人界の中央、セントラル・カセドラルから東域の果てへ。
四帝国の中でもっとも謎めいた地と呼ばれるイスタバリエス東帝国は、整合騎士であったリリアでさえ行ったことのないところらしい。
こちらを指さす過ぎゆく人々の髪色はほとんど黒。自分の髪色からしてここが故郷なのでは、と思ってしまうが、おそらく違う気がする。どこか、遠くから自分は来たような気がするのだ。
聞いた話によると、副騎士団長ファナティオがこちらの出身らしいが、この地方が戦争場所とは何ともいたたまれない気持ちになってしまう。
夜は人里離れたところで過ごし、巨大な狐とリリアのために果実や魚などを採取しながら旅路を急ぐこと九日。
北と変わらぬただずまいをした果ての山脈と、それを断ち切ったかのような渓谷から煙が立ち上っているのを視認することができた。
「リリア、あれか?」
「ええ、そのはずです。どうやら間に合ったようですね」
「ああ」
巨大な狐の首をポンポンと叩くと、最初から煙の居場所が分かっていたかのように向かっていく。
それにしても魔獣のに分類されるこの狐のタフさには驚かれる。
人界の生物最大級の天命を持ってはいるが、それでも人間二人と超高優先度の神器二本を担うことは大変なことだ。だが、この狐は速度を一切変えず、終始涼しい顔のままここまで走ってきた。それには正直驚いてしまう。
谷に近づくにつれて、その全貌がはっきりと見えてくる。
幅は百メルほどで、ダークテリトリーの歩兵軍団が横列を作って突進するには十分な広さだ。
これはだいぶ苦労しそうだと思いながら眺めていると、だんだんと気勢が聞こえてくる。それは煙が立ち上る方向から出ているので、おそらく兵士たちが訓練をしているのだろう。
「よし、行くぞ」
「はい」
その言葉と同時に、巨大な狐がスピードを上げた。
守備隊の野営地は、中央の草地を広く分けてあった。隣接して巨大な天幕が並んでいることから、あそこが飛竜の発着場なのかもしれない。だが今は、中から薄暗い火の光が漏れていた。
そこに近づいていき、暴れないないように念を押すとリリアと共に狐から降りる。ここにとどまるということは、共に戦ってくれるということなのだろうか。
魔獣となれば整合騎士二、三人に匹敵する生物だ。もしかしたら戦況をひっくり返す大きな戦力になるのかもしれない。
となると狐と呼ぶのは少々不便だ。いい加減、刀もろとも名前を決めなければならない。
残念ながらラテンは武器を持つことができないため、神器二本をリリアに任せ、その他もろもろを持つことにした。
ソルスの残照はすでに西の彼方に消え去っている。夜にも訓練するということは、士気に関しては問題はなさそうだ。あとは実戦でどれほどの実力を出し切るかが、この戦争の勝敗を左右するだろう。
「この中で作戦会議中か?」
「そうかもしれないですね。入りましょう」
正直ラテンは戦力にはならないのだが、作戦を知ることぐらい問題はないだろう。作戦を知ることぐらい問題はないかもしれないが、ラテン自身の見られ方が気になる。いくら最強の兵器《ソードゴーレム》を倒しているからって、大罪人には変わりない。ラテンの本意を知っているのは片手で数えるほどしかいないため、敵ではないことを証明するのは難しい。
「俺は……」
「いいですから、とりあえず行きましょう」
半ばリリアに引っ張られる感じで純白の陣幕の中に入り込む。途端、中にいたほぼ全員がこちらに顔を向けた。
人数的に全員が整合騎士かと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。輝くような銀甲の鎧をまとったのが整合騎士ならば、十分に高そうな優先度を持った鋼鉄の鎧を着こんだ人たちはおそらく隊長クラスの人間だろう。
その場にいたほぼ全員がリリアを見た瞬間、表情が和やかになる。おそらくリリアが来るのを待っていたのだろう。
だがそれももう一人を見た瞬間、ランプの灯を消すように表情が切り替わった。
一部の人間以外がラテンを見て、眉を寄せる。そのうちの一人、エルドリエ・シンセンス・サーティツーが唐突に立ち上がり、口を開いた。
「わが師リリア様! なぜそのような大罪人と共に……!」
「ラテンは私をここまで連れて来てくれました。大罪人といえど、戦力になる者は一人でも多いほうがいいはずです。それが整合騎士を凌駕するのなら、なおさら」
リリアはラテンを必死に弁論する。だが、その場にいるものは納得しないようだ。無理もない。戦力になるとはいえど、所詮は悪人。戦争途中で反乱を起こされたらひとたまりもないだろう。
隊長クラスの人間がひそひそと話し合うのを見て、リリアは再び弁論しようとするがラテンはそれを制した。
「……俺はお呼びでないってことだ。まあ、大罪人がいたら集中できないだろうからな。帰らせてもらうよ………リリア、死ぬなよ」
ラテンは笑いかけて踵を返す。
ここで帰るということは、マリンの約束を破ってしまうことになる。少なくとも今後のラテンができることは、リリアが死なないように祈るだけだ。
そのまま出口に歩いていくが、その背中に砕けた言い方ながら迫力を感じることができる声が投げかけられた。
「お前さん、戦えるのかい?」
騎士団長ベルクーリ・シンセンス・ワンだ。
それは鶴の一声の如く、その場を静寂に包ませラテンに投げかけられる。ラテンは一息つくと、リリアが持っている刀を手に取り、ベルクーリの方向に突き出した。
「このっ……!」
エルドリエがたちまち片手剣を抜こうとするが、ベルクーリはそれを左手で制すと、ラテンの行動をじっと見ていた。
その場にいたリリア以外の全員がラテンの右腕に集中する。一方リリアは俯いたままだ。
途端、一人の隊長が口を開こうとした瞬間、その現象は起こった。
『………!?』
リリアとラテン以外が息を呑むのが分かる。
右手が何の前触れもなしにカタカタと震えはじめ、それが伝染するように右腕全体を震わせる。
次第にそれが激しくなり、体全体が震えはじめた瞬間右手から刀が音を立てて地面に落下した。
「………それが、お前さんが戦えない理由か」
「そうだ。俺は刀おろか武器となるものすべてを持つことができなくなった。仮に持てたとしても、剣術がすべて思い出せない。今の俺じゃ、戦力にもならないよ」
刀が光を出して変形すると、ラテンの頭に乗っかる。それを見たラテンは今度こそ踵を返した。
三十人にも及ぶ視線を背中に浴びながら、歩いていくラテンの心境は複雑なものだ。
『戦える力はあるはずなのに、戦うことができない』
それはラテンにとって最も苦しいことだった。
戦うことができない、すなわち誰も守ることができない。目の前にいる人でさえも救うことができないのだ。
自分の存在が否定された気持ちに満たされながら陣幕をかけた瞬間、まるで自分ではないように体が勝手に動いた。
「………っ!?」
地面に転がり込み、すぐさま片膝で起きると先ほどまで陣幕があった場所から外の風景が見ることができた。
そのまま顔をスライドさせると、両手で剣を持ったままこちらを見ているベルクーリの姿が視認できる。
「何を……!」
「どうやら、体は覚えてるみてぇだな」
そう言って納刀した。
どういうことだ、と思いながらベルクーリの視線をたどると、そこにはラテン自身が予想もしていなかったことが起こっていた。
いつも帯刀していた部分のあるはずもない刀をまるで握っているかのように、両手が動いている。
これはラテンの意志関係なく、身体が憶えていることなのだろうか。ならば何故、武器を持つことができないのか。残念ながら脳をフル回転させてもその答えは出てこない。
「武器を持って戦うことだけが、『戦い』じゃねぇ。お前さんもそう思わなかい?」
「………つまり、俺に補給係をやれということか?」
「まあ、そうなるが………お前さんの事象が解決され次第、最前線で整合騎士と共に戦ってもらうことになる」
確かに妥当な意見だ。
補給係といえど人員は一人でも多いほうがいいはず。それに今のラテンがリリアの手助けをできるのならやらないわけにはいかない。
「閣下……!」
「いいじゃねえか、エルドリエ。一人でも多いほうがいい。それに………この坊やは俺より強い」
その言葉が放たれた瞬間、周囲がざわめく。
何たってこの人界最強とも呼べるベルクーリが言ったのだ。自らの口で、自分よりも強い奴がいることを言ったに加え、その人物が大罪人であるラテンなのだ。それは普通の兵士ならば戸惑うだろう。
「……根拠は?」
「目を見ればわかる」
ラテンの問いに、おどけたように答える。
ベルクーリはリリアを一瞥し、再びラテンを見つめると口を開いた。
「で、やるのかい? やらないのかい?」
そんなのはもう決まっている。
リリアを生きて連れ戻すためなら、兵士であろうと補給員であろうとかまわない。マリンとの約束を守るためなら、何でも。
「……わかった。やらせてもらうよ」
作戦会議場を離れたラテンは、言われた通り《人界守備軍補給部隊》のテントへと足を運んだ。補給部隊のほとんどが戦場で戦わない人間たちだろう。それでも戦場と同じように戦うことになる。
補給部隊というのは、それが途切れた瞬間ほぼ戦争の負けを意味する重要な集団だ。いかに迅速に補給を行うかが、人ひとりの命の生死を分ける。
そんな部隊に配属されたラテンは、リリアの要望通り、最前線に行くことはない。もちろんラテンはそれに反対したが、いつも通り頑固属性を発動させたリリアに押し負けてしまった。
ベルクーリに小声で「痴話喧嘩みたいだな」と言われたが、それに反論するほどの気力はすでに残っておらず、とぼとぼ会議場を出たのだ。
「………すごいでかいテントだな」
一目見ただけで大きいと感じるテントは、一辺五十メートルほどの正方形をしたものだった。高さは一番高いところで同じく五十メートルほどあり、これを『テント』と呼んで本当にいいのだろうかと思ってしまう。
しばらくそれを眺めていたが、自分の目的を思い出すとその中に入っていく。
中では大量の物資と大量のおそらく補給部隊と思われる人間が行き来していた。しかし、ラテンのことを知っている人はいないようだ。
それはそれでとてもありがたい。
そのまま中に歩いていくと、正面から見たことのある制服を着た見たことのある少女二人とすれ違った。
ラテンはそのまま数歩歩くが、途中で立ち止まり、神速とも呼べる速さで振り向く。その少女たちもラテンの存在に気づいていたのか、振り返っていた。
「……ロニエとティーゼ?」
「もしかして、ラテン先輩ですか?」
燃えるような赤毛の少女が口を開く。
ラテンは数秒間二人を交互に見ると、ようやくあのキリトとユージオの傍付きであった、ロニエとティーゼだということを認識する。
「お前ら、ここで何を……?」
「はい。私たち、人界のために何かできないかと思いまして、補給部隊に志願したんです」
「ラテン先輩は、何故ここに?」
驚いた。
ロニエとティーゼは、今、修剣学院で剣術や神聖術を学んでいる最中だったはずだ。それをなげうって、死ぬ可能性があるこの場にやってきたとは。
顔見知りがいて少しだけ嬉しく思い、笑おうとするがすぐさま暗い表情に戻す。
「俺はリリアのためにな…………それよりも」
「………ユージオ先輩のことですか?」
「……ああ」
そう。ラテンはユージオを助けることができなかった。共に生きてアドミニストレータを倒すことができなかったのだ。
もちろん大いなる戦いには大いなる犠牲が伴う。それでも、誰も死なずに、笑顔で戻れる時を心待ちにしていた。
今のラテンには二人を正面から顔向けできない。
「……ユージオ先輩はきっと生きています。青薔薇の剣の中で……ずっと…」
「………そうだと、いいな」
ラテンにはそう言うことしかできなかった。
きっとユージオに対する悲しみは、誰よりもティーゼの方が強い。たった一ヶ月傍付きだったからとはいえ、ここまで後輩に慕われているとはユージオがうらやましく思う。
「では、また」と言ってラテンとは反対方向に歩いていく二人。その背中は、半年前よりも強く感じられた。
ラテンはそれを見届けると踵を返す。ベルクーリに言われた通り補給部隊隊長に指示を受けなければならない。
そのまま歩いていこうとするが、すぐさま立ち止まった。その原因は、目の前にいる人物が、ロニエとティーゼと同じく、ラテンの顔見知りだったからだ。
「………シャロン?」
長い髪をポニーテールにまとめ上げている少女。
上級修剣士とその傍付きの半年ぶりの再会だった。
なんかラテンのキャラが変わっているような気がするのは私だけですかね?
前半はもはや別人みたい(笑)
それはそうと、人界軍とダークテリトリー軍の決戦の地。
『幅百メートルの谷』と読んだ瞬間、「あれ? これ神聖術なかったら、スパルタ人圧勝じゃん」と思ってしまいました(笑)
300(スリーハンドレット)でも似たような場所で戦っていましたよね?まあ、あちらは全員マッチョメンですが(笑)
そして、発表し遅れましたがソードアートオンラインの第二作目を書きはじめました。(もうすでに、六話も投稿していますが笑)
題名は
『ソードアート・オンライン 逆襲のエンジ』
・・・。
嘘です!すいません!
なんかジオン軍が出てきそうな感じですね(笑)
本当の題名はこちら!
『ソードアート・オンライン ~失われた片翼~』
これはラテンとリリアの関係をSAOから始めたら、ということで書きました。
四か月前よりかは文章力が上達していると思いますので、読みやすくはなっていると思います。
『ソードアート・オンライン ~失われた片翼~』共々これからもよろしくお願いします!