バッドエンドしかないゲーム世界で怪物になった俺は、死ぬはずの原作主人公と仲間をどんな手を使ってでも全員救う~喰聖の黙示録~ 作:グラシアS
場所は、理想郷イデアの中層部。
今日は創域家の連中が、理想郷イデアの有力者たちを集めて会議を開くことになっていた。
議題はもちろん、先日発生した御影家惨殺事件についてだろう。
私……シオンも黎明教会の導師の一人として、この会議に出席する。
正直、かなり憂鬱だ。
こちらが意図的に引き起こした事件なのだから、こうなることは分かっていた。
だが、絶対に面倒な追及の仕方をされる……権威に執着した屑ばかりなのだから、いっそのこと斬ってしまいたいくらいだ。
「はぁ、しかし……どうやって遺者は外壁を無視して、侵入してきたのでしょうかね?」
そんな面倒な会議に、私と共に呼ばれた導師、ミモザ。
淡い桃色の髪をゆるく波打たせ、導師服の上から白衣を羽織った女性だ。
やわらかく垂れた瞳も相まって、一見すると導師より医者に見える。
実際、彼女は導師であると同時に、黎明教会に所属する研究員でもある。
非常に有能な人物だ。
だからこそ、私にとっては警戒対象でもある。
結晶促進薬の共同開発者として、私の偽装に最も近い位置にいるのだから。
「さぁ、見当もつかんな」
実際には見当がついているどころか、侵入経路も知っている。
だが、私と喰聖のつながりは知られるわけにはいかない。
それに理想郷を守っている外壁は、長年の摩耗によって硬度は低下している。
だが、それでも簡単に崩れたりはしない。
今回、喰聖もイリスの力を使って移動したと聞いている。
ここは、見当もつかないと答えるのが正解だ。
そんなことを考えていると、ミモザはため息を吐いた。
「原因も分かってないのねぇ。
権力者たちにどんな嫌味を言われるか……。
想像するだけでも、砂糖が欲しくなりますね」
そう言ってミモザは、白衣のポケットから小さな包みを取り出し、こちらへ差し出した。
「シオンさんの分もありますよぉ」
「……用意がいいな」
「一緒に徹夜した回数だけは多いですから。シオンさんが考え込むと甘い物を欲しがることくらい、知っていますよ」
懐かしいな。
結晶促進薬の研究で徹夜を重ねていた頃から、彼女はこうして甘い物を差し出してきた。
【仲良くなるには、食事を共にするのが一番です】
そう言って、研究の合間にも何度となく食事へ連れ出されたものだ。
おかげで二名以上の導師の出席が求められる会議では、彼女と同席することが多い。
「ありがたい。
お前が持ってくるお菓子はかなりおいしいからな。
気に入っているぞ」
しかし……砂糖か。
確かにこんな会議など放り捨てて、妹のイリスと一緒にお菓子でも食べたいところだ。
そもそも、どうしてイリスが喰聖と行動を共にしているのか……
いや、理屈は分かる。
喰聖も、イリスも、こうした腹芸ができるタイプではない。
理想郷イデアに侵入するスパイとしては、私が適任ではある。
だが、やはり情報交換の時にしか妹と会えないのは、少しだけ納得できない。
くそ……喰聖の奴め――羨ましい。
「しかし、
それに、結晶促進薬の反応まで検出されたのですか……。
よくもまぁ、この状況でわたくしたちに説明させようと思いましたね。
創域家の連中は!」
ミモザがここまで露骨に誰かを
結晶促進薬の開発中も、彼女は何度となく創域家から無理な要求を受けていた。
成果は急かす。危険性を説明しても聞き流す。
それでいて問題が起きれば、研究者や
それでもミモザは、人を救うためには団結こそが必要だと、笑って飲み込んできた。
結晶促進薬の開発末期には、二人して何日もまともに帰れなかったというのに。
そんな彼女が、今回ばかりは怒りを隠そうともしない。
無理もないことだった。
この襲撃では、
しかも、汚染検査で黒判定を受け、理想郷イデアから追放された者たちの死体だ。
普通に考えれば、現場となった中層や深層で発見されることはまずない。
「……ということは、今回の事件――
その犯人は、理想郷イデアから追い出された元
「いいえ、違うみたいです。
わたくしもそう思って、事件調査担当のセフィル導師に聞いてみたんですよ。
けど、今回の主犯は、転送されてきた謎の遺者らしいんですよ。
その元
いい流れだ……ミモザの創域家に対するヘイトが表面化している。
彼女も察しているのだ。
御影家が、検査を偽装して、
なら、私が言葉で示してやろう。
「だとすれば、御影家は黒判定が出た元
「……まさか」
ミモザは否定しかけて、言葉を止めた。
「いえ……でも、そう考えれば辻褄は合います。
御影家には、以前から妙な噂もありましたし」
口調こそ冷静だったが、ミモザの動揺は隠しきれていない。
非常に分かりやすい好機だった。
「あら? 停電?
どうして、こんな……」
予定していた時刻通り、私たちのいる部屋から明かりが消えた。
同時に、監視カメラも機能を停止する。
私は、この暗闇でも互いの顔が見えるくらいにミモザに接近する。
「え? シオンさん?」
「今だから話すが、理想郷イデアは黎明教会が制圧するべきだと思っている――」
やがて明かりが復旧する。
すると、目を見開いて私を見ているミモザがいた。
信じられないと言った様子を見せている。
「……シオン導師?」
「さっきのことは気にしないでくれ。
少しだけ……気が動転していた」
そう言って私は会議室へと向かう。
ミモザも少しの間、茫然としていたが、すぐに正気を取り戻してついてくる。
「分かりました。ひとまず気にしません。
今は――ともに会議を乗り越えましょう」
手応えはあった。
少なくとも、あの言葉はミモザの心に迷いを残したようだ。
変わり者の多い導師の中で、もっとも常識を持っている人物。
しかも、研究者としては、私よりも遥かに優秀だ。
ぜひとも仲間にしたい。
だが、焦ってはダメだ。
焦れば仲間どころか、敵となってしまう。
ゆっくりと丁寧に、こちら側へと引きずり込む。
「到着しましたね」
ミモザの言葉で意識を目の前に向ける。
全てを拒絶するような重厚な扉があり、その向こうでは創域家の連中が私たちを待っている。
扉の前には顔を覆面で隠した人間が二人。
創域家に仕える
奴らは創域家が所有する暴力装置であり、こうした会議では護衛役を担っている。
私たちは奴らの手荷物検査を受けなければ、会議室に入れないというわけだ。
「御影家が断絶した。
これは職務怠慢ではないのか?」
「いいえ、我々は御影家の手下にあらず、創域家に仕える者であるゆえ……」
相変わらずのようだ。
奴らは創域家全体が決めた掟に忠実なだけだ。
ゆえに創域家に属する一家と言えど、彼らを私兵のように扱うことはできない。
御影家の護衛についていなかったのも、そういった掟がなかったから。
随分と融通が利かない組織だ。
「どうぞ……お入りください」
手荷物検査が終わると、重厚な扉が開け放たれ、中へと誘われる。
中には――顔も分からないホログラム映像の人影が複数。
なるほど……こんなときですら顔を合わせる気はないと。
瞬間、横にいるミモザが笑みを深めた。
分かりやすいくらい怒っているな。
『では、今回の事件について説明を』
黎明教会にとって、創域家はいわば出資者だ。
黎明教会は、資金提供を受ける代わりに、理想郷イデアの敵となる遺者を排除するのが仕事だ。
滅多にあるものではないが、今回のように事件が起こると、我々には説明責任が生じる。
「はい、皆さんも理解されていると思いますが……
御影家が皆殺しにされました」
空気が冷たくなる。
噂自体は聞いていたが、正式情報が出て動揺している。
そんなところか。
『創域家に所属する一族が皆殺しにされた……
深層のセキュリティが突破されたということか?』
一人が疑問を口にする。
深層のセキュリティはかなり強固だ。
少なくとも力ずくでの突破は、ほぼ不可能だろう。
「いえ、セキュリティは突破されていません。
御影家を惨殺したのは、当主本人です」
ざわめきが広がる。
『ば、バカな。
自らの家族を殺して、自分も死んだというのか!?
あれだけの富を得た人間が?』
「……はい。何かしらの理由で中層に出たところを、遺者に狙われて操られた。
その可能性が非常に高いと考えられます」
『中層に遺者の侵入を許したということですか?
しかし、外壁が破壊されたとの報告は来ておりませんが……』
ホログラムの一人が疑問を口にする。
確かに外壁は今も健在だ。
『ええ、そこは監視カメラの映像が少しばかり残っています。
ご覧ください』
ホログラムの一人がそう口にすると、映像が流れ始める。
そこには、胸部を開かれた元
映っているのはそれだけだったが、分かることはある。
『この結晶は、
しかも少し前、その形成を促す薬を黎明教会が開発したそうだな?
今回の件は黎明教会と何かしらの関係があるのではないか?』
「ええ。現場からは、結晶促進薬の反応が検出されています。
薬によって形成された結晶と見て、間違いないでしょう」
『なら……』
ホログラムの一人がそこまで言いかけて、ミモザの声に遮られた。
「それ以前に、どうしてこの元
彼らは黎明教会の記録では、検査結果が黒だったことを理由に追放されているはずですが」
『遺者と共に我々に報復しに来たのではないのか?』
「可能性は低いでしょう。
結晶促進薬は、導師と検査医師会に提供したものだけ。
追放された者たちがどのようにして、手に入れるというのです」
普段大人しい人間が怒ると怖いというが、ミモザはまさにその代表例だろう。
彼女は本気で怒ると丁寧な言葉遣いになり、普段からは考えられないほどの圧を出す。
ホログラムたちも、その圧に押されているようだ。
「それだけではありません。
発見された元
『……何?』
「記録上、その人物は黒判定を理由に追放されたことになっています。
ですが、死亡したからといって汚染反応が消えることはありません」
ミモザは笑みを浮かべたまま、ホログラムを見渡す。
「検査結果そのものが捻じ曲げられていた。
そう疑うべきではありませんか?」
『……知るか。大方、御影家の独断だろう。
以前から、奴らには創域家としての品がないと思っていたところだ!!』
ホログラムの向こう側で、大きな音がする。
大方、机辺りを思いっきり蹴りつけたのだろう。
品が無いのは奴らも同じというわけだ。
『そう声を荒げてはいけません。
重要なのはこれからどう対策を講ずるか……。
導師のお二人もそうだと思いませんか?』
空気が変わるのを感じる。
ここからが本番だな。
私の予想が正しければ、奴らは一つの要望をしてくるはずだ。
『今回、どれほど壁が強固であろうとも、遺者の中にはそれを無視して侵入してくることが分かりました。これに対応するには、理想郷イデア内部の戦力を増やす必要があります』
「中層にも
よし、狙い通りだ。
壁が自らの安全を保障しないとなれば、必ずこうなる。
突破されたのは中層まで、ならば対応できる戦力を置こうと考えるのは当然の流れだ。
そして――
『ならん!! ならんならん!!!
汚染されているかも知れん奴らを中層にまで入れるなど、絶対にあってはならん!!!!』
ほら来たな。
かつての常識を今でも妄信している進展のない奴は、どこにでもいるものだ。
相変わらず考えが古いな。
既に我々は、汚染という現象を克服している。
汚染による症状も、他者に感染することも、薬を常飲すれば起こらなくなった。
それでも創域家は、黒判定者を追放する古い掟を改めようとはしない。
こいつの心配はただの時代錯誤だ。
だが、それはそれで利用する価値がある。
「では、こうするのはどうでしょう。
私の部隊を、創域家全体の直轄部隊とするのは?」
『シオン導師の部隊を……なぜだ!?』
「私の部隊が、黎明教会の中でもっとも強いからです」
隣でミモザが息を呑む音がしたが、無視する。
「我々であれば、可能な限り少人数で、最大の戦果を挙げられるでしょう。
どんな存在からもあなた方を守って御覧に入れます」
私がそう告げても、文句を言ったホログラムは唸り声を上げるばかり。
随分と頑固者だな……仕方ない。少しばかり脅すとしよう。
「そこまで拒否感があるのでしたら、仕方ありません。
貴家の区画だけ、我々の警護対象から外す――それでよろしいでしょうか?」
空気が静まり返る。
やがて、一人のホログラムからため息の音が聞こえた。
『あれも嫌。これも嫌では会議になりません。
多少の妥協も必要でしょう』
ホログラムの一体が、別のホログラムを説得する。
それでようやく妥協を引き出せたようだ。
あとは――
『それで、要望は何でしょうか?』
やはり会話をするのなら、ある程度の頭は欲しいところだな。
話が早くて助かる。
当然だが、無条件で私の部隊を彼らの直轄にすることはできない。
黎明教会において、私たちの部隊は様々な分野で活躍している。
その指揮権を
「はい、我々が懸念しているのは検査医師会の不正です。
今回、御影家で追放されたはずの者の死体が発見されたことを、黎明教会は重く見ています。
我々の要望は一つ。
検査医師会に対する指揮権の譲渡をお願いします」
ミモザがそう言うと空気が静まり返る。
検査医師会は、
白なら残留、黒なら追放。
本来なら、それだけの組織である。
だが、判定を捻じ曲げられるのなら話は違う。
奴らは実質的に、
これがあるからこそ、黎明教会は創域家に逆らえない。
そう認識しているからこそ、奴らは容易く首を縦に振ることはなかった。
『それこそ黎明教会を暴走させるのではありませんか?』
「……先ほども申しましたが、御影家が検査結果を捻じ曲げてまで、
ホログラムたちがざわめいた。
表情は見えないが、よほど苦渋の表情をしているに違いない。
『分かりました。
しかし、指揮権の譲渡は認められません。
検査医師会は今後、創域家から独立させ、第三者組織とする。
それで妥協していただけませんか?』
「……第三者であることの保証は?」
『検査医師会の人事権を、一つの組織には与えません』
「具体的には?」
『会長の選出には、創域家、黎明教会、検査医師会。
それぞれの承認を必要とする……そんな制度を作ります』
「検査結果を書き換えた場合は?」
『記録は複数の場所へ自動で保存されるようにします。
誰か一人が書き換えられる形にならないように』
完全ではない。
創域家が関与する余地は、まだ残されている。
だが、今までのように検査医師会を直接動かし、検査結果を偽装することは難しくなる。
「分かりました。
その条件であれば、こちらも妥協しましょう」
その後、襲撃犯への対応方針と識別名を決め、会議は終わる。
二人で会議室を出て、声が聞こえなくなるところまで歩いた。
瞬間、ミモザが大きなため息をついた。
「随分と疲労がたまったようだな」
「はい、ああいうの苦手ですよ。
シオンさんのようにはなれそうにないです――
しかし、凄いですね。
まさか、黎明教会で最強を自称するとは……
他の導師のことを考えると、おいそれとは言えない言葉ですよ」
「何を言っている?
私が一番強い……それが事実だ」
私がそう言うと、ミモザは呆れた様子を見せた。
「ふふっ。では、頼りにしていますねぇ。
それよりも今回の襲撃犯……やはり異名が付きましたね」
「これだけ派手なことをしたんだ。
当然だろう」
特別指定遺者――識別名《無門》
それが、喰聖の奴に与えられた名前だ。
これで奴は、正体不明の侵入者ではなく、理想郷イデアが正式に追うべき脅威となった。
この理想郷イデアそのものが、あいつを狙うことになる。
だが、何の心配もしていない。
あいつならこの程度の試練を平然と乗り越える。
いや、乗り越えなければならない。
なにせ、私にこの世界を救うと宣言したのだからな。
「さぁ、忙しくなるぞ」