( ゚Д゚)( ゚Д゚)( ゚Д゚)( ゚Д゚)( ゚Д゚)( ゚Д゚)( ゚Д゚)( ゚Д゚)( ゚Д゚)
ドクン。
奥底に眠る『何か』が脈打つ。
――やめろ。
奥底に眠る『何か』に懇願する。
ドクン。ドクン。
しかし、願いに反して『何か』は暴れだす。
ドクン。ドクン。ドクン。
――やめろ。やめてくれ。
次第に早くなっていく鼓動を止めることはできない。
ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。
ある一点を中心に、体が黒く染まっていく。
抗うように懇願しても、その勢いは弱まらない。
ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。
――やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!
やがて『黒い何か』はラテンのすべてを覆った。
顔を跳ねた不快感を指で拭う。
指先についた赤色を一瞥すると、この血の所有者に顔を向けた。
自分に反抗してきた青年は、左手で顔を抑えながら荒い呼吸を繰り返している。俯いているため、表情はよく見えない。だが、おそらく自分の無力さに打ちひしがれているはずだ。現に、先ほどまでの威勢のよさは綺麗さっぱり消えている。
暗黒神ベクタ――ガブリエル・ミラーはこの青年に期待してしまった自分を少し呪った。今まで殺してきた者たちとは違う『何か』を感じたのだが、どうやら気のせいだったらしい。
青紫の剣をゆっくりと持ち上げ、青年に向ける。
途端、青黒い光が剣先から伸び、青年に衝突した。
「……消えろ」
音もなく近づいたベクタは、顔を抑えたまま動かない青年の無防備な腹に右手の剣を突き刺した。自分の体に剣が刺さったにもかかわらず、悲鳴一つ上げない青年にベクタは嫌悪の色を顔に浮かべた。
つまらない。実につまらない。
普通の人間であれば、自分の死が近づけば懇願や悲鳴を上げるものだろう。その中でも、自分の力に自信を持っておりそれが通用しなかった者の絶望は一際大きいはずだ。
それだというのに、この青年は黙ったまま自分の剣を受け入れている。
結局、この青年も今まで殺してきた者たちと同じだった、ということだろう。
「……アリシア……待っていろ」
そう呟いたベクタの思考からはラテンの存在が完璧に排除されていた。思考を埋め尽くすのは、銀色の竜の背で眠っているアリスのみ。
銀色の竜たちがこちらを睨んで、ぐるると唸る。
さっさと飛び立てば少しは時間を稼げるはずだが、それをしないのはアリスが気を失っているからであろう。
この場所はおおよそ百ヤードある。万が一、気を失っているアリスがバランスを崩して落下してしまったら助からない。だからこの竜たちは青年にすべてを託したのだ。結果は、見ての通りだが。
そこで、ベクタは忘れていたかのように右手を引く。
ずろろ、と不快な感触と共にゆっくりと抜けていく剣が、不意にその動きを停止させた。それと共に感じたのは、自分の右手を掴む『何か』。
「…………?」
先ほど消し去った青年の思考を戻しながらその『何か』に視線を向ける。
皇帝の青い双眸に、血みどろになった手が映りこんだ。
「なん――」
「つ~かま~えた」
おそろしく低い声音には似つかわしくないイントネーションが目前から聞こえてきた。
驚いて視線を向けてみれば、血まみれの顔の中こちらを凝視する一点の瞳。その少し下には口角が上がった唇が――
次の瞬間。
右腕の感触が
「――っ!?」
ベクタは顔を大きく歪ませながら後ずさる。
ちらりと視線を右に動かせば、ついさっきまであった右腕が消えている。あるのは痛みと、肩から噴き出している鮮血のみ。
「……止まれ」
左手を傷口にかざし、命令するように口を開けば、噴き出していた血がぴたりと止む。それを確認すると、再び正面を向き直った。
見れば、青年が左手でベクタの右腕を持ち、腹部に深々と刺さった青紫色の剣を抜いていた。その顔はとても痛みに耐えているような表情ではない。ただただ笑っていた。
「……お前は、一体――」
そこまで言って、視界から青年の姿が消える。
目を見開き急いで視線を動かすが、どこにも青年の姿はない。
ガブリエルにとって、戦闘で相手を見失うのは初めての経験だった。だから一瞬だけ判断が遅れてしまう。
「――ここだ」
不意に背後から声が降りかかってきた。それと同時に訪れるのは、鋭い痛み。
「――っ」
しかし、ベクタの反撃も早かった。
振り向きざまに残った左腕でエルボーを顔面にお見舞いする。
長年鍛え上げたマーシャル・アーツの威力は絶大で、ラテンの動きを止めた。そのまま青年の腹部にニ―・キックをめり込ませると、大量の血がラテンの口から飛び出した。
無防備になった背中に左手を振り下ろす。しかし、その手がラテンの背中に触れるのと同時に、ベクタの体に刀が振り切られた。
ラテンは地に叩き付けられ、ベクタは腹部を抑えながら数歩下がる。
ドクドクとラテンを中心に鮮血が床に広がるのをベクタは無表情で見つめていた。しかし、その足は後ろに下がっていく一方で、先ほどよりも余裕がない。
やがてベクタのかかとに堅いものが当たる。
「……?」
視線をそちらに向ければ、
自分の右手を何のためらいもなく払いのけると、青紫色の剣に手をかける。そのまま振り向きながら勢いよく剣を突き出した。
ベクタに迫っていた黒い影がピタリと止まる。
「……死の危機を感じて内なる力が目覚めたか」
ラテンは答えない。
ベクタの能力を受けたからだ。
「……だが、残念だったな。それでも私を倒すことはできない」
ベクタは青紫色の剣を掲げる。
そして、無造作に振り下ろした。
青紫の剣先がラテンの体に触れた瞬間、二つの鮮血が迸った。
「っ!?」
ベクタは自分の体を駆け抜けた電流に目を見開く。見れば、青年が刀を振り切っていた。
――ありえない。
《暗黒神ベクタ》の能力は完璧だ。それにガブリエル・ミラーの心意が合わさることで、唯一無二の絶対的な力へと変貌した。どんなに強靭な精神を持つ人間でも今のガブリエルの前では無力。つまり、青年がベクタの能力を抜け出すことなど不可能なはずだ。現に先ほどは青年の動きが止まっていた。
しかし、今の反撃の速さは異常だった。
ベクタの剣が触れたのと同時に、青年の刀が動き出していた。そこから推測すると、自らの体を取り巻いていた虚無に、ほんの僅かな違和感が加わったことで瞬時に正気に戻った、というところだろうか。それでも先の速さは異常だ。システムアシストが働く前に速く動くなど、人間業ではない。
ベクタが後ずさると、それを追うようにラテンが詰めた。
ついさっきよりも格段に速くなっている斬撃をベクタは防ぐので手一杯だった。まるであらゆる方向から同時に攻撃されているようだ。
しかし、それでもシステムアシストの力は強大で、ベクタにこれ以上の傷を付けさせない。
視認不可能な斬撃の応酬が二人の間を行き交い、衝突する。時節飛び散る火花が、辺りを明るく照らした。
数秒間の均衡状態が続いたのち、青紫の剣がラテンの肩を掠める。同時にラテンは動きを止めた。
無表情にベクタはラテンに剣を突き刺す。そのまま壁に突き刺さった剣を抜くかのように、傷が塞がっていない腹部へ前蹴りをする。強烈な連撃に、ラテンは数メートルほど吹き飛んだ。
ベクタはちらりと自分の体を一瞥する。
胸元にできた新たな傷が、大量の鮮血を噴き出していた。
「……あきらめろ」
このまま戦えば、間違いなくベクタが勝つ。
今の二人の速さはほぼ同等。有効的なダメージを与えるには、それ相応のダメージを受けることになる。つまりこの戦いは我慢比べ、すなわち
ただの『一般人』であるラテンと『神』であるベクタの天命量は、言うまでもなくベクタに軍配が上がる。
しかし、そんなことなどまったく気にしていない様子で、吹き飛ばされたラテンはよろよろと立ち上がった。
体には無数の傷と、二つの大きな穴。片目は斬られ、体中は血に染まっている。
どう見ても致死量を超えた出血をしていた。立っていられるはずがない。
「――化け物め」
そう呟いたベクタの口元には淡い微笑が浮かんでいた。
緊迫した戦闘は何度も経験している。しかしこれほどまでの高揚感を得るのは、初めてだった。
自分と対等な実力を持つ者。そんな人間の魂も長年待ち望んでいた。アリスの魂を味わう前にそんな人間と出会うことができたのは奇跡だろう。あるいは、こうなる運命だったのか。どちらにせよ今のガブリエルにとってはアリスに次ぐ収穫物だった。
自分でも立っていられるのが不思議だった。
失われた血液すなわち天命は、自分の許容量を遥かに超えている。体はすでに限界を超え、正常な思考もままならない。
こんなに生きているのが苦しいと感じたのは初めてだ。体中が悲鳴を上げ、呼吸をすることさえ躊躇われる。きっと、ベクタの次の一撃を無感情に受ければ、苦しみから解放されるだろう。それでも立っていられるのは、目の前の男に向かっていけるのは、自分はまだ死ねないと思っているからだろうか。
ラテンは地を蹴る。
黒い『何か』に染められ、もはや自分ではなくなってしまった自分の力は凄まじかった。システムアシストを搭載し、絶対的な能力を持ったベクタと対等に渡り合っている自分の本能は、システムの力を超え、人間の力すら越えようとしている。
『自分を守るために』。
そこで何かに引っかかった。
――俺は、自分を守るために戦っているのか?
不意にベクタの剣が再び掠る。意識が、ふっ、と途切れ、虚無が思考を覆う。そして何かが自分に触れると、反射的に刀を振り切った。
意識が戻れば視界に映るのは宙に飛び散る新たな自分の血液。
それを無感情に眺めながら、先ほど中断した思考を再び地を蹴るのと同時に再開する。心の底にあるのは、『死ねない』という感情と『ベクタを殺す』という殺意のみ。それ以外は何もなかった。しかし、何故か引っかかる。
ベクタに対する殺意はわかる。この戦いが始まる前からずっと抱いていたことだ。だが、『死ねない』という感情は何だろう。即座に『自分のために』という言葉が浮かんでくるがどうもしっくりと来ない。この言葉以外にもっと適切な言葉があるような気がしてならないのだ。
何度目かの打ち合いの後、再び虚無がラテンを襲い、ベクタに吹き飛ばされる。もちろんベクタもただでは済まず、新たな傷ができていた。
「この楽しい時間も、次で終わりだ」
ベクタは剣を突き出す。
仰向けに地面に倒れたラテンは視界の隅に映った銀色に、視線を動かした。
静かに見守る二頭の銀色の竜。その背に見える僅かな金色。
その金色には見覚えがあるような気がした。
「あ……りす……」
口が勝手に動く。
思い出せなくても、体が覚えている。いや、思い出せないのではない。思い出そうとしていないのだ。思考を埋め尽くす殺意がそれを許さないだけで、本当は記憶の中に眠っている。彼女のことや、自分が引っかかる原因の正体が。
途端、激しい頭痛と何度も味わった虚無に襲われた。
――ころせ。
何もない真っ黒な空間で、自分の中にいる『何か』が語り掛けてくる。
――じぶんをまもるために。
それが正しいと言わんばかりにつきつけてくる。
「……違う」
――なにもいらない。
「違う」
――おれだけがいればいい。
「違う!」
頭の中に響いてくる声をかき消すように叫んだ。
「俺は……俺は……!」
ひたすら闇が広がる空間を懸命に走り出す。
自分が戦う本当の理由を、忘れている何かを探すために。
やがて足がもつれてその場に倒れ込んだ。息が上がり、視界がぼやける。すると、ぼやけた視界に白い光が舞い込んできた。温かく、優しい光に思わず手を伸ばす。その光を取ることができれば、すべてがわかる気がするのだ。
「……教えてくれよ。俺は何のために……」
『――待ってるよ』
「っ!?」
絞り出したように呟いたラテンに優しい声がかけられる。
顔を上げれば笑顔を向けてくる一人の少女。
「――ユウキ」
その言葉を引き金に、たくさんの人の顔が頭の中に飛び込んできた。
この世界にやってきて最初に話し、色々なことを教えてくれたサイン。
困っていたラテンに居場所を提供してくれたソコロフさんとアイシャさん。
素直じゃないけど根はとても優しく姉思いのマリン。
この世界で数々の修羅場をくぐり抜けてきた相棒とも呼べる存在であるリリア。
そしてラテンの最も大切な存在であるユウキ。
「そうだ……俺は」
ゆるりと立ち上がる。
何も存在しない虚無の中で、一筋の光を手に取ったラテンはゆっくりと瞼を上げた。
「俺は、大切な人を守るために――死ねない!」
ラテンの視界が光に包まれた。
「……な、に」
「言っただろ。そう思い通りにはならないって」
笑みを浮かべたラテンの首元には、散々苦しめられた青紫色の剣の切っ先が制止していた。喉元を貫通させるよりも早く、ラテンが刀身を掴んだのだ。
「……なぜ動けた」
「教えねぇよ。きっとお前が生涯をかけても理解できないことだからな」
ぱっ、と刀身を離して、刀を振るう。しかし、案の定システムアシストによりいとも簡単に避けられてしまった。だが、ラテンは笑みを崩さない。
左手をかざし、遠くで転がっていた鞘を呼び寄せる。
「……またその瞳、か」
ベクタは静かに呟く。
「……その瞳のお前には興味はない。消えろ」
「とんだホモ野郎だな。言っておくが俺はノーマルだ」
ラテンはゆっくりと納刀した。そのまま腰を落とし、抜刀術の構えを取る。
「またその技か。愚かだな。私には通用しない」
「……そうか、まあ見てろよ。今の俺にしかできないとっておきだからな」
大きく息を吸って呼吸を整える。
受けた傷からしてこれが最後の攻撃になるだろう。だから――
「――ルアー・オリジン」
左手に持つ鞘が白い閃光を伴う。
ベクタは無表情でそれを眺めると、ゆっくりと剣を突き出した。
「……終わりだ」
「――ああ。これで終わりだ」
自分の中に残っているすべての力を使い、ラテンは一陣の風になる。ベクタの心意が込められた光を、風の如く避け続けるとやがてベクタの前へ到達した。
右足を踏み込み鞘から刀を抜く。
白い稲妻がベクタに襲い掛かった。
この瞬間、ベクタは勝利を確信した。
青年が繰り出したのは何の変哲もない抜刀術。違うところは、システムアシストと同等の速さということくらいか。しかし、それは何の問題もない。
この状況。先に仕掛けたのは青年であり、その一撃をシステムアシストで躱すことは厳しいだろう。だが、躱すことはできなくても、防ぐことはできるのだ。システムアシストをフル活用し、最適な角度で刀を受け、そのまま受け流す。そして無防備になった体に剣を突き刺してすべてが終わりだ。
ベクタは剣を持ち上げた。
迫りくる白い稲妻を寸分の狂いもない動作で受け、そのまま――
「――っ!?」
ベクタは目を見開いた。
何故なら、阻まれ、受け流されるはずの白い稲妻が青紫の剣を
次の瞬間、暗黒神ベクタの膨大な天命が消し飛んだ。
「――
最初の右足踏み込みと同時に刀を抜き、重心を上半身へ移動させる。左足が浮くのと同時に一瞬だけ手首を動かし刀を引き寄せ、左足の踏み込みと同時に再び手首だけを動かし、軌道を元に戻してそのまま振り抜く。旧・大空天真流最後の抜刀術。
一歩間違えれば自分だけが剣を受けてしまう非常に危険なこの技が成功したのは、ラテンの『死ねない』という思いが大きな要因だろう。
大きく息を吐いたラテンは両手に持った刀と鞘を離す。
糸が切れたかのように膝が折れ、膝立ち状態になった。
「……悪い、ユウキ。少しだけ……休ませてくれ」
そう呟いたのを最後に、ラテンは動かなくなった。
いやあああああああああああああああああああ!!!!!!
いや、ほんとうにもうなんといえばよいか……
ごめんなさい。本当にごめんなさい。