バッドエンドしかないゲーム世界で怪物になった俺は、死ぬはずの原作主人公と仲間をどんな手を使ってでも全員救う~喰聖の黙示録~ 作:グラシアS
理想郷イデアから少し離れた場所にある廃墟ビル。
喰聖は、イリスと共に襲撃の時を待っていた。
「うん、順調だね……
私が育てた結晶は、ちゃんと中層に運ばれてるよ」
「御影家も食いついたか」
御影家の奴隷たちには、すでにシオンが仕込みを済ませている。
そう偽って広められた薬には、イリスの細胞が含まれていた。
その細胞を核にして生まれた結晶なら、イリスは遠くからでも位置を掴める。
さらに直接触れれば、結晶を育てることも、消すこともできる。
つまり、奴らが結晶を欲しがれば欲しがるほど――
俺たちを中枢へ招き入れるための目印を、自分たちの手で運ぶことになる。
「仕組みを理解せず、欲だけで動いた人間が身を滅ぼす。
いつだって同じことだよ」
イリスが面白がっている。
否定する理由はない。
仕組みを理解している者が、理解していない者を喰う。
それは遺者が現れる前の世界でも、この理想郷イデアでも変わらない。
「まぁ、お姉ちゃんが仕組みを理解させないようにしてるんだけどね」
「そこまでしているのか?」
「うん。私の細胞を、そのまま材料にするのは危ないんだって。
どこから採ったのか調べられたら、私に辿り着くかもしれないから」
どうやらシオンは、イリスの細胞を既存の素材に混ぜ込んでいるらしい。
表向きは、遺者素材を精製して得られた結晶活性成分。
実態は、イリスの細胞を薄め、別の素材に紛れ込ませたものだ。
さらにシオンは、その成分を使った薬を他の導師たちとの共同開発という形にした。
功績も責任も分散させれば、異物の出所を追う目も鈍る。
イリスの細胞の出所から、俺たちに辿り着かれることを避けるため。
そして何より、シオン自身が今の立場を失わないためだ。
もしシオンを失えば、俺たちは教会の正規ルートを失う。
薬も、検査も、
それだけは、何としても避けなければならない。
「シオンには……随分と負担をかけている」
「うん、結晶からも疲れが伝わってくるよ。
いつか……私たちが会えるようになったら、たくさん褒めてあげて。
たぶん、態度には出さないだろうけど、内心では絶対に喜ぶよ」
イリス由来の結晶は、シオン本人の体内にも埋め込まれている。
それはシオンの力を底上げする核であると同時に、俺たちが彼女の状態を知るための命綱でもあった。
もっとも、便利な通信手段ではない。
伝わるのは、強い感情や体調の揺らぎ。
短い言葉の断片。
それに、事前に決めておいた合図程度だ。
それでも十分だった。
大まかな方針を伝え、密会場所を確認し、緊急時には中止の意思を伝える。
長い会話はできずとも、シオンと繋がり続けるには、それだけで足りる。
「あ、どうやら標的の前まで来たみたい」
そう言うとイリスは俺の額に手を置いた。
瞬間、頭の中に映像が流れ込んでくる。
「宿主の胸が開かれていて、結晶が露出しているから、周囲の光景まで拾えるみたい。
とりあえず状況を把握しようか」
イリスの言葉で、俺は映像に意識を集中させる。
『ご苦労……久しぶりだな、サギミヤ。
衛生面を考えれば、直接会うのは避けたいところだが……
今回ばかりは仕方あるまい』
サギミヤ……確か外層検査班主任の一人だったか。
ゲームでは、検査医師の中でもっとも性能が良い奴だったな。
こいつは生かすべきだろう。
『……こちらが例の物になります』
『ほぉ、確かに紫色で……透き通るように美しい結晶。
確かに伝承通りだ』
どうやら偽装はうまくいっているらしい。
あとはこのまま頃合いを見て、襲撃するだけ。
『彼女の状態は分かった……残りの四名はどうだ?』
『残りの四名……ですか?』
『ああ、私の私兵の中でも、あれらは特に成績の悪い部隊でね。
検査偽装で引き抜いたはいいが、金食い虫になっていてね。
だから、殺す前提で例の薬を試してみたんだが……結晶のほうはどうだ?』
『例の薬……というと、黎明教会が発表した?』
『ああ、そうだ。
とりあえず試してみている最中だが、経過としては悪くない』
『なるほど……話を戻しますが、結晶については……
他の四名も、この死体ほどではありませんが、体内で育っています』
『ほう、四人……全員が。
それは素晴らしいな。
では、全員を処分し、全ての結晶を取り出すとしよう』
『……それほど私兵を減らして問題ないのですか?』
『ああ、問題ない。
それにあれらは既に表向きには死人だ』
『……結晶を集めて、どうするのですか?』
『決まっているだろう。
人を従わせる力を、権力者が持つ。
これほど正しい形があるかね?』
『いえ……』
『いずれは黎明教会を支配し、最終的には――
この理想郷の全てを掌握する』
――ああ、もう十分だ。
こいつは、絶対に始末すべきだ。
黎明教会の
理想郷に巣食う癌……まさに腐ったリンゴという奴だ。
「イリス……転送してくれ」
「怒りに塗れたその顔……いいね。
じゃあ、行ってらっしゃい」
瞬間、俺の視界は暗転する。
奇妙な浮遊感と共に、体が引っ張られる感覚があった。
やがて、俺は理想郷イデアの内部へと入り込んだ。
同時に、周囲に向けて血を放つ。
血液の散弾……それらは御影家当主の体に突き刺さり、体内へと侵入した。
これで俺はこいつの体を操れるようになった。
あとは傷を塞ぎ、血に汚れた服を替えれば違和感はない。
こいつの体を操るだけで、一家を皆殺しにできる。
やるんだったら徹底的にだ。
当主だけを殺せば、必ず遺恨を残す。
復讐の芽は、摘まなくてはならない。
「こいつは確か……」
そこまで考えて気づいた。
先ほどの血の散弾……サギミヤが、それを無傷で凌いだことに。
こいつ、元
いや、違う。武器が
ただの武器で俺の攻撃を凌いだ……優秀な人材だな。
殺すには惜しい。
「お前に用はない」
こいつをどうするかは分からんが、今は当主を操って御影家を殺すのが最優先。
戦って時間を浪費している場合じゃない。
「その男を操ってどうする?」
まぁ、当然の疑問だな。
既にここまで来て、目的を隠す必要もない。
「無論、腐った権力者である御影家を抹殺する」
そう言うとサギミヤは沈黙する。
ゲームでのサギミヤは、あくまでパラメーターのある機能だった。
こいつがどんな性格で、何を思っていたかなど、作中では語られていない。
何を思っているのか……それが何であれ、ここは引いてくれると助かるのだが。
「……ああ、クソ!!」
そう言って、サギミヤは槍を振るってくる。
だが、この程度……俺は奴の腹に蹴りを叩き込んで吹っ飛ばした。
「……かすったか」
痛みも、傷もない。
ただ僅かに槍が顔をかすめただけの話。
だが、もし奴の武器が
ダメージを負わせるだけでは足りない。
確実に沈めておかなければ、こいつは何度も妨害してくる。
俺は奴を殴りつけて、意識を奪う。
おそらく死んではいないはずだ。
「さ、サギミヤっ……
な、なんだお前はぁ!?
わ、私を誰だと思って……むぐっ」
俺は体を操って、奴自身に自らの口を両手で塞がせる。
耳障りな雑音を喚かれても面倒だったからな。
あと少しで、こいつの掌握が完了する。
「ん、んぐっ……あ、ああああああああああああああああああっ」
掌握完了……これで奴の全ては、俺のものだ。
当主の体を操り、奴らが巣食っている場所に向かわせる。
ここから先は――
戦いですらなかった。
あらゆる攻撃を弾く堅牢な扉も、
睨みを利かせている理想郷の警察も、
当主の皮が全てをはねのける。
誰も疑わない。
疑えるはずがない。
自分たちが従わなければならない権力……その最深部の一つ。
誰も逆らうことはできない。
当主の体から血がにじむ。
心配して駆け寄ってきた幼い血族が、血の中に沈んだ。
悲鳴を上げた女が倒れる。
状況を理解できなかった老人の胸が、赤く染まった。
悲鳴は上がった。
命乞いも聞こえた。
だが、慈悲を与えるつもりはない。
当主だけを殺せば、必ず遺恨が残る。
御影家の名を掲げ、復讐を叫ぶ者が現れる。
ならば、そんな未来はここで摘む。
これは裁きではない。
正義でもない。
俺が選んだ結末を守るために、邪魔な枝葉を切り落としているだけだ。
やがて、御影家の中枢から人の気配が消えた。
残ったのは、血の匂いと、開きっぱなしの扉。
そして、当主だった男の体だけ。
「終わりだ」
当主の体内に残した血を弾けさせる。
遠く離れた場所で、当主だった男の体が内側から破裂した。
理解できなくていい。
仕組みを理解しない者が、仕組みを理解している者に喰われる。
さっきイリスが言っていた通りだ。
俺は結晶に力を込めて、イリスの場所へと戻った。
「お疲れ様……これは大変な事件になるよ。
きっと理想郷も、変わらざるを得ない」
「ああ、そうだな……」
「……ふぅ、そういえばサギミヤって奴は放置していいの?
まだ生きているみたいだったけど」
「……そうだったな。
まぁ、生かしておいてもいいだろう。
目標は達成したし、今から殺しに行くのはハードルが高い」
ゲームにおいて検査医師は、休息の回復量を決める装備アイテムだった。
サギミヤは通常入手できる装備アイテムの中で最も高い性能を誇っている。
それはつまり、
「忘れてたんだ……
まぁ、必死だったもんね」
「必要なこととはいえ、犠牲を強いたんだ。
正常な状態ではいられまい」
人を殺したのは随分と久しぶりだった。
相手が屑とはいえ、やはり気持ちの良いものではない。
もっとも、それで良かった。
もし何も感じなかったら、俺は自分を醜く感じていただろうから。
「さて、これからどうなるかな?」
窓から理想郷を眺めて、イリスはそう呟いた。
今後のことを不安に思っているのか……いや、違う。単純な興味に見えた。
「ひとまず最大の癌は取り除いた。
あとはシオンがうまくやることを願うしかないな」
もし御影家を放置していたら、黎明教会は損失を出し続けていたことだろう。
私兵にされるか、結晶絡みの実験で死ぬか……。
たとえシオンが薬を流通させなくても、いや、流通させなければ、より悲惨な実験が行われていただろう。
「ここで検査医師たちを押さえられれば、
「ああ、かなり改善される可能性は高い」
もちろん、戦死などがなくなるわけではないが、一定の数は維持できるだろう。
「うーん、でもかなり回りくどいよね。
私としては、お姉ちゃんに立場を失ってほしいけどね」
「……それは何故だ?」
「そうしたら、私が力づくでお姉ちゃんを近くに置けるじゃん。
やっぱり離ればなれは少し寂しいからね」
「そうすれば情報を取れなくなる。
それに相手は巨大な組織だ。
全てを叩き潰すには、俺たち三人でもまだ足りない」
俺、イリス、シオン……俺たちは誇張抜きにかなり強い。
だが、それでも三人しかいない組織でしかなかった。
理想郷イデアの勢力と全面戦争を起こせば、まず負けるだろう。
しかも理想郷イデアの勢力を大きく削ったうえで負けることになる。
これを喜ぶ存在があるとすれば、遺者くらいなものだ。
だからこそ、シオンにはまだ教会の中にいてもらわなければならない。
たとえ、その立場が彼女自身を削るものだとしても。
「大きな目標は達成したけど……これからはどうするんだっけ?」
「今から約半年後に起こる遺者の大規模侵攻……それに備える」
「それって単純に遺者を殺せばいいんじゃないの?」
「そう単純な話でもない……
ゲームの主人公であるツバキ……彼女の成長は必須だ。
遺者の王、
そうだ。理想郷イデアについても、最大の癌を一つ摘出しただけ。
まだあそこにはたくさんの癌が巣食っている。
遺者の問題は何一つとして進展していない。
まだまだやることはたくさんある。
「じゃあ、頑張ろうね」