俺とミカサは今エレンを追いかけている。ほんと世話のやく弟だよ、反抗期にしては早い気もするよ。
「グレンも、エレンと同じ調査兵団に行くの……?」
ミカサは不安な顔をしながら質問し、俺は答える。
「そうだな。壁の外への興味ないと言ったら嘘にはなる。けど、俺は父さんみたいな医者になりたいんだ。それに、無茶した時誰がエレンを治すんだ?」
「そう…」
ミカサは俺の答えに何処か安堵した様に言い、俺達エレンを追いかけていく。
まぁ、俺もこの世界の外がどうなっているかは気にはなっている。この世界は壁の中の人類以外は滅びたとされているがそんな事はない…壁の外にも人類はいる筈だしこの世界ならではの文化や人種もある筈だ。巨人が存在しているくらいだし。仮に俺達がいるこの地が何かしらの島や大陸なら話は変わるが…確かめようもないしな。
「アイツが無茶したら、俺やミカサで守ってやればいい……だろ?」
「…うん」
俺の言葉にどこか嬉しそうにしてるミカサだが、走る速さが異常だ。まだ10歳くらいの女の子が下手したら全国優勝狙えるレベルのものだ。やっぱり俺と同じミカサは普通じゃないな…
そんなことを思いながらエレンを追いかけていくと、その奥に綺麗な金髪の少年をいじめている三人組が見えてきた。
「まずい!あれはミカサとグレンだ!」
「あ、あの二人が一緒に居たらかなうわけねぇよ!」
「こ、ここは一旦引くぞ!」
そう言って三人は逃げて言った。ったく、ほんとに懲りないなアイツら…
「おお、あいつら…俺をみて逃げやがったぞ!」
「いや、ミカサとグレンを見て逃げたんだよ…いてて」
「おいっ、大丈夫かよアルミン!」
金髪の少年は唯一の男友達のアルミン・アルレルト。頭の回転が早く、柔軟な考えができる賢いやつだ。
「一人で、立てるよ…」
「アルミン、顔見せてみろ…それと口の中も」
俺はアルミンに近づき殴られた箇所を診る。俺も父さんの仕事に何度かついていく事もあり、医学を学んでいる。軽い打撲で済み、口の中も出血してる様子もなく取り敢えず一安心だ。
アルミンの状態を確認してその場を後にし、俺たち4人は川を眺める。
「人類はいずれ外の世界に行くべきだって言ったら、殴られた。異端だって…」
「ちっ…何で外の世界に行きたいってだけで白い目で見られるんだ!」
「王政府の方針で壁の外に興味を持つこと自体をタブーにしたんだ」
「普通明確な理由もなしにタブーにはしないと思うが…王政府にとって知られたくない何かが外にあるのか…」
「知られたくない何か…か」
俺の言葉ににアルミンは考え込む、何故外の世界に行くことをタブーとしたのか理由はわからない。巨人がいる理由だけではない気もする…
「絶対にダメ!ダメ…」
ミカサの声で俺とアルミンは現実に戻る。
「そういえば、よくも親にバラしたな!」
「協力した覚えはない」
「それで、どうだったの?」
「そりゃ、喜ばれはしなかったけど…」
「だろうね。壁の中が未来永劫平和だって信じきっている人はどうかと思うよ。100年壁が壊されなかったからって、今日壊されないなんて保証はどこにもないのに……」
その時…
ドゴーンっ!!!
突然、雷がすぐそこに落ちたかのような雷鳴が響き、地面が揺れる。音が鳴った方にみんなが走っていく。
俺はそれについていく。すると壁の外に煙が見えた。そして俺は目を疑った…。50メートルもある壁を掴む、手が見えたのだった……!
「お、おい…嘘だろ?」
「そんな……ありえない、あの壁は50メートルもあるんだぞ!?」
「やつだ……巨人だ!」
もう一度地響きがしてあたり一面に大きな岩が降ってくる。壁の門が蹴り破られ門のあった場所から巨人が入り込んで来た。
「ぼ、僕達も早く逃げないと…エレン?」
「あ、あっちには家が…母さんが!」
「っ!!」
岩の飛んでいった方向には家が!!まだ母さんが家にいる!!俺とエレン、ミカサは急いで家に向かう。しかし向かう道中も地獄の光景が広がっていた。飛んできた岩に潰された人もおり辺りは血塗れになっていた。
「(母さん…頼む、どうか無事でいてくれ!!)」
母さんが無事なことを祈りながら走るが…現実は残酷だった。
「…っ⁉︎そ、そんな!!」
「母さん!!母さん!!」
そこに広がっていたのは大岩により家が潰されていた。家に着くとそこには家から出ようとした直後だったのか母さんは上半身は出ていたが下半身は瓦礫に挟まれていた。
「母さん大丈夫⁉︎」
「う、うう…グレン?エレンとミカサも…」
どうやら幸い意識ははっきりしている様だが…下半身が瓦礫に挟まれていて出られそうにない。
「グレン、ミカサ!!そっち持て!」
「ああ!」
「わかった!」
俺達は母さんを助ける為瓦礫を持ち上げようとするが子どもの力では持ち上がらない。
「っ!」
横を見ると少し先には巨人が歩いており既に無数の巨人がシガンシナ区を徘徊していた。しかも正面からも巨人が迫ってきてる!!
「い、急げ二人とも!!」
「「わかってる!!」」
持ち上げようとするが、やっぱり持ち上がらない!!俺の力を使おうにも二次被害が起きかねない!テコの原理を利用しようにも…それに使える物も辺りにない!!
「…巨人が入ってきたんだろ?グレン、二人を連れて逃げなさい、早く!!」
「逃げたいよ俺達だって!!」
「母さん見捨てて逃げれるわけないだろ⁉︎絶対助けるから諦めないでくれ!!」
「母さんは瓦礫に足を潰された。ここから出られたとしても走れない。頭のいいグレンなら、この意味がわかるでしょ?」
「俺とエレンで担いで逃げればいいだけだろ!!」
「お願いだから言うことを聞いて!!あなた達をこんな所で死なせたくないの!!ミカサ…」
母さんは涙を浮かべながら、俺達を見つめた。
「イヤだ…イヤだ!!」
「グレン……」
母さんはもう一度今度は俺を見る。
「あなたは分かるでしょう……私はもう……」
「分からない!!」
思わず叫んでいた。
「まだ助かる!絶対助かる!俺達が助ける!!」
俺は再び瓦礫へ両手をかける。手の皮が剥けようが爪が剥がれようが関係ない。腕が軋み、歯を食いしばる。少しでも。あと少しでも動いてくれれば。
「うおおおおおおっ!!」
だが、無慈悲にも瓦礫はびくともしない。拳を握る。掌が熱い。体の奥底から何かが込み上げるような感覚。
「くっ……!」
「グレン⁉︎」
ミカサが心配する様子で俺の名を呼ぶ、突然胸の辺から炎が漏れ出ていた。だが、この距離で炎を使えば母さんまで巻き込む!
「駄目だ……!」
俺は必死に力を押さえ込む。
「グレン!」
母さんの声で我に返る。
「お願いだから……逃げて、このままじゃ全員」
その時だった。
ズシン……
ズシン……
重い足音が近付く。十数メートル級の巨人が、ゆっくりとこちらへ歩いて来ていた。
エレンとミカサの顔から血の気が引く。俺は今の状況を確認する。
「(どうする……戦うのか?いや、この炎の力の使い方も碌に知らない今の俺じゃ戦うことすらも出来ない。でも逃げたら母さんは——)」
決断と判断ができない。足が動かない。その瞬間。
「おい、お前ら!!」
聞き覚えのある声が響いた。
「ハンネスさん!」
兵士が身につけている武装である装置を使い、ハンネスさんが一直線にこちらへ飛び込んでくる。
「お願いハンネス、子ども達を連れて逃げて!!」
「みくびっちゃ困るぜカルラ、俺は巨人をぶっ殺して…全員助ける!」
「待って!!戦ってはダメ!!」
ハンネスさんは鞘から剣を抜刀し巨人に向かって走り出す。巨人へ向かって駆け出したハンネスさんだったが、その足がふいに止まる。
「っ……!」
巨人はハンネスさんを見下ろし、口元を歪めるように笑っていた。
「……」
ハンネスさんからの握る剣が震える。額から汗が流れ落ちる。
「……く!」
次の瞬間だハンネスさんは剣を鞘に納刀し、勢いよく踵を返すと、エレンとミカサを抱え上げる。
「は、ハンネスさん!?何を――」
「お、おい何やってるんだよ⁉︎」
「逃げるぞ!!グレンも早くしろ!!」
エレンは必死にもがくが力の差は歴然で二人を抱え走り出す。
「な、なんで…まだ母さんが!!」
「グレン…」
「か…母さん」
頬に添えられた母さんの手は震えていた。それでも、その温もりだけはいつもと変わらなかった。
「ごめんね……あなたは昔から、何でも一人で抱え込もうとする子だった」
「そんなこと……」
「エレンを守ろうとして、ミカサを守ろうとして……私たちにも心配をかけまいとして。だから……今だけは、お母さんの言うことを聞いて。」
俺は首を横に振る。
「嫌だ……母さんを置いてなんて行けない。父さんが帰ってきたら……絶対助けてくれる。だから――」
「グレン。」
優しい声だった。
「お父さんが帰ってくるまで、私は待てない」
「……っ!」
その一言で、頭では分かっていた現実を突き付けられる。医者を目指しているからこそ分かる。瓦礫に押し潰された下半身。さっき母さんも言っていた通り、仮に今助け出せたとしても、巨人から逃げ切ることはできない。母さん自身もそれは理解していた。
それでも――認めたくなかった。
「お願い……エレンとミカサを…お願い。二人を守ってあげて」
「……っ」
返事ができない。そんな資格なんてない。母さん一人すら助けられない俺に。
「グレン!!」
ハンネスさんの叫び声が響く。巨人はもう目前まで迫っていた。大きな足音が、大地を震わせる。
ズシン……
ズシン……
「早く来い!!」
「……っ」
俺は拳を握り締めた。掌から熱が伝わる。炎は今にも噴き出しそうだった。
「(力が……もっと力があれば、この瓦礫も…この巨人も…全部――)」
「グレン」
母さんがもう一度微笑む。
「生きて」
「……ううっ!」
その一言で、俺の足は動いた。涙で前が見えない。それでも歯を食いしばり、母さんの手をそっと離す。
「……ごめんなさい」
震える声で、それだけを言った。俺は踵を返し、ハンネスさんのもとへ駆け出す。
「グレン!エレン!ミカサ!生き延びるのよ!!」
その言葉を聞いた瞬間だった。巨人の巨大な手が、瓦礫を掘り起こし、母さんへ伸びていく――。
「母さんっ!!」
振り返った俺の視界に映ったのは、巨人の巨大な手が母さんの身体をゆっくりと掴み上げる光景だった。
「やめろおぉぉぉぉぉっ!!」
エレンの叫びが響き、ミカサはその光景に目を背けてしまう。
「離せぇぇぇぇぇ!!」
俺は無意識に足を止め駆け出そうとする。
「グレン!」
ハンネスさんの怒鳴り声と同時に、拳から熱が溢れる。胸の奥で何かが暴れ回る。炎が腕を這い、空気を焦がす。
「ぐっ……!うあああああああっ!!」
叫びとともに炎が一瞬だけ噴き上がる。
しかし、それは暴れるだけだった。巨人には届かない。母さんも救えない。
制御できない炎は虚しく空へ散っていく。
「くそぉぉぉぉっ!!」
俺は歯を食いしばった。何もできない。力があるはずなのに。
何一つ届かない。巨人は母さんを掴んだまま、身体を引っ張りゆっくりと開いた大きな口元へ運んでいく。
「母さぁぁぁぁぁぁん!!」
俺の喉も裂けるほど叫んでいた。だが、その声は届かない。
巨人の顎が閉じる。鈍い音とともに鮮血が飛び散り、その血飛沫は離れた場所にいる俺の頬にまで降りかかった。
「……あ……」
世界から音が消えた。目の前で起きた現実を、脳が理解することを拒んでいる。頬を伝う温かい液体。
それが母さんの血だと理解した瞬間、頭の中が真っ白になった。
「グレン!!」
「……っ!!」
ハンネスさんの怒鳴り声で我に返る。次の瞬間、俺の身体は反射的に動き走り出した。母さんの最後の言葉が呪いの様によぎりエレンとミカサを抱えたハンネスさんとその場から離れる。
その日――。
百年続くと誰もが信じていた日常は、あまりにも呆気なく崩れ去った。
決して破られないと信じられていた壁は砕かれ、人々を守り続けた平穏は、一瞬で瓦解した。
泣き叫ぶ声、逃げ惑う人々…街を埋め尽くす巨人たち。
そして、誰もが理解する。この世界の支配者は人間ではなかったのだと。
俺は振り返ることができなかった。振り返れば、母さんの最期を認めてしまう気がしたから。
拳を握り締め、爪が掌へ食い込み血が滲んでも痛みは感じない。胸の奥では、あの炎だけが激しく燃え続けていた。
「(力が欲しい…あの巨人を、この絶望を焼き尽くせるほどの力が――)」
この日を境に、俺たちの日常は終わった。
母さんを奪われた日。壁の中だけが世界ではないと、嫌というほど思い知らされた日。そして俺は、生涯忘れることのない誓いを胸に刻む。