずだ。ならば一度それを見ているラテンとリリアが片方を担当し、もう片方に人数を当てる。
いくら動きが分からないとはいえ、三人は神器持ちだ。簡単にはやられるはずはない。というかあの三人だから片方を任せられる。
戦うことを決意した表情を見たアドミニストレータは、冷たい微笑を浮かべたまま、ゆるやかに手を振りかざした。
「さあ……戦いなさい、ゴーレム。お前たちの敵を滅ぼすために」
その命令を待ちわびていたかのように、ソードゴーレムたちの心臓部で、紫色の光が強烈に瞬いた。
それと同時に、金属質の咆哮を轟かせながら、四本足の巨人たちが突進を開始する。
「……!」
動きを完全に見きれてないとはいえラテンほどの速さなら深手を負わずに戦うことができる。
ラテンは巨人に突っ込んで行った。
中途半端&短くてすいませんm(_ _)m
そして更新が遅れて申し訳ありませんでした!!M(_ _)M
そして今頃なんですが、『アドミニストレータ』を『アドミニストレーター』にしていました。すいませんm(_ _)m
なんか謝罪してばかりですね(笑)
これからもよろしくお願いします!