見通しの良い小高い丘の上で、らしくない、とアンクは憤っていた。
己のこともそうだ。端的にいえばアンクを含む彼らグリードにとって、餌や道具の延長でしかない人間ごときに執着するなど、全くもってらしくないことである。
だがそうさせる理由が、彼の隣にいた人間には確かにあった。
アンクにとって、これは実に由々しきことである。
だからこのよく解らない憤りの最大の矛先は、当該の特殊な人間であり、アンクのかつての戦友である〝火野映司〟という人物に向いたものであった。
誰にでも、どこまでも届く手が、力が欲しいと
確かに火野映司という男は傍から見ればふらふらと危なっかしい存在だった。誰かの命が危ないと見るや己の命すら顧みずに戦いに行くし、世界が危ないと見るや人間であることを捨ててでも
そういった側面だけ見れば、聖人のようであり、世捨て人のようであり、都合の良い神様であり、誰の目にも救世主のように映ったことだろう。
だがその実、アンクと出会う以前より数多の死線を掻い潜り、誰より巨大な欲望を抱えながらもそれに蓋をして無欲を装いつつ、それでいて土壇場で大博打を打って盤上をひっくり返すような傑物ですらあったのだ。そんな男の最期がどうであったのか。
全くもってアイツらしくなかった。こんなところで命を散らすなど。
春先の浅い陽光は徐々に
アンク自身はといえば、先日の事件で古代王オーズより奪い返した鳥系のコアメダルによって完全体と言って差し支えない状態を保っている。かつてあれ程欲した完全体である。それだというのに、どうしてこんなにもイラつきが消えないのか。
……考えてみれば、そもそもからしてアンクの構成要素である鳥系のメダルが九枚きれいに揃っていること自体おかしな話なのである。
アンク自身の精神が宿っているメダルは、どうしてか知らないが映司が復活させた。
それはまだ良いとしてもだ。少なくとも鳥系のメダルはもう三枚、不慮の事故で生まれてしまった
それに留まらず、オーズドライバーが複数存在する事実はより不可解である。
本来であればひとつしか存在しないはずであり、それは言わずもがな映司が死に際まで持っていた。ところが復活した古代王も装備しており、それどころか映司を吐き出した鴻上製のグリード〝ゴーダ〟にすら残ったままであった。
結果としてそのどちらも完全に破壊したので現状またひとつに戻ったわけであるが、何がどうしてそんなことになっていたというのだろうか。また鴻上の仕業なのかとも考えてはみたものの、奴がやるとすれば人類の発展に関わる事象が起きるはずだ。
人類が八割滅んで「ハッピーバースデイ!!」は無いだろう、さすがに。……多分。
里中に聴いた話によると、鴻上ファウンデーションは協力員として火野映司を抱えていたということだ。鴻上光生という、あの二手も三手も先を見透かしているようなタヌキが、オーズの器として力を誇示していた人間をみすみす手放す結末を用意するだろうか。どうにもそれは考えにくい気がする。
「まぁ、これ以上は無駄か」
考える材料がない以上、今は完全体でいられることにせいぜい感謝するとしよう、というのがアンクが出した答えだった。映司も他のグリードも、まして古代王も居ない現状では、次にすることを見つけるのは至上の命題ではあるが、逆を言えば何に縛られるでもないわけであるし、時間など無限にあるのだ。必要に駆られてから考えれば良い。
もっとも、アイスを味わう機会が無いのは少々残念ではあるのだが。
映司を
彼から離れた理由は他にもあった。泉比奈の存在である。
信吾の身体で過ごした中で、必然的に唯一の肉親である比奈とは浅からぬ縁となった。兄の身体の所在を巡って互いに価値観をぶつけ合って来た故に、己の存在を『メダルの塊』ではなく『ひとつの命』として捉え、まっすぐ見つめてくる彼女は、アンクにとって映司と同様にかけがえのないものとなっていた。だからこそ、少し間を置きたいと思った。
泉信吾、泉比奈、それぞれに情が湧いた、などとは思いたくない。
白石知世子、後藤慎太郎、伊達明、里中エリカも同様だ。情など湧いていない。
鴻上に至ってはかつて煮え湯を飲まされた。考えただけで不愉快だ。
今となってはどんなアイスよりも尊い、あの夢のようだった日々を、なぜだか今は思い出したくもない。
これなら最初から独りの方が良かった。出会わなければ良かった。
「……馬鹿野郎が」
気付けば口から、浴びせる相手もいない罵倒が零れ落ちていた。
――お前の人生……お前の命って一体何だったんだ?
メダルに宿っただけの精神に、重い痛みが走り続けている。
――お前の手を伸ばそうとした世界、こんなんなっちまって良かったのかよ。
まるで心が削り取られていくようなこの痛みは一体何だ。
――お前の欲望は、あんな程度で満足出来るほどチャチなモンだったのかよ。
教えて欲しい。この感覚は何だ。
『――なぁ、
心の声だったものはいつの間にか魂からの叫びになり、四方に響き渡る。
だが、それに応えられる者は、もうどこにもいない。
【アンク】という名前はとある言語で『眼』を表し、またとある言語では『生命』を表すのだという。
名の示す通り〝グリードのアンク〟は視力に優れ、生命への執着が強くなった。
それ故彼は800年前は古代王の片腕となり、ついこの前まで現世のオーズの片腕であったのだ。
グリードの視界はまるで、古いテレビの砂嵐が掛かっている様に見づらい。
完全体であっても変わらない。人間を切り離している状態であればアンクであっても同様である。もっとも鳥の王たるアンクの視力は他のグリードのそれとは群を抜いて優れているのだが、それでも世界はどこまでも灰色にくすんでいる。
視覚に限らず人間の持つその他の五感に関しても希薄で、だからこそ満たされるという感覚も皆無なのだという。
欲望をベースに人造の意識を与えられた、決して満たされない存在。
それゆえに彼らは〝
人間が持ち得る感情など、理解できようもない。
……本来は。
例に倣って、アンクは雨という『水が降って来る自然現象』について感慨のひとかけらも持ち合わせていなかった。
雨に打たれることを「そんなこともある」くらいにしか思っていなかったし、濡れないように小走りをしたり、忙しなく洗濯物を取り込んだりする人間を見て「馬鹿らしい」とすら思っていた。だというのに。
生まれて初めて、己の両眼から溢れる涙を誤魔化すのに、この雨は丁度良いなと思った。そもそもなぜメダルの塊である己から水が滴っているのか、全く解らないまま。
――
思考を巡らせれば巡らせるほど、アンクにはもう何も解らない。
今はただ、意味不明な感情を乗せた遠吠えを喚き散らすことしかできなかった。
彼を支配する感情が『悲しみ』と呼ばれるものだということに気付くまで、あともう
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