「はぁっ!はぁっ!はぁっ!」
俺はエレンとミカサを抱えたハンネスさんと一緒にウォールマリア側の門に向かって走っていた。
母さんが…巨人に喰われた…もう、いない…あの光景が今でも鮮明に脳内でよぎる。
「っ!エレン、何を⁉︎」
「エレン⁉︎」
エレンがハンネスさんを殴り突然の事で足を止めた。
「もう少しで母さんを助けられたのに…余計な事すんじゃねぇよ!!もう少しで…母さんを「いい加減にしろっ!!」うあっ⁉︎」
「「エレン!!」」
ハンネスさんはエレンを放り投げ俺とミカサはエレンに駆け寄る。
「エレン。お前が母さんを助けられなかったのは…お前に力が無かったからだ」
「…っ!」
怒りを露わにしながらエレンは殴り掛かるがそれを手首を掴み止めるハンネスさん…
「俺が、巨人に立ち向かえなかったのは……俺に、俺に勇気が無かったからだ!!」
「ハンネスさん…」
ハンネスさんの頬を、一筋の涙が伝っていた。その表情には、自分自身への怒りと悔しさが滲んでいた。その顔を見たエレンは落ち着いたのか力が抜けていた。
「すまない…」
ハンネスさんはただ俺達に謝っていた。そのままエレンの手を握ったまま歩き出しエレンも涙を流しながら歩き出す。
「ミカサ…行こう」
「うん」
ミカサの手を握り後を追う。ミカサはあまり表情を変える事がなく冷静に見えるが内心はかなり動揺もしている。
「…グレン」
「なんだ?」
「その、大丈夫?」
ミカサは心配そうに俺の顔を見る。確かに、今の俺の顔は母さんの血が付着してしまっている。
「…今は、落ち着いてる方だけど……大丈夫とは言えないな。結局俺は……母さんを…っ見殺しにしてしまった」
「グレン……」
ミカサは何か言おうとしたが、言葉が見つからなかったのか、小さく俯く。
俺も自分が何を言っているのか分からなかった。
あの時、もっと力があれば…もっと早く炎を使いこなせていれば、母さんは助けられたんじゃないか。そんな考えばかりが頭の中を巡る。
その時だった。
「――っ!」
突然、頭の奥を何か鋭いもので貫かれたような激痛が走った。
「がっ……!」
思わず頭を押さえ、その場に膝をつく。
「グレン!?」
ミカサが慌てて肩を支える。
「グレン⁉︎」
「おい、どうした!?」
エレンとハンネスさんも振り返る。
「ああ…ぐぅぅ…!」
痛い。頭が割れそうだ。見覚えのない景色が、濁流のように脳裏へ押し寄せてくる…
『――――』
耳鳴り、世界から音が消える。視界が白く染まり、次の瞬間には紅蓮の炎が辺り一面を包んでいた。
「な、なんだ……ここは……?」
目の前には燃え盛る炎…黒煙。そして、自分ではない誰かの荒い息遣い。
『母親を救えなかった』
『力が足りなかった』
『だから欲しいんだろう?』
『全部焼き尽くせるほどの力が』
誰かの声が聞こえる。
「誰だ……?」
伸ばした手は炎の中へ消えていく。すると今度は、巨大な炎の魔人のような姿が一瞬だけ視界に映った。全身を紅蓮の炎が覆い、人ではない圧倒的な存在。
その姿を見た瞬間――
ズキィィンッ!!
「ぐあああぁぁぁぁっ!!」
激痛がさらに強くなる。
「グレン!!」
ミカサの叫び声が遠く聞こえる。
「おい、しっかりしろ!」
ハンネスさんの声も聞こえるが、もう何も見えない。
「(これは……夢じゃない。誰だ…………?)」
最後に見えたのは、炎を纏う一人の男。顔は炎に揺らぎ、はっきりとは見えない。
それなのになぜか、その姿が自分自身と重なって見えた。
「――っ!」
そこで俺の意識は、糸が切れたように闇へと沈んでいった。
「………」
気が付くと俺は炎だけが揺らめく世界に立っていた。どこまでも続く紅蓮。
空も大地も炎に染まっている。
「ここは……」
すると前方に一人の男が立っていた。炎を背負うように立つその男は、ゆっくりとこちらへ振り返る。しかし顔だけは炎に揺らぎ見えない。
「……誰なんだ。」
男は何も答えない。ただ静かに横へ身体を向ける。
その先には――巨大な火の鳥がいた。翼を広げた神々しい炎の鳥。俺は、その生物が何なのか前世でよく知っていた。
「フェニックス……」
そう、目の前には伝承や神話、幻想物に出てくる火の鳥…フェニックスだった。しかしその炎は熱いはずなのに、不思議と優しかった。
男が静かに言う。
「絶望だけでは、人は前へ進めない。お前は救えなかった」
「……」
「母親も、何も……違うか?」
「ああ、そうだな…だからこそ力が欲しい。絶望を焼き尽くすことのできる力が!」
「そうか…」
するとフェニックスの羽が一枚舞い降りる。俺は羽に手を伸ばし触れる。するとその羽から光が溢れ出し、胸の中に吸収される。
「今のお前では、その炎に喰われる。怒りだけで扱える炎ではない」
「待ってくれ!お前は誰なんだ!」
すると男が一言だけ。
「強くなれ…そして」
炎が世界を包み込む。フェニックスの姿が光へ溶けていく。最後に、一枚だけ炎の羽根が空を舞った。
「生きろ」
その声だけが胸に残った。
「――グレン!!」
「……う、ううっ」
誰かが俺を呼ぶ。重たい瞼をゆっくり開くと、ぼやけた視界の向こうで涙目のミカサが俺を覗き込んでいた。
「ミカサ…?」
「グレン!よかった…目が覚めた」
「ここは…俺、どのくらい寝てたんだ?」
「丸一日は寝ていた…」
「一日?嘘だろ?」
その衝撃に驚愕するが、聞きたい事は他にもある。
「そうだ、エレンは…アルミンは無事なのか⁉︎」
ミカサがいるからエレンは無事なのはわかるが、アルミンはあの後どうなったかわからない。
「アルミンは無事、今はエレンと一緒にいる」
「そうか……よかった……」
胸を撫で下ろす。
だが、ミカサは安心したようには見えなかった。俯き、膝の上で両手をぎゅっと握り締めている。
「……ミカサ?」
呼び掛けても返事はない。やがて、小さく息を吐き、静かに口を開いた。
「グレン」
「……?」
「ここは……ウォールローゼの避難所」
「……え?」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
「ウォールローゼって……」
嫌な予感が胸をよぎる。
「どうして……」
ミカサはゆっくりと視線を上げる。
「昨日……船で、ここまで来た。ウォール・マリアは……」
言葉が詰まる。唇を震わせ、それでも必死に続けた。
「陥落した」
「……」
世界が止まったような気がした。
「壁が……」
思わず呟く。百年間、人類を守り続けてきた壁。決して破られないと信じられていた壁。その壁が、失われた。
「じゃあ……シガンシナ区は……」
「もう…… 帰れない」
ミカサは静かに首を横へ振る。その一言だけで十分だった。家も、母さんも…あの日までの日常も。
すべて、ウォール・マリアとともに失われたのだ。俺は拳を握り締める。胸の奥で、宿ったばかりの二つの炎が微かに脈打った気がした。だが今は、そのどちらも自在に扱うことはできない。
「必ず使いこなしてみせる…この力を」
誰にも聞こえないほど小さな声で呟く。その後戻ってきたらエレンとアルミンから物凄く心配された事は言うまでもない。
だが、ここからが大変だった。目が覚めて数日してウォールマリアを失った事で難民がローゼまで流れ込み食糧問題も発生し、避難民は朝から夜まで荒地の開拓作業に明け暮れていた。特にこの世界の冬は厳しく雪も積もればマイナス気温くらいは余裕で行く時もある。
けど、俺の炎の力はその辺の応用も効き身体に膜を張る事で寒さを凌ぐ事が出来る。しかし長続きは出来ないためどっちかと言えば使い捨てカイロに近い物だ。これは良く冬の時期になるとやっていたので凍傷になることも無い。この力はエレンやミカサ、アルミンやアルミンの祖父にも付与していた。因みにアルミンも俺の力の事は知ってる。
しかしそれでも食糧問題は解決せず、翌年の846年には中央政府はウォールマリア奪還の名目で大量の避難民を作戦に投入した。それはアルミンの祖父も含まれていた。その作戦に参加した人数は兵士含め25万人、しかしそれでも巨人と人の力の差は圧倒的で生き残ったのは僅か数百人程度、その殆どが兵士であり実践を積んだ調査兵の生き残りが多かったのは言うまでもない。
そして今回の作戦の犠牲者の中にはアルミンの祖父も含まれており、アルミンは、自分以外の家族を…喪ってしまった。
「うう…うっ…ううっ」
アルミンは祖父の帽子を抱えながら涙を流している。この世界は、何も知らない子供から容赦なく大切なものを奪っていく。
「全部巨人のせいだ。アイツらさえ叩き潰せば…俺達の居場所だって取り戻せる」
エレンはアルミンの隣に座り込みその顔は何か決意をした様な顔だった。
「アルミン、俺は来年訓練兵に志願する」
「え…?」
「エレン…」
「……」
その言葉は覚悟と揺るぎない意志を感じ、俺とミカサはただエレンの決意を聞いていた。
「巨人と戦う力を身につける!」
「……僕も、僕も!」
「アルミン…」
エレンの決意にアルミンも賛同しその顔にはもう涙はなく覚悟の決まった表情だった。
「当然俺も志願する」
「私も」
「グレン、ミカサ…お前らまで!グレンは父さんと同じ医者になるのが夢だったろ?」
エレンの言葉に、俺は小さく息を吐いた。
「……確かに、父さんみたいな医者になるのは俺の夢だった」
父さんの背中を見て育った。俺達が生まれる前…流行り病に苦しむ人を救い、医師として誰にでも分け隔てなく手を差し伸べる父さんは、俺の誇りだった。
だから俺も、人を救う側になりたいと思っていた。だけどあの日、母さんを救えなかったこの手。
医学を学んでも、知識があっても…目の前で大切な人を助ける力は、俺にはなかった。
「……でも」
俺は拳を静かに握り締めながら腕に炎を纏う。
「今の俺じゃ、誰も救えない。この力だって、俺は何も知らない」
「グレン……」
ミカサが心配そうに俺を見る。
「だけど、医者になる夢は諦めたわけじゃない」
俺は首を横に振った。
「その前に力が必要なんだ。こいつを使いこなして…巨人にも通用する力が」
「力……」
アルミンが小さく呟く。この決意に迷いはなかった。エレンは少しだけ驚いたように俺を見てそれから小さく笑った。
「ああ、行こう…俺達で!」
俺達の決意は固く来年俺達は訓練兵に志願する事になった。
「(俺は、この力を必ず使いこなす。二度と、誰も救えなかったとは言いたくない)」