ソードアート・オンライン~神速の剣帝~   作:エンジ

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第五十三話

「なあ、クリッター。確かSTLってもう一台余ってたよな?」

「あ? ああ、まあな。もしもの時の保健用にな」

 

 そう言うとクリッターと呼ばれた男は再びモニターに視線を映した。

 最初に質問した男は、手に持っていたジッポーの火を消すと、咥えていたタバコ近くに置いてあった灰皿に押し付ける。

 男の名は、ハリス。オーシャンタートル襲撃を計画したガブリエル・ミラーが連れてきた、小柄だが筋肉質な男だ。

 ハリスは一度大きく深呼吸すると、持ってきたバックの中を弄り始める。そして何かを掴むのと同時に、クリッターへ顔を向けた。

 

「つまんねぇから、俺もあの世界へ行っていいか?」

「……はあ?」

 

 クリッターは呆れた顔をハリスに向ける。

 ハリスはガブリエルからメインコントロールルームの防衛を任されている。ここはいわば、ガブリエルたちにとっての本部であり、ここが取られたら計画がすべて台無しになるため、この状況でのハリスの言葉に呆れるのは当然と言えば当然だろう。

 

「だってよぉ、すげぇ暇なんだよ」

 

 左手に持ったジッポーを開いて閉じてを繰り返す。

 そんなハリスへクリッターがモニターに視線を映しながら口を開いた。

 

「なんだ、血が疼くのか? ゲーマーとしての」

 

 クリッターの言葉にハリスは淡い微笑を浮かべる。

 ハリスはガブリエルが最高作戦責任者を務める《グロージェン・ディフェンス・システムズ》で働いている。この会社は主に軍や大企業から委託されて警護や訓練、戦地での直接戦闘まで行う民間軍事会社だ。

 その中でも優秀なハリスは、勤務時間の半分以上をゲームに費やしている。もちろん本来ならば即クビになるものだが、誰も注意しないのは、ガブリエルさえ一目置く男だからだ。彼がいなくなることは会社に多大なる損失を与えると言っても過言ではないほど能力は高い。現に、彼は依頼された仕事すべてを完璧にこなしている。作戦成功率100%は、何が起こるかわからない戦場において異例の数字だろう。

 そんな彼がゲームにはまった理由はただ一つ。彼と同レベルの実力を持った人間と戦いたいからだ。それもノーリスクで。

 

「だってさっきのヴィサゴの野郎の表情見るとやりたくなってもしょうがねぇだろ?」

「……俺はそうは思わなかったけどな」

 

 肩をすくめたクリッターは続けて口を開く。

 

「黒騎士アカウントはもうねぇから、行くならただの兵士アカウントだぞ?」

「それなら問題ない」

 

 ハリスはゆっくりと立ち上がると、手に持った紙をクリッターに手渡した。

 

「お前もコンバートか?」

「ちょっくら遊んでくるわ。ヴィサゴのいる座標に飛ばしてくれ」

「へいへい」

 

 クリーターの返事を聞いた後、ハリスはゆっくりとSTL室へ歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぃ~、それにしても大仕事だったな」

「ええ、まったくですよ。まさかあんな大軍を相手にするなんて……」

「男のくせにだらしないねぇ、タルは……まあ確かにアタシも今回はきつかったかなぁ」

 

 ジュン、タルケン、ノリが後方の陣地に戻ったや否や、地面に座り込んで呟いた。そんな彼らを見て苦笑しながら、シウネーがユウキに近づく。

 

「ユウキは大丈夫? どこかけがしてたら治癒魔法をかけるけど」

「ううん、みんながいてくれたからボクは大丈夫だよ。それよりもシウネーたちは――」

 

 ユウキの心配するような声に対して、スリーピングナイツの面々は笑みを浮かべながら親指を立てた手を掲げた。心配されるような傷は負っていないということだろう、ユウキは安堵の息をつく。

 とはいえ、相手はこちらの五倍近くの戦力だったのだ。口では大丈夫と言っても、疲労は溜まっているはずだ。本来ならば、たっぷりと休憩時間を取ってあげるべきなのだが、現実にはそうはいかない。今は、人界軍を連れて一刻も早くアリスと――ラテンと合流しなければならないのだ。

 

「あ…………」

 

 ユウキは一言発すると口を閉ざした。スリーピングナイツの面々からは不思議そうな顔を向けられる。

 ただでさえ窮地を救ってもらったばかりなのだ。その上、何のねぎらいもなしに頼みごとをするのは、昔から共にゲームをプレイしてきた大切な仲間だとはいえ、少々気が引けてしまう。

 口を開けたり閉じたりと、はたから見れば奇妙な行動をしているユウキに、シウネーが声をかけようとしたとき、奥からやってきた新たな人物に声をかけられた。

 

「よぉ、お前たちも駆けつけてたのか。大丈夫だったか?」

「みんな、助けに来てくれて、本当にありがとう」

 

 振り返れば、ユウキと同じくバンダナがお気に入りなクラインとアスナだった。どうやら二人とも大した怪我は負っていないようで、ピンピンしている。

 

「お礼なんて必要ないですよ。だって私たち、同じスリーピングナイツの仲間じゃない位ですか。仲間を助けるのは当然ですよ」

 

 言葉を詰まらせたアスナに対して、シウネーは笑みを返す。アスナもそれに呼応して笑みを浮かべて頷いた。

 

「リアルワールドにはいろんな人がいるのですね」

 

 声のした方向へ顔を向ければ、そこにはスリーピングナイツと合流するまで一緒だったリリアが、不思議そうな表情を浮かべながら立っていた。

 

「リリア、無事だったんだね」

「ええ、あの程度に私は後れを取りませんよ。それよりもユウキたちも無事でよかったです。それにしても――」

 

 リリアはクラインとスリーピングナイツの面々、さらにはユウキたちの救援に駆け付けてくれたALOプレイヤーたちに視線を動かすと再び口を開いた。

 

「あの赤い兵士たちとあなたたちが、同じリアルワールドから来たとは信じられませんね。楽しそうに人を殺すあの赤い兵士たちは、リアルワールドではやはり悪の立ち位置なのでしょうか?」

「えーと、そこら辺は複雑だから詳しくは説明できないけど、決して全員が全員悪い人ではないのよ。簡単に言えば、彼らは騙されてるというか……」

 

 アスナの応えにリリアは「そうですか」と一言述べた後、これ以上はこの場で聞いても仕方がないと思ったのか続けることはなかった。

 話がひと段落したため、ユウキはアスナに現状を聞こうと声をかけようとしたが、当の本人のアスナがクラインを見て固まっていた。それを見たユウキは眉をひそめながら同じようにクラインを見る。しかし、これと言っておかしいところをは見当たらない。しいと言えば、リリアを見ながら体を小さく震わせているくらいか。

 

「どうしたのクラ――あれ!?」

 

 ユウキがクラインに声をかけようとした瞬間、目にもとまらぬ速さでクラインがユウキの視界から消えた。

 素っ頓狂な声を上げながら辺りを見渡せば、リリアの前で跪くクラインの姿が目に入って来る。それと同時にユウキはすべてを察した。

 

「失礼ですがお嬢さん、お名前は」

「うぇ!? え、えーと、リリア・アインシャルト、ですが……」

「美しいお名前ですね……」

 

 クラインはリリアの手を取ると、両手でそれを優しく包んでいつもとは違ったトーンで続ける。

 

「どうですかお嬢さん。この戦いが終わった後、一緒にお茶など……」

「え、えーと……」

 

 クラインのいきなりの行動にどう対応したらいいのかわからないのか、助けを乞うような視線がユウキとアスナに飛んでくる。リリアにとってはクラインも、スリーピングナイツの面々のような、リアルワールドの優しい人の分類に入る人だと思っているのか、本来のように簡単に突っぱねるようなまねができないのだろう。

 ユウキはアスナと顔を見合わせると、ぷっと小さく噴き出してから、キラキラと目を輝かせ、いかにもイケメンな雰囲気を醸し出している野武士ヅラの男をリリアから引き離す。

 

「はいはい、手あたり次第女性を口説くのはやめようねぇ」

「ちょ、ユウキちゃん!? それじゃまるで俺が遊び人みたいじゃねぇか!」

「間違ってはないでしょ」

「アスナさんまで!?」

 

 涙目になるクラインに、リリアは思わず噴き出した。スリーピングナイツの面々も笑みを浮かべてその光景を見つめる。それはとても戦争中とは思えない雰囲気だった。

 しばらく、和やかな時間が続いていると不意に思い出したかのようにリリアが口を開いた。

 

「すいません、伝えるのが遅くなりました。後方にいる負傷者の大半は治療を終えました。今は小父様が指示を出してるので、準備ができ次第移動できるようになりますよ」

「わかったわ。ありがとう、リリアさん」

 

 リリアの言葉に頷いたアスナは、リリアが言っていた後方へ視線を向ける。そして小さく呟いた。

 

「……大丈夫、何もかもうまくいくわ……きっと」

「うん大丈夫だよ、絶対!」

 

 アスナの言葉にユウキが笑顔で答える。それを見たアスナは、もう一度頷くと、視線を前線へと向けた。

 

「んじゃあ俺たちは前線に行きますか!」

 

 ジュンの言葉にユウキが一瞬驚く。

 まるで最初から人界軍と共に移動するような口ぶりだったからだ。

 

「どうしたんですかそんな顔をして」

「えっと……ううん、なんでもない」

 

 シウネーの言葉に一呼吸置いた後ユウキは笑顔で答える。きっとユウキが、頼み事を言うべきか迷っていたことを明かせば、みんなに怒られるだろう。『俺たちは仲間だろ』と。改めて、スリーピングナイツのメンバーに感謝しながら、ユウキも彼らについていこうとしたとき、不意にアスナが静かに呟いた。

 

「ねぇ、クライン。あの人……」

 

 聞いている相手はクラインだが、何故か今のアスナの言葉を聞き逃してはいけないような気がして、彼女らの会話に耳を傾ける。

 

「あそこに立っている人、なんだか見覚えがある気がしない……?」

「へ……? ありゃ、あんなとこで見物してやがる。誰だよまったく……見覚えっつたって、あんなカッパ着てりゃあ、顔……なんか……」

 

 アスナが指示した方向へ視線を向けてみれば、確かに遺跡参道に立ち並ぶ巨大な神像の上に、クラインが言うような黒いかっぱのようなものを着て座っている人と、その後ろで立っているこちらも黒いコートのようなものを着た人の姿が見て取れる。クラインたちのように、助けに来てくれたプレイヤーの一人だろうか。であれば、あの高さから索敵していると言われれ、ば神像の上にいたとしても納得がいく。それよりも、クラインの言葉が途中で途切れたほうが気になり、再びクラインに顔を向ければ先ほどまで能天気だった顔が、嘘のように色を失っている。

 

「ちょっと、どうしたのよ。思い出したの? 誰だっけ、あの人?」

「いや……まさか。ありえねぇよ、そんな……。亡霊を見てるのか……?」

 

 クラインの言葉にリリアやスリーピングナイツの面々も眉をひそめた。

 

「亡霊、ってどういうこと?」

「だ、だってよう、あの黒いカッパ、いや革のポンチョの方は……ラフコフの……」

「ラフ……コフ……?」

 

 そのような単語には聞き覚えがある、が完全には思い出すことができない以前にラテンが言っていたような気がするのは確かなのだが。

 その《ラフコフ》についてアスナに聞こうと顔を向ければ、クラインと違って青ざめた表情をした彼女の姿があった。明らかにただ事ではない。周囲の人間もアスナを見て、ユウキと同じ何ことを感じ取ったようで、静かに彼女を待った。

 

「…………嘘、よ」

 

 数秒の沈黙の後、アスナは掠れ声で囁いた。再び黒いポンチョと黒いコートのプレイヤーたちに視線を向ければ、まるでアスナの声が聞こえているかのように、黒いポンチョのプレイヤーがゆるりと右手を持ち上げた。そして、からかうような動きでひょいひょいと左右に振った。

 続く光景は、嫌というほど目にしたものだった。

 

「嘘……でしょ……」

 

 ユウキがぽつりと呟く。

 近くにいたリリアも、スリーピングナイツの面々も、そしておそらく後方にいる人界軍や救援に来たALOプレイヤーたちも唖然とその光景を見ていることだろう。

 新たな赤い兵士たちが、黒いポンチョと黒いコートのプレイヤーたちの後ろで次々と出現する。その数は、先ほど撃退したばかりの赤い軍勢の比ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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