バッドエンドしかないゲーム世界で怪物になった俺は、死ぬはずの原作主人公と仲間をどんな手を使ってでも全員救う~喰聖の黙示録~ 作:グラシアS
鼻の奥に、まだ血の匂いが残っている……。
そうだ。私は戦場で遺者と戦っていたはず。
元々は人間だった遺者たちと……。
遺者を殺すのは、正義だと思っていた。
だけど、元々人だったら、殺すのは正義なのだろうか。
分からない。
「……ここは」
私――ツバキが意識を取り戻した場所。
そこは隔離病棟だった。
既に夜が更けており、防衛戦からある程度の時間が経っているのが分かる。
ベッドの横では、見知らぬおっさんが椅子に座って目を閉じていた。
「……誰? このおっさん」
「おっさんじゃねぇよ。
俺はお前らの検査を担当することになったサギミヤってんだ。
これからよろしくな」
検査医師……ということは検査は終わったのだろうか。
周囲を見れば、この部屋にいるのは彼と私だけ……。
他の仲間は……レイナ隊長たちはどうなったのだろうか?
「ぼ、防衛戦はどうなったのですか?」
「ああ、防衛は成功だ。
お前らの部隊は全員が生存した。
お前が一番の重傷だったんだよ」
私は静かに息を吐いた。
とりあえず部隊の仲間は無事で良かった。
今はとにかく……皆の顔が見たい。
そう思ってベッドから出ようとした瞬間、全身に痛みが走る。
「やめておけ。
オーバードライブの影響で、お前の神経は傷ついてんだ。
治療は可能だが、すぐに治るもんでもねぇ」
……彼の言う通り、ここで無茶するべきではないか。
でも、やっぱり皆に会いたい。
そう思っていると、サギミヤが動いた。
「大人しくしとけ。
お前の仲間は今呼んできてやるからよ」
そう言って彼は隣の部屋に行った。
皆はこの部屋の隣で待っているんだね……その事実だけで安心する。
その時、ふとひなのことを思い出す。
遺者は人間だった……。
では、その遺者を殺すことは正しいことなのか。
それにシオンさんに助けられた記憶のこともある。
とにかく分からないことだらけだ。
「ツバキちゃん……大丈夫?」
「あ、レイナ隊長……攻めてきた遺者の群れは撃退できたんですね」
「うん、まぁ一応ね」
レイナ隊長曰くかなり劣勢だったそうだが、私の方から遺者の叫び声が聞こえたのを境に、遺者が大きく弱体化したそうだ。
それを好機に、一気に押し返し、どうにか防衛を成功させたらしい。
「たぶんだけど、君が倒した遺者が奴らのボスだったのだろう。
本当に新人とは思えない活躍だよ」
アナリシス先輩がそう言ってくれる。
一度、劣勢になったのは、私が奴に引き付けられて、雑魚の遺者に対応できなくなったからだ。
言ってしまえば私のせいなのに、彼女は私を庇ってくれている。
「私が弱いから……」
その時、額に衝撃が走る。
エンリ先輩にデコピンされたのだと、後で気づいた。
「弱さを言うなら、アタシたち全員の問題よ。
課題は全員にある」
そんなエンリ先輩を補足するように、ミズキ先輩が一歩前に出た。
「それにあなたは敵の親玉を倒すという明確な戦果を挙げているんだから、もっと堂々としていてよ。そうじゃないと、私たちの立つ瀬がないよ」
手に暖かい感触がある……反射的にみると、レイナ隊長が手を握っていた。 私を落ち着かせようとしてくれている。
「大丈夫、皆で強くなろう。
私も火力不足を実感したばかりだし……」
レイナ隊長は私を励まそうとしてくれている。
ありがたいが、私が落ち込んでいるのは戦闘だけが理由じゃない。
その瞬間、ふと先輩たちはこのことをどう思っているのか気になる。
遺者はすべて元は人間だった。
この事実を知っているのか、あるいは知らないのか。
知っているのなら、どう思っているのか。
それが知りたかった。
「レイナ隊長は、遺者が元は人間だと知っていたのですか?」
「え?
何を言っているの?
遺者が人間だったわけがないよ」
レイナ隊長はそう答える。
この反応は間違いない……彼女は知らなかった。
なら、どうするべきか。
レイナ隊長にこのことを伝えて、二人でシオンさんのところに向かうべきだろうか……。
「ああ、そういうことか。
レイナ……悪いけど、他の二人を連れて、部屋を移動してほしい」
そんなときアナリシス先輩が、何か納得した様子を見せた。
彼女は何かを知っているのだろうか?
「はぁ!?
なんで、
私だって新人を心配してんでしょうが!!」
エンリ先輩が、アナリシス先輩に突っかかる。
アナリシス先輩は何かを知っているかも知れない。
ここは彼女を援護しなければ……。
「レイナ隊長……私からもお願いします。
どうやら、アナリシス先輩は何かを知っているようです」
私はレイナ隊長をまっすぐに見つめる。
すると、彼女は短く息を吐いた。
「分かったよ。エンリちゃん……ミズキちゃん。
少しだけ二人に話をさせよう」
「……あ、えっと、まぁ、レイナが言うなら仕方ないわね!!」
「うん、分かった」
そう言ってレイナ隊長には、エンリ先輩とミズキ先輩を連れて外に行ってもらった。
この部屋にいるのは、アナリシス先輩とサギミヤ先生の三人だ。
「さて、新入りが聞きたいことはこうだね?
遺者が元人間だと知ってしまった。
私はどうすればいいのかと」
やっぱりアナリシス先輩は知っているんだ。
でも、レイナ隊長は知っている様子には見えない。
これは、どうしてだろうか。
「君の読み通り、レイナは知らない。
というよりも、忘れることを選んだ……そういうべきだろうね」
「忘れることを……選んだ?」
「基本的に遺者は核を破壊して、殺せって言われている。
それはどうしてか分かるか?」
「え? 一撃で殺せるからじゃ?」
すべての遺者には核と呼ばれる器官が存在する。
私たちは基本的にはそこを狙って攻撃していた。
破壊することができれば、遺者を確実に殺すことができる。
仮に再生能力を持っていたとしても、それを無視できるのだ。
だから、私たちは核を狙う。
遺者を一撃で殺すために。
「確かにそれもある。
けど、人間だったころの肉体を露出させない。
そういう目的もあるんだ」
そう言われて気づいた。
核を破壊できた
一方で、ひなが死んだとき、遺者としての核は壊れていなかった。
「つまり、遺者の肉体を破壊すると、人間としての体が露出することがあるの?」
「ああ、そうだ。
そして、レイナは偶然にもそれを見たことがある。
私もね……」
レイナ隊長も、アナリシス先輩も、遺者が元は人間だったと知っている。
でも、おかしい。アナリシス先輩が知っているのは、間違いないだろう。
けれど、レイナ隊長はどう見ても、知っている人間の反応ではなかった。
私が困惑していると、アナリシス先輩がため息をついた。
「だから言っただろう。
レイナは……忘れることを選んだって」
「……記憶の操作?」
ひなが消える直前に、私に起こった変化。
そして、アナリシス先輩が口にした言葉。
間違いない。
黎明教会では、
「……つまり、私がシオンさんに憧れている感情も偽物ってことですか?」
「え? まぁ、偽物……なのか?
そこはよく分からん」
アナリシス先輩が言うには、確かに記憶操作を用いて、「憧れ」という動機を植え付けられる
が、それはそれとして、外部において適正者の勧誘を行うのは導師の仕事でもあるそうだ。
つまり本物か、偽物か。
シオンさんに聞かない限り分からないってこと。
私はその場で俯いた。
すると、アナリシス先輩が静かに息を吐いた。
「気になるなら、確認しに行こうか」
「え? か、確認できるんですか!?」
「ああ、しかるべき手順を踏めば、導師に記憶操作を解除してもらえる」
私は驚愕した。
こういう記憶操作みたいなのは、都合の悪い真実を隠すために行われる印象がある。
自由に解除できるわけがないと考えるのが普通だ。
いや……もしかしたら、その場で記憶を操作されるのかも知れない。
「随分と迷っているね。
どうするの?」
私は迷った。でも、ここで行動しないと迷いを抱えたままになる。
それだけは良くない。私は強くそう思った。
「……答えを聞くまでもなさそうだね。
なら、手続きを――」
「その必要はない」
心臓が強く跳ねた。この声は間違いない。
黎明教会導師……断罪のシオン。
「どうやら知ったようだな。
遺者が元人間だったと」
「……は、はい」
息が荒くなる。
秘密を知った私を消しに来たのか……
そんな悪い想像ができてしまう。
私はベッドの上から立ち上がり、彼女を警戒する。
あまり意味があるとは思えないが、やらないよりはマシ……だと思いたい。
「……なるほど、確かに素晴らしい力だ」
「……?」
「いや、こちらの話だ。
それよりお前はどうしたい?」
「どう……とは?」
「その記憶を忘れたいのか……
あるいはそのまま受け入れるのか」
「え? そ、そのまま?」
意味が分からなかった。
先ほどの記憶解除の話もそうだが、盛大なことをしている割に、必死になって情報を隠そうとはしていない。私にはまるで意味が分からなかった。
「えっと……遺者が元人間なことって……
記憶を操作してまで、秘密にしてるんじゃないんですか?」
「秘密にしているわけじゃない。
知ったからといって、処分するような情報でもない。
ただし、他の
「え? それはどうして?」
「真実と向き合えぬものも居る……ただそれだけの話だ」
シオンさんの言葉で、レイナ隊長の顔が思い浮かんだ。
優しくて、頼りになる隊長……
そんな彼女が、人が遺者だったと認識してなお、戦えるだろうか。
少なくとも、私には想像もできない。
もしかして、記憶操作は
でも、私は――
「シオンさん……答えてください。
私が貴女に憧れているのは、記憶操作によるものなんですか!?」
私の原点……あれが偽物だったのか、本物だったのか。
どうしても、それだけは知りたい。
「……なるほどな。こうなるのか」
「え?」
「いや、こっちの話だ。
さて、記憶操作かと聞いたな。
なら、私の答えは一つだ。
お前には記憶操作が施されている」
「っ!? なら、それを解除してください!!!」
私は反射的に叫んでいた。
憧れの記憶も嘘だったと分かれば、気持ちの悪いものでしかない。
だが、アナリシス先輩が、そんな私の頬を引っ張った。
少しだけ痛い。
「な、なんですか?」
「言っておくよ。
記憶操作ってのは、誰にでも行われるものじゃない。
精神的に、
封じられた記憶を解放すれば、後悔する可能性が高いと思うよ?」
そう言われたら、少しだけ怖くなる。
シオンさんに憧れてあの時の記憶……その皮をはいだら一体何が飛び出してくるのか。
想像もできない。
もしかしたら、もっと悪い記憶が出るかも知れない。
それでも、私は見る。
そうでなければ、前に進めない。
「解除してください。
私は曖昧なことは嫌いなんです」
私はまっすぐにシオンさんを見る。
するとシオンさんは、私の頭を鷲掴みにした。
「いいだろう。
その記憶に何があるのかは、思い出させてやる」
シオンさんに助けられた記憶に、変化はなかった。
ただひなちゃんとの記憶がよみがえる。
私とひなちゃんは幼なじみだった。
名は体を表すのか、人懐っこく、素直な女の子。
彼女の笑顔が今なら鮮明に思い出せる。
「ああ、私は幼馴染を見捨てたんだ……」
運命を分けたあの日――私が理想郷イデアに入った時の本当の記憶が、次々と呼び起こされる。
【あなたは適性があるから、理想郷に行けるのよ?
え? みんなも一緒に?
ごめんなさいね。そんな余裕は無いの。
だから、その皆を……忘れてしまいましょう】
間違いない……これが、私の忘れていた記憶だ。
さっきまで感じていた違和感は、完全になくなっている。
そうやって、私は記憶を操作され、コミュニティの皆を忘れた。
当然、ひなのことも含めて。
シオンさんに助けられたことは事実だった。
記憶にあった違和感の正体……それは助けられたことではない。
私がコミュニティの皆を忘れていたのだ。
私の両目から自然と涙がこぼれる。
ただ失っただけだ……。
「……泣く必要はない。
この情勢下だ。誰でも受け入れられるわけじゃない」
「でも、私は……大切な親友を!?」
「前も同じことを言ったな。
また、記憶操作を受けるのか?」
私は反射的に首を横に振った。
また、記憶を弄られるなんて絶対に嫌。
「なら強くなれ。物理的にも、地位的にも……。
力のないものが吐く言葉を……人は妄言と呼ぶのだ」