そこは、雨宿りに入った廃墟内を歩いてほどなくしてあった。
壁や柱の劣化は、誰もこの施設を使わなくなって久しいことを如実に表わしている。
シケたところだ、とアンクは思った。
まぁ、古代王に好き勝手された後の世界で何を望むべくもないのだろう。
とりあえず犬死にだけはせずに済んだのだ。せいぜい感謝するとしよう、というのが、ほんの今の今までのアンクの考えであった。
ところが「
状況的な不意打ちにアンクは「……あ?」と眉をしかめて二度ほど瞬きをする。
「……この扉だけ妙に新しいな。どっかから持って来たのか?」
「まぁそんなところかな? とりあえず入って入って」
何か誤魔化すように促す比奈に若干の不信感を覚えつつも、アンクはその〝真新しい扉〟の前に進み出た。
ドアノブは既にカザリが握っており、いつでも開けられるように身構えている。
「準備は良い?」
「どういう意味だ。通るだけで何か準備がいるのか?」
「いや、ちょっとした確認さ。別に他意は無いよ」
ここにきて微妙に訝しむアンクを前に、カザリが比奈に目配せをした。
比奈の頷きを得ると、カザリはドアノブに力を込める。
廃墟に不釣り合いな扉が開くと、強い光が溢れ出す。
暗闇に慣れていたのもあるだろうが、何かもっと別の光が漏れているような、そんな不可思議な感覚がアンクを包み込む。
「ようこそアンク。〝死者の館〟へ」
「……あ?」
「どっかの誰かの受け売り。気にしないで良いよ」
カザリの横を通りすがりに露骨かつ芸術的に眉をしかめたアンクは、そのまま躊躇なく光の中に足を運んだ。
『多国籍料理店 クスクシエ』
そこはかつて比奈がバイトを始め、その比奈に引っ張られる形で映司とアンクが居候することになった
日替わりでいろんな国の料理が並ぶ大層賑やかな店で、そもそも店主の知世子が大層賑やかであった。
最初はその
アンクにとってそんな日々が、本当にいつの間にか、自分でもどうしてそうなのか解らない程度には、かけがえのない日常になっていった。
そんな色んな思いの詰まった『クスクシエ』の内装が、そこにあった。
「どう? アンク。ちょっと懐かしい?」
おずおずと感想を求める比奈だが、当のアンクは言葉を失っていた。
此処では本当に色んなことがあり過ぎた。
苛立ったことも、つらかったことも、悲しかったことも。
きっと今考えれば楽しかったこと、嬉しかったことも間違いなく沢山あっただろう。
その出来事ひとつひとつが、一瞬で滝のように溢れて来るのだ。
レジスタンスに身を置くなど、最も縁遠い人間だと思っていたのに。
そもそも店も倒壊してしまって、別の廃墟に臨時オープンしてたくらいだったのに。
「浮かない顔ねぇ。アイス、あるわよ! 食べるでしょ?」
幻影のクセにしつこいな……と思っていたら目の前にいたのは知世子本人だった。
「種類色々あるわよ! バニラ? チョコレート? それとも、フルーツ系?」
アンクは再度眉をしかめると、また二度ほど瞬きをした。
矢継ぎ早な応酬は記憶より二倍くらい賑やかである。
「あ、やっぱりアレよね、プレミアムなやつ! あるわよ!」
「お、おう……」
「今持って来るからね、ちょっと待っててね~!」
そう言うと知世子はカウンターの裏へそそくさと消えて行った。
「……何なんだ、一体」
首を傾げながら後ろを向き直ると、比奈は苦笑いをし、カザリはやっぱり肩をすくめていた。
「これには準備がいるだろ? だから聞いたんだよ」
「先に言っとけ!」
カザリに言い返したあたりで、奥の席から何者かの妙な視線を感じる。
隙を作らぬように瞬間的に振り向くと、そちらにも見覚えのある顔があった。
「よう、アンク」
「アンク~、ひさしぶり~」
屈託の無い満面の笑みで迎えるのは『サイ』、『ゴリラ』、『ゾウ』のメダルから成る〝重量動物の王〟たるグリード、ガメル。
「元気そうで何よりだわ、アンク」
一見クールだが妙に湿っぽいのは『シャチ』、『ウナギ』、『タコ』のメダルから成る〝水棲生物の王〟たるグリード、メズール。
「……お前らも生きてたのか」
それぞれ人間体だが、カザリとアンクを含め、八百年前に造られたグリードが一堂に会した。よりにもよってどうしてこんなところで。
他三人と比べて、アンクのピリ付き具合が若干上がってきたことを察したカザリが、やや仰々しく間に割って入った。
「まぁまぁ、喧嘩をするためにここに来てもらったわけじゃないんだから。とりあえずアンクも一旦落ち着きなよ」
それを聞いてかアンクは、フン、と鼻を鳴らしてそっぽを向く。
そもそもがカザリに助けられてる身であるので、アンクも下手ないざこざを起こす気はない。腹の中がどうあれ話し合いができない連中ではないし、今現在矛を交えているわけでもない。
「全部説明してもらうぞ」
と、アンクが言い終わる直前に、唐突に左頬に冷たい感触があった。
「お待ち遠様! どうぞ召し上がれ♪」
いつの間にか背後を取った知世子が、アンクの頬にアイスを当てていた。
無論プレミアムなやつである。
アンクの瞳は一瞬天井を仰いだが、ぎゅるんと回転してから微笑んでいる知世子を睨みつける。そうしてからアンクはプレミアムなアイスを半ば強奪に近い形で受け取ると、妙に力んだ声で「いただきます」と言ってからカウンターの席についた。
条件反射なのか、前より情が湧いたからなのか、これには知世子もニッコリである。
テンポを崩されて
バリバリと袋を破ってアイスにかぶりつくと、濃厚な甘さと冷たい感触が雨で冷えた身体にじつに染みる。しかし、世界が滅んだ状況でよくこんなものを用意できたものだ、とアンクは少し知世子を見直した。
「本当に好きなのねぇ、アイス」
呆れというより感心した、という面持ちでメズールがつぶやく。
「おれもたべる、あいすたべる~」
触発された様子のガメルが、何やら子供じみた要求を始めた。
「はいはい、ガメルちゃんは何味にする~?」
知世子が色んな種類のアイスをガメルに差し出す。
「オレは酒が良いな。米でできたやつが」
ウヴァは突如として方向違いの要求を言い始めた。
バッタのメダルは農作物と相性が良いのだろうか……?
「ボクは和牛のステーキが食べたいな。レアなやつが良いよね」
カザリに至ってはもう流れで食事の要求をし始めた。
一体何なんだこいつら。
「お酒とステーキはちょっと待とうか、ね?」
さすがに見兼ねた比奈が鎮火に当たっているが、ウヴァとカザリがあーだこーだと反抗し始め、メズールが魚料理を所望し始めた辺りで店内は紛糾した。
「あいつらうるせぇな……」
後ろの騒がしさでアンクのこめかみに若干の青筋が浮かび始めるが、目の前のアイスを食べることには代えられない。アンクだって〝鳥の王〟たるグリードである。どんな状況であろうと己の欲は忠実に遂行するのだ。そんなことをアイスと一緒に
「美味しいですか? アイス」
低い声色で落ち着き払った口調、明らかにこっちを向いてないであろう声、恐らくは細身で高身長な男性。多分そいつは眼鏡を掛けて人形を肩に乗っけているはずだ。
アンクは思わず左手で顔を覆った。
「……お前も居ンのか、真木」
「おかげ様で。お久し振りです、アンク君。またお会いできて嬉しいですよ」
アンクに話し掛けているはずなのに、当人は肩に乗った少々不気味な人形『キヨちゃん』に向いてしか話せないのは相変わらずのようだ。
真木清人博士。鴻上生体研究所の元所長であり、稀代の天才といって良い腕で数多のメカニックを造り出し、当初はオーズの協力者の一人として認識していた人物。
だがその実態は他者の命も、己の命すら物のように扱い、最終的には生来の終末思想に走り、紫のコアメダルを持ち出して自ら恐竜グリードと化したマッドサイエンティストである。
オーズとの最終決戦、彼は映司とアンクの『タジャドルコンボ』の前に敗れ、発生したブラックホールに飲み込まれて消滅したはずである。今思い返してみても、当時は中々の消耗試合だった。
「オレは別に嬉しくないがな……」
「そうですか。ところで私は、きみにアイスを食べた感想を聞いているのですが、どうなのですか?」
まったくこいつの考えていることは理解ができない、とため息をつきつつ、アンクはそれくらいの受け答えなら応じてやろうと思った。その程度の質問で、別に何が変わるわけでもない。
「……あ? 美味いよ。プレミアムだからな。それがどうした」
「〝人間を切り離しているのに〟ですか?」
アンクは瞬間的に硬直する。
考えてみればそうだ。あの人間、泉信吾は置いて来た。
万に一つもないと思っていたが、危険があるとすれば紫メダルを抱えている自分の近くに違いない。そうであるならば、少しでも離れていた方が良いだろう。今は泉信吾も瀕死なわけではないし、比奈が
アンクなりに状況を踏まえて、そう決めたことだった。
それなのに。
「何……で、味がするんだ……?」
それを皮切りに、今までの疑念が洪水のように湧き出し
――比奈、そういえばどうしてここにいるんだ……?
――ウヴァ、カザリ、ガメル、メズール、真木……一体何で生きてる……?
――古代王は一体どうやって……??
――この店も……知世子も……何で……??
――そもそも、オレはどうして……???
アンクの混乱は頂点に達し、最早パニックといって良い状態だった。
その様子を見て、真木博士はどこか満足気に助け舟を出すことにした。
「良いでしょう、説明して差し上げます」
もっとも、彼の一言でアンクがパンクしてしまったわけであるのだが。
「ガメル君、お願いします」
「うん、わかった~」
真木博士に指示を受けたガメルは、頭から煙を出しているアンクをカウンターと逆方向に向き直らせ、口を開いてとりあえずアイスを突っ込んだ。
咳払いをひとつしてから真木博士は話し始める。無論、肩に乗っているキヨちゃんに向かって。
「順を追って説明しましょう。まずは前提から」
アンク以外のグリードの面々は、聞き飽きたという
比奈は真木博士の横で、アシスタント的なポジションにつく。
知世子はやることが無いのか、観客として適当な座席で受講するようだ。
「私がきみ達のタジャドルコンボに敗北を喫した後、つまりアンク君も消失した後ということになりますが、火野君は鴻上ファウンデーションの協力員として世界中を飛び回っていました。しかし、これは事実上アンク君を復活させる方法を探すついでに協力員として現地活動をする、というものが実状だったようです」
映司、という名前を聞いた瞬間にアンクの目の色が戻る。
「ちょっと待て。お前が何であの後のことを知ってる?」
「そこは後で話すので、まずは前提として受け取っておいてください」
アンクは不服を噛み潰しながら右肘をカウンターテーブルに置く。
「その活動の中、西欧のとある遺跡を調査中に、彼はとある
「もったいぶらずに教えろ」
真木博士は鼻から大袈裟に息を吸うと「泉さん」と一言。
比奈はそれに「はい」と返事をすると、小脇のポーチからメダルらしきものを三枚取り出した。
それらはアンクが肘を置いているカウンターテーブルに広げられる。
白色、金色、黒色と、バラバラな色は同系統とは思えないが、新造のメダル群はあえて色の統一を避けているらしいので、アンクとしては古いメダルであろうと
「オーズとは祖を
アンクの目が続けるように促す。
「ただ、このメダルはきみ達のものとは決定的に違う点が……まぁ要約すれば三点ばかりあります」
「クドい。要点だけ話せ」
咳払いをもうひとつしてから、真木博士は続ける。
「ひとつは精神が宿らないこと。つまるところこのメダルにはグリードが存在しません。これは紫のコアメダルとも違い、人間を依り代にしたグリードも発生し得ないということです」
「他は?」
「単体では戦闘力を有しないという点。これはベースにしている動物の性質と言って良いでしょう」
「……いちいちまどろっこしいな」
アンクは舌打ちと同時に目を細めて真木博士を睨む。真木博士の言いたいところは何となくは判る。つまるところこのメダルが、今まで不可解だった一連の流れの根本にあるということなのだろう。
それを受けた真木博士は、広げてある三枚あるメダルの中から白色のメダルを選り分けて続ける。
「これらメダルも三種類ありますが、そのもっとも基本的なもの……このメダル群のベースとなっている生物がマズル……つまるところ『
あらゆる生物の力をメダルを介して具現化する、というのがオーズを取り巻く技術の本質であるといって良い。そこに求められるのは戦闘能力であったり、生存能力のような直線的なものが多い。ところがメダルのベースが『人間』となると話が少々違ってくる。何せそのメダルを使うのが人間なのだ。
「……他の二つは?」
細めた目を見開くが、さして大袈裟に驚いたりはせずに、アンクは続きを促す。
「解釈に拠るところではあるでしょうが、金色のものは『
「……つまり?」
「これは
興味深い、という面持ちで続けている真木博士に対して、アンクはさすがに平静を欠いて苛立ちを覚え始める。
「話が見えん。それがどうだって言うんだ!」
アンクの憤りに対して、真木博士は少々立ち位置を変える。
「もう少し前提をお話したかったのですが、仕方がないですね」
やっと本題か、という面持ちでアンクは鼻を鳴らす。
「この『
「まだ続くのか!」
「例えば!」
アンクが苛立ちを若干暴発させて立ち上がったところに真木博士は被せるように強めに発声する。
「……命であるとか。身に覚えがありますよね? アンク君」
真木博士の諭すような言葉にアンクは我に返る。
何となく、理解はしていた。
ただ、本能的に理解をしたくなかった。
蘇れ、と言われた後に「良かった……」と安堵した映司のあの声。
あの言葉がどういう意味だったのかを。
ゴーダの撃破後、映司に突き放された本当の意味を。
「端的に言えば火野君は『
アンクはへたり込むようにカウンターチェアに腰掛けた。
「……そういうことか……そういうことかよ映司……!」
改めて自分は、火野映司という男を
表面上は判っていても、解りたくなかった。二度とあいつは戻らないのだと。
「感傷に浸っているところでしょうが、まだ話は終わっていません」
俯いた状態から、アンクは目だけで真木博士を見上げる。
「火野君に命を譲渡されたことで、思わぬ副産物が発生しました。きみの五感がそれです……まぁ考えように拠っては、火野君がきみの中で生き続けていると解釈するのも自由でしょう」
珍しくフォローした真木博士も、もしかしたら誰かに絆されたのだろうか。私は別にそうは思いませんがね、と余計な一言を付け加えるあたりが実に彼らしかったのであるが。
「さて、きみ達のメダルとの違いが三点あると言いましたが、最後の一点について。きみ達のメダルは十枚でワンセットだったものを、一枚ずつ抜いて欲望をベースとした精神を発生させる、という性質のものでした。一点の例外はありましたが、あれは一旦置いておきます」
同系統のメダル十枚から一枚を抜き取ると、その不足を補いたい、という欲望が精神となって具現化するのがグリードだとされている。事実その例に漏れている者はこの
「この発見されたメダル群……仮に
促されるように比奈が残りのメダルを広げていく。
それを確認してから、真木博士は再びテーブルの上のメダルを指さす。
「『
「おい、これじゃ七枚しか無い。もう一枚は?」
アンクの問いと同時に比奈が前に出る。
手には一枚のメダルがあり、それもテーブルの上に置かれた。
「これが、八枚目。『
それは白い色をしていて、ベースは『
「こちらも仮称になりますが『
グリードを持たないという点から見て、十枚一組にして一枚抜き取るという構造を利用する必要もないということなのだろう。そうだとして、足りないと思われる三枚は一体どこにあるのだろうか。
「これがどのような意味を持つのか具体的にはまだ判りませんが、恐らく呪術めいた意味か、もしくは錬金術に関わる意義があったのではないかと思われます」
「……どういうことだ?」
「先程話した『
「待て、それじゃオレは一体……」
「そう、きみは火野君の手によって復活した、それは事実です。ここからは詳細が不明な上に憶測に頼らざるを得ないのですが、メダル群が十一枚存在した時に〝命の譲渡を成し得る強度を持つメダル〟が発生するのではないか。そのために『
話の構造がやっと見え始める。
「この『
つまるところ行方不明の三枚の在り処は。
「当時の文献は無いのでざっと解析した結果ですが、『
「……あぁ」
それは『
「発見されたメダルが八枚、というのは、火野君自身から持ち込まれた情報と伺っています。恐らく彼はオーズとしての経験を通してメダルの本質を見抜いたか、あるいは紫のメダルと同様に、自身に取り込むことでその力を理解した。結果として彼は土壇場できみを復活させることに成功したのだろうと、まぁ、そういう推測が立つというわけです」
映司は鴻上を出し抜いて三枚メダルをくすねていた。そのことを鴻上が知っていたかどうかは定かではないが、アンクの復活にその三枚が使われたのはほぼ間違いないだろう。
「……なるほどな。
真木博士と、四人のグリード達は何故ここに集まっているのか、そして比奈が変身した白い仮面ライダーは一体何であるのか。古代王が復活した理由も解らなければ、ギルと名乗るトリケラトプスのグリードの正体も掴めない。アンクにしてみればまだまだ不明なことだらけである。
「良いでしょう。では次は世界の分岐についてお教えします」
「…………は?」
アンクは思いっきり眉間にしわを寄せて真木博士を睨みつけた。
一回で説明終わりませんでした…。
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