バッドエンドしかないゲーム世界で怪物になった俺は、死ぬはずの原作主人公と仲間をどんな手を使ってでも全員救う~喰聖の黙示録~ 作:グラシアS
崩れかけたビルの屋上から、俺は眼下の戦場を見下ろしていた。
外壁の向こうには、人類最後の拠点がある。
「ここが運命の分岐点か……」
今、俺の前で、この世界の主人公が所属する部隊が激戦を繰り広げていた。
このまま何もしなければ、この部隊の隊長が死ぬことになる。
それがこの世界で起きる悲劇の始まり……俺はそれを阻止するため、ここに来た。
ああ……ここまで随分と長かった。
この世界のことを知ったのは、もう随分と前の話。
俺は……売られた。
今でも覚えている。俺の父親と称する男は、金で俺を売った。
別に、涙ながらの別れがあったわけではない。
酒と借金で行き詰まった男が、使い道のない子供を差し出した。
それだけの話だ。
買い手は、俺に興味を向けなかった。
値段を確認し、書類に印を押し、荷物でも扱うようにトラックの荷台へ押し込んだ。
その時に盗み見た書類によれば、俺の値段はコップ一杯の酒と同程度だった。
この世界では、人間一人の価値などたかが知れている。
秩序はすでに壊れていたのだから――
遺者。
人の形を歪め、理性を失い、かつて暮らしていたはずの街を食い荒らす災厄。
発生原因も、変質の仕組みも分からない。
ただ確かなのは、奴らが人の築いたものを踏み潰したということだけだった。
そんな世界で、人間を買ってどうするのか。
最初は疑問だった。
だが、連れてこられた施設を見て理解した。
俺たちは、人間として買われたわけではない。
この壊れた世界に抗うための、実験材料として買われたのだ。
そこからは、実験の日々だった。
痛みも、苦しさも、すぐに日常へ変わった。
逃げ場はない。
逆らえば飯が減る。
研究者の言うことを聞いていれば、少なくとも生きる分の食事は与えられた。
なら、従うしかない。
それでも俺は、運が良かったほうだろう。
実験への肉体的適性が高かったおかげで、失敗前提の無茶な実験に回されることはなかった。
実験が進むにつれて、翼を生やせるようになった。
顔を仮面で覆い隠せるようになった。
血を武器として操れるようになった。
おおよそ、兵器として及第点を超えたころ……俺は一人の少女と出会った。
【初めまして……喰聖。
私はイリス。この世界に救済をもたらす聖女です】
聖女イリス……その名前を聞いて、理解してしまった。
どうやら、俺は気づかないうちにゲームの世界に来てしまっていたのだと。
ゲームの名前は聖灰のイデア……。
遺者に滅ぼされかけた世界で、人類最後の拠点である理想郷イデアを守る少女たちの物語。
その中心にいるのが、新人の少女、ツバキだった。
プレイヤーはツバキとなり、仲間との絆を深めながら、次々と現れる遺者を討伐していく。
聖職者風の少女たちが異形の敵を祓う。
そんな美少女バトルゲームとして一定の人気を得ていた。
ただし、その内容はかなり人を選ぶ。
なぜなら聖灰のイデアには、ハッピーエンドが存在しないからだ。
バッドエンドでは、ツバキは死に、理想郷イデアは崩壊する。
ノーマルエンドでは、理想郷イデアは守られるが、仲間たちの多くは失われる。
そしてトゥルーエンドでは、ツバキは英雄になる。
遺者を討ち、世界を覆う暗雲を払い、人類に勝利をもたらす。
物語としては、最も正しい結末。
だが、それはツバキにとっての救いではなかった。
守るべき仲間は全滅。
信じたものは崩れ落ち、残された彼女は敵を殺すための存在になる。
世界は救われる。
人類は生き延びる。
その代わり、主人公だけが救われない。
画面の向こうで見た時から思っていた。
こんなものが英雄の最終到達点であっていいはずがない。
世界は救われた。
人類は生き延びた。
ならば、その中心にいた彼女の救いはどこにある……?
どこにも存在しない。ただあるのは救いのない終わりだけだ。
そこから俺は自ら実験を志願するようになった。
この世界に用意された、救いのない結末を変えるために。
【ねぇ、あなたはお金で売られて、実験にも消極的だったはずだよね?
どうして、いきなり積極的になったの?】
ある時、イリスにそう聞かれた。
彼女もまた俺と同じく実験に協力的な人物の一人だった。
違いがあるとすれば、その才能……俺よりも遥かに才能を持つ人物。
そう……彼女はゲームにおいては、本編が始まる前に死亡している。
本編では、主人公が強くなるための参考資料や、敵キャラの回想に名前が出る程度の存在だった。
だが、この才覚に、世界を救うために聖女を自ら名乗る意志……。
彼女を仲間にしたほうがいいと思った俺は、ゲームの知識を話した。
【この世界がゲームとして語られていた?
そうなんだ……でも、納得できるかも】
それを聞いたイリスは笑って見せた。
俺の話を馬鹿にするでもなく、完全に受け入れるわけでもない。
ただ、そうかも知れないと、笑って見せた。
やがて、俺自身が完成する。
普通の人間の姿から、完全な化物へと変貌できるようになった。
右半身は、血を固めたような赤黒い外殻。
左半身は、骨と白銀を混ぜ合わせたような白い装甲。
人間だった頃の肌はほとんど残っていない。
顔は鋭い仮面に覆われ、表情すらも見えない。
背中には、二枚の翼があった。
片方は白く、天使を思わせる形をしている。
もう片方は赤黒く、遺者よりも遺者らしい禍々しさを放っている。
だが、どちらも美しいものではない。
骨格を無理やり引き伸ばし、血管と刃を絡ませたような歪な翼。
羽ばたくたびに、空気が裂ける。
赤い亀裂から漏れる光は、命ではなく、死を燃料にしているようだった。
胸の中心には、赤い宝石のような核が埋め込まれていた。
それは心臓の代わりに脈打ち、俺の血を力へと変えていく。
腕を振れば血は刃となり、翼を広げれば周囲の命を支配する領域が生まれる。
研究者たちは歓喜した。
これこそが、研究者たちの身を守る兵器であり、積み上げてきた理論を証明する成果であると……。
【これで我々は生き残れる】
【出資者と我々だけを守ればそれでいい】
【我々に理想郷イデアは必要ない。
むしろ、やつらを脅してもいいな】
そんな声が聞こえた。
はっきりと理解した。
こいつらは世界を救う気などない。
救える力を作りながら、その力を自分たちだけのために隠そうとしている。
なら、残しておく理由はない。
俺は救いのない結末を変えるために、この力を手に入れた。
こいつらを守るためではない。
だから、俺は……研究員を皆殺しにした。
【どうして殺したの?】
【奴らに世界を救う気などなかったからだ】
俺はイリスを連れて、研究棟の最奥にある記録保管室へ向かった。
そこには、研究員たちが表に出すことのない資料が保管されている。
研究日誌。
出資者への報告書。
実験体の処理予定。
そして、研究の本当の目的。
イリスは資料を受け取ると、ゆっくりと目を通し始めた。
彼らが欲しがっていたのは、世界を救う英雄ではない。
遺者の王、
自分たちと出資者だけを守れる、都合のいい兵器。
それだけが、彼らの目的だった。
だからこそ、イリスは危険視されていた。
彼女は本気で世界を救おうとしている。
この壊れた世界を変えるために、自ら実験へ協力していた。
だが、研究者たちからすれば、その意志こそが邪魔だった。
力を持ったイリスが、自分たちの思い通りに動く保証はない。
むしろ真実を知れば、真っ先に牙を剥く可能性がある。
だから、彼らは彼女を完成させる気などなかった。
【私を殺害して、その体をバラバラにして……お姉ちゃんに食わせる、か】
イリスが読み上げた資料には、そう書かれていた。
彼女の肉体を分解し、適性の高い別個体へ移植する。
人格も、意志も、願いも不要。
必要なのは、聖女としての才能だけ。
俺は、その事実を知ればイリスがショックを受けると思っていた。
だが、彼女は泣かなかった。
怒鳴りもしなかった。
ただ、どこか納得したように、小さく息を吐いた。
【少しだけそんな気はしてたの。
彼らが気にしているのは自分たちだけだって……。
でも、一歩が踏み出せなかった。だから、ありがとう】
イリスは優しい顔で微笑んだ。
【これからどうする?】
【それを聞くの?
どうせ連れていきたいのでしょう?
自らの力を制御するための部品として……】
【否定はしない……俺が存続するためには、お前が必要だ。
だが、部品ではない。
理想を共にする同志として――
お前が欲しい】
ここまで実験中に顔を合わせてきて、分かったことがある。
それは彼女の貪欲さだ……彼女は己を伸ばすためなら、どんな苦痛が待ち受けていようと平然とそれに手を伸ばす……それこそが、世界を救うために必要な意志の力。
おそらく特別な力を持っていたのが彼女ではない。彼女だから特別な力を持てたのだ。
だからこそ、価値がある。
事を成すのに最も大切なのは、最適な力ではない。
どんなことになろうとも達成してやるという鋼の意志だ。
【いいね……一緒に行こう。
あなたの傲慢が、本当に結末を変えられるのか見てみたい】
その日、俺とイリスは同志となった。
人類を救うためではない。
英雄を作るためでもない。
この世界に用意された、救いのない結末を変えるために。
そして今――俺は最初の分岐点に立っている。
「俺なら、奴を瞬殺できる。
ここで介入すれば……彼女たちを苦しませることはないだろう」
今の俺の実力なら、あの程度の敵を葬るなど容易い。
この場の悲劇は間違いなく回避できるだろう。
だが――
隣で、イリスが戦場を見下ろしている。
白い肌に、青い瞳……そして整った顔が見せる様子は、どこか神秘的なものを感じさせる。
その瞳には、これから起きる悲劇への怯えも、怒りもない。
ただ、結果を確かめるような静けさだけがあった。
「それをしてもただの先延ばし……
彼女たちが強くなることはないよ?」
……ああ、そうだ。
ただ希望を与えるだけではダメ。
ツバキが育たなければ……この世界の暗雲が晴れることはない。
だからこそ、やるべきことを見極める必要がある。
「ひゃははははっ!!!
おらおらこんなもんかぁ!?」
当たり前だが、この世界はゲームと同じように進行している。
少なくとも、この初期イベントが発生する程度には。
俺はここに来るまで、原作の流れを大きく壊す介入だけは避けてきた。
ツバキがこの戦場に立たなければ、救うべき結末そのものが始まらないからだ。
彼女たちも必死に抵抗を続けているが、次第に劣勢に追い込まれていく。
やがて、隊員の一人が腕をもがれた。
「あ、やばいね」
イリスの言葉通り一人が落ちたことで、状況は一気に崩れた。
一人、また一人と四肢を破壊され、血の海に沈んでいく。
ここが潮時だな……。
「行くんだね?」
「……あの部隊を生かす。
そして、破滅を受け入れた先に何があるのか……
それを示す必要があるだろう」
俺はそのまま戦場へと降り立つ。
ちょうどこの部隊の隊長であるレイナが、逆さまに吊り上げられているところだった。
俺は、彼女の脚を掴んでいた遺者の腕を翼で切断する。
支えを失ったレイナは、地面へと叩きつけられた。
とりあえず、これで彼女が死ぬことはない。
「なんだ? テメェ?」
チンピラ遺者の視線が俺に向けられる。
ああ――たどり着いた。
ここからは答え合わせだ。
俺のこれまでが、この世界の運命をどこまで変えられるのか。
「
翼から大量の血液を放出する。
向かう先はチンピラ遺者……ではなく、ツバキ以外の四人。
血が、砕かれた肉体を覆う。
裂けた筋繊維を繋ぎ、折れた骨を支え、失われかけた力を無理やり補う。
最優先の目的は彼女たちを生かすこと。
だが、それだけが目的じゃない。
俺はおもむろに彼女たちの体を強制的に動かし始めた。
「お前など……俺が始末するまでもない」
マリオネットのようにカクカクと動きながら、彼女たちがチンピラ遺者へ殺到する。
その動きは、先ほどまでとは比べものにならない。
「終わりだ」
俺がチンピラ遺者にとどめを刺そうとした、その瞬間――
奴の身体が、縦に裂けた。
明確な致命傷。
遺者と言えど、あれでは生きていられない。
俺はまだ、とどめを刺していない。
ならば、答えは一つ。
唯一、俺が操っていなかったツバキが介入してきたのだ。
思わず仮面の下で、笑ってしまう。
「期待通りだ……お前ならこの状況になれば、必ず限界を超えてくる。
そう知っていたよ」
「先輩たちを……放せ!!」