轟音が世界を揺らす。
地平線を埋め尽くすほどの超大型巨人たちが、一歩、また一歩と大地を踏みしめる。その歩みだけで山は崩れ、森は焼け、都市は跡形もなく消え去り更地と化していく。
世界は灼熱の蒸気と炎に包まれ、人類が築き上げてきた文明は、ただ蹂躙されるだけだった。
「……ここで終わらせる」
青年の全身から紅蓮の炎が噴き上がった。爆炎が天を焦がし、その身は人の姿を捨て、巨大な炎の獣へと変貌する。
咆哮が響き渡る。燃え盛る炎を纏う巨躯は、迫り来る巨人の群れへと飛び込み、その拳で、その爪で、炎で、圧倒的な熱量をもって道を切り開いていく。
しかし、青年の視線は巨人たちではなかった。
その遥か先。
超大型巨人たちを率いるように佇む、肉片を持たず、白い骨格だけを露出させた異形の巨人。その巨人を見据え、青年は静かに呟く。
『……どうして、お前がこんな道を選んだ』
悲しみと怒り、そして決意を滲ませた声が、炎の中へ溶けていく。
『俺は、お前を止めるためにここまで来た』
その言葉とともに、炎はさらに激しさを増し、青年は巨大な敵へ向かって駆け出した。
──これは、俺がエレン・イェーガーの双子の兄として生まれた日から始まる物語。
全ては、あの日。シガンシナ区で始まった。
◇ 845年
「……また、あの夢か」
瞼を閉じたまま、小さく呟く。目の前に広がっていたのは、どこまでも続く炎の世界。
燃え盛る紅蓮の炎だけが辺りを照らし、自分以外の存在は何一つ見えない。世界そのものが黒く塗り潰されたような静寂の中で、ただ炎だけが揺らめいていた。
それなのに、不思議と恐怖はなかった。むしろ、その炎はどこか力強く、温かい。
炎は風もないのに静かに揺れ、まるで俺を待っているかのようだった。自分を拒むことなく包み込み、力を与えてくれる存在のようだった。
「(……なんなんだ、この夢は)」
俺は少し普通じゃない存在。前世の記憶を持ったまま新たな生を受け生まれた。そして物心ついた頃から何度も見続けている。
そして、炎の向こうに、誰かが立っていた気がした。だが、どれだけ目を凝らしても、その姿だけは炎に溶けて見えない。
理由は分からない。けれど、胸の奥では確信していた。
――いつか、この炎には意味があるのだと。その時だった。
「グレン、エレン! いつまで寝てるの?起きて」
どこか聞き慣れた少女の声が響き、炎の世界が音を立てて崩れていく。
「……っ!!」
「う、ううん…ミカサ?」
ゆっくりと瞼を開くと、そこには呆れた顔でこちらを覗き込む黒髪の少女…ミカサ・アッカーマンの姿があった。
「ミカサか?」
「そろそろ帰ろ」
「…ごめん。起こしてくれてありがとう」
「なんでここに?」
「そんなに寝ぼけるくらい二人とも熟睡してたの?」
「いや、なんかスゲー長い夢を見てた気がするんだけど……なんだったけ?思い出せねぇ」
「お前もかエレン、俺もまたいつもの夢だよ…」
「また炎に包まれてた夢を見たの?」
「ああ、けど…不思議と怖いとは思えないんだよな…なんだが俺に問いかけてる様な気がして」
俺は近くに置いていた薪を背負い、家へ帰ろうと立ち上がる。
「っ!おいエレン…」
「どうして…泣いてるの?」
「…え?」
エレンの瞳からは涙が流れており、それはもう何かあったかと思う程のものだった。
改めて言う。俺の名前はグレン・イェーガー。
エレン・イェーガーの双子の兄であり──前世の記憶を持ったまま、この世界へ生まれ変わった人間だ。
「言うなよ誰にも…俺が泣いてたとこ」
「言わない」
「だが、あれ程の涙。何かあったとしか思えないほどだったぞ?一度父さんに相談してみたらどうだ?」
「うん、グレンの言う通り一度おじさんに診てもらったほうがいい」
今世の俺の父親は医者であり。巷では有名な医者でもある。確か俺やエレンが生まれる前に感染系の病が流行っていて、その病を治し、終息に導いた医者と母さんから聞いたことがある。
「馬鹿言え!親父に言えるかそんな事…」
「お前が大丈夫ならいいが…」
「何泣いてんだエレン?」
門を通ると中年くらいの男性が俺達に声をかける。
「ハンネスさん」
「グレンとミカサに何か怒られたのか?」
「はっ?なんで俺が泣くんだよ…って、酒くさっ!」
確かに、鼻をつく酒の匂いに思わず眉をひそめてしまう。これはまた仕事をしながら飲んでるな…俺の生きた世界じゃ職務怠慢もいい所だぞ。ハンネスさん以外の門兵も飲みながらカードゲームをしてるし…
「また飲んでるんですかハンネスさん?」
「ああ、お前らも一緒にどうだ?」
「俺達は未成年ですよハンネスさん?」
「ははは!冗談だよ!」
この人は何未成年を飲みに誘ってるんだよ。母さんが知ったら大目玉喰らうぞ。
「あ、あの…仕事は?」
「おう!今日は門兵だ。一日中ここにいるわけだからやがて腹が減り喉も渇く、飲み物の中に偶々酒が混じっていた事は些細な問題に過ぎねぇ」
「それ、ただサボってるとしか聞こえないんですけど?」
「はは!これはまた厳しいこと言うなグレンは…」
「そんなんでいざって時戦えんの?」
「?いざって時ってなんだ?」
「決まってんだろ!奴らが壁を壊して街に入って来た時だよ!」
「おいエレン、急に大きい声出すんじゃねぇよ…」
ハンネスさんはエレンの声で片手で頭を押さえる。こりゃあ相当飲んでいるな…ここで吐かれたりしたら最悪だ。
「はは!元気がいいな医者の倅。奴らが壁を壊すことがあったらそりゃしっかりやるさ。しかしな、そんな事この100年間一度もないんだぜ?」
確かにこの世界の歴史では壁が破壊された…なんて事は一度もないが
「でも!そうやって安心してる時が一番危ないって父さんが言ってたんだ!」
そう、父さんも俺達に安心してる時が一番危ないとよく話してくれた。それに不思議と…父さんの言っていることがどうも確信めいてる感じだった。父さんは何か知っているのだろうか…
「イェーガー先生か…まぁ確かにな。昔先生が流行病からこの街を救ってくれた。先生には頭が上がらねぇ。でもな、それと奴らは別だよ。兵士なれば壁の補強とかで外を彷徨く巨人を見かける機会はあるんだが…奴らにこの50mの壁をどうこう出来るとは思えねぇんだ」
「じ、じゃあそもそも奴らと戦う覚悟なんてねぇんだな?」
「ねぇな」
「な、なら駐屯兵団なんてやめて壁工事団にしろよ!」
「はは!それも悪くはねぇな。しかしなエレン、兵士が活躍するって事はそれこそ最悪の時だ。俺達が役立たずのタダ飯ぐらいだって馬鹿にされてる時の方が平和に暮らせるんだぞ?」
確かに、こう言う事が出来るのも平和のだからこそだろうが、エレンを見るとハンネスさんの発言に納得がいかないのか拳を強く握りしめていた。
「一生…壁の中から出られなくても…飯食って寝てれや生きていけるよ。それじゃあまるで、まるで家畜じゃないか」
「………」
「エレン…」
エレンはそのまま歩き出し門を抜け俺とミカサもエレンの後を追う。そう、エレンはある日をきっかけに壁の外への憧れを持つ様になった。しかし、この世界にとってはどうやら壁の外の世界へ興味を持つ事自体タブーとされるくらいの物だ。前世の記憶がある俺にとっては少し辛くもある現実だ。
家まで歩いてる途中ミカサが口を開く。
「エレン、調査兵団はやめたほうがいい」
「な、なんだよ。お前も調査兵団を馬鹿にするのか?」
「エレン、ミカサは調査兵団を馬鹿にしてる訳じゃ…」
すると街の鐘が鳴り響く。この鐘の音は壁の門が開門する時になる時だ。
「調査兵団が帰って来たんだ。正面の門が開くぞ、行くぞグレン、ミカサ!英雄の凱旋だ!」
「ちょっ、おい引っ張るなエレン!」
突然手を引っ張られた俺とミカサはエレンに強引に連れられ門へと向かう。
「くっそ、見えねぇ」
門の大通りに辿り着くとそこには住民が集まっており、俺達の身長では見えず、近くにあった木箱を足場にしかなんとか見えるようになったが、そこには残酷な光景が広がっていた。
「(酷いな…もう、数十人しか残っていない)」
そう、最初に出た時は50人以上はいた筈が今では二十人もみたないくらいの調査兵団が壁の外で残職してしまった。それに、顔には生気も宿っておらず死人の様な顔だった。
「モーゼス!!モーゼス!!あ、あの、息子のブラウンが見当たらないんですけど、息子はどこにいるのでしょうか!?」
「……もってこい」
一人の兵士が布に包まれた何かを女性に渡す。その包まれた布の中には右腕が入っていた。
「これだけしか、取り返せませんでした……」
「うあああぁぁ!うぁあああぁあぁ!…うぅ…息子は、息子は人類の役に立ったのですよね……息子の死は!人類の反撃の糧になったんですよね!!?」
「……と、もちろんっ…!…………………い、いや、我々は……今回の調査で……なんの成果も得ることが出来ませんでした!!!…私が無能なばかりに、ただいたずらに兵士を死なせるだけで……ヤツらの正体を…突き止めることが、出来ませんでした!!!」
その悲痛な言葉に兵士の母親の表情は絶望に染まりその後調査兵団は白い目線の中大通りを後にした。
「ひでぇもんだ、俺らの税金で奴らにエサをやって太らせてるようなもんだなぁ」
エレンは我慢できなくなってその肥え太ったおっさんを拾った薪で頭を殴ってしまう。
「イテッ、何すんだこのくそガキ!!」
「…おいエレン!」
そう言うとミカサはエレンを引き摺って逃げ出す。
「あ、あの、すみませんでした!アイツにはキツく言っておきますので!」
「な、おい待てガキども!!」
俺は殴られたおじさんに謝り二人の後を追う。ミカサはエレンを引っ張ったまましばらく歩くとそのまま壁まで投げ飛ばしその衝撃で薪が散らばる。
「(すげぇ力、普通の女の子があそこまで投げ飛ばせる様なレベルじゃないだろ)」
前々から思うが、ミカサは俺と同じで何処か普通じゃないんだよな。ミカサの容姿は日系人に近いし…何か秘密があるのかな?
「何すんだよ!薪が散ったっじゃねぇか!」
「なぁエレン。あれを見て…調査兵団に入りたいなんて言えるか?」
「…っ」
流石のエレンもあの光景に堪えたのか言葉を詰まらせる。
「て、手伝えよ…拾うの」
「お前な、手伝う程の量拾ってないだろ。ミカサは手伝わなくて大丈夫だ。さっきは助かった」
「うん」
ミカサは口元をマフラーで隠し返事をする。俺は薪を拾い帰路につきようやく家に到着する。
「「ただいま」」
「「おかえりなさい」」
俺達を出迎えてくれたのは今世の俺の両親だ。前世同様、両親は俺達を
愛情を注いでくれているいい人達だ。
「あら、今回は珍しく頑張ったじゃない」
「ああ…いて!」
「耳が赤かった。嘘ついてる証拠。二人に手伝ってもらったのね」
母さんはエレンの耳を軽くつねり嘘だとすぐに見抜く。確かにエレンは嘘をつく時は耳を赤くする癖がある。
「母さん、薪入れ終わったよ」
「ありがとうグレン。後、鍋に火を入れてもらってもいいかしら?」
「わかった」
俺の手のひらに小さな炎が灯る。生まれた頃から当たり前のように使える不思議な力だ。
「綺麗な火」
ミカサは俺が形成した青混じりの炎の球体を見てそう呟く、初めて発現した時は父さんと母さんも驚いたが、「熱くないの?」「本当に痛くないの?」
とそんな力を見ても気味悪がらず父さんと母さんは逆に俺を心配してくれた。
「はは、俺もなんでこんな事出来るのかわからないんだけどな」
「グレン、その力…他の人には見られてないでしょうね?」
「大丈夫だよ母さん。家や緊急事態の時以外は使ってはいないよ」
「…嘘は言ってないみたいね。何かあったらお父さんに直ぐに相談するのよ?」
「わかってるよ」
俺達は片付けを終えお昼ご飯を食べていると父さんが何やら準備をしていた。
「父さん、何処か出かけるの?」
「ああ、内地への診療だな…2、3日はかかる」
「ふーん」
父さんは医者の中では有名でこうして内地から診療の依頼をされる事も多い。しかも内地の貴族からも依頼を受ける程の為、医師としての腕が高いのもわかる。
「…エレンが…調査兵団に入りたいって」
そんななかミカサがポツリと呟く様に言い。母さんはミカサの発言に驚きこちらに振り向く。
「ミ…ミカサっ!!言うなって!」
「エレン!!何を考えているの!?壁の外に出た調査兵団の人たちがどれだけ死んでいったかわかってるの!?」
「わ…わかってるよ!!」
「だったら!!」
「……エレン。どうして外に出たいんだ?」
父さんは否定せず、何故壁の外に出たいのか理由を聞く。
「知りたいん…外の世界がどうなってるのか。知らずに一生壁の中で過ごすのは嫌だ!それに…誰も続く人がいなかったら、今まで死んでいった人達の命が無駄になる!」
「……そうか、そろそろ船の時間だ。私は行ってくるよ」
「ちょっと…あなた!エレンを説得して!」
「カルラ…人の探究心というものは誰かに言われて抑えられるものでは無いよ。エレン、帰ったらずっと秘密にしていた地下室を見せてやろう」
「ほ、ホントに!」
そう、父さんには自室の地下室があり、話を聞くに薬を調合する為の薬品を保管している場所と聞いており薬の調合の為に危険物を扱ってる物が保管されてると予想している。
「いってらっしゃい!」
俺達は父さんの背が見えなくなるまで見送る。
「…エレン、駄目だからね、調査兵団なんてバカなまね―」
「は?バカだって……?オレには家畜でも平気でいられる人間の方がよっぽどマヌケにみえるね!」
「エレン!!」
そう言うとエレンは走ってどこかへ行ってしまった。
「……グレン、ミカサ、あの子はだいぶ危なっかしいから困った時は3人で助け合うのよ」
「「うん」」
俺達はそう頷きエレンの後を追う。